最終話 ルビーとシルバリオ(前編)
風が吹き砂塵が舞い上がる。
風が強くなってる、こりゃ嵐が来るね。
背にしていた扉が開き、シルバリオがアタシの横に並ぶ。
「そんな身体で
「クスリをキメてきたからな。コイツらを何とかする程度なら大丈夫さ」
そこには、病に侵されろくに動く事すら出来なかった男の姿は無かった。
アタシの記憶に有る、強くて自信に溢れた男。
「ヤバめのクスリかい?」
「医者から貰ったもんだ、出所がハッキリしてる分まともなクスリだよ」
「どーだか……」
いくらクスリで痛みを抑えてるとは言え、
とても、まともなクスリとは思えない。
そんな物を病に蝕まれた身体に使えば、確実に命を削る。
全くもってバカな選択としか言いようが無い。
それでも……
子供達の為に命を削る。そんな生き方もアタシは嫌いじゃ無いよ。
そんじゃ覚悟を決めた男の為、アタシも気張ろうかね……
「さあアリシア、踊ろうぜ。配置は覚えたな?」
またアリシア呼びに戻ってるじゃないの……でも、それも良いか。まるで昔に戻ったみたいで……
「とっくに。アンタこそドジってアタシを撃つんじゃ無いよ」
「ぬかしやがる」
「やっと出て来やがったな! この裏切り者が!」
シルバリオの姿を認めた、ドン・マニエロが口汚く吠える。
「裏切り者……?」
「その話しは後だ。行くぜ」
シルバリオの言葉と共に、一段と強く風が吹き嵐の到来を告げる。
日が落ち、砂嵐吹き荒れる中での戦いは一方的な物だった。
一メートルにも及ばない視界の中、予め記憶しておいた敵の配置を頼りに、懐に潜り込み確実に一人づつ片付けていく。
懐に潜られると、相手は同士討ちを恐れて迂闊に撃てない。
撃たれたとしてもアイツらの腕じゃ当たる事もないし、いざとなれば倒した敵の身体を盾にも出来る。
シルバリオとは、付かず離れずの距離を保ち、お互いの背中を守る。
あっという間に七人を撃ち倒し、残って居るのはドン・マニエロと、その後ろに控えていた子分だけ。
お互い背中合わせで立ち止まり、一息付く。
「お前、まだその銃使ってんのか?」
シルバリオが、アタシの持つシックススターを顎でしゃくりながら聞いてくる。
「アンタに貰った大切なもんだからね、そう簡単には手放せないよ。そう言うアンタこそまだそれかい?」
今度はアタシが、シルバリオの持つ銀色の六連発リボルバー“シルバータンゴ”を見ながら聞き返す。
色が違うだけで、シックススターと全く同じ銃。
いや、同じと言う意味ならば、元となった六連発リボルバーはありふれた物だ。
構造がシンプルで、故障も少ないシングルアクション。
一般的に最も良く使われ、何処ででも入手可能な金属薬莢の45口径弾。
それ故、愛用する者も多く、予備部品も手に入れやすい。
しかし、シックススターとシルバータンゴは、そんじょそこらのありふれた物とは違う。
とある、名工と呼ばれた
各パーツを入念に擦り合わせ、動きは極めてスムーズ。
命中率を左右するバレル部分は、何十と言う同型から選び抜かれ、取り分け精度の高い物が使われている。
摩耗の激しい内部部品は、純度の高い金属から削り出し、一つ一つ丁寧に焼き入れを行い強度が高めて有るし、ハンマー基部を削り込む事でトリガーは驚く程軽く、風が吹いただけでハンマーが落ちるとまで言われる程だ。
更に、ハンマースプリングも撃発出来るギリギリまで弱めて有る為、スリーフィンガーやフォーフィンガーなんて言う曲芸紛いの撃ち方まで可能。
そんな銃だから、まあ普通の人間には使い辛いだろうね。
元々、安全装置何か付いてない銃で、そんだけトリガーを軽くすれば暴発するリスクが上がるし、弱いハンマースプリングは、キッチリ
だけれど、アタシにとってはこのシックススターが最初に触れた銃。
コイツで全てを学んだのだから、そんな使い辛さなど知るよしもないのだ。
久しぶりに見るシルバータンゴは、昔と変わらず、美しくも冷たい、銀色の輝きを放っていた。
でも、少しだけ変わっている所も……
グリップには、裸の女のバストアップが立体的に彫られていた筈だけど、今は至ってシンプルな物に交換されている。
アタシの視線に気が付いたシルバリオは、フッと笑い、
「ガキ共の教育に悪いからな」
と、冗談めかした。
風が弱まり、砂嵐が
月明かりに照らされ浮かび上がった孤児院の畑には、アタシらの倒した男共が倒れていた。
「て、てめーら。よくも俺様の兄弟達を……」
その光景を目の当たりにし、憤怒の表情で睨み付けてくるドン・マニエロ。
「俺達を相手にするには、ちと役不足だったな!」
「許さん、絶対に許さんぞー! オイっ!」
「へいっ!
返事と共に、子分が馬車へ向かい布に
足元に置かれた長細い物をドン・マニエロが持ち上げ、布を剥ぎ取ると、そこから現れたのは束ねられた六本の銃身を持つ……ガトリングガン?
いや違う……アレは!
「まさかコイツを使う事になるとはな。てめーらはこの
何てこった! アレは手回し式のチンケなガトリングガンなんかじゃ無い。
確か、ミニガンとか言うんだっけ……
電気の力で銃身を高速で回転させ、そこから発射される弾丸は、一分間に二千発とも三千発とも言われ、くらった人間は痛みを感じる間も無く粉々にされる事から、無痛ガンとも呼ばれている。
遺跡の中で壊れた物は何度か見掛けたし、残っていた資料なんかも読んだからどんな物かは知っているけど、まともに動く物は初めて見たよ。
本体だけでも二十キロ近く有った筈だけど、それを軽々持ち上げるとは……
どうやら頭は空っぽでも、腕力だけは有るらしい。
「グッハッハッハ、どうだ驚いたか! 俺様直々にロステクまで使って殺してやるのだ。ありがたく思え!」
全くもって有り難く等無い!
「冗談!」
「アリシア! 二手に別れるぞ、走れ!」
アタシとシルバリオは左右、別々の方向に別れ、とにかく全力で走る。
ヒュゥゥ……と言うバレルの回転音が背後に響き、死の雨を降らす予備動作を始めた。
「死ねや!!!」
ドン・マニエロが死刑宣告と共に、トリガーを引き絞る。
マズルフラッシュが闇夜を切り裂き、途切れる事無く吐き出される弾丸が芋畑を鉛玉で耕し、子供達が泥だらけになりながらも、丹精込めて育てた作物が宙に舞い砕け散って行く。
飛び散る土は、どちらへ向かおうかと一瞬悩んだ動きをした後、シルバリオを追うように向きを変え、一直線にその後ろを疾走し、追い縋ろうとする。
擦りでもすれば、人間など一溜まりも無く肉塊に変える凶弾がシルバリオに迫る中、間一髪。農耕具を納めて居るで有ろう、石壁作りの小屋へ滑り込み難を逃れた。
「ちっ!」
ドン・マニエロは短い舌打ちの後、今度はアタシを狙おうと暴れる銃口を力で押さえ付けながら、強引に向きを変える。
しかし、その時にはアタシも既に、石を積んだ小山の影に身体を収めていた。
畑を作った時に出て来た石だろうか?
何にしろ助かった。
「ガッハッハ! どうだ手も足も出まい」
やれやれ、楽しそうに撃ちまくってやがるね。
その武器は確かに厄介だよ。でもね、弱点が無いって訳じゃ無いんだよ。
「それそれ! 良い加減諦めて出て来たらどうだ。そうすりゃ楽に死なせてやるぜ」
石壁に弾丸が当たり表面で爆ぜる。
土煙を上げ、地面に次々と穴を開ける。
「名のあるガンマンを二人いっぺんに
突如発射音が途絶え、バレルだけが虚しく空転する音が響く。
弱点その一、弾切れが早い。
そうじゃ無くても、あんだけバカスカ考え無しに撃ってりゃ、弾も尽きるだろうさ!
シルバリオを見れば、あっちも気が付いた様子。
お互い頷き、命を守ってくれた石壁に別れを告げると、脱兎の如くドン・マニエロ目掛け走り込む。
「クソがっ! おい、弾を込めろ!」
「へ、へい!」
慌てて手下に指示を出すが、もう遅い。
弱点そのニ、リロードに時間が掛かる。
アンタはとっくにアタシらの射程内。
アタシはシックススターを突き出し、狙いを定めた一発を放つ。
放たれた弾丸は狙い違わず、ミニガンから馬車まで伸びるケーブルを断ち切った。
弱点その三、そいつを動かすには大量の電力が必要。
大方、馬車に
勝ちを確信したアタシは、ドン・マニエロに銃を突き付ける。
「これで仕舞いだよ!」
辺りは暗いが、ご丁寧にも馬車にはカンテラが掛けられ、ドン・マニエロとその周囲を明るく照らしていた。
「そいつはどうかな?」
ドン・マニエロが歯を剥き出し、ニヤリと笑う。
「何言ってるんだい。アンタにも賞金は掛かってるんだろ? 生かしたままの方が額が跳ね上がるんだ。大人しくしてな」
この距離、そして目標を視認するのに十分な明るさ、それにアタシの腕。
下手な動きを見せれば、子分共々頭を撃ち抜ける、そう出来るだけの条件は揃って居た。
その上すぐ隣には、この世で唯一信頼して居る男の姿が有る。
「アリシア、油断するなよ」
「分かってるって」
アタシの横に並び、声を掛けてくるシルバリオ。
でも、アタシは彼の言葉すら聞き流した。
自信が慢心を産んだ。そうとしか言いようが無い。
ゆっくりと近づき、光が照らす範囲に足を踏み入れる。
ドン・マニエロはこの期に及んでも、まだ不快な笑みを引っ込めていなかった。
コイツ、どう言うつもり? ハッタリか強がりか……
ドン・マニエロに手が掛かる。その時奴の背後、遥か後方で何かが光った。
続いて衝撃、そして熱。
胸の辺りを思い切り殴られた様な感覚に、息が詰まる。
自分の身体からメキメキと、何かが軋む嫌な音が聞こえた気がした。
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