第32話 過去にこだわってなんか居なかったけどさ……

 シルバリオの話を纏めると……


 怪我を負い、半ば意識を失った状態で彷徨っていた所を助けてくれたのが死んだ奥さん。名前はエレーナさんだそうな。


 エレーナさんはシルバリオの事を献身的に看病し、随分長い事掛かったけどシルバリオは回復。


 その優しさと、美しさに惚れ込んだシルバリオは、回復後直ぐエレーナさんにプロポーズしたんだと。


 父親の居ないジェムも良く懐いていた事も有って、申し入れを承諾し結婚したのが八年前。


 って、アタシの前から姿を消した直後かい!


 まあ、回復してまともに動けるようになるまで半年以上掛かったみたいだし、一度家にも戻ってみたけど、その時既にアタシの姿は無かった。


 これが事の顛末。


 半年か……もう少し待てば良かったのかもね……


 その後はさっきの話にも有った通り。


 四年前に病気でエレーナさんが他界。


 その頃すでに、賞金稼ぎから足を洗っていたシルバリオは、ジェムと一緒に方々を旅し、行った先の孤児を引き取って歩いたって。


 何でそんな事をと聞けば、


「せめてもの罪滅ぼしと、エレーナに対する恩返しだ」


 と答えた。


 罪滅ぼしね……


 そりゃあ名うてのガンマンだったんだから、随分人もあやめただろうさ。


 孤児達も随分増えた頃、この街に流れ着き今に至る、と。


 こんな世の中で孤児の面倒を見る物好きを、意外にも街の人達は暖かく迎えてくれた。その事に感謝している。とも言っていた。


「だからって、アタシに孤児院ここを任せるってのは、お門違いなんじゃ無いかい?」


「ああ、かも知れん。だが、俺が居なくなってここを、あの子達を守れるのはお前さん位だ」


「父さんの意思は僕が継ぐ! その為に色々父さんから習ったんだ」


 それまで黙っていたジェムが、ここぞとばかりに口を開く。


「お前にはまだ早い」


「僕も、もう直ぐ十六になる。早くなんて無い」


 そう言うジェムは、シルバリオから顔を背けドアに向かって歩き出す。


 ドアの横に立て掛けられたショットガンを手に取り「見回りに行ってくる」と言い残し、部屋から出て行った。


 それを見送ったシルバリオは、目元を覆う様に手を当てると「あいつには俺みたいになって欲しくねーんだ……」と、ひとりごちた。


「親の後を継ぐってのは、立派な事じゃ無いか。何が不満なんだい」


「一人でも殺しちまうと、一生人殺しの汚名を背負って生きる事になる。それが自衛の為だったとしてもだ」


「元人殺しが言うと重みが違うね」


「まあな。今更罪滅ぼしだと息巻いた所で、俺の罪は消えない。そう言うこった」


 コンコンっとノックの後「先生、夕食ができました」と、例の舌足らずな少女の声が静まり返った部屋に響く。


「ありがとう、リリー」


 どうやら、彼女の名前はリリーと言うらしい。


「食事、出来るのかい?」


「ああ、食える内はなるべくあいつらと一緒にすると決めてる。すまんが……」


 半身起こしたシルバリオに手を差し出す。


「肩くらい貸すさ」


           ✳︎


「話は終わったのかな? アリシア君」


 子供達がせわしなく動き回り、皆で協力して食器を並べたり、スープをよそったりと夕食の準備をしている中、アタシの顔を見るなりパールが声を掛けて来る。


 なに、ニヤニヤしてんだか。


「アタシはルビーだよ」


 シルバリオを椅子に座らせながら、パールを軽く睨み付けるが、ニヤニヤはおさまらない。


「アリシアさん、どーぞ」


 アタシが席に着くのを待っていたかの様に、リリーがスープと蒸した芋の乗った皿を置いてくれる。


 どうやら子供達にはスッカリ、アリシアで覚えられたらしい。


「だからアタシはルビーだって……まあ良いわ。ありがと」


 言い掛けたが、リリーの屈託無い笑顔を見ると、不思議と名前の事など些細な事に思えて来る。


 リリーのブラウンがかった、クルクルの巻き毛に手を置き、暫しフワりとした感触を楽しんだ後、頭を撫でる。


 リリーは嬉しそうに目を瞑り、はにかんだ笑顔を見せてくれると、アタシまで自然と笑顔になってしまう。


「アリシアさん、ママみたい」


 二パーっと、子供らしい、そしてとてもチャーミングな笑顔を浮かべながら、ポロッと呟くリリー。


 その何気無い一言に、一斉にこちらへ期待のこもった視線を向ける他の子達。


 こりゃ、全員の頭を撫でてあげなきゃならない流れかね〜


 そうこうしている間に食事の準備も整い、子供達も皆席に着き始めるが……


「ジェムはまだ戻らないのか?」


 シルバリオの言葉に、子供達の視線が一箇所だけ埋まらず、ぽっかりと空いたままの席に集まった。


 見回りに行くと言っていたけど、何か嫌な予感がする……


「見回りってのは、そんなに時間の掛かる物なのかい?」


「いや……家の周りと畑を見て回るだけだ、ほんの数分で終わる」


 大体見回りが必要な程、治安が悪い様には見えなかった。


 街中も静かなもんだったし、特別狙われそうな鉱山や遺跡も見ていない。


 しかも、ここは街外れで目に付くのは芋畑位なもん……


「アンタ、誰かに狙われているんじゃ無いかい?」


 アタシの言葉に、シルバリオは無言で立ち上がり、おぼつかない足取りで玄関へ向かおうとする。


「どうする気さ!」


「ジェムを探しに行く。コナー、俺のジャケットとガンを持って来てくれ」


 コナーと呼ばれた、ジェムより一つ二つ年下位の少年は一つ頷くと、シルバリオの自室へ走って行き、言われた通りジャケットとガンベルトを持って、直ぐに戻ってきた。


 コナーから受け取ったガンベルトを腰に巻き、ジャケットを羽織るシルバリオ。


 しかし、彼は数歩歩いただけで、その場に膝を付いてしまう。


「そんな身体で何が出来るってのさ……良いよ、アタシが探しに行く」


 サファイアに目配せすると、ハンガーから外したダスターコートとハットを手にし、足早に近付いて来る。


 自分もハットを被っている所を見ると、どうやら一緒に来る気らしい。


「サファイアはここに残って、皆を守ってあげて」


 フルフルと首を横に振り、すがる様な視線を向けるサファイア。


「大丈夫、必ず帰って来るから。アタシが約束破った事有る?」


 少しの間、アタシの顔を不安気に見上げていたサファイアだったが、ようやく納得してくれたらしく、コクンと頷く。


 頷いた拍子に、ズレて顔を隠してしまったハットを脱がし、額に口付けする。


「頼んだわよ。パールもね!」


「ハイハイ、僕もついでに頼まれておくさ」


「拗ねないの! 帰って来たらキス位してあげるわよ!」


「そう言うのは良いから、無事に帰って来たまえ」


「勿論よ」


 ドアノブに手を掛けた瞬間、アタシには確かに聞こえた。


 家を取り囲む何者かの息遣い。それに混じるハンマーのコッキング音。


「皆伏せて!」


 アタシが叫んだ途端、四方八方から撃ち込まれる弾丸の嵐が吹き荒れ、壁に次々と穴を開けていく。


 コートハンガーをへし折り、テーブルを破壊し、子供達の準備した食事が床にぶちまけられる。


 いち早く反応したシルバリオは、リリー達小さな子の上に覆い被さり、身を挺して庇っていた。


 それ以外の子達も無事に見える。どうやら、こんな状況を想定した訓練も受けていたようだ。


 サファイアは勿論平気。アタシが咄嗟に引き倒したからね。


 パールに至っては、コナーがまるで小さなシルバリオの様に覆い被さり守っていた。


 なかなかやるじゃ無いの。


 散々室内を蹂躙した弾丸の嵐は唐突に止み、静寂が訪れる。


 もう一度室内を見渡してみるが、皆大きな怪我をした様子は無い。


「出て来いシルバリオ! まさか、こんな程度でくたばっちゃいねーだろ!」


 静寂を引き裂き、野太く下品な声が響き渡る。


 音を立てない様にそっと身体を起こし、割れた窓から外を伺うと、孤児院の敷地から少し離れた所に声の主と思しき髭面の男を見付けた。


「アンタの知り合いかい?」


「ああ……ドン・マニエロ。ブラッドフットブラザーズの頭目だ」


「ブラッドフット……聞いた事有るね。で、何でアンタが狙われるのさ」


「……」


 アタシの問いに答えない代わりに、銃を抜き起きあがろうとする。


「バカな事考えるんじゃ無いよ! 今のアンタが敵うわけ無いだろ」


「どうしたシルバリオ。さっさと出てこねーと、このガキの命が無いぞ!」


 ドン・マニエロの後ろに控えていた手下が、足元に何かを転がす。


 それは、後ろ手に縛られ、更に逃げられない様足首まで縛られた、哀れなジェムの姿だった。


 クソッ! この距離じゃ、ジェムが無事かも分かりゃしない。


「賞金稼ぎから足洗って、ガキどものオモリとは随分落ちぶれたじゃねーか、シルバリオ。それとも昔の名前で呼んでやろうか?

 早撃ちクイック・シルバー!」


 ゆらりと、音も無く立ち上がるシルバリオ。


 怒りを通り越し、感情の死んだ青白い顔。瞳にだけは明確な殺意を宿らせ、それはまるで幽霊ゴースト死神グリム・リーパーのようだ。


 無言でドアに手を掛け、外に出ようとする彼の腕を押さえ、無理矢理こちらを向かせる。


「アタシが行くって言ったろ? 病人は引っ込んでな」


 その言葉に、僅かだけ感情が戻ったシルバリオは「すまない……」と、一言だけ呟きアタシにドアの前を譲った。


 シックススターをガンベルトから引き抜き、ハンマーを起こしシリンダーの残弾を確認する。


 アタシはニヤリと不敵な笑みを浮かべ、ドアを開け放つ。


「さて、ひと暴れしてやろうかね」

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