第31話 ロクデナシの顔でも拝んでやろうかね
孤児院『天使の歌』
街外れに、ひっそり佇む簡素な建物。
そこそこの広さを持つ敷地は、石を積み重ねて作られた低い塀に囲まれ、建物以外の空いた庭は見渡す限りの芋畑になっていた。
畑を見ると、下は5、6歳から上は15、6歳と、広い年齢層の子供達がテキパキと畑仕事をこなして居る。その数は7名程。
「お嬢ちゃん、シルバリオさんに会いたいんだけど」
アタシは丁度近くを通りかかった、芋の入ったカゴを運ぶ途中の少女に声を掛けた。
ヨタヨタとやや危なげな足取りで、自分の身の丈程も有るカゴに、芋を満載にして運ぶ10歳位の少女は、アタシの声に振り向き首を傾げる。
「先生に何かご用ですか?」
先生?
「古い知り合いなの。会えるかしら?」
「少し待ってて下さい」
やや舌足らずだが、しっかりとした受け答えをした少女は、芋のカゴをその場に置くと建物の方に駆けて行く。
「ジェム兄ちゃーん、先生にお客さんだよー」
少女がそう声を掛けたのは、一番年長に見える、それでもまだ子供と大人の間位の少年だった。
ジェムと呼ばれた少年は、少女と二言三言話すと、アタシ達の方に近付いて来るが、その手にはしっかりと水平二連のショットガンが握られている。
まあ、あっちにして見れば、アタシらは見知らぬ余所者な訳だから無理も無い。
むしろ、手ぶらで近付いて来るような、お人好しなら今頃生きていないだろう。
ジェムはアタシ達の数歩前で立ち止まり、不信感を湛えた目でジロジロと眺めて来る。
彼は、右足を一歩引き半身に構え、ショットガンを両手で持ち腰の辺りで支えて居る。
銃口こそこちらを向いていないが、少しでもおかしな動きを見せれば直ぐに発砲出来る姿勢だ。
悪くない、なかなか良く仕込んであるね。
「どう言ったご用件で?」
やや緊張した声色で、質問してくる。
「シルバリオに会いたい。それだけさ」
アタシの答えに眉をひそめ、怪訝な表情を返す。
「先生は今お休みになっています。誰とも会えません」
こんな真っ昼間から? それが嘘じゃ無いとすれば、もしかして……
「どっか悪いのかい?」
ピクリと、ジェムの身体に緊張が走る。
「兎に角、先生には会えません。お帰り下さい」
ショットガンを持つ手に、力が加わっているのが分かる。
撃つ気が無くても、暴発しちまいそうだね……
これ以上、刺激しない方が良いのは確か。
でも、ここで引き下がったら、アイツに会う機会は永遠に失われる。
そんな気がした。
「ボウヤ。肩の力を抜きな、そんなんじゃあウッカリ、トリガーを引いちまうよ。
それにアタシだって銃を向けられりゃあ、黙ってるつもりも無い」
シックススターのグリップに軽く手を添え、相手にこちらも銃を持っている事を確認させる。
撃てば、ただじゃ済まない。
それを再認識させるためだ。
場に緊張感が漂う。
頼むから、おかしな事を考えるんじゃ無いよ……
「ジェム、そこまでにしときな。お前さんが敵う相手じゃねーよ」
一触触発の空気を一変させたのは、先程の少女を先頭に、何人かの子供達に支えられ現れた、白髪の男だった。
「先生!」
肌着にジャケットを羽織り、今まさにベッドから出て来たような格好。
銀色だった髪は、艶を失い白く見える。
身体も痩せ細り、服の隙間から覗く胸元や腕の、逞しかった筋肉もすっかり落ちていた。
頬もこけ、顔色も良いとは言えない。
無精髭は……ああ、それは前からだったね。
それは紛れも無く、アタシを助け、アタシを捨てた男……
「……シルバリオ」
「よお、アリシア。暫く見ない間に、良い女になったな」
✳︎
シルバリオはアタシ達を孤児院の中へ招くと、直ぐに自室のベッドで横になってしまう。
「折角会いに来てくれたってのに、こんな格好ですまんな」
アタシと、どうしても一緒に行くと聞かないサファイアの二人だけが、シルバリオの自室に通された。
部屋の外、ドアのすぐ脇では傍にショットガンを立て掛け、腕を組んだジェムが。まるで用心棒の如く立っているが、いつもの事だから気にしなくて良いとの事。
パールは他の子達とキッチンへ、今頃芋の皮剥きに勤しんでいるだろう。
渋るかと思っていたけど『初めての経験だから、少し楽しみだ』とか言っていた。
それに、子供達も不思議とパールに懐いていてる。同じ年頃の子供と思われている節があるけど、本人も満更では無さそうなので黙っておこう。
採れたての芋を料理して、今晩ご馳走してくれるそうだ。
「七年ぶりか?」
「八年だよ」
「そうか……」
「見る影もないね」
記憶の中に有る彼の姿は、逞しく自信に満ち溢れていた。
それが、こんな風になっちまってるなんて……
「違いない、全く情け無い姿だろ?
早撃ちだの最強だの言われてきたが、病気には勝てなかった」
「医者には?」
「高い薬や治療費を払った所で、ほんの少し寿命が伸びる程度だとよ。どの道そんな金は無いけどな」
「……そう」
「シケタ面すんじゃねーよ。折角の美人が台無しだぜ?」
そう言うと、シルバリオはアタシの頭に手を乗せ、ガシガシと乱暴に撫でるが、その腕に昔の様な力強さは感じられ無い。
それでも、久々の感触に昔の光景が蘇って来る。
良くグズったアタシの頭を、こうして撫でてくれたっけ……
不器用な彼なりの、精一杯の愛情表現。
って、何でアタシの方が慰められてるのさ。
「よしなよ、アタシはもうガキじゃ無いんだ」
シルバリオの手を、わざと乱暴に払い除ける。
年甲斐も無く、照れちまったじゃないか……
「そうだったな、アリシア。いや、今はルビーか」
「アリシアって柄じゃ無いだろ? アタシはルビー。賞金稼ぎのルビーさ」
「へっ、あの泣き虫で世間知らずのお嬢ちゃんが立派になりやがって」
シルバリオは目を細め、どこか満足そうな笑顔でアタシの事を見つめて来る。
「アンタに鍛えられたからね」
飯の作り方から、野営の仕方。そして人の殺し方まで……
「俺はただ、このクソッタレな世界で生きる
ところで、そっちのお嬢ちゃんは?」
「この子はサファイア。アタシのパートナーさ」
サファイアの肩を抱いて引き寄せながら、彼女との出会いからを語って聞かせる。
「なるほどな……サファイア、ルビーの事宜しく頼むぜ。こいつの過去、知ってるなら尚更だ。そう言うのも引っくるめて、こいつの事支えてやってくれ」
サファイアはコクリと頷き、
「言われるまでも無い。私はルビーの生涯のパートナーだから」
言いながらサファイアは、肩に掛かったアタシの手にそっと触れる。
アタシもそれに応える様に、細い指を握り返す。
「安心したぜ。
……なあ、ルビー。俺の最初で最後の頼み、聞いちゃくれねーか?」
「なんだい、改まって」
「俺が死んだら、
神妙な面持ちのシルバリオは、思いもよらない事を口にする。
「アタシに孤児院を引き継げって言うのかい!?」
「ああ、お前になら安心して任せられる」
「勝手な事を言うんじゃ……」
言い掛けた所で、アタシの言葉はドアを勢い良く開け、飛び込んで来たジェムによって遮られる。
「父さん! 僕は反対だ。そんな見ず知らずの女に、ここを任せるなんて!」
「ジェム……」
「ちょっと、父さんって……父さん!?」
「ジェムは俺の息子だ。他の子の手前、普段は先生と呼ばせているがな」
シルバリオが左手を上げ、薬指と小指にはまった二つのリングをアタシに見せる。
同じデザイン、一対のリング。それが何を意味するか位はアタシにも分かる。
「もう、あいつに先立たれて四年になる。
ジェムは死んだ女房の連れ子だ」
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