第2話 ルビーとサファイア(後編)
「ピー」と頭の中に警告音が鳴り響く。
どうやら船内に何かしらの生物が侵入したらしい。
砂の中から時たま現れる巨大環形動物なら自動迎撃システムが働いて直ぐ灰にする筈だけど、わざわざアラームを鳴らして来ると言う事は、迎撃対象にして良いかの確認?
船内カメラを起動し侵入者を見る。
燃える様に赤い色をした癖っ毛につば広帽を被り、フラフラと怪しい足取りで船内を歩く女性?
カメラをズームし顔を確認する。
疲れ切った顔をしている。
けど、綺麗な人。
瞳も髪と同様赤いのね。
情熱的な赤......
体調をスキャンしたところ衰弱が酷い。特に脱水症状は深刻な状態。
このままにしていたら死んでしまう。
助けに行くべき?
いえ、それは無理。
私は今動けないから。
動く許可を与えたれていないから。
動けと命令されていないから。
私の受けた命令はこの船を守る事。
そう命令した人はすぐ隣のシートに座ったまま眠り続けている。
私の体内時計では既に225年と7ヶ月14日08時間が経過している。
彼はもう目を覚ます事は無い。
でも命令は絶対、新しい命令で上書きされる迄は。
船を守れと命令されたけど、人を攻撃する事は出来ない。
これは私を構成する人格プログラムより深い所に有る絶対優先命令。
一つ、人を傷つけてはならない。
一つ、命令には従わなければならない。
一つ、自らを守らなければならない。
カメラ越しの彼女は倉庫で暫く物色していたけど何も得る事が出来ず、その綺麗な顔に深い落胆の表情を浮かべ私のいるコックピットブロックまで歩を進める。
彼女はもうすぐそこまで来ていた。
後はドア一枚開ければ私と彼女は相見える事になる。
彼女は私を見てどう思うかな?
驚く? それとも怖がる? 両方?
私に危害を加えるかも。
そうなった場合私はどうすれば?
3つの絶対優先命令の内どれを優先すれば?
考えている内に彼女はドアをこじ開けコックピット内に入り込んで来る。
最初に隣のシートを確認して次は私の番。
その時私は彼女の顔を直接見たいと思った。
だから目を開けて彼女を見た。
彼女は私を見ると驚愕の表情を浮かべ、たった一言「うそ......」と呟く。
そんな彼女を私はじっと見つめ返す。
カメラ越しじゃ無い彼女はやはりとても綺麗だった。
✳︎
「うそ......」
何でこんな所に? 生きてる......わね。
歳の頃は14、5ってところかしら。
青い髪に青い瞳。整った顔はまるで人形の様に愛らしい。
衣服と言って良いのか解らないボディーラインがはっきり分かる程タイトな全身スーツに身を包んで椅子に座りアタシの事をボンヤリとした表情で見つめてる。
もしかして誰かに拐われてここに監禁されている?
いえ、この部屋もそうだけど船自体長い間誰かが出入りした形跡は無かった。
それに彼女をよく見れば、全身に薄っすらと埃が積もっている。
まるで長い間そこから動いていないかの様に。
だとしたら彼女は一体......
「あ・たを・・・い」
不意に彼女が口を開いた、何か言おうとしているみたいだけど上手く言葉が出て来ていない。
「あなたをた・・たい」
「落ち着いて、ゆっくりで良いのよ。
なあに?」
何かを必死に伝えようとする彼女の口元に耳を寄せる。
「あなたを助けたい」
アタシを、助ける?
「あなたは苦しんでいる、だから助けたい」
謎の少女はアタシを助けてくれるらしい。
彼女が何者で、どうやって助けてくれるかは解らないけど、今はそんな事どうでも良い。
「そうね......アタシも助けて欲しい。
どうすれば良いか教えて?」
「命令して」
「命令?」
「そう、私は命令されないと動けない。
だから命令して」
アタシから視線を外さずそう言い放つ少女。
良いわ、その話し乗ってあげる。
「解ったわ。
命令よ、アタシを助けなさい」
「新規の命令が入力されました。現行命令は入力者の死亡により破棄を申請。受理されました。新規命令を受諾。受理されました。船長権限の移行。受理されました。船長登録をお願いします。入力待ちです」
一気に捲し立てたと思ったら急に静かになりアタシの目をじっと見てそのまま動かなくなる。
名前を言えば良いのかな?
「アタシの名前はルビー」
「船長登録。受理されました。船長権限の移行完了しました。これより私CFMS-XIIはキャプテンルビーの指揮下に入り三原則に違反しない限りその命に従います」
「え? あ? はぁ......」
「私CFMS-XIIはキャプテンルビーに対し緊急救護措置を実施します。許可を」
「ちょちょちょっと待って、さっきから何を言ってるのか半分も理解出来ないんだけど......」
「繰り返します。私CFMS-XIIはキャプテンルビーに対し......」
「いやそうじゃ無くて!
先ずアナタは何者なの?」
「私はCFMS-XIIです」
「それ何? 名前は無いの?」
「CFMSはCentral fleet management system(船団集中管理システム)の略称です。
その第12番目にあたります」
「いやそれ名前じゃ無いでしょ?」
「私に個体名称は有りません」
「名前が、無い?」
「私は船団内の各移民船に配備された端末で有り、船長の補佐及び代行権限を有する物です」
「つまりアナタはロボットって事?」
「アンドロイドです」
「え?ロボッt」
「アンドロイドです」
「あ、はいアンドロイドね。
で船長って、もしかして......」
アタシは隣の椅子に座って居るミイラを指差す。
「はい、その方が先代の船長です。
キャプテンルビー」
「ちょい待ち、先ずアタシはキャプテンなんかじゃ無い。
ルビー、ただのルビーよ」
「了解しました。今後キャプテンルビーの呼称はルビーと変更されます」
「それからアナタ、そのCFMなんちゃらってのは言い難いから......」
少女のサラサラとした青い髪と不思議な深みを持つ青い瞳を見る。
「アナタはサファイア。良い?今からアタシはアナタをサファイアと呼ぶわ」
「了解しました。今後CFMS-XIIの個体名はサファイアと定義されました」
「うん、よろしくねサファイア」
「こちらこそよろしく。ルビー」
っと、話が一段落したら急に目眩が酷くなって来た。
今まで忘れていた頭痛も更に酷くなってぶり返してくる。
立っていられずその場に崩れ落ちそうになるのをサファイアに支えられた。
「ルビー。貴方は現在脱水症状の中期段階です。緊急救護措置の許可を求めます」
「水、水が有るの?」
「私の稼働用燃料は水素です。水素は水を電気分解し作り出します。水は大気中から集め生成する事が出来ます」
「つまり?」
「私の体内には水がストックされています」
「解ったわ、許可するから早く水をちょうだい」
「了解。これより緊急救護措置を実行します」
そう言うとサファイアはおもむろに身に付けていた薄くタイトな衣服を脱ぎ始める。
「ちょっと! 何してるのよ。確かにアタシは貴方みたいに可愛い子は大好きよ? だけど今はそれどころじゃ無いでしょ!」
サファイアは怪訝な表情を浮かべながら衣服を完全に脱ぎ去った。
「余剰水分を排出する器官は人間がそうするのと同じシステムを兼用するため股間部分に設置されています。
よって衣服は邪魔になるとの判断です」
えっ、それってつまりオシッ......
「それはダメでしょ! アタシにそんな趣味は無いわ!」
「大丈夫です。生成された水は体内の濾過装置を通し不純物の無い状態です。飲料用にも充分適しています」
「倫理的な問題よ! 他からは出せないの?」
サファイアは少し考え。
「口から出す事も出来ますが、一部フィルターを逆流してしまいますので不純物が混じる恐れが有ります」
幼気な少女の股間に口を付けて飲むより口移しの方が遥かにマシに思えた。
そして身体は一刻も早く水を欲して居る。
「もうそれで良いわ」
「了解しました」
そう言うとサファイアは何の躊躇いも無くアタシの口に自分の小さな唇を重ねる。
すると直ぐ様口の中にやや温めの水が流し込まれて来た。
アタシはそれを貪る様に次々と飲み込んで行く。
身体に水分が行き渡るの感じる。
ああ......生き返った。
不意にサファイアが申し訳なさそうな顔をしながら口を離す。
「ルビー。体内の余剰水分が無くなりました。生成に少し時間が掛かります」
「充分よ。有難うサファイア。アナタのおかげで助かったわ」
アタシはサファイアを抱きしめお礼の言葉を口にする。
「ル、ルビー。これは......」
「ゴメンね、他に感謝を伝える方法が思い付かなかったの。イヤだった?」
「い、いえ。でも何だか変な気分です。今までに感じた事のない、言語化不可能です」
それを聞いてアタシはたまらず吹き出してしまった。
「何が可笑しいのでしょう?」
「良いのよ、アナタは何も可笑しく無い。
今まで感謝された事が無いか、有っても伝えられた事が無いのね。
良いわ、アタシが色々教えてあげる」
「はい、ルビー。色々教えて下さい」
思い掛けない所で相棒が出来ちゃった。
これから先の旅は面白いものになりそうね。
先ずはそうね......話し方から教えようかな?
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