第1話 ルビーとサファイア(前編)
大量に砂を含んだ突風が容赦無く吹き付けダスターコートをはためかせる。
目深に被ったテンガロンハットが吹っ飛ばされそうになるのを必死に手で押さえ付ける。
突然だけどアタシは今死に掛けている。
正確にはウマも装備の大半も失って砂嵐の中を徒歩でほっつき歩いてるってだけ。
今すぐどうこうって訳じゃ無いけど、このままなら長くはもたないね。
そもそも何でこんな目に合ってるかと言うと、たまたま立ち寄った村で馴れ馴れしく近づいて来た情報屋を自称するマスク男の言葉にまんまと乗せられたから。
鳥のクチバシを模したヘンテコなマスク(確かペストマスクとか言うんだっけかな?)を被ったふざけた身なりの男。
曰くファーストステップスが残したお宝の在り処を示した地図を持ってるって話し。
そんな物が有るなら自分で探しに行けば良いと言えば、命は惜しいと答え。
何処で手に入れたかと問えば、企業秘密とはぐらかす。
如何にも怪しい男だったけど他にこれと言った情報も無かったし値段も手頃だったからつい、ね。
で、地図の場所まで向かってたんだけど、途中でワームの巣を突いちまってウマと装備の大半を失って、オマケに嵐まで酷くなって来て今に至ると。
そんな訳で今アタシは死に掛けている。
もう何時間彷徨ったかわかりゃしない。
砂嵐はゆっくりだが確実に体力と体の水分を奪って行く。
口元にはスカーフを巻き付けて有るので呼吸は何とかなる。
つばの広いハットのおかげで視界も辛うじて確保出来るが......
ああ、水が欲しい......
乾き切った喉を潤したい、頭からかぶって身体中に着いた砂を洗い流したい!
アタシ帰ったら可愛い子猫ちゃんと水浴びするんだ〜......
いけないいけない、意識が朦朧として来て思わず死にフラグっぽい事考えちゃった。
左手に引きずる半分千切れたサドルバックを忌々しげに見つめる。
ワームに襲われた際、咄嗟に引っ掴んで持って来たのだが......
何で水と食料が入った方に食らい付くかな〜〜〜!!!
中身を確認すると、ロープ、ランタン、予備の弾薬、数本のダイナマイト。
そりゃ確認するまでも無く知ってるさ。
中身を詰めたのはアタシ自身だもの。
ダイナマイトって食べると甘いって聞いた事有るな〜......
フッ最後の晩餐はダイナマイトか、どうせならもう少しまともな物食べてから死にたかったね。
口の端を上げ自嘲気味に笑って見るが当然気分は晴れない。
当ても無く歩いているとろくな事を考えないが、自分が意外とヘタれたメンタルの持ち主だと認識出来たのが本日一番の収穫で有る。
腰のガンベルトに収まる6連発リボルバー「シックススター」の大きな薔薇の花が刻印されたグリップにそっと触れる。
飢えと渇きに苦しみながら死ぬ位ならいっそこいつで頭を吹き飛ばせば......
なんて考えている訳じゃ無い。
愛銃シックススターに触れると少し気分が落ち着く。
これはちょっとしたおまじないみたいな物。
アタシみたいに信頼出来る仲間を持たない者にとっては銃が唯一、命を預けられる相棒なのだ。
気分が落ち着くと自分の体に異常が起きつつある事に気付く。
頭痛がする。身体が熱を保っている。目眩がする。
どれもが脱水症状による物だ。
更に症状が進めば、いずれ意識を失い死に至るだろう。
ああ、神よ、どうかアタシに水を寄越せコンチクショウめ!
無論この世に神などいない事は知っているし、いたとしてもアタシみたいなのに救いの手は伸ばさないだろうね。
さあ、いよいよ限界が近い。
ハットを抑える手に力が入らなくなって来ている。
このハットが風で飛ばされりゃ砂嵐の中で目を開けている事すら出来なくなる。
それこそ一巻の終わり。ジ・エンド。
砂に覆われ干からびるか、砂虫の餌になるか、二つに一つだねこりゃ。
いやちょい待ち!
絶望的な状況に神の救いか、はたまた幻覚か。
視界の端に捉えた白いシルエットには見覚えが有る。
情報屋の地図が本物だったのか、それともただの偶然か?
辺りに何も無い砂漠のど真ん中に突如現れた白い人工物。
それは過去何度かお目に掛かった事の有る、ファーストステップスの乗っていた船に酷似していた。
助かるかも知れない!
船体は地面に対して斜めに突き刺さり半ば砂に埋もれ、露出した船体も風塵に晒され朽ちかけてはいるが、今はこれに賭けるしかない。
最後の力で駆け寄り船体に空いた隙間へ身体を捻じ込ませると、うんざりしていた砂嵐から開放される。
荒れた船内のちょっとしたスペースを見つけ、座り込みマスク代わりのスカーフを外して大きく深呼吸する。
たったこれだけでも僅かながらだが体力が回復した。
「やっと一息付ける......」
確かに一息付けるがこれで助かった訳では無い。
生き延びる手段を探さないと死に場所が変わるだけだ。
荷物からランタンを取り出し明かりを灯す。役に立たないと思っていたが、途中で手放さずに良かった。
依然として続く頭痛に辟易しながらも重い腰を上げ船内をうろつく。
今まで見て来た移民船とは随分様子が違う。
小さ過ぎるのだ。一隻の移民船には10万人からのスリーパー(氷漬けで眠らされた奴ら)が積まれていたと聞いた事が有る。
当然船体も巨大になり通常は1500メートル以上の大きさって話だ。
ところがこの船は良いとこ100メートル有るか無いかってところ。
余り期待は出来ないかもね......
緩やかな下り坂になっている通路を進んで行くと貨物スペースらしき場所を見つける。
乱雑に散らばった物資に期待を込めて物色するが、どれもこれも手に取った瞬間バラバラと崩れ去る。
200年も経ってるんだから当たり前か......
とにかく探索を続けようと更に奥へ進むとどん詰まりが見えて来た。
壁に見えたが、近付いてみるとスライド式のドアだと解る。
ドアに打ち付けられたプレートには「コックピット」と刻まれており、つまりはこのドアの向こう側が船の終点と言う事になる。
結局何も見付からなかったね、命運尽きたかな?
まあここまで来たんだから最後まで確認はするけどね。
ドアと壁の間に有る僅かな隙間に指を掛けて力を込めると、拍子抜けする程あっさりドアは開いた。
狭いコックピットには二つの椅子が並んでおり、一つの椅子には船の操縦士らしきカラカラに乾きミイラ化した死体が座っている。
そしてもう一方の椅子には......
「うそ......」
青い髪の毛の少女が同じ位青い瞳でアタシの顔をボンヤリと見つめ返していた。
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