10 絶交
目覚めると、そこは《ヴァルタの大森林》だった。
魔獣やタカヤに追われる中、どうにかログアウトしたあの場所なのは間違いない。目の前には、未処理の魔獣の死骸が転がっていた。
――魔獣が解体されずに残ってるってことは、タカヤはここまで追ってこなかったのか? それとも、単に魔獣には興味なんてなくて、スルーしただけか……。
夏樹はきょろきょろと周囲を窺いながら、うさっちを顕現させた。
「ご主人様! 無事だったぴょん?」
「心配かけてごめんね。このとおり、ぴんぴんしてるよ」
夏樹は力こぶを作る仕草をし、うさっちを安心させた。
「よかったぴょん……。突然憑依が解けたかと思ったら、勝手に召還されちゃって、あちし、何が何やら……」
クラリクと出会う直前に起こった、憑依の自動解除と意図せぬ召還。
夏樹にも原因がわかっていないが、もう一匹の使い魔を得るために、システムが行った必要な処置だったのかもしれないと、勝手に考えることにした。
「いろいろあったんだよぉ。もう一匹の使い魔との出会いとか、色々」
「ぴょんっ!? あちし以外に、使い魔と契約したのかぴょん!?」
初耳だと言わんばかりに、うさっちはぴょんっと飛び跳ね、首を左右にきょろきょろと振った。
「うさっちとは真逆の、真っ黒なうさぎだよ。クラリクって名付けたんだけど」
「むむむぅ、あちしのライバル出現かぴょん……」
うさっちは立ち上がると、地団太を踏むように、両後脚を交互に上げる。
夏樹はそんなうさっちの態度を、苦笑しながら見つめた。
「っと、ごめんねうさっち。今君を呼んだのは、周囲に何かヤバい奴が潜んでいないかを、確認してもらいたかったんだ」
「了解だぴょん!」
うさっちは耳をぴょんと立てて、周囲をぐるりと見まわした。
途端に、夏樹のマップ表示に、うさっちの知覚した情報が表示される。
「エネミーの赤は無し。タカヤと思われる白もないから、とりあえずは安心かなぁ。例のストーカー接近警告も、出てないし」
マップ表示には、夏樹本人が知覚した情報以外にも、使い魔やパーティーメンバーが収集したものまで、きちんと記される。
うさっちの鋭い聴覚からみても、どうやら周囲に危険はなさそうな気配だ。
「どうするぴょん?」
「このまま、安全なルートでヴァルタの街に戻ろうかな」
「戻るぴょんっ!」
うさっちは飛び上がり、夏樹の身体をするするとよじ登ると、いつもの定位置の肩にちょこんと座った。
「っと、その前に、ユウトに送ったフレンドメッセージの返事を、確認しておかなくちゃ」
昨日、ログアウト後に、《ナツキ》の無事を知らせるメッセージを、ユウトに向けて送っている。
おそらくは、その返事が戻ってきているはずだ。
「えっ!?」
フレンドリストを開いた瞬間、夏樹は素っ頓狂な声を上げた。
「どうしたぴょん?」
「な、なんでもないよ、うさっち!」
うさっちが首を傾げるが、夏樹は慌てて頭を左右に振った。
――まじかよ。ユウトの奴、フレンド切りやがった!
フレンドリストにあるはずの、ユウトの名前が消えている。
何度も見返したが、やはり、ユウトの名はない。
いよいよもって、好ましくない事態かもしれない。
夏樹と夏帆の関係性と、《ナツキ》の正体と。
これらをユウトに知られたために、呆れられて、フレンドを切られたとしか、思えなかった。
夏樹は愕然とし、肩を落とす。
――どうしよう……。夏帆、怒るだろうなぁ……。
夏帆の想い人のユウトから、絶交を言い渡された格好だ。
衝撃が大きい。
――とりあえず、ユウトにMOTS内で直接会って、事実関係があいまいなうちに、夏帆の告白の言葉を伝えちゃったほうが、いいかもしれない……。
夏樹がMOTSにログインするきっかけとなった当初の目標を、どんな形であれ、果たしておきたい。
だが、フレンドを切られた以上、今ユウトがどこにいるのかが掴めない。
そもそも、MOTSにログインをしているのかどうかすら、夏樹からはわからない状態だ。
――とにかく、この場にいるのは危険だ。いったんヴァルタの街に戻ろう。
夏樹は足取りも重く、街へと帰還した。
ヴァルタの街の、拠点の宿に戻ってきた。
そこに、タイミングよくリリアがログインしてきた。
――リリアに、ユウトの件を相談してみるかな……。
だが、夏樹は少し、躊躇した。
――リリアは、《ナツキ》よりもユウトと過ごしている時間のほうが、圧倒的に多いよな。もしユウトから絶交されたなんて話をしたら、逆に呆れられて、愛想をつかされたりしないか?
リリアなら、夏樹の話を聞かずに、一方的に離れていくような真似はしないはずだ。そう信じられる。
しかし、いまだに過去の古傷が、夏樹を弱気にさせた。
――ここでまた、リリアに裏切られでもしたら、はたして僕は立ち直れるのか?
ユウトが離れていったのは、夏樹の自業自得だという側面もある。だが、リリアは違う。そんなリリアに、見捨てられでもしたら。
――立ち直れないかもしれない……。でもっ、それでも、僕は……。
今ここで、以前のように逃げてしまえば、また元の木阿弥。夏帆の願いを、踏みにじるのと同じだ。
夏樹は唇をぎゅっと結んだ。身体がかあっと熱くなり、心臓もバクバクと早鐘を打つ。
――よし、やるぞ!
夏樹は意を決し、フレンドリストを表示した。リリアを選択、通信要請を送る。
すぐさま、リリアから許可の返事が戻ってきた。
「リリアちゃん、ちょっといいかな?」
『ナツキちゃーん! ちょうど私からも、連絡しようかと思っていたんだよ!』
どうやら、リリアも話があるようだ。狩りのお誘いだろうか。
夏樹は小首を傾げつつ、言葉を待った。
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