4 夏樹の決心

「まだ、終わりじゃない……」


 夏樹はタカヤから距離を取り、つぶやいた。

 と同時に、《憑依精霊術》を解除する。


「おやおや、憑依を解いちまうとは……。素直に負けを認めるのか?」


 使い魔と分離した夏樹を見て、タカヤは豪快に笑いだした。


「ぴょ、ぴょん?」


 うさっちが心配そうに夏樹を見上げている。


「うさっち、ごめんね。ちょっと、お休みしてて」


 夏樹は口にすると、うさっちを召還した。かわりに、クラリクを顕現させる。


「なっ!?」


 タカヤとユウトから、驚愕の声が上がった。

 新たな別の使い魔が現れたのだ。使い魔は一匹しか持てないと思っているタカヤたちにとっては、当然の反応だろう。


「クラリク、君の力を貸して!」


「任せろ、ご主人!」


 夏樹は両手を広げ、天に掲げた。


 ――もう、ユウトをごまかすのは限界だ。なら、せめて、リリアのペンダントだけでも、取り返したい!


 夏帆として、想いをユウトに伝える望みは、もはや消え失せた。なら、割り切って男としての姿をさらすのみだと、夏樹は腹をくくった。


 ――ソロで打ち勝つには、前衛能力が絶対に必要だ。《戦士》になって、タカヤを討つ!


 対プレイヤーでの一対一の戦いなら、《精霊使い》よりも断然《戦士》だ。もう、迷わない。


「《憑依精霊術》!」


 夏樹の掛け声とともに、黒い靄が周囲に漂い始めた。


「な、なんだこりゃ……」


 先ほどまでの余裕が一転、タカヤは訝しげにつぶやく。

 靄は一気に夏樹の全身を覆い、すぐに消えた。


「これが、ナツキ……?」


 クラリクとの融合後の姿を見て、ユウトは目を丸くしている。


「やっぱ、森の中で見たあの黒髪の男は、ナツキだったのか……」


 ユウトのつぶやきが漏れた。


 ――この姿をユウトに見られていた? だから、現実世界で、わざわざ僕の学校の人間から情報を聞き出してまで、真相を知ろうとしたのか……。


 どうやら、森の中でクラリクと憑依をし、魔獣と戦っているところを、見られていたようだ。

 ログアウトの際に藪から物音がしていたが、その主がユウトだったのだろう。

 だが、もう夏樹には関係がない。

 下手にごまかす必要がなくなった以上、あとは、この男の姿で全力を尽くすのみだ。


「おまえ……」


 タカヤは信じられないといった表情で、震えた声を漏らした。


「ご覧のとおりさ。僕が男で、がっかりかな?」


 夏樹は平らになった胸を逸らし、ふんっと鼻で笑った。


「くそっ! まだ男だって、決まったわけじゃねえだろうがよぉ」


 タカヤはぶんぶんと頭を振って、目を細める。


「そんな美少女な男が、いてたまるかってんだ!」


 かつて一度聞いたセリフを、タカヤは再び吐いた。


「女顔で悪かったな!」


 夏樹はカーっと顔が熱くなった。男の姿で、決して聞きたくはなかった台詞だ。

 頭では冷静になれと警鐘を鳴らしているが、気持ちが付いていかない。

 荒く息をつきながら、タカヤを険しく睨みつけた。

 タカヤが素早く矢をつがえた。

 夏樹は《大樹の杖》を両手で構えると、距離を詰めるべく地面を蹴る。

 矢が放たれるよりも一瞬早く、夏樹はタカヤの懐に飛び込んだ。


「そぉれっ!」


 めいっぱい横なぎに振った、力任せの杖の一閃が、タカヤの弓を激しく叩いた。


「ぐおっ!」


 タカヤはうめき声を上げ、手から弓を放した。

 弓は回転して、大きく円弧を描きながら、ユウトの足元まで派手な音を立てつつ、転がっていった。


「おら、弓を渡せ!」


 タカヤはユウトに怒鳴りつけた。


「ほらよっ!」


 ユウトは弓を拾い上げると、ひょいとタカヤに投げてよこした。


「ちょ、ユウト!」


「しーらねっ」


 ユウトはとぼけたような口調で、プイッと横を向いた。


「へっへ、どうやら色男は、オレの味方らしいぜぇ」


 タカヤは口角をニッと上げながら、弓を握り直した。


 ――せっかく得物を吹っ飛ばしたのに、振出しに戻っちまった。ユウトの奴、傍観を決め込んでいるかと思えば、まさか、タカヤに手を貸すなんて……。


 そこまでユウトとの関係がこじれたのかと思うと、夏樹は泣きたくなる。

 手足が途端に、重苦しいものに感じた。


「ほら、隙ありだ!」


 夏樹の意識がユウトに向いた瞬間を、タカヤは見逃さなかった。

 鋭い矢の一撃が夏樹に襲い掛かる。

 さすがに、かわせなかった。

 ぐさりと、右太ももに矢が突き刺さった。


「へっへっへ、戦闘中によそ見はいけないぜぇ、お嬢ちゃん」


「ぼ、僕は男……」


「まぁ、あんたが男か女かは、あとでじっくりと身体で教えてもらうから、構わんさ」


 夏樹に近づきながら、タカヤはべろりと舌なめずりをした。

 背筋が、凍る……。

 夏樹は太ももに刺さった矢を抜きながら、じりじりと後退した。

 ユウトは何もしゃべらず、つまらなそうに事態を見守っている。


「さて、お遊びはここまでだぜぇ……」


 タカヤは懐から短剣を取り出した。

 とどめは接近戦のつもりなのだろう。


 ――この脚じゃ、まともに戦えない。負けるのか、僕……。


 敗北すれば、夏帆とリリアの絆のペンダントが、永遠に失われる。加えて、夏樹は以後、タカヤのしもべとして、辱められる運命が待っている。


 ――そんなの、許せるわけがない……。夏帆に、会わせる顔がないんだよ!


 刺傷からの出血で意識が混濁していく中、夏樹は歯を食いしばって、身体をぐいっと起こした。


「あんたなんかに、負けてたまるかっ!」


 夏樹はタカヤを睨みつけ、力の限りで吼えた。

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