3 決裂

 PvPフィールド《ヴァルタ》に入った夏樹たちは、中央噴水広場までやって来た。


「さて、さっそくはじめるか」


 タカヤは背負っていた弓を降ろしながら、つぶやいた。


「ルールは?」


「もちろん、すべて有りだ。使い魔、精霊術、マジックアイテム、レア装備、なんでもござれでいくぞ」


 夏樹が確認すると、タカヤはニヤリと笑いながら答えた。

 PvPフィールドでは、設定でいくつかの能力を制限できる。

 精霊術をなしにして物理攻撃だけを有効にしたり、アイテムの使用を制限させたり、色々なパターンがあった。

 今回は、それら制限の一切を取っ払って、実際の戦闘と同じルールでやろうという提案だ。


「おい、ちょっと待て」


 ユウトが口を挟んだ。


「なんだぁ、色男」


 タカヤは顔をしかめ、ユウトを睨みつける。


「その呼び方はやめろ! オレの名はユウトだ」


 ユウトは怒声を上げて抗議をすると、ひとつ咳払いをした。


「これじゃ、後衛で、しかも回復が主体のナツキには、圧倒的に不利じゃないか?」


「ちっ! 余計な横槍を」


 タカヤは舌打ちをした。

 夏樹も、自分に不利な条件だとは気づいていた。ただ、ここで下手にごねて、タカヤにへそを曲げられても困る。

 リリアのペンダントを取り返せないまま、タカヤに勝負は無しだと言われて去られても、それはそれで面倒だ。

 ペンダントはタカヤが正当な手段で入手しているので、運営に訴えたところで、取り返せないのは間違いない。ここでタカヤとの勝負が流れてしまえば、未来永劫、取り返す機会は訪れないだろう。


「何なら、オレが代わりに」


 ユウトは一歩前に進み出て、腰に下げた長剣に手を伸ばそうとした。


「ちょっ、ダメだよユウト。私がやるって決めたんだから、私が……」


 夏樹は慌てて止めた。

 夏樹とタカヤとの勝負にユウトが割ってはいったら、それこそ、勝負は無効だとタカヤが言いかねない。

 ユウトが協力してくれるのは助かるが、できれば直接的なものではなく、タカヤが卑怯な手段を取らないかを見張る、間接的なものにとどめてもらいたい。


「はいはいはいはいっ! オレの前で、いちゃつくのはやめろ!」


 タカヤはパンパンっと手を叩き、怒鳴った。


「別に、いちゃついてなんか……。だって、こいつは――」


「ユウト!」


 夏樹は声を張り上げ、ユウトの言葉を遮った。

 ユウトはおそらく、《ナツキ》が男だと口にしようとしたはず。ここでタカヤに《ナツキ》の事情を知られれば、状況は一層複雑になりかねない。

 最悪、ストーカーのターゲットが、男女不詳の《ナツキ》から、リリアに移る可能性すら出てくる。


「ふんっ、別に、あんたたち二人がかりでもいいぜぇ? たぶん、オレのほうがレベルは高い。一対一じゃなくたって、オレが勝つのに変わりはない」


 タカヤはにたぁとイヤな笑いを浮かべている。

 相当自信があるのか、二対一でも構わないと、平気で口にした。


 ――何か作戦でもあるのか? ……危険だな。


 普段なら、じっくりと様子見をしたいところだ。

 だが、リリアのペンダントを取り戻すためにも、ここで躊躇しているわけにもいかない。


「なら、そうさせてもらうよ!」


 夏樹はユウトにちらりと視線を送った。

 ユウトはこくりとうなずく。


「じゃ、いくぞ。バトル、スタートだ!」


 フィールドの受付をすませたタカヤが、開戦の権限を持っている。そのタカヤの大声が、《ヴァルタ》のフィールドに響き渡った。

 と同時に、視界の端に、PvPスタートのシステム表示がなされる。


「《憑依精霊術》!」


 夏樹はうさっちと融合し、いつもの戦闘スタイルになった。

 ユウトやタカヤも憑依を済ませている。

 タカヤは白猫を使い魔にしているようで、頭にちょこんと白い猫耳が乗っていた。


「そぉれ、オレに勝って、アイテムを取り返してみるんだな」


 タカヤは笑い声を上げながら、弓を構えた。


「ナツキ、支援を寄こせ!」


「うんっ!」


 ユウトの指示に夏樹はうなずくと、いつもの《韋駄天》を準備した。

 キャストを終えると、《大樹の杖》をユウトに向けて、精霊術を発動した。

 ユウトは素早くなった動きを生かし、一気にタカヤとの距離を詰める。


「ふんっ、こいつでも食らいな! 《神速矢》!」


 タカヤは最初から読んでいたのか、突進するユウトに対し、冷静にスキルを発動した。

 目にも留まらぬ速度で射出された矢は、ユウトの膝に寸分たがわず突き刺さる。

《韋駄天》で敏捷性の増したユウトでもかわせない、見事な一撃だった。

 確かにタカヤの言うとおり、夏樹やユウトよりも、タカヤのほうがだいぶレベルが高そうだ。ステータスの基礎値に、それなりの差がありそうだった。

 ユウトはうめき声を上げながら、地面に転がり込んだ。


「あっけないなぁ、色男さんよぉ」


 下卑た笑い声を上げつつも、タカヤは油断せず、矢をつがえなおす。

 夏樹は今、《韋駄天》によるリキャストタイムに入っていて、すぐには回復の精霊術を使えない。

 手持ちのマジックアイテム《ポーション・中》を、ユウトに投げつけた。と同時に、《大樹の杖》を握り締め直し、タカヤを鋭くにらみつける。


「絶対に、絶対に、ぜぇっったいに、リリアのペンダントは、返してもらうよ!」


 夏樹は地面を蹴り、タカヤに殴りかかった。


「ば、バカ! やめろ、ナツキ!」


 背後からユウトの怒声が聞こえる。

 だが、夏樹は止まらない。止まれない!


「だって! こいつを倒さなきゃ、リリアちゃんのペンダントが!」


 夏帆とリリアとを結ぶ、大切なペンダント。

 夏樹の勝手な想像だが、外れてもいないはずだと、確信していた。

 その絆のペンダントを、タカヤの手に持たせ続けるのは、絶対に許せない。


「ペンダントって……」


 ユウトはぼそりとつぶやいた。


「そうか……。男のオレより、女のリリアか……」


「え?」


 ユウトの言葉に不穏な空気を感じ、夏樹は足を止めた。

 振り返ると、ユウトは顔をくしゃくしゃにゆがめ、夏樹を睨みつけている。


「ユウ、ト……?」


 ユウトは立ち上がり、長剣を握り締めた。


「やっぱりな……」


 ぼそりとつぶやき、ユウトは剣の先を夏樹に向けた。

 夏樹はぽかんと口をあけながら、呆然と刃先を見つめる。


「最初から、性別を偽っていたんだな。どんな手段を使ったか知らないけれど、許せねぇ……」


 夏樹を睨みつけるユウトの目は、ますます鋭くなった。


「ちょ、ちょっと待ってよ。だましてなんか――」


「じゃあ、真実を話せ!」


 ユウトは一歩踏み出し、夏樹に迫る。


「でも……」


 夏樹は頭を振った。

 話したら、夏帆の願いを果たせない。


「ほら、話せないじゃないか。……弄びやがって。オレの想いを汚した落とし前、つけてもらうぞ!」


 ユウトは完全に頭に血が上っているようだ。

 真っ赤に染まった顔が、見る見るうちに歪んでいく。


「最初からリリアが狙いだったのか? 女のふりをして近づくなんて、最低だな!」


「ちがっ! そんなことない!」


「じゃあ、真実を話せ!」


 ユウトは再度、凄みを利かせながら夏樹に迫った。


「だから、今は……」


 夏樹は一歩後ずさる。

 が、すぐ後ろには、タカヤがいる。

 ちらりと背後を窺うが、タカヤは目の前の状況が面白いのか、ニヤニヤしながら推移を見守っていた。


「答えられないか。……なら、オレの推測は真実だと、勝手に判断させてもらう。ナツキへの加勢は、やめだ!」


 ユウトは吐き捨てるように口にすると、長剣を鞘に納め、噴水のそばに移動する。そのまま、ドシンと音がするほど、勢い良く座り込んだ。


「へっへ、どうするよ、お嬢ちゃん。頼みの色男が、戦いを放棄したぜぇ」


 タカヤはへらへらと笑いながら、バカにするかのような視線を夏樹に送ってくる。

 情勢は一気に、危険な方向へと変化をした――。

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