5 リリアと二人、決戦

「そうよ! ナツキちゃんが、負けるはずないわ!」


 不意に、甲高い声が《ヴァルタ》のフィールドに響き渡った。

 声のした方向に顔を向けると、物陰から水色のローブを着た少女が現れる。


「リリアちゃん!」


「ふふっ、ヒロインはね、愛するヒーローがピンチの時に、駆けつけるものなのよ」


 リリアは一瞬、男の夏樹の姿を見て、目を大きく見開いた。

 だが、すぐにニコリと微笑むと、使い魔の黒猫ミィをそばに呼び寄せた。


「《憑依精霊術》!」


 掛け声とともに、リリアは白い光に包まれる。

 瞬間、ぴょんっと可愛らしい黒猫耳が、リリアの頭に生えた。


「ナツキちゃん、これっ!」


 リリアから白い瓶が飛んできた。

 空中で瓶のふたが開き、透明の液体がパッと広がる。そのまま、液体は夏樹の身体に降りかかった。

 リリアの投げたものは、《ポーション・中》だ。夏樹の負った右太ももの刺傷が、見る見るうちに塞がっていく。

 夏樹はリリアに礼を言うと、出血個所を押さえていた手を離した。

 リリアは嬉しそうに頬を緩ませながら、夏樹の元に駆け寄る。


「リリアちゃん……。僕が《ナツキ》だって、認めてくれるのか?」


「見た目がちょっと違うくらいで、あくまでナツキちゃんはナツキちゃん。変わらないわよ。そうでしょ?」


「リリアちゃん……」


 男前なリリアの発言に、夏樹は胸が熱くなった。


「くそっ! いいところで邪魔しやがって!」


 タカヤは夏樹に近寄ろうとしていたのをやめ、いったん距離を取り直した。


「ふふふ、あの時の仕返しよ」


「なんだと?」


 リリアの言葉に、タカヤはびくっと身体を震わせた。


「私が気が付かなかったとでも、思っているの? あなたでしょ、MPKを仕掛けたのって」


 リリアはすうっと目を細めて、タカヤを冷たく睨みつけた。

 どうやら、リリアがデスペナルティーを食らった原因は、タカヤにMPK(モンスタープレイヤーキル)を食らったかららしい。

 大量の魔獣を集めて、別のプレイヤーにその魔獣のターゲットを押し付ける、卑劣な行為だ。

 度が過ぎていれば、運営から何らかの処罰が加えられかねない、マナー違反も甚だしい所業だった。


「ちっ! 気づいていやがったか」


 タカヤは舌打ちをし、短剣を懐に仕舞いなおした。弓を構え、矢をつがえる。


「私の大事な大事なペンダント、あなたが盗っていったのよね? 返してもらうわよ!」


「返してほしければ、オレを倒すんだな」


「無論、そのつもりよ」


 リリアは杖を構え、いつでも精霊術をキャストできるようにと、準備をした。


「ちょうどよかったわ。ナツキちゃんに相談しようと思っていた件、今ここで解消できそう」


 リリアはちらりと視線を夏樹に寄こした。


 ――なるほど、デスペナでペンダントを無くしたことを、リリアは相談したかったのか……。


 夏樹はリリアにこくりとうなずいた。


「で、そっちの隅でぼーっと座っているユウトは、何でナツキちゃんを助けないのかしら?」


「ふざけるな! 男のくせに、女のふりをしてオレをだましたやつを、なんで助ける必要があるんだよっ!」


「あぁ、そういうこと……」


 リリアは頭を左右に振りながら、大きなため息をついた。


「いいわ、私がその根性、叩き直してあげる」


 リリアは夏樹から離れ、噴水の前で座っているユウトの元に、てくてくと歩いていった。


「ナツキちゃん、このバカは私が何とかするわ。だから、どうかあのクソ野郎から、私のペンダントを取り返してくれる?」


「任されたっ!」


 夏樹はうなずくと、《大樹の杖》を握り締めた。

 一対一なら、まだタカヤと戦える。

 全身に力をこめ、気合を入れなおした。

 一方で、リリアはユウトの胸ぐらを掴み、無理やり立たせて説教をはじめた。

 やれ、あんたは《ナツキ》の表面しか見てない、そんな男に、《ナツキ》を好きになる資格はないと、怒っている。


 ――すごい剣幕だ。……でも、あの調子だと、どうやらリリアがユウトに惚れているって可能性は、あまりなさそうだ。


 ユウトは小さくなって、口答えもせず、ただリリアの言葉の嵐を受け止め続けていた。


 ――結局、あの二人って、どんな関係なんだ? 恋人でもない、かといって、ただの友達という感じでも……。


 あれこれと考えが浮かんでくるが、夏樹は頭を振って、消し飛ばした。

 今はまだ、思索の海に沈みこむべき時ではない。

 まずは、目の前のタカヤを、どうにかしなければ。


「仕切り直しだな、お嬢ちゃん」


「ああ……」


 夏樹はうなずくと、油断なくタカヤの動きを注視する。

 と同時に、心の中で、クラリクの意見を確認した。


『クラリク、どんな手がいいと思う?』


『アクティブスキルを取っていないんだ。とにかく接近して、力押ししかないんじゃないか、ご主人』


『だよなぁ……』


 現状で、必殺技の類のアクティブスキルはとっていない。ステータスの上がるパッシブスキルのみで、習得スキルを揃えていた。

《戦士》は運動能力に関連する各種能力値が、全クラスの中でも特に優秀だ。タカヤとレベル差はあれど、元々の基礎値が高いうえに、パッシブスキル全振りの今の夏樹なら、身体能力で上回れる可能性が高い。

 力押しも、悪くない選択だと思った。

 夏樹は左手で《大樹の杖》を握り締め、右手にはアイテムインベントリから取り出した、《爆裂石・中》を持った。

 対するタカヤは、夏樹の動きだすタイミングで、先ほどの《神速矢》を放つつもりなのだろう。矢をつがえたまま、慎重に夏樹の出方を窺っていた。


「ほうら、かかってこい」


 タカヤの挑発の声が聞こえる。

 本来なら、慎重に行くべきなのだろう。だが、駆け引きができるほどの戦闘の経験を、夏樹はまだ積めていない。

 余計な小細工をせず、一気呵成に攻めきるべきだと判断した。

 地面を蹴った。

 風を切って、前へ前へと突き進む。


「来たなっ! 《神速矢》!」


 タカヤの大声とともに、弓につがえられた矢の先端が光った。

 刹那、ひゅんっと音を立てて、矢が夏樹の右肩に突き刺さった。


「ぐっ!」


 夏樹は思わずうめき声を上げた。

 だが、脚は止めない。

 痛覚をそれほど感じないMOTSの中では、多少の無理は利く。

 突き刺さる矢のために、右腕を振りかぶったりはできない。だが、重量の軽い《爆裂石・中》を、下手で放るくらいは可能だ。


「それっ、おかえしだっ!」


 夏樹が放った《爆裂石・中》は、ナツキとタカヤとのちょうど中間あたりの地面に落ち、大きな音を立てて炸裂した。

 衝撃で石畳の一部が砕け散り、もうもうと土煙が舞い上がる。


「くっ、視界が!」


 戸惑うタカヤの声が漏れた。

 夏樹はすぐさま、駆け抜ける方向を逸らして、土煙を回避した。そのままタカヤの側面に回ると、《大樹の杖》を持つ左手を振り上げる。


「これでも食らえっ!」


 掛け声とともに、力いっぱい振り下ろした。

 狙いは腕だ。

 とにかくまずは、武器を持てなくしたい。


「甘いっ!」


 タカヤは素早く反応し、身をよじった。

 夏樹の杖の先は空を切って、そのまま石畳を激しく叩いた。

 手に衝撃が伝わってくる。

 タカヤは体勢を戻すと、腰をぐっと落とし、身体を回転させた。

 回し蹴りが、夏樹の足を襲う。


「え?」


 夏樹は頓狂な声を上げるとともに、宙を舞った。

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