6 あの不埒なストーカーに怒りの鉄槌を!

「ナツキちゃん!」


「ナツキ!」


 リリアとユウトの悲鳴が飛んだ。


 ――あ、ヤバい……。


 夏樹はそのまま背から落ち、無防備に地面へと叩きつけられた。


「ぐぅっ!」


 衝撃で、肺から一気に空気が押し出された。

 目の前が一瞬、真っ暗になる。


「ナツキちゃん、大丈夫!?」


 リリアの声がする。と同時に、身体を揺すられる感じがした。

 視界が徐々に戻った。

 覗き込むように夏樹に顔を寄せているリリアと、ぱっちり目が合う。


「うっ……。リリアちゃん、どうして?」


「あのバカの説得はすんだわ。私たちも一緒に、あのクソ野郎をとっちめてやるわよっ!」


 リリアに手を借りつつ、夏樹は身体を起こした。すぐそばには、バツが悪そうに横を向いた、ユウトの姿がある。


「ほら、ユウト」


「あ、あぁ……」


 リリアが肘でユウトの脇腹を突くと、ユウトはふぅっとため息をつきながら、夏樹の顔を見つめた。


「まだ納得がいかないところもあるけど、リリアの言い分もわかった。お前の事情も聞かずに、オレがあれこれと一方的に思い込んでいた部分もある。悪かったな、ナツキ」


 後頭部を手で掻きながら、ユウトは謝罪をする。

 夏樹は夏樹で、きちんと説明できず、不信感を与えた点を謝った。


「ナツキちゃんが話せなかった事情も含めて、あとで三人でゆっくりと話し合いましょうって、言ってやったわ」


「ありがと、リリアちゃん」


 リリアが来てくれて、本当に助かった。

 ユウトとも、まだ完全ではないものの、協力をしてもらえる程度には関係を回復させられた。

 もしリリアが現れなかったらと思うと、ぞっとする。


「とりあえず、まずはあいつをどうにかしましょう?」


 リリアは親指を突き立て、タカヤを指差した。

 夏樹はうなずくと、手を突きながらゆっくり立ち上がった。

 落下のダメージはそれほどでもない。少し打ち身があるが、動きに問題はなさそうだ。


「仲良く三人でかかってくるってか? めんどくせぇ、いっぺんに相手をしてやるぜ!」


 タカヤは片眉を上げると、右手の平を上に向け、ちょいちょいと手前に振った。かかってこいと挑発しているようだ。


「オレが囮になる。リリアは隙を見て《かまいたち》か《火球》をぶちこんでやれ」


 ユウトの作戦指示に、リリアはうなずく。


「で、最後の仕上げは、お前だ、ナツキ。あいつには、思うところがいっぱいあるだろ? 一発、痛い目を見せてやりな」


「わかった」


 夏樹も首肯し、《大樹の杖》を握り締め直した。

 お互いに顔を見合わせて、目配せをする。


「いくぞっ!」


 三人の声が唱和した。

 まずはユウトが、気勢を張りながら突っ込んでいった。

 囮として動きやすいよう、今回はサブのショートソードを右手に握っている。


「バカめっ!」


 タカヤは叫ぶと、つがえた矢を連続射出する《連射弓》を発動させた。

 ユウトは最初から回避を狙って動いているため、射線を避けるように右に飛び、左に飛び、ジグザグに駆け回る。


「ちっ! うざったいガキだな!」


 タカヤの舌打ちが聞こえた。

 ユウトは《連射弓》のスキルディレイの間を突き、側面からショートソードで切りかかる。


「そらっ! 剣技《疾風剣》!」


 ユウトがスキル名を叫ぶ。

 刹那、ショートソードが光り輝きながら、空気を切り裂く轟音とともに、タカヤの右腕に向かって振り下ろされた。


「ぐあっ!?」


 タカヤの悲鳴がこだまする。

 ショートソードの切っ先は、タカヤの右前腕を深々と切り裂いた。

 手のひらにつながる筋肉を切断され、タカヤはたまらず、持っていた弓を取り落とす。

 深い裂傷を負った右前腕を左手で押さえつつ、タカヤはがくりと片膝をついた。


「食らいなさいっ! 《かまいたち》!」


 凛としたリリアの声とともに、透明な刃がタカヤに向かって放たれた。

 追い討ちのように飛んできた精霊術に、タカヤはとっさの回避姿勢が取れず、直撃を受ける。


「うおおおおおおっ!」


 タカヤは、衝撃で背後に吹き飛ばされ、大きくしりもちをついた。

 左上腕部には《かまいたち》による大きな裂傷ができており、血が噴き出している。


「さぁ、ナツキちゃん!」


 リリアの声に応え、夏樹は駆けだした。

 ユウトが向かった側とは反対の側面に回り込む。


「これで終わりだ、ストーカー野郎!」


 夏樹は精いっぱいの怒声を上げた。

 地面を蹴る。

 空中で《大樹の杖》を、最上段に振りかぶった。


「でりゃああああああっっっ!!」


 気合一閃、落下の勢いとともに、杖をタカヤの後頭部へと振り下ろした。

 両腕を負傷したタカヤは、もはやなす術がないようだ。

 振り下ろされる《大樹の杖》の先端と、その先に覗いているであろう夏樹の瞳を、タカヤは大きく開いた眼で、ただじっと見つめていた。

 ドンッと鈍い音を立てて、狙いたがわず、杖の先がタカヤの後頭部を直撃した。

 頭蓋を粉砕した確かな手ごたえを、夏樹は手のひらに感じた。

 その瞬間――。


『対象者の戦闘不能を検知。PvPは終了となります』


 システム音が、《ヴァルタ》のフィールドに鳴り響いた――。

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