7 結末と真相

 夏樹は、リリアとユウトを引き連れ、うずくまるタカヤの前に立った。


「僕たちの勝ちだ! さぁ、リリアのペンダントを返してくれ!」


 右手をタカヤに差し出しながら、夏樹は声を張り上げた。


「クソッ! こんなはずじゃ……」


 タカヤは地面に向かって、何やらぶつぶつとつぶやいている。

 PvPでの負傷は、バトル終了のシステムアナウンスとともに、完全に回復している。

 夏樹の渾身の一撃で頭蓋骨を割られたタカヤも、今はもう、何の後遺症もないはずだ。


「卑劣な手段でナツキちゃんをどうこうしようってのが、そもそもの間違いだったのよ。もう二度と、ナツキちゃんの前には、姿を見せないで! さあ、私のペンダントを、さっさと渡しなさいっ!」 


 リリアも腰に手を当てながら、上半身をぐいっと前に突き出して、怒鳴り声を上げた。


「認めねぇ……」


「え?」


 タカヤがぼそりとつぶやいた。

 だが、よく聞こえなかったのか、リリアは小首をかしげる。


「こんな結果、オレは認めねぇからな!」


 タカヤは突然、ばっと身を起こすと、リリアに向かって怒声を上げた。

 そのまま、夏樹たちに背を向けると、PvPフィールドの出口がある闘技場へ向かって、一気に走り出した。


「な、ちょっ! 待ちなさいっ!」


 リリアは大きく目を見開き、逃げるタカヤに大声をぶつける。


「あばよっ! 次こそ、ナツキをオレのものにしてみせるぜぇ!」


 タカヤはお構いなしに駆け続け、そのままフィールドから姿を消した。


「おいおい、嘘だろ……」


 夏樹は呆然とつぶやいた。

 PvPには勝利を収めた。

 なのに、最後の締めで油断をした。まさか、ペンダントを取り返す前に、タカヤに逃走を許してしまうとは……。


「今の勝利は、何だったんだよ……」


 タカヤの消えていった小道を見つめながら、夏樹はただただ立ち尽くした。

 何のために、危険を冒してまでタカヤと戦ったのか。

 眼前に突き付けられたあまりの結末に、夏樹の思考は、完全に停止をしていた。


「何なのよ、あいつ。本当に、ほんっとおに、最低のクズ男ね!」


 リリアは頬を膨らませながら、地団太を踏んでいる。


「もう、怒ったんだから! ナツキちゃん、運営に事情を報告よ!」


「う、うん……」


 リリアのあまりの剣幕に、夏樹はたじたじになった。ハートのペンダントを取り返せず、リリアはだいぶご立腹のようだ。

 その後、《ナツキ》、リリア、ユウト三人の連名で、MOTSの運営に対し、タカヤが犯した数々のストーカー、ハラスメント、MPK行為を通報した。

 同時に、MPK行為の結果タカヤに奪われた、リリアのハートのネックレスの返却も依頼する。

 通報から二日後、運営から、タカヤに永久的なアカウントの凍結処置を行ったとの連絡が入った。併せて、奪われたハートのペンダントが、リリアの元へ無事に戻された。

 これで、《ナツキ》に付きまとっていたストーカー男タカヤに関する一連の事件は、すべて解決した。

 もう二度と、あのふざけた男からストーキングをされはしない。快適なMOTSライフが戻ってきたといえる。

 夏樹はほっと胸をなでおろした。




 タカヤのアカウント凍結に関する連絡を受けた日の夜、夏樹はMOTS内でリリア、ユウトと待ち合わせをしていた。

 これまでのいきさつを、きちんと話し合うためだ。

 拠点にしている《ヴァルタ》の街の宿屋の一室で、夏樹たちはめいめい椅子に座り、顔を突き合わせた。


「ねぇ、リリアちゃん。どうして、このありふれたハートのネックレスを、大事にしているの?」


「えっ……。ナツキちゃん、もしかして忘れちゃったの……?」


 リリアはサッと表情を曇らせた。


「あー、そっか。ユウトには言ったけど、リリアちゃんには言ってなかったかぁ」


 夏樹は手の平の付け根を額に当て、はぁっと大きく息をついた。


「詳しい事情は、この後に説明するつもりなんだけど……。とりあえず、記憶喪失ってことに、しておいてくれないかな?」


 リリアははてなといった表情を浮かべるも、夏樹の言葉を受け入れてくれたようだ。特段、文句は言ってこなかった。


「このペンダントはね、私とナツキちゃんが初めて会った日に、一緒に命を懸けて戦おうって誓いあった、証の品なんだよ?」


 リリアはペンダントトップを手に持ち、ぎゅっと握り締める。

 夏樹は以前、夏帆の動画で、リリアとの出会いのシーンを垣間見ている。

 どうやら動画に映っていないところで、このハートのペンダントのやり取りがあったようだ。


「ピンと来たんだ。ナツキちゃんは、私の運命の人に違いないって」


 リリアは熱っぽい瞳で、夏樹の顔をじいっと見つめる。


「それでね。手持ちにちょうど、このハートのペンダントが二個あったから、一個をナツキちゃんに託して、誓いとしたんだ。ナツキちゃんも、ものすごく喜んでくれたよね……。本当に、忘れちゃったの?」


 リリアはますます目を潤ませ、声を震わせた。

 知らなかったから仕方がないとはいえ、リリアの気持ちを考えると、夏樹は胸が痛かった。きちんと理由を知ってさえいれば、常に首から下げるくらいしたのに、とも思う。


 ――そういえば、リリアは何度か僕の胸元を覗き見て、苦しげな表情を浮かべていた。きっと、どうして僕がペンダントをつけていないんだろうかって、悲しんでいたんだろうな……。


 申し訳なさが、ぐっと胸の奥から込み上げてくる。


「本当に、ごめんね。リリアちゃん……」


「そっかぁ……」


 リリアはうつむいて、ふうっと大きく息を吐いた。が、すぐにパッと顔を上げる。


「でもでも、ナツキちゃんにも何か、深い事情があるみたいだし、私、気にしてなんかいないんだからっ!」


 リリアは、にぱっと微笑んだ。

 ただ、頬がわずかにひきつっているようにも見える。無理をしている様子が、夏樹にもすぐに分かった。


「ペンダントを大事にしていた理由は、こんなところだよ」


「じゃあ、次はオレだな」


 リリアの後を受け、今度はユウトが語りだした。


「ペア狩りの時に、ナツキに言ったよな。夏樹が長期ログインをしなくなった日に、待ち合わせの約束をしていた相手が、オレだって」


 顔をクシャリと歪めながら、ユウトは少し早口にしゃべった。

 夏樹は同意の頷きを返す。


「あれ、嘘なんだ」


「えぇぇぇーーっっ!?」


 夏樹は、思わず大声を上げた。


 ――ちょ、待ってくれよ。だとすると、夏帆の想い人は、ユウトじゃなかったってことになる。これまでのユウトとの間のあれやこれやって、いったい何だったんだよ……。


 あまりの事態に、夏樹は頭を抱え、そのまま机に突っ伏した。


「本当に悪いっ! ナツキの気を惹きたくて、つい口からでまかせを……」


 ユウトは机にこすりつけるように、深々と頭を垂れた。


「ま、待ってよ。その約束って、もしかして……」


 唐突に、横からリリアが割り込んできた。


「その日、ナツキちゃんから二人で会いたいって言われたの、私よ?」


「えぇぇぇっっ!?」


 リリアの告白に、夏樹は再び声を張り上げた。


 ――嘘だろーっ! 夏帆の想い人は、ユウトじゃなくて、リリアだったってことかよーっ!?


 にわかには信じがたい話の流れに、夏樹の頭はこんがらがった。


 ――リリアは女の子だぞ。夏帆の想い人のはずが……。


 あるわけないと思った。

 だがその時、夏樹ははたと思い出した。


 ――夏帆は男が苦手だったって話だ。もしかして、その点が影響している? 男が怖いから、女の子がいいって……?


 夏樹はちらりとリリアに視線を送った。


 ――言動はともかく、見た目はすごく大人びていて、凛とした美少女だよな。同性の夏帆が惚れたとしても、おかしくはない……のか?


 思考が、千々に乱れる。


 ――そういえば、夏帆の日記帳に……。たしか、『現実では成しえない恋だけれど、ゲームでならばきっと成就できる』、だったか。


 夏帆の告白の言葉とともに記されていた意味深な一節を、夏樹は脳裏に浮かべた。言葉の意味を考えれば、やはり、リリアこそが夏帆の想い人だったと思えてくる。

 夏樹には、同性同士の恋愛がどういったものかはわからなかった。現実世界での偏見の目なども、今の夏樹には、遠い世界の話に思える。

 ただ、夏帆は悩みに悩んだに違いない。結果、ゲームの中に、その答えを見出したのだろう。


「リリアちゃん、あとで少し時間をくれないかな。伝えたい言葉があるんだ。あの日、待ち合わせ場所で伝えるはずだった言葉が……」  


 夏樹はリリアの手を取り、その瞳をじいっと見つめた。

 リリアは少し戸惑いながらも、「わかったわ」とうなずく。


「そういえば、リリアちゃんとユウトって、どういった関係なの? いつも一緒なわりには、恋人でもないし、かといって、ただの友達って感じでもない」


 夏樹が尋ねると、リリアもユウトも微妙な表情を浮かべた。


「もちろん、リアルを詮索するのはマナー違反だってわかってる。イヤならイヤって、言ってね」


 さすがに、夏樹も無理に聞き出すつもりはなかった。これは、ただの興味本位。

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