8 それぞれの想い……

「あぁ……、別に隠し立てするような話でもない。なんというか、腐れ縁か?」


「それじゃ、わからないでしょ?」


 リリアはユウトの後頭部を、軽く小突いた。


「えっとね、夏樹ちゃん。私とユウトは、単なるいとこ同士なの。家も近いし、同い年だからって、昔からつるむ機会が多くってね」


「なるほど、それで腐れ縁かぁ」


 夏樹は納得した。

 どうりで二人は、いつも忌憚のないやり取りをしているわけだ。

 夏樹は思った。少し、自分と夏帆との関係に似ているなと。


「次は、お前の番だぞ、ナツキ」


 ユウトはサッと真顔に戻り、夏樹に顔を向けた。


「随分と引き延ばしちゃったけど、私の事情を話すね」


 夏樹はぐるりとリリアとユウトに視線を送る。

 二人のゴクリと唾液を飲み込む音が、周囲に響いた。


「ユウトには、半ば気付かれていたみたいだけど、今この《ナツキ》を動かしているのは、男なんだ」


「やっぱり……」


 ユウトのつぶやきに、夏樹はうなずいて応える。


「でもね、長期ログインをしなくなる前までは、プレイヤーはちゃんと女の子だったんだよ?」


 夏樹は夏帆との関係について、詳しく話した。

 一卵性の男女の双子だったこと。最初は妹の夏帆が《ナツキ》としてMOTSをプレイしていたこと。長期ログインをしなくなった日、交通事故で夏帆が死んだこと。今は兄の夏樹が、夏帆に成り代わって《ナツキ》としてログインしていること。アカウントチェックは、性別を判別する部分以外の遺伝情報が完全一致するために、特に問題がなかったこと。


「そんなことが、あったのか……」


 ユウトは神妙な面持ちで、チャチャも入れずに夏樹の話を傾聴している。


「私がペンダントをやり取りした《ナツキ》ちゃんは、もう、この世にはいないのね……」


 リリアは首から下げたハートのペンダントを握り締め、ぎゅっと目をつむった。目尻には、何やら光るものが見える。


「プレイヤーが夏帆のままだと、思っていてほしかった事情があったんだ。だから、ユウトには記憶喪失だって、嘘の説明をね……」


「なんで、妹のままだと思い込んでいてもらいたかったんだ?」


 ユウトは腕を組み、よくわからないといった様子で首を傾げた。


「ゲーム嫌いの私が、MOTSにログインをしようと決意した理由に、関わるんだよ」


 夏樹はふうっと息を継ぎ、説明を始めた。

 夏帆の日記帳を垣間見て、夏帆がゲームの中で誰かを好きになっていたと知ったこと。罪滅ぼしのため、その夏帆の想いを、自分が代わりに果たしてやろうと思ったこと。

 加えて、ゲームを通じて、自分のぼっち気質を治したいと思ったこと。このぼっち気質の改善が、夏帆の大きな願いでもあったこと。


「なるほど、妹さんの願いか……。オレが嘘を付いたせいで、その妹さんの想い人がオレだって勘違いさせちまったってわけだな。それで、妹さん本人として告白をしたがっていたナツキは、頑なに男である事実を否定していた」


 ユウトは納得がいったとばかりに、コクコクと首肯した。


「うん……。私の自己満足に付き合わせる形になって、悪かったと思っているよ」


「いや、最初にオレが待ち合わせの人物だって嘘を付かなけりゃ、ここまでこじれなかったんだ。オレからも、謝る」


「ん……」


 夏樹はユウトと目を合わせ、固く握手をした。

 これで、完全なる和解だ。ここから、ユウトとの新たな関係が始まるのだろう。


「オレが惚れた相手は、ちゃんと女の子だったんだな。男じゃなくてよかったよ……」


 握手している手とは反対側の手で、ユウトは後頭部を掻いた。苦笑を浮かべている様は、少しほっとしているようにも見えた。


「《ナツキ》の事情は、今話したとおりだよ。……ムシのいい話かもしれないけれど、これからも、私と仲良くしてくれるかな?」


 夏樹は恐る恐る口にし、リリアとユウトを上目遣いで見つめた。


「あたりまえよ! さっきも言ったでしょ、ナツキちゃんはナツキちゃん。私はこれからも、あなたと一緒に歩んでいくわ!」


 リリアは満面の笑みを浮かべながら、夏樹の両手を取ってブンブンと振った。


「オレだって! ナツキとの狩りは心地いいし、離れるつもりはない!」


 ユウトもにかっと笑い、親指をぐいっと突き立てた。


「ふふ、ありがと」


 夏樹は二人からの友情を感じ、心が温かくなった。

 ありのままの自分を見てくれたうえで、それでも二人は夏樹を友として扱ってくれる。遠い昔に忘れ去って久しい、本当の友人との間に芽生える、連帯感と安心感……。

 夏樹は徐々にだが、現実世界でももう一度、きちんと友人を作っていこうかという気力が、沸き起こってきた。

 かつて、夏樹は社交的だった。亡くなる直前の夏帆のように。しかし、幼い日々のトラウマが、本来の夏樹の性格を大きく歪めていた。

 MOTSを通じて、今、夏樹はひしひしと感じ取っていた。その歪みも、間もなくきれいに正されるに違いないと。




 三人での話し合いの後、夏樹はリリアと二人きりになった。

 事情を説明した後なので、今さらな感はある。

 だが、ここできちんと夏帆の想いを果たしてやろうと、夏樹は考えた。

 夏帆に対する供養にもなるし、また、夏樹自身の罪悪感も消せる。これまで受け止め切れなかった夏帆の死を、受け入れる準備も整うだろう。


「リリアちゃん……」


「ナツキちゃん……」


 お互いの名を呼び、瞳を見つめ合った。


「妹の……夏帆の残した言葉を、伝えるね」


 夏樹はさっとリリアの耳元に口を寄せると、日記帳に書かれていた言葉を、よどみなくささやいた。

 刹那、リリアは目に涙を浮かべ、嗚咽を漏らす。

 夏樹はリリアの肩に手を置くと、優しく抱きしめた。夏樹の胸に、小柄なリリアの身体がすっぽりと包まれる。

 夏樹も自然と、目から熱いものが零れ落ちてきた。

 しばらくそのまま、二人で泣き腫らした。

 ひとしきり泣いたところで、リリアが口を開いた。


「ふふ、こうしていると、初めてナツキちゃんと会った日を思い出すわ」


「そういえば、こうやって抱き合ってたね」


 夏帆の残した動画を、夏樹は脳裏に浮かべた。


「なら、仕上げはこれかしら」


 リリアはそう口にすると、ゆっくりと、夏樹の右耳に顔を持っていく。


「ねえ、ナツキちゃん……」


 温かな吐息が、夏樹の耳をふわっとくすぐった。


「私たちと一緒に、ともに命を懸けて戦ってくれませんか?」


 甘くとろけるような口調で、かつて動画で聞いた言葉を、リリアはささやく。

 夏樹はうなずくと、お返しとばかりに、抱擁を交わす手へ一層力をこめて、リリアをぎゅっと抱きしめた――。




 寒風吹きすさぶ、墓苑。

 四十九日の法要を終え、納骨も無事、済んだ。

 夏樹は一人、夏帆の墓前に立った。親類はすでに皆、暖かい場所に移動している。

 線香の香りが立ち込めるなか、静かに目を閉じ、両手を合わす。

 MOTSでの一区切りを経て、ようやく夏樹は、夏帆の死ときちんと向き合えるようになった。


 ――当初の計画とは少し形が変わってしまったけど、お前の言葉は、確かに想い人に伝えたぞ。


 大きな肩の荷が下りた。

 胸の奥底に、滓のようにこびりついていた夏帆に対する罪悪感も、薄れてきた気がしていた。


 ――なぁ、夏帆。僕の自己満足のために、勝手に告白なんかをしたけど、あれでよかったのかな。天国で、僕のことを怒っていないか?


 別に、返事を求めているわけではない。

 一方的に、夏樹が言いたい言葉をぶつけているだけだ。

 しかし、必要な儀式でもあった。夏帆の死を受け入れ始めた夏樹が、双子の妹のいない新たな人生へと挑んでいくための、大きな気持ちの区切りをつけるためには……。

 生前の夏帆の思惑どおり、夏樹はMOTS内で確かな友人を作れ、ありのままの自分を受け入れられるようになった。

 見た目の女っぽさもしっかりと受け止め、そのうえで、新たな人間関係を築いていこうという意欲も、心の内から湧いて出てくるようになった。


 ――本当に、お前は僕のことを、よく理解していたんだな。かけがえのない、自分と同じ遺伝子を持った双子の片割れ、か……。


 ある意味で自分の分身ともいえる、愛する妹の――夏帆の顔を思い描き、あらためて大きな喪失感を抱く。

 MOTSを始めるまでは、この喪失感すら、夏樹は受け入れられなかった。

 今は胸の内で、愛する者を無くした空虚を、しっかりと感じられている。夏樹が、夏帆の死を受け入れ始めた証左でもある。


 ――傲慢な願いなのかもしれない。でも、聞き入れてほしい。どうかいつまでも、天から僕を見守っていてくれ。大好きな、夏帆……。


 夏樹は閉じていた目を開き、合わせていた手を解いた。一歩、ゆっくりと後ずさる。

 遠くから、かすかに両親の呼び声が聞こえる。

 夏樹は最後に大きく息をつくと、墓に背を向けて、歩き出した。




 去り際、夏帆の柔らかな笑い声が、聞こえたような気がした――。




                             ―― 完 ――

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妹のためならば、僕は何だってできる!! ~双子の妹の果たせなかった願いを、この僕が代わりに実現してみせる~ ふみきり @k-fumifumi

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