13 見知らぬ男との遭遇

「ねぇ、ユウト」


 静寂を破り、夏樹はユウトに呼び掛けた。

 夏樹は決心をした。今この場で、夏帆から託された言葉を伝えようと。

 二人きりになれる好機は、そうそう多くはない。ユウトの人となりも、まったく問題がない。ためらう理由はなかった。

 夏樹は立ち上がると、ユウトの真正面に立った。ユウトも慌てて立ち上がる。


「私、あなたに伝えなければいけない言葉があるの……」


 そう口にすると、夏樹は一歩踏み出し、ユウトの目を上目遣いにじいっと見つめた。


「ナツ、キ……?」


 ユウトは訳が分からないといった風で、戸惑いながら《ナツキ》の名を呼ぶ。


「私ね、ユウトの――」


 夏樹は告白の言葉を発しようとした。

 だがその時、突然、背後の藪からガサリと物音がした。


「だれ!?」


 夏樹は振り返り、怒声を上げた。

 藪の中から、一人の男が現れた。


「お取込み中だったか? 邪魔して悪いな」


 男は頭を掻きながら、夏樹たちに近づいてくる。

 見知らぬ男だった。マップ情報では白で表示されているので、夏帆のフレンドでもない。

 弓を担いでいる点から、クラスは《狩人》だと推測が立つ。おそらく、年齢は大学生くらいだ。ブロンドの短髪に、ちょこんと緑色のベレー帽を乗せている。全身も、同じく緑色を主体とした、動きやすい布製の服を着こんでいた。

 男はにやにやと笑いながら、夏樹から目を離さない。


 ――僕に用があるのか? ユウトじゃなくて、僕ばかり見ているけど……。


 第一印象は、正直、よくはない。

 ただ、男のにやついた笑いは、単に、夏樹とユウトの逢引きのようなやり取りを見て、からかってやろうと思ったからだと考えれば、わからなくもなかった。


「あなた、誰!?」


 夏樹は寄ってくる男に向かって、誰何の声を上げた。

 いずれにしても、まずは相手がどこのだれで、いったいどんな意図で近づいてきたのかを、確認しなければならない。

 MOTSでは、フィールド上でのPK(プレイヤーキル)は認められていない。アイテムドロップの仕様がある以上、金品目当ての初心者狩りが横行する危険性が高いからだ。

 プレイヤーと戦いたい場合は、専用のPvP(ピーブイピー:対人戦)フィールドに赴く必要があった。

 なので、目の前の男が悪意を持っていたとしても、殺される心配はない。


「誰とはつれないなぁ。せっかく、こうしてわざわざ探してやっていたのに」


「え?」


 男は苦笑を浮かべながら、肩をすくめた。

 夏樹は首を傾げ、男の発言の意図を考える。

 だが、夏帆の残した動画にも、夏樹がログインを始めてからの出会いにも、目の前の男の存在はなかったはずだ。


「以前、臨時パーティーを組んだじゃないか。その時の分配金、渡しに来てやったぞ」


 男はため息をつき、さらに夏樹の傍に近づいてくる。


「そ、そうだったんだ。ごめんなさい……」


 夏樹は謝罪しつつも、一歩後ずさった。

 夏帆が参加していた臨時パーティーでの狩りまでは、さすがに動画に残っていなかった。なので、夏樹が知らなかったのも、無理もない話だ。

 おそらくは、思いのほか戦利品が多く、換金だなんだで時間がかかりそうだと判断し、分配は後日となったのだと推測できた。


「いや、別に構わないけどな。もうずいぶん前の話だし、オレの顔を忘れちまったってのも、ま、仕方がないってところか」


 男はニッと白い歯を出しながら、笑った。


 ――それにしても、またあのバグっぽい現象が起こってるな。ほんと、何なんだよ、これ……。


 男が接近してきてから、視界の隅に、再びあの気味の悪い赤の三角表示が出ていた。ピーピーとシステム音も鳴っている。

 ちらりとユウトの顔を覗き見た。

 だが、ユウトはただ、男を胡散臭そうに見つめているだけだ。

 ユウトの性格を考えても、ユウトにも何らかの表示が出ているのなら、もっと過剰に反応しているはずだ。

 なので、この奇妙な警告は、夏樹にのみ発生しているとみて、まず間違いないだろうと予測した。


「おい、ナツキ。大丈夫か、こいつ」


 ユウトは親指で男をくいっと示しながら、夏樹に声をかけてきた。


「わからない。でも、親切にわざわざこうして、私を探してきてくれたんだし……」


 夏樹は、歯切れ悪く答えた。

 ここまでの話を素直に信じるのであれば、目の前の男は、単なる親切な人だ。邪険に扱う理由はない。

 しかし、夏樹の耳に鳴り響く警告音が、どうしても不安を助長する。

 ジワリと、背筋に汗が滲み出す。


「しばらくログインをしていなかったのか? なかなか探せなくて、苦労したぜ」


「ああ、うん。ちょっち、事情があってね」


「ふーん……」


 夏樹の答えを聞いて、男は一瞬目を細めた。


「で、分配金といくつかのレア素材を渡したいんだが、一緒についてこられるか? 万が一、デスペナを食らって無くしたりしても面倒だから、ヴァルタの街外れの倉庫に突っ込んであるんだが」


「わかった。ついていくよー」


 夏樹はうなずいた。

 PKシステムがない以上、これ以上無駄に警戒をしても、仕方がないだろう。

 男の話も、理にかなってはいる。

 確かに、夏樹に渡すべきアイテムをデスペナルティーで失ってしまえば、面倒な話になると考えても不思議はない。


「おいおい、ナツキ。ついていくのか?」


 ユウトは目を見開きながら、夏樹の肩に手を置いた。


「だって、せっかくくれるっていうのに。それに、随分と私を探してくれてたみたいだから、ここで要らないっていうのも、なんだか気が引けるよぉ」


 夏樹はこくりとうなずき、肩に置かれたユウトの手に、自分の手をそっと重ねた。

 それに、万が一、目の前の男と何かがあったとしても、強制ログアウトしてその場を切り抜け、次のログインまで数日開ければいいか、との思いもあった。

 魔獣にターゲットにされている時の強制ログアウトは、自動でデスペナルティーを食らう。

 だが、プレイヤーキャラクターから何かされたところで、対魔獣とは違い、強制ログアウトでのデスペナルティーの心配はない。


「気をつけろよ。オレはもうログアウトしなくちゃいけないから、ついていってやれないけど……」


 ユウトは不安げな表情を浮かべている。


「ん……。大丈夫、気を付けるよ」


 夏樹はユウトの手をぎゅっと掴んだ。ユウトは驚いたように、一瞬さっと視線を逸らしたが、すぐに夏樹の目を見つめ直す。握りしめた手が、妙に熱かった。

 夏樹はふうっと息を吐きだすと、ユウトの手を離して、男の前に移動した。


「じゃ、案内をお願いね」


「ほいきた、こっちだ。じゃあな、色男の兄ちゃん。邪魔して悪かったよ」


 男はニッと笑いながら夏樹の手を取ると、反対の手をひょいっとユウトに向けて挙げた。


「あ、あぁ……」


 ユウトは戸惑いがちに、気の抜けた声を返した――。

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