12 ナツキとユウト

 夏樹たちは簡単な打ち合わせを済ませると、北門を出て、狩場に向かった。

 途中、周囲の人たちから、なぜだか生暖かい視線を送られていたような気がした。……バカップルがいちゃつきやがって、といった声まで聞こえたような気もするが、たぶん、聞き間違いだろう。

 街門を出てすぐに、街道を外れて大森林の中に入った。

 まだ昼間だったが、森の中は薄暗い。森林浴を楽しむには、鬱蒼としすぎていた。

 爽やかな森の香り……などというものは、残念ながらない。じめっとした湿気が肌にまとわりついて不快だし、地面も少しぬかるんでいて、頻繁に足を取られた。

 夏樹たちは、獣道を伝って、森の奥へと進んでいった。


「いつもの沢筋でいいか?」


「そうだね。あそこなら、迷わないし」


 前を歩くユウトから飛ぶ確認の言葉に、夏樹はうなずきつつ、諾の声を返した。

 ユウトは慎重に、邪魔な草木を長剣で払いながら、前に進んでいく。夏樹もはぐれないようにと、すぐ後ろをぴたりと張り付くように続いた。

 しばらくして目的地の沢筋につくと、簡易キャンプを設置し、さっそく周辺を探索し始めた。

 夏樹もユウトも索敵系のスキルは持っていないが、替わりに魔獣寄せのマジックアイテムを持ってきていた。

 このアイテムの効果で、有利な地形に魔獣を呼び寄せ、サクサクと殲滅をしていく。無理のないレベル帯を選んでいるので、順調に狩りは進んでいった。




「ふぅ、今日はこのあたりで締めかな」


「そろそろ時間?」


 倒した魔獣が二桁に差し掛かろうとしたところで、ユウトは汗をぬぐいながら、狩りの終了を宣言した。

 倒した魔獣は、最初に設置した簡易キャンプにまとめてあるので、夏樹たちは一旦そこまで戻った。

 すべての魔獣を、まとめて緑の精霊術《埋葬》で解体すると、戦利品の確認を始めた。


「ねぇ、ユウト」


 戦利品の品定めをしながら、夏樹はユウトに声を掛けた。


「どうした? 魔獣でもポップしたか?」


 ユウトはいったん手を止めて、顔を上げた。


「変なことを聞くけど、笑わないでくれる?」


 夏樹も顔を上げて、ユウトに向き直る。

 夏樹は、今が好機だと思った。夏帆の想い人がユウトかどうか確認できるタイミングは、リリアがいない今しかない。

 あまりもたもたできない事情もある。時間をかければかけるほど、《ナツキ》イコール楠夏樹だと、周囲にバレる危険性が増す。夏帆に成り代わっての告白が、不可能になりかねない。

 予備校でのユウトらしき少年との偶然の出会いが、夏樹の心をせっつき始めていた。

 夏樹は思い切って、口を開いた。


「私が急に接続しなくなった日、私、誰かと二人で会う約束をしていたんだ」


「ふーん」


 ユウトは、それほど驚いたような反応は見せない。


「でもね、私、その誰かがわからなくなっちゃって」


「え?」


 ユウトは目を見開いた。

 今度は、明らかに驚いているようだ。


「ユウト、心当たりない?」


 夏樹は小首をかしげながら、ユウトに尋ねた。

 ここでユウトの反応を見れば、夏帆が会いたがっていた何者かについて、何かがつかめるはず。

 夏樹はそう考え、ユウトに鎌をかけてみた。


「なぜそんなことを聞くんだ? ってか、ナツキ、記憶喪失にでもなったのか?」


 何をバカな話をしているんだ、と言いたげに、ユウトは肩をすくめた。


「……実はね、私、MOTSに繋げられなかった間、頭を強く打って病院に入院していたんだ……」


 夏樹は、胸にちくりと痛みを感じた。

 だが、これも夏帆のためと割り切って、ユウトに嘘の説明をした。

 夏帆が死んだなどとは、とても言えない。そもそも、真実を告げてしまえば、夏樹の計画はすべておじゃんだ。

 あくまで、夏帆の想い人に告白をするのは、夏帆本人だとの体裁は維持しなければならない。

 なので、頭を打って一部の記憶をなくしたと、偽ることにした。


「なんだって? おいナツキ、もう、身体は大丈夫なのか!?」


 夏樹の事情を聞くや、ユウトは一転して、顔を青ざめさせた。バッと勢いに任せて立ち上がり、夏樹に近づこうとする。

 だが、夏樹はすぐさま、座るように片手でユウトを制した。


「うん、このとおり、今は大丈夫だよ」


 ユウトを安心させようと、夏樹は力こぶを作って問題ないとアピールした。


「そっか……」


 ユウトは腕組みをすると、俯きながらつぶやいた。そのまま、ユウトはぴくりとも動かない。何かを考えこんでいるのだろうか。

 少しの間をおいたところで、ユウトは顔を上げ、口を開いた。


「うん、そういうことだったんだな」


 ユウトは何かに納得をしたように、しきりとうなずいている。


「え?」


 どういうことかと、夏樹は聞き返した。


「いや、お前さぁ、再会した時からちょくちょくと、なんだかおかしなことを言っていただろ? 魔獣の解体のときとか」


「あぁー……。うん、そうなんだ。実は、一部の記憶が戻ってなくてね。身体は元気なんだけど、記憶に混濁があって……」


 どうやらユウトは、夏樹の意図したとおりに、再会してからこれまでの都合の悪い部分については、頭を打ったことによる記憶喪失のせいだと、理解をしてくれたようだ。


「大変、だったんだな……」


 しばしの沈黙が流れた。

 ユウトは苦しげな表情を浮かべている。

《ナツキ》の境遇に、同情をしてくれているのだろうか。だとしたら、少し罪悪感が込み上げてくる。

 それとも、同情以外の、何か別の理由があるのだろうか……。

 ただ、いずれにしても、ここまで《ナツキ》の身を案じ、心を寄せてくれた。夏帆の言葉を伝える相手としては、申し分がないように思える。

 ユウトは先ほどから、口を開きかけてはすぐにつぐむ動作を、幾度か繰り返している。

 数分の間、お互いに何もしゃべらなかった。




 ついに沈黙を破り、ユウトが口を開いた。


「質問の答えなんだけど……」


 ユウトは視線をきょろきょろと所在なく動かしつつ、口ごもる。

 夏樹は、思わずゴクリとつばを飲み込んだ。


「相手は、オレだよ。ナツキに呼ばれて、その日、二人で会う約束をしていたんだ」


「ユウト……」


 夏樹はつぶやき、ユウトと見つめ合った。

 やはり、夏帆の想い人は、ユウトだった。


「でも、すっぽかされて、しばらく接続してこなかっただろ? それで、オレが何かやっちまって、嫌われたのかなって、思ったんだよ……」


 ユウトは顔をしかめながら、少し苦し気に言葉を吐いた。

 夏樹は納得した。

 なぜ以前、嫌われたかもしれないとユウトが口走ったのか、これで理由がはっきりした。


「そっか……、ユウトだったんだ……」


「ナツキ?」


 夏樹が言葉を詰まらせていると、ユウトは首を傾げながら、《ナツキ》の名を呼んだ。

 不思議と、涙があふれてきた。


 ――夏帆、ついに見つけたぞ。これで、お前の願い、かなえてやれる!


 MOTSを始めようと思った理由の一つを、とうとう果たせる。

 ぎゅっと胸が締め付けられた。頬を、とめどなく熱いものが伝っていく。

 こんなに泣くなんて、まるで、夏帆の人格が乗り移ってきたみたいだと、夏樹は思う。


「ごめんね……。なんだか、嬉しくて」


 ワンピースの袖で、涙をごしごしと拭った。


「嬉しい?」


「ううん、こっちの話」


 不思議がるユウトに対して、夏樹は微笑を返した。

 それから少しの間、夏樹もユウトも口をつぐんだ――。

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