11 続くバグ

「いらっしゃーい。お、ナツキちゃんじゃん!」


 魔術屋《精霊たちの憂鬱》に入るや、真っ黒なローブに身を包んだ、小柄な女性が声をかけてきた。

 店の主であり、実は夏樹たちの固定パーティーメンバーの一人でもある、《ルーミ》だ。

 ルーミは生産をメインとしているため、それほど頻繁に狩りに顔を出すわけではない。だが、自らがクエストをこなさなければ手に入れられない重要素材などもあり、そういったものの入手の際には、必ず夏樹たちと一緒に行動をしていた。


「ルーミさん、いつものを五個、もらえるかな?」


「はいはーい、《爆裂石》だね。サイズはやっぱり、いつもどおりの中型かな?」


「うん、それで」


 ルーミに購入品を包んでもらっている間に、夏樹はざっと店内の商品を見て回った。

《精霊たちの憂鬱》には、攻撃用のマジックアイテム以外にも、支援や回復用のものも売られている。

 アイテムインベントリに在庫があるため、今回は購入していないが、ルーミお手製の《ポーション・中》や《拘束玉》などは、夏樹の愛用品になっている。

 今の夏樹たちのパーティーのレベル帯では、ちょうど《ポーション・中》を使えば、ヒットポイントの半分ほどが回復可能だ。誰でも扱える汎用性もあるので、冒険には欠かせない。……ただし、かなり価格が高いのが、難点ではあったが。

 直接的な回復効果をみると、《ポーション・中》は、《ナツキ》の精霊術《回復促進・中》と同程度だ。

 ただし、《ナツキ》の術は、追加効果でヒットポイントの継続回復効果もあるため、より高性能だといえる。

 資金コストの面からみても、マジックアイテムがあるからといって、緑の《精霊使い》が要らなくなる、などという結論に達したりはしない。

 夏樹は精算を済ませると、ユウトとの待ち合わせ場所である、街の北門に向かった。




 街の北門までやって来た。

 ヴァルタの北には、ややレベルの低い魔獣のひしめく、《ヴァルタの大森林》がある。低レベル帯の大パーティーや、今の夏樹たちのように、ある程度レベルの高い者たちが少人数で狩りをする場合に、よく選ばれる場所だ。

 夏樹は、街門から少し外れたところに、金属製のブレストアーマーを身につけた、見知った少年――ユウトが立っている様子に気が付いた。と、その時――。


 ――なっ!?


 夏樹は思わず振り返った。刹那、ピーピーとシステム音が鳴り始める。じわりと両手に汗がにじんできた。


 ――また、あのバグ表示かよ!


 夏樹は顔をしかめ、視界の端に映る赤い三角の表示を睨んだ。

 だが、今回はあっさりと表示は消え、警告音も止んだ。


 ――こんなバグが、戦闘中に出てきたらたまらないぞ。かといって、僕と夏帆と

のプレイヤー入れ替わりが原因の現象だとしたら、下手に運営に訴え出るのも難しい。まいったな……。


 夏樹には、本来望ましくないはずの、プレイヤーの入れ替わりをやっている負い目があった。下手にバグを通報して、藪蛇になっては大変だ。

 夏樹はぶんぶんと頭を振り、頬を軽く叩いた。おかしな現象なんて起こっていない。夏樹はそう思い込むよう暗示をかけると、ユウトに視線を戻した。


「ユウト、お待たせー!」


 夏樹は片手を上げながら、心配を掛けまいと、何食わぬ顔でユウトの元に駆け寄よった。


「おう、悪いな」


 ユウトも同じく片手を上げて、夏樹を迎え入れた。


「ここに集合ってことは、大森林で狩りでいいのかな?」


「オレとナツキのペアなら、あのあたりが無難かなって」


 狩場が間違っていないかを確認すると、ユウトはこくりとうなずいた。


「確かにね。私じゃ、火力が出せないし」


 実質的な攻撃役は、ユウト一人だ。

 夏樹はあくまで、支援役。主な役目は、魔獣の霊素被膜の除去、ユウトへのバフ、負傷の回復だ。

 ユウトも単体でかなりの火力を誇るが、あまり無茶をしてユウトの手が止まるような事態になれば、殲滅役がいなくなってしまう。スイッチをして、一時的に夏樹が魔獣のターゲットを受け持つ作戦は、《精霊使い》の前衛能力の低さゆえに、そもそも難しい。

 なので、無理をせず、ある程度低レベルの魔獣を相手にするのが、ユウトの言うとおり無難な選択だった。


「なーに、攻撃だけが重要じゃないさ。ナツキはナツキの役割がある。火力はオレが出せばいい」


 夏樹が申し訳なく思って顔をしかめていると、ユウトはぶんぶんと首を大きく左右に振った。

 一拍の間をおいて、ユウトは口を開く。


「……さっき、何かあったのか? 急に立ち止まって、周囲を見回しているように見えたんだけど」


 どうやら、ユウトに一部始終を見られていたようだ。


「なんでもないよぉ。ちょっち、システムの挙動がおかしくって。バグかなぁ」


 ユウトが不安に思わないよう、夏樹は努めて明るい声で答えた。


「バグかぁ。リリースからまだそれほど期間も経ってないし、ちょっとしたバグが残っていても、不思議じゃないか」


「そうそう。困った話だよねぇ」


 夏樹はユウトと苦笑し合った。どうやらごまかせたようだ。

 すると、ユウトはフッと真顔に戻った。夏樹の目を見つめながら、声を張り上げる。


「バグだろうが何だろうが、ナツキは、このオレが、絶対に守ってやるからなっ!」


 ふんっと鼻息荒く、ユウトは胸を叩いた。


「ふふっ、頼りにしてるよっ!」


 ナツキも、ユウトの意気込みに応えて、にこりと微笑んだ。


 ――こんな感じの返し方でいいのかな? 夏帆ならきっとこう答えるって、一応考えながらしゃべっているつもりだけど……。ただ、今の返事は、リリアに聞かれていたら、怒られていたかもしれないなぁ。


 心なしか、ユウトの頬が赤い気もする。すこし、ユウトとの距離が近すぎたかなと、夏樹は反省した。

 夏帆が心の底では男性を恐れていた、とのリリアの指摘を受けてから、夏樹も、対男性への対応に、少し注意をするようになった。

 夏樹はあくまで、言動については夏帆を演じながら、《ナツキ》を動かしている。ぼろが出ていなければいいなとの不安は、常に付きまとっていた。

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