8 ユウトの想い

「危ないっ! ユウト、避けて!」


 夏樹は思わず声を張り上げた。

 蛇の尾部が、鞭のようにしなりながら、無防備になっているユウトの胸部めがけて襲い掛かっていた。


「しまった!!」


 ユウトは避けられず、吹っ飛ばされる。そのまま、林道わきの木の幹に、激しくぶつかった。

 ユウトのうめき声が漏れる。

 夏樹はすぐさま、ユウトの元へ駆けつけた。


「こっちは任せて!」


 背後でリリアの怒声が聞こえた。リキャストタイムを終え、新たな精霊術のキャストに入ったようだ。

 蛇はすでに瀕死、任せても大丈夫だと夏樹は判断する。


「ユウト、大丈夫?」


 夏樹はユウトのそばに膝をつくと、ケガの具合をすぐに確かめた。

 外傷はなさそうだ。

 だが、蛇の鞭のようにしなる尾による打撃と、無防備な体勢での木への激突の衝撃で、身体内部、特に肋骨周辺に大きなダメージが入っているようだ。ブレストアーマーの一部が大きく凹んでいるのが、その証左。

 ユウトは胸を押さえながら、苦しげに喘いでいる。

 MOTS内での痛覚は、だいぶ抑えられている。だが、身体部位の損傷による生体機能の低下までは、防げない。

 肋骨へのダメージとともに、胸郭を上下させる筋肉の一部が損傷を受け、呼吸が浅くなっているのだろう。


「わりぃ、すっかり油断した……」


「待ってて、今、回復するよ」


 無理に動こうとするユウトを片手で制すると、夏樹は両手を静かにユウトの胸に当て、目を閉じた。


「《回復促進・中》!」


 スキル名を唱えた瞬間、夏樹の手がぼんやりと緑色に光る。その光は徐々に、ユウトの傷ついた胸部を包み込んでいった。

 さすがに、凹んだブレストアーマーまでは直せない。街で鍛冶屋に持ち込む必要がある。だが、身体は、骨折程度ならきっちり治しきれた。

 緑の光が消えると、ユウトのダメージはほぼ回復していた。


「ふぅ……。やっぱり、ナツキの癒しは最高だなぁ」


 ユウトはニッと笑いながら、夏樹の手を取った。そのまま、ぎゅっと握りしめてくる。


「ちょ、ちょっと……。痛いよ、ユウト」


 夏樹はユウトの手を振りほどこうとした。しかし、夏樹の力では外せない。


「なぁ、ナツキ……」


 ユウトは表情を引き締め、ナツキの顔を注視してきた。


「どうして、一週間もログインしなかったんだ? オレ、何かやっちまったかな?」


 夏樹はハッと息をのんだ。


 ――ユウトも、リリアと同じような誤解をしているんかよ……。


 ため息をつきながら、首を左右に振って、ユウトの言葉を否定した。


「よかった……。お前に嫌われたら、オレ――」


「はいはーい。蛇は倒しましたよー」


 ユウトが身体を近づけ、何かを言おうとしたところで、リリアがパンパンと手を叩きながらやって来た。

 ちょっと、頬を膨らませているようにも見える。


「イチャついていないで、あと始末をしましょうねー」


 リリアの棘のある声に、ユウトは慌てたようにナツキの腕から手を外した。


「わ、悪い……」


「ん……」


 ユウトの謝罪に、夏樹は軽くうなずいた。

 ユウトは立ち上がると、バツの悪そうな表情を浮かべつつ、蛇の元に移動していった。

 入れ替わりに、リリアが夏樹のそばにやってきて、中腰になった。そのまま、ぐいっと顔を寄せてくる。


「ナツキちゃん、ダメだよ。下心がある男に迫られたら、すぐに手をひっぱたいてやらないと!」


 リリアは人差し指を突きたてながら、声高に主張した。


「別に、そんなことないと思うんだけど……。ユウト、そんな奴じゃないでしょ?」


「甘いよ、ナツキちゃん。甘い甘い!」


 リリアはぶんぶんと頭を左右に振る。


「ナツキちゃん、美人なんだから。もっと気を付けないとダメ。昨日も思ったけど、少し不用心すぎるよ?」


「えぇー?」


「ユウトも悪い奴じゃないけど、油断しちゃダメなんだからね! ナツキちゃんだって、前言っていたじゃない。男の子って、ちょっと苦手だなって」


 リリアの言葉を聞いて、夏樹は目を見開いた。


 ――夏帆の奴、そんなことを言っていたのか。男が苦手って……、もしかして、小さいころ、悪ガキに暴力を振るわれていたのが原因か?


 学校での普段の夏帆からは、そんなそぶりは感じられなかった。分け隔てなく、誰とでも円滑にコミュニケーションを取っていたように見えた。

 どんなに夏帆の心の内を理解していなかったのかと、夏樹は改めて、観察眼のなさを痛感する。

 リリアは夏樹の肩にそっと手を置くと、さらに顔を近づけてきた。


「男の子に何かされそうになったら、絶対に私に相談して。必ず、ナツキちゃんの力になるわ」


 耳元で、リリアの甘いささやきがこだまする。

 ふわりとかかる吐息のために、夏樹は自分の顔がかあっと熱くなっていくのを感じた。


「お説教はこんなところかな。じゃ、あと始末しちゃおう?」


 夏樹の耳元から離れると、一転、リリアは微笑を浮かべながら、手を差し出してきた。夏樹はその手を取り、立ち上がる。

 戦利品を整理し終えた夏樹たちは、あらためて《クルム》の街を目指した――。

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