11 リリアの助け


『えっとね。ユウトの奴と、何かあったのかなって』


「え? 私とユウトとの話って、リリアちゃんもう知ってるの? 実は、私もその件で、連絡したんだよぉ」


『ちょうどよかったみたいだね!』


 明るい調子のリリアの声に、夏樹は胸につかえていた重しが取れたように感じた。リリアから一方的に絶交されるような不安は、どうやら杞憂だったようだ。

 夏樹は話が早いとばかりに、詳細をぼかしつつ、何があったのかを伝えた。

 ペア狩りのこと。ストーカー男タカヤのこと。タカヤから逃げきった後に、ユウトと再会できなかったこと。ログインしたら、一方的にユウトからのフレンドを切られていたこと。

 現実世界でのやり取りは、さすがに伝えられなかった。

 夏樹はまだ、ユウトに対して、《ナツキ》イコール楠夏樹だと認めたわけではない。

 ユウトは《ナツキ》の中身が楠夏樹だと、それなりの自信をもって疑っているようだが、夏樹が自供をするまでは、確定的なものとして判断できないはずだ。

 そんな中、ユウトが現実世界の夏樹に接触をしてきたなどと、《ナツキ》の口からリリアに話してしまえば、《ナツキ》イコール楠夏樹を認めたようなものだ。

 MOTSの中の《ナツキ》が、現実世界の楠夏樹と別人であるのならば、そもそも知る由もない情報になるのだから。

 ユウトやリリアに《ナツキ》の中身が男――楠夏樹だと知られかねない。


『うーん……。今のナツキちゃんの話だけじゃ、なんでユウトが怒っているのか、よくわからないわね』


「むぅぅ……。プライベートな事情があって、うまくリリアちゃんに話せない部分があるんだよぉ。ごめん……」


 夏樹は歯切れ悪く、言葉を濁した。

 もっときちんと説明したい。でも、夏帆の願いを叶えるまでは、どうしてもできない。

 もどかしさのあまり、夏樹は指をせわしなく動かす。


『あ、気にしないで。確かに、秘密にされている部分がある点は、ちょっと寂しいけど、リアルの事情を詮索するのって、マナー違反だし』


「ほんと、ごめん」


 夏樹は両手を合わせ、首を垂れた。

 リリアはクスクスと笑っている。怒っているわけではなさそうだった。


『とりあえず、通信だけじゃなんだし、顔を合わせて話してみない?』


「いいの?」


『もちろん! ナツキちゃんのためなら、いくらだって時間を作るわ!』


 リリアの嬉々とした声が漏れる。


「ふふ、ありがと」


『それにね、私も一個、相談したいことがあるんだ……』


 リリアはわずかに声の調子を落とした。


「相談?」


『うん……。直接会ったときに話すね。中央噴水広場でいい?』


「オッケー、よろしくね」


 待ち合わせ場所のすり合わせができた時点で、通信は切れた。

 待たせても悪いと思い、さっそく準備を始める。


「うさっち、いくよー」


 夏樹の声に反応し、ベッドの上でウトウトしていたうさっちが、ぱっと跳ね起きた。


「どこか行くぴょん?」


「リリアと待ち合わせー。ほら、乗って乗って」


 夏樹は中腰になり、うさっちに肩を差し出した。


「ぴょんっ!」


 うさっちは嬉しそうな鳴き声を上げると、ひょいと夏樹の肩に乗った。




 中央噴水広場にやって来た。

 この広場は、様々な待ち合わせによく使われているため、日中はとにかく人が多い。

 ちらりと天を見上げた。

 雲一つなく晴れ渡っている。絶好の狩り日和だといえた。

 このため、冒険用の装備に身を固めたプレイヤーキャラクターたちが、普段以上に、所狭しとひしめき合っていた。

 夏樹は人の間を縫うように進み、よく固定パーティーメンバーとの待ち合わせに使っている、フクロウのモニュメントの前まで移動した。


「リリアはまだみたい……」


 夏樹は周囲をきょろきょろと見まわしたが、目的の人物は見当たらない。


「あーあ、こんなポカポカ陽気だと、悩んでるのが馬鹿みたいに思えてくる」


 夏樹はモニュメントに寄りかかりながら、空を見上げた。

 頬を撫でる爽やかな風を楽しみつつ、夏樹はゆっくりと目を閉じる。


 ――リリアと何を話そう……。ユウトに告白をしたいって、相談してみるかな。


 リリアなら、《ナツキ》を応援してくれるかもしれない。

 ただ、一つ不安もある。

 リリアがユウトを好きだった場合だ。

 そうなると、《ナツキ》とリリアは恋のライバルになる。これからの関係に、大きな影響が出るかもしれない。

 リリアとユウトの二人は、《ナツキ》以上に、一緒にいる機会が多い。もしかしたら、同じ高校に通っている間柄なのかもしれない。

 だとすれば、リリアがユウトに惚れていたとしても、そう不思議ではないだろう。 


 ――ちょっと怖いな……。でも、ユウトとの関係を今のままにしておくのも、それはそれでマズい。いずれユウトに僕の正体がばれてしまうのは、構わない。ただ、それは夏帆の言葉を伝えてからでないと、ダメなんだ!


 夏樹とて、いつまでも夏帆のふりをし続けられるとは思っていなかった。性別も違うし、いずれは必ず、致命的なぼろが出るだろう。

 だが、そうなる前に、夏帆への罪滅ぼしをしっかりと果したい。


 ――リリアには、どうにか協力をしてもらわないと……。


 リリアがユウトに惚れていませんようにと、夏樹は天に祈った。

 その時、不意にぽんっと肩を叩かれた。


「あ、リリア。おそかったね――」


 夏樹は閉じていた目を開き、肩を叩いた待ち人へ、笑顔とともに視線を送った。


「よう、先日は、まんまと逃げおおせてくれたな」


 そこには、タカヤが立っていた――。

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