5 二人の仲間

 マップ情報に、青いカーソルが二つ現れた。

 青はパーティー登録をしてあるキャラクター、緑はそれ以外のフレンド、白は一般キャラクター、黄色はNPC(ノンプレイヤーキャラクター)、赤は魔獣を表している。


「うさっち、そろそろリリアたちが到着しそうだよ」


「やっとここから降りられるぴょん!」


 夏樹のつぶやきに、うさっちは嬉しそうに両前脚を上げた。

 とその時、遠くから何やら白い光が二つ見えた。瞬間、ものすごい轟音が鳴り響き、何やら見えない刃のようなものが飛んできた。


「キャインッ!」


 樹下で狼の悲鳴が上がった。


「リリアの《かまいたち》っぽいぴょんっ!」


「うわっ、あんな遠距離から当てられるんだ……」


 超長距離からの狙撃のような精霊術に、夏樹は舌を巻いた。

 リリアたちの姿は、まだ点のように小さい。

 先ほどの白い二つの光は、リリアとユウトの《憑依精霊術》の光だったようだ。リリアは使い魔と融合するや、すぐさま白の精霊術の一つ、《かまいたち》を放ったのだろう。

 下に目を向けると、狼が怒り狂いながら暴れていた。胸元に一つ、大きな裂傷ができている。


「さっきの《かまいたち》で、霊素がきれいに剥がれたようだぴょん」


 うさっちは前脚を伸ばし、狼を差した。

 MOTSでの魔獣たちには、少々癖があった。

 例外なく、皆、全身に《霊素》と呼ばれる防御膜を纏っている。この膜を破らない限り、物理攻撃の一切が、効かない。

 この《霊素》の膜を破るためには、《精霊使い》クラスによる精霊術が、絶対に必要になる。ちなみに、精霊術の力の源も、魔獣の膜と同種の《霊素》だ。

《霊素》を破れるのは、《霊素》のみ。

 こういった事情で、MOTSでのソロ活動は、至難を極めた。

 一人で精霊術を巧みに操って霊素膜を破り、物理攻撃でとどめを刺す作戦は、とてもではないが、現実的とは言えなかった。

 唯一、《精霊使い》のみが、精霊術による被膜除去と攻撃との両立を成しえる。

 だが、精霊術はリキャストまでの時間が長く、続けて攻撃的な精霊術を発動することが難しい。

 結果、物理攻撃で戦う羽目になるのだが、純物理攻撃職と比べ、筋力や体力、敏捷性などのステータスが極端に低いため、相当な低レベルの魔獣しか、倒せない。これでは、危険を冒してまでソロで魔獣を倒しても、うまみがなかった。

 色々と試行錯誤が続けられたものの、最終的には、パーティーを組んで魔獣に挑む戦略が、最適解とされるに至っている。


「私の杖じゃ、さすがに倒しきれないよねぇ。もうしばらく、木の上で待ちましょ」


「憑依さえできれば、あんな狼なんか一ひねりなのに。残念だぴょんっ!」


 うさっちはぎゅっと目をつむり、悔しそうに身体を震わせた。

 そうこうしているうちに、リリアたちが間近まで迫ってくる。


「ナツキちゃーん! どこー!」


 リリアの大声が、闇夜の草原に響き渡った。


「こっちだよ、リリアちゃん!」


 夏樹はすぐさま、カンテラを振って応えた。


「オッケー、見つけたよ」


 リリアは声を弾ませながら、夏樹のいる木に向かて駆けだした。


「おいリリア! その前に、あの狼をやっちまおう!」


 そこに、横からユウトの声がかかった。

 霊素を剥がされ、腹部にダメージを受けた狼は、それでも逃げ出さずに、怒りの視線をユウトに向けている。


「グルルルルルッッッ!!」


 狼は地を蹴り、ユウトに飛び掛かっていった。


「ちっ! リリア、お前は離れていろ!」


 ユウトは腰に下げた剣を引き抜き、正面に構えた。

 狼は前脚を振って、ユウトの剣を弾き飛ばそうとした。


「そんなへなちょこで、やられるかよ!」


 ユウトはバックステップを踏み、狼の攻撃を回避する。


「それっ!」


 そのまま、再度踏み込み、長剣を左から右へと一閃した。


「ギャインッ!」


 狼は悲鳴を上げて、地面に倒れ込んだ。


「それ、とどめだ!」


 ユウトは心臓を一突きし、狼を絶命させた。

 狼のレベル自体は、それほど高くない。きちんと戦う準備の整ったユウトたちにとっては、負けるような相手ではなかった。

 下界が安全になったのを確認し、夏樹は座っていた枝から、ひと思いにぴょんっと飛び降りた。

 落下の勢いで、ワンピースの裾がふわりと浮いた。


 ――あっ!


 失敗したと夏樹が思ったときには、もうすでに手遅れだった。

 木の下で、ユウトが顔を真っ赤に染めている。


「ちょっと、ナツキちゃん! 不用心よっ!」


 慌てたようなリリアの大声が飛んだ。

 夏樹は普段の調子で、つい男のつもりで行動をしてしまった。今は女性用の装備品を身につけている。もう少し気を配らなければダメだなと、自戒した。

 夏樹自身は、心が男なのでそれほど気にはしないが、周囲がヤキモキするだろう。それに、夏帆の作ったキャラクターに、妙な悪評を立てられても面白くない。

 男を誘っているだのビッチだのと陰口を叩かれては、夏帆に申し訳が立たないだろう。

 夏樹はバツが悪く感じて、頭を掻きながらリリアとユウトに声を掛けた。


「えへへ、ごめん。助かったよ」


 夏樹は、両手を顔の前で合わせて拝むような仕草をしながら、ユウトに近づいた。


「あ、あぁ……。と、友達を助けるのは、当然だろ! それに、オレたちは一緒のパーティーを、組んでいるんだし……」


 ユウトは少し声を震わせながら、腕を組み、ひょいっと横を向きながら答えた。

 いまだに、頬のあたりが赤くなっている。


 ――あー……。こいつは、ばっちりと下着を見られたなぁ。すまん、夏帆……。


 夏樹は心の中で、夏帆に謝った。


「それにしてもナツキちゃん。デスペナをもらわずに済んでよかったわ」


「ほんとだよぉ……。二人が来てくれなかったら、延々と、あの狼とにらめっこを続けなくちゃいけないところだったし」


 あのまま、朝まで樹上生活だったかと思うと、ぞっとする。


「事情はリリアから聞いたけど、今、精霊術が使えないってホントか?」


 ようやく正気に戻った様子のユウトが、夏樹に尋ねてきた。


「ちょっち、ログイン時にエラーを食らっちゃってね。念のため、一定時間、一部の機能を制限するんだって」


「はは、そいつは災難だな」


「まったくだよぉ」


 夏樹はうなだれながら、ユウトに答えた。

 とその時、リリアとユウトの身体が光りだし、パッと使い魔が分離した。


「お、憑依が解ける時間か」


 光が消えたところで、別れた使い魔たちは、それぞれの主人の足元に移動する。


「いつもありがと、《ミィ》」


「サンキューな、《タヌきち》」


 二人は腰をかがめ、お互いの使い魔の頭を撫でながら、感謝の意を伝えた。


 ――それにしても、みんなネーミングセンスがないというか、なんというか……。夏帆も、そうだったけど……。


 夏樹は苦笑しながら、目の前の二人のやり取りを眺めた。


 ――ユウトの奴は、どうやら動画で見た時の印象と、そう大きくは違わないみたいだ。ちょっとカッコつけなところはあるけれど、さっぱりとした、良い奴っぽい。仲良くやれそうだな。


 夏樹はほっと安堵した。

 今の様子を見る限りでは、ユウトこそが夏帆の惚れた相手だったといわれても、とりあえずの納得はできるかもしれない。


 ――どうせ、これから一緒にパーティーを組んで冒険をするんだ。人となりは、じっくりと吟味できる。夏帆にふさわしい奴かどうか、じっくりと見極めさせてもらおうかな。


 夏樹は両手をぎゅっと固めながら、ユウトの横顔をじいっと凝視する。

 とそこに、リリアがやってきた。夏樹の手を取りながら、口を開く。


「さてっと。じゃあナツキちゃん、いつものお願いね?」


 突然、訳の分からない頼みごとをされた。

 動画で見た範囲の知識では、リリアの言葉の意味を理解できない。

 夏樹はどうしてよいかがわからず、その場に呆然と立ち尽くした。


「どうしたの、ナツキちゃん」


 狼の死骸の前で戸惑っていると、リリアは訝し気に小首をかしげた。


「えへへ……。ねぇ、リリアちゃん。『いつもの』って、なんだっけ?」


 夏樹は舌を出しながら、おどけた風でリリアに尋ねた。

 こうやって軽い感じで確認すれば、リリアに怪しまれずに済むとの考えだ。


「え? 『いつもの』って、もちろん、魔獣の解体だよ? 緑の得意分野でしょ」


「あ、あはは……。もちろん、わかっているよ。久しぶりだったから、あくまで、念のための確認だよぉ」


「……ナツキちゃん?」


 夏樹の強引なごまかし方が気になったのだろうか、リリアはわずかに眉をひそめた。

 だが、すぐに微笑を浮かべ直す。


「じゃ、お願いするわね」


 リリアの言葉に、夏樹はうなずいた。しかし――。


「あっ!」


 夏樹は思い出した。まだ、バッドステータスの『精霊術制限』が解除されていない点に。

 リリアの言っていた『魔獣の解体』をしなければ、経験値以外の魔獣からの戦利品が得られない。『魔獣の解体』ができるのは、支援職の《運び屋》か、もしくは、魔法職の《精霊使い》の中で、特に緑系統を伸ばしている者のみだった。

 緑系統の精霊術の一つである《埋葬》を使うことで、魔獣の毛皮なり肉なりを得られる。これらアイテムが、クエストの依頼品だったりする場合が多いため、パーティー内に前述の二つのクラスのうちのいずれかがいないと、冒険に大きな支障をきたした。


「ちょっとまって、リリアちゃん。私、まだ制限がかかっていて、精霊術を使えないよ?」


「あぁー、そうだったわね……」


 リリアは右手の平を額に当てながら、がくりとうなだれた。

 もう真夜中になっている点も考慮し、結局その日は、木のそばで三人、野営をした。

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