6 リリアの想い

 翌朝――。

 夏樹が目を覚ますと、焚火のそばで見張り番をしていたリリアが、声をかけてきた。


「おはよ、ナツキちゃん。久しぶりのMOTSの夜は、どうだった?」


「うーん、よくわからないなぁ」


 夏樹はぐいっと伸びをしながら答えた。

 夏樹自身は、MOTSへのログインが初めてだ。

 かつて、夏帆がどのようにMOTSの夜を体感していたかまでは、さすがにわからない。


「ユウトが起きるまで、ちょっとお話しない?」


 リリアはすぐそばの地面を、ポンポンと手のひらで叩いた。そこに座れといいたいのだろう。

 夏樹はうなずいて、指定された場所に腰を下ろした。

 ふわりと甘い香りが鼻腔をくすぐる。

 リリアの前には、カップに入れられたホットチョコレートが置かれていた。朝の寒さを紛らわせていたのだろう。


「はい、これ。ナツキちゃんの分も、ちゃんと用意しておいたよ」


 リリアは夏樹に身体を向けると、新品のカップに入れられたホットチョコレートを手渡してきた。

 夏樹は礼を言ってカップを受け取り、ゆっくりと口をつけた。

 甘ったるい香りとともに、身体がぽかぽかと温まっていく。おもわず、「ほぅっ」と息を吐きだした。


「私ね、ちょっと怖かったんだ……」


「え?」


 リリアは焚火に身体を向け直すと、少し顔をうつむけながらつぶやいた。

 急に雰囲気の変わったリリアに、夏樹は戸惑った。

 カップを両手で抱えたまま、リリアの表情をじいっと見つめる。


「ナツキちゃんに、嫌われちゃったんじゃないかって」


 リリアは目を瞑り、深いため息をついた。

 夏樹はハッと息をのんだ。

 思ってもいなかったリリアの告白に、心臓の鼓動が激しくなる。


 ――夏帆が、リリアを嫌っていたわけなんて、無いじゃないか! あの日の事故さえなければ、毎日接続し続けていたはずだよ!


 どうやら、《ナツキ》が長期ログインをしていなかった理由を、リリアは邪推しているようだ。

 夏樹は即座に否定をしようと、口を開いた。


「そんなこと――」


「だって、連絡もなく一週間。ゲーム内では、数か月の間、会えなかったんだよ?」


 リリアはぱっと顔を上げて、夏樹の言葉を遮った。

 そのまま、リリアは夏樹に身を寄せて、ちらりと夏樹の胸元に目を遣った。

 一瞬、リリアはくしゃりと顔を歪める。が、すぐに表情を戻した。


「私ね、てっきり……」


 リリアは、寄りかからんばかりに、さらに身体を近づける。夏樹の腕へ静かに手を置くと、顔をぐいっと寄せてきた。

 お互いの吐息がかかるほどに、間近で見つめ合った……。


「リリア……ちゃん?」


 声が、震えた。

 心拍が、どきどきと速まる。


 ――リリア、どうしたんだ? これじゃ、まるで……。


 ふと、馬鹿げた考えが脳裏をかすめた。夏樹は慌てて、リリアから視線を外す。


「ううん、なんでもない! ごめんね、変な話しちゃって」


 リリアも夏樹から手を離し、両手をパタパタと振りながら、謝った。


「でもね、こうして、また戻ってきてくれて、嬉しいな」


 リリアはわずかに首を傾けながら、微笑を浮かべた。

 夏樹もうなずいて応える。


「久しぶりに見たナツキちゃんも、やっぱり、かっこよかったから……」


 リリアは目を細めると、胸元で手をぎゅっと握りしめた。


「え?」


 夏樹は目を見開いた。

《ナツキ》の背は、女性にしては高い。一方で、リリアは小柄な部類に入る。

 身長差から、リリアは《ナツキ》に、あこがれのようなものでも抱いているのだろうか。それとも……。

 先ほどの馬鹿げた考えが、再び頭をよぎる。


 ――いやいや、まさか……。


 夏樹はぶんぶんと頭を振った。


「うふふ、湿っぽくなっちゃったね。もっと明るい話をしましょ。ナツキちゃんがいなかった間の、冒険のお話をするわね!」


 おかしくなった場の雰囲気を変えようと、リリアは弾む声で話題を変えた。

 夏樹も素直に乗って、リリアの語る話に耳を傾けた。




 しばらくの間、リリアの独演会が続いた。

 夏帆のログインしていない間に何があったのか、リリアは身振りも交えながら、面白おかしく語る。

 話がそろそろ終わろうかというところで、背後からゴソゴソと音が聞こえてきた。


「あ、ユウトが起きてきた。じゃ、二人の秘密のおしゃべりは、これでおしまいだね」


 リリアは手をポンっと叩き、にっこりと笑った。


「うん……」


 夏樹も笑顔を返す。

 だが、先ほどのリリアの言動や態度が、どうしても気になって、いつまでも頭から離れなかった。




 三人で朝食をとったところで、夏樹は改めて自身のステータスを確認した。

 精霊術が使えるようにならないと、目の前の狼の死骸を処理できない。このまま無視して街に帰ってもよかったが、夏樹としては初めての戦闘での勝利だ。できれば、素材を記念に持ち帰りたかった。

 改めてステータスを覗くと、昨晩までついていた赤字の『精霊術制限』の表示が、きれいに消えている。

 どうやら、アカウント制限は長引かなかったようだ。夏樹はほっと安堵した。

 夏樹はすぐさま、システムコンソールから使い魔の顕現を選択し、召還していたうさっちを呼び出した。

 足元がぱぁっと光り、一匹の白うさぎが姿を現す。


「うさっち! 制限が解除されたよ!」


 夏樹は中腰になり、うさっちの頭を撫でた。


「ぴょんっ!」


 うさっちは長い耳をピンッと張ると、嬉しそうに飛び跳ねまわる。


 ――うーん、かわいいっ!


 夏樹はうさっちを抱き上げて、顔にすりすりと頬ずりをした。

 ひとしきりスキンシップを堪能したところで、頬ずりをしていた顔を外すと、うさっちの目をじいっと見つめた。


「改めて、これからもよろしくね!」


《憑依精霊術》が解禁された今この瞬間から、夏樹とうさっちの、主人と使い魔としての新たな関係が始まる。

 夏帆が築き上げてきた以上の信頼関係を、きっと作ってみせる。

 夏樹は、固く決意した。


「もちろんだぴょんっ!」


 うさっちも、声を弾ませながら、元気いっぱいに鳴いた。

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