2 警告
だいぶ、森の中を進んだ。
うさっちと融合しているためか、幸いなことに、道なき道でも足を取られずに走れている。
――ここまで離れれば、大丈夫かな。このままうさっちと融合を解いて、ログアウトしちゃうか。
夏樹は立ち止まり、周囲を確認する。
タカヤに追いつかれた気配はない。
システム上、憑依精霊術を使っている最中は、ログアウトもできない。いったん、うさっちと分離をして、システムコンソールからの操作を行う必要があった。
「うさっち、憑依を解除するね」
夏樹はシステムコンソールを開き、《憑依解除》を選択しようとした。
とそこに、不意にフレンドからの通信要請が入った。
「ん? ユウトから?」
いったん憑依解除を取りやめ、ユウトとの通信を開く。
『おい、ナツキ! 無事か?』
「うーん、無事かといわれれば、無事なんだけど……」
タカヤとの一件を説明しようか、迷った。
ここで話せば、ユウトは絶対に心配して駆けつけてくれる。だが、ユウトは今日、用事があると言っていたはずだ。
タカヤとの当面の脅威は避けられたので、あえてこの場で言う必要もないかもしれないと、夏樹は考えた。
『なんだか、歯切れが悪いな……。やっぱり、なんかトラブルに遭ったか?』
「まぁ、ね。でも、今は問題ないよ。心配かけちゃってごめんね」
ユウトの安堵のため息が、漏れ聞こえてきた。
「ところで、どうしたの、ユウト。ログアウトするんじゃなかったの?」
『あぁ、今からログアウトするところだ。ただ、さっきふと、思い出したことがあってね』
「え?」
『さっきの男……。もしかしたら、以前ナツキが騒いでいた、ストーカー男じゃないか?』
「ええっ!? ストーカー!?」
『あぁ、やっぱり忘れていたのか。……なんだか、後をつけてくる不気味な男がいるって、オレたちに訴えていたことがあったんだよ』
「あー……。うん、私の記憶から、すっぽり抜け落ちている情報だよ」
夏帆の動画や日記には、ストーカーに関する情報は残されていなかった。
以前リリアが、夏帆は男が苦手だと言っていた。
夏帆は、その苦手な男について、日記に書き記すのさえ嫌がったのかもしれない。
『ストーカーの名前までは聞かなかったけど、確か、あの後にゲーム運営と相談して、接近を防ぐための何らかの処置をしてもらったって、聞いた記憶があるんだ』
「なるほど、それでかぁ……」
ようやく理解した。
ずっと視界の端に映っていた三角の赤字の表示とシステム音は、運営側で用意をした、接近を避けたい対象への警告表示だった。
個別での特例処置のために、この警告についての情報が一般に出回っておらず、夏樹も知らなかったというのが、事のあらましのようだ。
ここまでの情報をまとめると、まず間違いなく、あのタカヤという男が、夏帆の恐れたストーカーだ。
そんな危険な男の甘言に騙され、ホイホイと後をついていったさっきの自分を、殴り飛ばしてやりたい。
夏樹は自身に腹が立ち、がくりとうなだれた。
『オレはいったん、ログアウトしなくちゃいけない。でも、ナツキも心配だ。なので、用事を済ませたらすぐに戻って、お前の元に掛けつけるからな!』
「ユウト……。ありがと」
仲間のありがたさが、身に染みた。
危機の時にだって、きちんと手を差し伸べてくれる人もいる。
友達だと思っていた子から、掌を返すがごとく裏切られた、小学生時代の苦い思い出。
だが、MOTSをプレイする中で、世の中そんな薄情な人間だけではないのだと、夏樹は少しずつだが感じられるようになってきた。
――夏帆の奴は、僕にこういった経験を、このゲーム内で積んでほしいと願っていたんだろうな。……ありがとう、夏帆。
夏樹は胸に手を当てながら、目をつむった。脳裏に、夏帆の笑い顔が浮かぶ。
タカヤに迫られて感じた寒気とはうってかわって、夏樹の胸はぽかぽかと温かくなった。
『安全になったからって、油断するな。オレが戻れるまで、ゲーム内時間で半日くらいはかかるかもしれない。いったんログアウトをするなり、身を守っていてくれ!』
ユウトの力強い宣言とともに、通信が切れた。
ユウトの言葉に従い、夏樹はすぐさま憑依を解除する。
「ぴょんっ!」
分離したうさっちは、するすると夏樹の身体をよじ登り、肩に腰を落ち着かせた。
「ちょっち、よくない状況だから、ここでいったんログアウトするね」
「わかったぴょん!」
うさっちと頬ずりをしたところで、システムコンソールを操作し、ログアウトを選択しようとした。
ところが――。
「いけないぴょんっ! 魔獣にタゲられてるぴょんっ!」
うさっちの悲鳴が飛んだ。
夏樹は指の動きを止め、システムコンソールを消した。うさっちの言葉が事実なら、ここでログアウトをすれば、強制デスペナルティーだ。
再びあのタカヤに捕まるくらいなら、アイテムの一つや二つ、無くしたってかまわないと思う。ただ、ここでデスペナルティーを食らうと、その失ったアイテムが、あの憎きストーカー男にわたる危険性がある。
夏帆の遺品を、タカヤの手に渡してもいいものだろうか。いや、渡してしまっては、夏帆の魂を冒涜する結果になる。許されない。
夏樹はそう考えると、どうしても、強制ログアウトを躊躇せざるを得なかった。
「戦うしか、ないかな……」
夏樹は《大樹の杖》を構え、うさっちが警告を飛ばした先を、鋭く見据えた――。
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