第二章 二人の仲間

1 初めてのログイン

 翌日の昼、夏樹は自分の部屋のベッドの上で、専用ヘッドギアを頭に装着した状態で横たわった。

 今できるだけの準備は整ったはずだと、夏樹は判断した。いよいよ、ゲームに飛び込むべき時だ。


 ――よしっ! いざ、MOTSの世界へ!


 意を決して、ログインを選択した。と同時に、ヘッドギアから大きな音が鳴り響く。身体データのスキャンの音だ。

 ここで、唾液からDNAを採取し、アカウントに登録してあるDNA情報と照合を行い、本人確認を行う。

 個人情報保護の観点から、すべてのDNA配列を確認しているわけではないと聞いているが、それでも数分の時間を要した。

 照合待ちのカウントが百パーセントに達した時、メニューに突然、『認証エラー』と、赤字ででかでかと警告の表示がなされた。

 刹那、ヘッドギアから激しい異音が鳴り響いた。


 ――なんだなんだ!?


 鳴り響く異音に、夏樹は戸惑った。

 視界は、警告表示で真っ赤に染まっている。


『一部で照合にエラーが生じました。再スキャンを行いますか?』


 機械音声が流れてきた。


 ――これは……。とりあえず、『はい』だ!


 夏樹は再スキャンを指示し、ヘッドギアによる再度のDNA照合チェックを受けた。

 いまだに異音が鳴っているが、同時に、身体スキャンの駆動音も聞こえ始めた。再スキャンが始まった証拠だ。


 ――僕と夏帆は、遺伝情報がまったく同じはず。エラーにはならないと思ったんだけどなぁ。


 夏樹が夏帆のデータを引き継いでゲームを始めようと思った理由の一つでもある。

 一卵性双生児なので、夏樹たちは遺伝情報が同一だ。本来なら家族であっても、他人のデータでのログインはできない。その中で、唯一の例外が、一卵性の双子。


 ――『一部』で照合エラーって言ってたし、たまたま性別の部分が照合に使われたってことなのかな……。


 夏樹たちは一卵性双生児ではあったが、唯一、性別を分ける部分だけが、遺伝子の突然変異で変わっていた。この部分をピンポイントで、スキャンシステムがチェックしたのかもしれない。

 ログイン時のDNAチェックは、毎回違う染色体の塩基配列を確認しているらしい。おそらく再チェックでは、問題なく通るはずだと思われた。

 しばらく待つと、鳴り響いていた異音は止み、警告の赤の表示も消えた。どうやら夏樹の予測通り、再チェックは通ったようだ。


『楠夏帆様、一週間ぶりのログインありがとうございます。それでは、MOTSの世界をお楽しみください……』


 機械音声が流れるとともに、視界が暗転した――。




 夏樹はゆっくりと目を開いた。

 地面に横たわっていた。身を起こし、周囲を見渡してみる。


「ここは……。どこだ?」


 周りは一面、緑の海だった。

涼やかな風が吹く、気持ちのいい草原のど真ん中で、夏樹は寝ていた。

 傍には一本の木が植わっており、適度に日差しも遮られている。お昼寝には最適な場所に思えた。

 夏樹は伸びをして、大きく深呼吸をした。

 草の香りがすうっと鼻腔をくすぐる。さわさわと心地の良い音を立てながら、微風に煽られて草が揺れている。


 ――本当に、現実そっくりだな。地面の手触りも、頬を撫でる風も、まるで本物みたいだよ……。


 これなら、確かに多くの人が熱狂するわけだと、夏樹はあらためて実感した。


「っと、状況を確認しないとだな」


 夏樹はチュートリアルを思い出しながら、自身のステータス画面を表示させた。脳内でメニュー表示を指示すれば、目の前の空間にコンソールが現れる仕組みになっている。コンソールが目視できるようになれば、あとは指で操作が可能だ。

 ただし、コンソールなどは、基本的には本人にしか見えない。


「キャラクターネームは……、《ナツキ》? なんでまた、僕の名前なんかを使っているんだか」


 夏樹は小首をかしげた。だが、考えようによっては、ありがたくもある。自分と同じ名前なので、違和感なくこのキャラクターに溶け込めそうだ。

 容姿も確認したかったが、この場に鏡や水面のような、身を映すものがない。残念ではあるが、お楽しみはあとに取っておけということなのだろう。

 ただ、身体つきや装備品から、女性型のアバターになっている点は確認ができた。

 身につけているのは、深緑に染色されたワンピースだ。精霊の加護がかかっているらしく、見た目に反して防御力が高い。属性攻撃の威力も低減できる優れものだ。

 ワンピースの裾からは、透き通るように白い生脚が見え、足先は皮製のロングブーツが包んでいる。現実の夏帆と同じく、無駄な肉のついていないすらっとした脚だった。

 ワンピースの上からは、丈の長い白のカーディガンを羽織っており、腰のあたりをワンピースと同じ色の布で巻いて、ベルト代わりにしている。

 杖と盾を身につけている以外は、あまり冒険者らしくない服装だ。しかし、現実の夏帆の姿を思い起こしてみれば、今のこの装備品は、とても似合っているのではないかと、夏樹は思った。

 ステータスチェックを始めて、最初に気になったのは、アイテムだ。

 このMOTSでのデスペナルティーの仕様を考えれば、アイテムの管理は最重要項目ともいえる。

 MOTSでは、割と厳しいデスペナルティーが科される。

 死亡判定になり、一定時間内になんらかの蘇生処置が行われなかった場合、その場で所持品の中からランダムに一品、強制ドロップさせられる。今まさに装備をしているものだろうが、レアアイテムだろうが、一切容赦はない。

 代わりに、所持金や取得経験値にペナルティーはない。ステータスが下がるような処置もない。ペナルティーの対象は、アイテムのみだ。

 ここで、重要になるのが、アイテム保護だ。事前に、一定件数のアイテムについて、デスペナルティーの対象にならないように保護を掛けるシステムがある。どうしても失いたくないアイテムについては、必ずこの処理をしておかなければならない。

 レベルの十の位の値プラス二という数の制限があるので、泣く泣く保護から外さなければならないものも出てくる。そこは、本人の戦略次第になるだろう。

 ちなみに、《ナツキ》のレベルは二十五なので、二プラス二の四個まで、保護が可能だった。

 今、インベントリに所蔵されているアイテム群は、ある意味で、夏帆の遺品ともいえる品々だ。できればどれも、失いたくはない。だが、システム上の制限もある。


「どうすべきかな……。夏帆が保護対象にしていたものを、引き続きそのまま保護しておくべきか……」


 持っているアイテムについては、事前にわかる範囲でどのようなものかは勉強してきた。だが、夏帆がどういった意図を持って、これらのアイテムを所持していたかまではわからない。

 現状の保護対象品は、武器の《大樹の杖》、体防具の《深緑のワンピース》、盾の《老木の小型盾》、一般装飾アイテムの《ハートのペンダント》だ。


 ――この《ハートのペンダント》って、単なる汎用品だよな。確か、店売りされていたはず……。なんでこんなもんを、保護対象にしていたんだ、夏帆は。


 夏樹は保護対象から《ハートのペンダント》を外そうとした。

 しかし、指が止まる。


 ――これ、外しちゃいけない気がする。夏帆にとって、何かすごく大きな意味があったアイテムなんじゃないか?


 まだゲーム内の状況や、夏帆の人間関係の詳しい部分までは把握しきれていない。わざわざ役に立たなそうなアイテムを保護対象にしているのも、夏帆にとって、何らかの重大な意味があってのことかもしれない。

 保護対象以外の物の中で、絶対にこれは無くしたくないというアイテムも、現状では見当たらなかった。ならば、あえて保護対象を変更する必要はないだろうと、夏樹は判断した。


「さて、次はこいつだよな。MOTSの醍醐味!」


 夏樹は、使い魔の欄の『顕現』ボタンを操作した。

 すると、右隣りから光が溢れ出し、動物の形を取り始める。


「おぉー。これが、使い魔……!」


 光が消えると、真っ白なうさぎが立っていた。

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