7 リリアとユウト

 緑の精霊術埋葬で狼の死骸を片付けた後、夏樹たちは揃って、街へと戻ることにした。


「とりあえず、いったん《クルム》まで戻るって方針で、いいよな?」


 ユウトは夏樹たちにぐるりと視線を巡らせた。


「そうだねー。ナツキちゃんも久しぶりの接続だし、いったん、近い街で腰を落ち着けたほうがいいかもね」


 リリアも同意を示す。

 夏樹としては、別にどの街に行こうが構わないと思っていた。

 夏帆の行動していた範囲内での主要な街の情報は、ある程度頭に入れている。しかし、夏樹自身が実際に赴いた経験はない。具体的にこの街に行きたいといえるほど、特定の街についての思い入れはまだなかった。

 ここは素直に、ゲームの先輩方に判断を任せようと、夏樹は決めた。

《クルム》の街は、最初に夏樹が降り立った草原から、小さな林の林道を突っ切っていくとすぐの場所にある。たいして大きくもない、めぼしいクエストもない単なる田舎町。他の主要都市への通過点に過ぎない場所だ。

 しかし、宿屋などの最低限の施設は整っており、身体を休めるには十分な場所でもある。




「ふんふーん」


 リリアはご機嫌な鼻歌を歌いながら、夏樹のそばにぴたりと寄って歩いている。一方で、ユウトは夏樹たちの少し前を、周囲の警戒をしながら歩いていた。


「なぁ、リリア。久しぶりなんで、オレもナツキと話をしたいんだけど……」


「だーめっ! ナツキちゃんは渡さないわよ!」


「ちぇーっ……。ったく、相変わらずだな」


 ユウトのため息が聞こえた。

 夏樹としても、ユウトの人となりを知りたかったので、できればもっと話をしてみたい。

 だが、リリアがニコニコと嬉しそうにくっついてきているのを、無理やり引き離すわけにもいかなかった。




 草原から、そろそろ林道に入ろうとかという場所に差し掛かった。

 突然、ユウトは立ち止まり、タヌきちを顕現させる。


「おいっ、どうやら敵さんのお出ましだ」


 ユウトの低く抑えた声が漏れる。

 夏樹たちも、即座にめいめいの使い魔を顕現させた。


 がさがさっ……。


 藪をかき分ける音とともに、目の前に巨大な蛇が現れた。

 蛇は鎌首をもたげ、じろりと夏樹たちを睨みつける。


「いくぞっ!」


 ユウトの掛け声の下、夏樹たちは《憑依精霊術》を準備した。


「うさっち、いくよ! 《憑依精霊術》!!」


 夏樹は両手を広げて天に掲げ、叫んだ。瞬間、光に包まれ、うさっちと融合する。

 光が消えると、うさっちはその姿を消し、長く白いうさ耳だけが、《ナツキ》の頭部にちょこんと乗った。憑依の完成だ。


「リリアは霊素の膜を剥がしてくれ! ナツキはオレに、支援精霊術を!」


「わかったわ!」


「了解だよっ!」


 ユウトの指示に応え、リリアはすぐさま白の精霊術かまいたちのキャストに入る。 

 夏樹も《大樹の杖》を握り締め、ユウトに支援の精霊術を掛けようと、キャストの準備をした。

 緑の精霊術は回復がメインだが、他にもサブで味方を支援する術もそろっている。今回は、敏捷性を上げる《韋駄天》を、ユウト単体をターゲットとしてキャストする。


「それっ! 《かまいたち》よ!」


 リリアの掛け声とともに、白い透明な刃が、一直線に蛇の頭部を狙って飛んでいく。

 一方で、蛇がリリアに気を取られているうちに、夏樹も精霊術を発動した。


「ユウト、行くよ! 《韋駄天》!」


 夏樹が叫ぶや、《大樹の杖》の先端から緑色の光がこぼれだし、ユウトに向かって伸びていった。


「よっしゃ! サンキュー、ナツキ!」


 ユウトの身体が、《韋駄天》による緑の光に包まれた。瞬間、夏樹の目からも、明らかにユウトのステップや素振りの速度が増したのがわかる。

 その間に、リリアの《かまいたち》によって、蛇の霊素被膜は剥がされていた。しかし、本体にはいまだダメージが入っていないようで、蛇は長い身体をくねらせながら、こちらの隙を窺っている。

 夏樹もリリアも、精霊術のリキャストタイムが経過するまでは、ろくな行動ができない。精霊術は総じて効果が高いが、その分、使い勝手の悪さも目に付く。使用タイミングをしっかりと図らないと、自滅しかねない点に注意が必要だった。

 なので、ここからしばらくは、ユウトの独壇場だ。

 夏樹は杖を握り締めつつ、戦況を見つめる。

 リリアも、杖を片手に様子を見ているようだが、右手には何やら石のようなものを握り締めていた。


 ――あれは……。たしか、マジックアイテムの爆裂石だな。


 リキャストタイムでもマジックアイテムは使えるため、《精霊使い》は大抵、いくつかの攻撃用マジックアイテムを用意しておくのが常だった。

 ただし、資金コストが高いので、乱用はできないが……。

 もちろん、夏帆も準備をしていた。

 しかし、夏帆の遺品ともいえるこれらマジックアイテムを、今このタイミングで使ってもよいのだろうかとの思いが、どうしても拭いきれない。

 結果、夏樹は躊躇をし、アイテムインベントリから取り出せずにいた。


「でりゃあああああっっっ?」


 ユウトは掛け声を上げた。一気に蛇へ突っ込み、間合いを縮める。

 対して、蛇は鎌首をにゅっと持ち上げた。ユウトにいつでも巻き付かんと、身体を揺らしながら、迎撃の体勢を取る。

 ユウトは剣を上段に構えた。地面を強く蹴る。

 刹那、蛇は一気に身体を屈めた。すぐさま、反動でぐっと身体を大きく伸ばす。宙に浮いているユウトを、からめとろうとしているのだろうか。


「させないわ!」


 リリアは叫び、蛇のとぐろに向かって爆裂石を投げつけた。

 周囲に爆発音が鳴り響き、蛇は再び身を縮こまらせる。


「もらったっ!」


 ユウトは気合とともに、落下の勢いに任せて、蛇の脳天へ長剣を一気に振り下ろす。

 ざしゅっと音がし、蛇の血液が周囲に飛び散った。すかさず、ユウトが返り血を避けようと、身をひるがえす。

 と、その時――。

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