2 使い魔

「お呼びですかぴょんっ!」


 うさぎがしゃべりかけてきた。


 ――使い魔とは自由にコミュニケーションが取れるって聞いてたけど、こうして実際に話しかけられてみると、なんだか感動するなぁ!


 愛らしい顔をこてんと傾けながら、うさぎは夏樹の反応を待っている。


「えぇっと、君は確か……。《うさっち》!」


「どうしたのかぴょん、ご主人様。なんだか、いつもと雰囲気が違うんだぴょんっ!」


「そ、そんなことはないと思うよ!」


 まずい、と夏樹は思った。いきなりぼろが出そうになる。

 慌てて、動画で見た夏帆のゲーム内での口調を思い出す。

 うさっちはくりっくりっと首を左右に傾けながら、夏樹の顔を見つめている。


 ――うぅ……。かわいいな……!


 このまま抱きしめたくなる衝動にかられた。だが、ぐっと我慢する。

 すでに疑いの目で見られている。ここで突飛な行動をとれば、うさっちの不信感はますます強くなるだろう。

 これから魔獣と戦っていくうえで、協力が絶対に必要になる使い魔と、関係が崩れてしまっては面倒だ。


「えっとね、精神的に参っちゃうような出来事が、リアルでいろいろあったんだ。それで、少し頭が混乱しているのかも」


「ご主人様が戻ってくるのも久しぶりだし、きっと何かあったんだろうなって心配していたぴょん」


 うさっちはそう口にすると、ぴょんっと跳ねて夏樹の膝の上に乗った。


「元気だすんだぴょん!」


 うさっちは夏樹に頭をぐりぐりと押し付けながら、励ましの言葉をかけてきた。

 使い魔との信頼関係が強くなればなるほど、《憑依精霊術》の効果も上がる。日ごろからしっかりとコミュニケーションを取り、がっちりと絆を強めていく必要があった。

 使い魔との信頼値はマスクデータになっているので、実際にどれほど強く関係が結ばれているのかは、わからない。使い魔の態度や言動から、推し量るほかはない。

 ここまでのうさっちの態度を見る限りにおいては、どうやら夏帆は、かなり良好な関係を築けているようだ。


 ――僕も、うさっちを失望させないようにしないとな。


 夏樹はうさっちの頭を撫でながら、心に誓った。

 使い魔の役割は、大きく二つある。

 一つは、戦闘などの際に、主人に特殊な力を与える《憑依精霊術》の対象となること。先述のとおり、絆が深いほど、憑依で主人側の能力はより多く上がる。加えて、憑依時しか使えない特殊なスキルが使用可能になる。

 なお、《憑依精霊術》は、主人と使い魔の雌雄が一致しなければならない。なので、うさっちは雌だった。

 使い魔の雌雄でスキルツリーも変化をするので、キャラクターは男女で成長に差異が生じる。このため、同性だけでパーティーを組むと、バランスを欠いた編成になりやすかった。

 このために、MOTSを嫌う人たちからは、出会い系ゲームだと揶揄される結果となるのだが……。

 もう一つは、頼れる友になること。

 優秀なAIが組み込まれた使い魔たちは、生身の人間とそん色のない受け答えをする。たとえ主人側にコミュニケーション能力の問題があったとしても、使い魔たちは適切な対応を取れる。

 この高度なAIのおかげで、夏樹のようなぼっち気質のプレイヤーでも、MOTSを十二分に堪能できた。無理にパーティーを組んで狩りに行かずとも、使い魔と触れ合うだけでも、ゲームを楽しめるのだから。

 時には、リアルでメンタルに問題を抱えて苦しむプレイヤーの、心理カウンセラーになっている使い魔もいると、夏樹は以前、ニュースで見かけた。

 ほかにも、主が非常事態の時に自動で顕現する機能などもあるが、特に大切な役割は、あくまで前述の二つだ。

 夏樹は次に、《ナツキ》のクラスを確認する。


 ――えっと……、クラスは《精霊使い》か。事前に動画で確認したとおりだな。


《精霊使い》は、他のゲームで言う魔法職だ。フルダイブ型である関係で、魔獣と直接バシバシやりあう前衛を、好まない女性も多かった。なので、後衛タイプにあたる《精霊使い》は、女性の比率が多かった。

 ほかには、物理戦闘職として《剣士》や《狩人》、《騎士》など様々ある。支援職として、《盗賊》や《運び屋》があり、最後に、後方生産職として《職人》、《商人》などがあった。

 大まかなクラスを選択した後は、各自でどのようなスキルを取っていくかで、細かく派生をしていく仕組みになっている。

《ナツキ》は、精霊使いの中でも、ヒーラーの役割を担っていたようだ。うさっちに、回復をメインとした緑系統の術を取らせている。

《ナツキ》のパーティーにはもう一人、黒猫耳の《精霊使い》もいた。動画で夏樹が目を惹かれた少女だ。

 黒猫耳の少女は、赤と白の系統をメインにしており、攻撃術専門として《ナツキ》とは役割分担をしていた。


 ――ついでに、フレンドリストも確認しておくか。


《ナツキ》としてログインしたのは、リアル時間で一週間ぶりだ。ゲーム内では数か月経っている計算になる。黙ってログインせずにいたわけなので、パーティーメンバーも、心配しているに違いないと夏樹は思った。


 ――まじかぁ……。たった一週間ログインしなかっただけなのに、随分とフレンドが解除されているぞ。


 事情も知らせずにログインをしていなかったためか、結構なフレンドから、もうゲームをやめたと思い込まれて、フレンド登録を解除されていた。


 ――仕方がない。フレンドリストに上限があるってのが、そもそも謎仕様なんだから。


 フレンド登録ができる人数には、上限があった。割とすぐに埋まるので、長期間理由もなくログインをしなかったら、切られても当然だった。


 ――動画で見覚えのある名前は、と……。


 パーティーメンバーのものらしき名前が見つかったが、あいにくと全員がログインしていなかった。


 ――ま、そのうち会えるかな。


 夏樹はフレンドリストを閉じて、立ち上がった。うさっちは膝から降りると、今度は身体をよじ登っていき、肩にひょいっと乗った。


「よしっ、いざ、冒険の開始だな!」


 夏樹が声を張り上げると、うさっちが首を傾げた。


「ご主人様、やっぱりちょっと変だぴょん!」


「っとと、ごめんね」


 夏樹はひとつ、咳ばらいをした。

 うっかり、口調を乱してしまったと反省する。

 今はあくまで、夏帆を演じている。夏樹の口調を出すわけにはいかない。


「あらためまして、行こう、うさっち!」


「ぴょんっ!」


 夏樹はうさっちと視線を交わし合いながら、改めて気合を入れた。

 と、その時。


 がさっ……がさっ……。


 さらさらと優しい音を立てていた草葉のなかから、突然、調和を乱すかのように、何者かが分け入って歩くような微音が聞こえてきた。

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