8 単独撃破!

 マップ表示の赤い点が、間もなく夏樹の元にたどり着きそうだ。

 草をかき分ける、ガサゴソという音が聞こえてきた。


 ――前衛能力を得た今の僕なら、あの程度の魔獣、相手にもならないはず!


 みなぎる力に、夏樹は勝利を確信する。

 霊素被膜は、先ほどの《スネア》ですでに除去してある。あとは、殴り倒すのみだ。


 ガサガサガサッ!


 眼前の藪が激しくうごめく。と同時に、猪が飛び出してきた。


「来たな!」


 夏樹は叫ぶと、杖を両手に持って構え、ぐっと腰を落とした。


「ブホォォォッ!」


 猪は勢いに任せて突っ込んできた。

 夏樹は右に飛んで避けながら、杖を振ってわき腹に一撃を食らわせた。

 猪は悲鳴を上げると、脚をもつれさせて地面に倒れた。


「隙ありだっ!」


 夏樹は倒れ込んだ猪のそばまで走り、杖を大きく振りかぶる。


「食らえ!」


 そのまま、勢いよく杖を振り下ろし、猪の胸部を激しく叩いた。

 魔獣は痛みのためか立ち上がれず、地面の上でもがいている。

 夏樹は手を緩めず、力をこめて何度も何度も《大樹の杖》を振り下ろした。後頭部、頸部、胸部を中心に滅多打ちだ。


「きれいな戦い方じゃないけど、悪く思うなよっ!」


 杖を激しく打ち付けながら、夏樹は猪に怒鳴った。

 次第に猪は動かなくなっていき、最後には物言わぬ肉塊へと変貌した。


「か、勝った……」


『ま、ご主人なら当然の結果だ。驚くほどの話でもない』


「でも、僕にとっては、初めてのソロでの勝利なんだ」


『おめでとう。今日の勝利が、ご主人の偉大な第一歩になるだろうさ』


 クラリクの言葉が耳をくすぐり、夏樹はむず痒い気持ちになった。

 次第に、高揚感が押し寄せてくる。


「僕でも、やればできるんだな」


『あたりまえさ。ご主人は、素晴らしい才能を持っているんだ』


 クラリクは誇らしげに夏樹をたたえる。

 いくら使い魔とはいえ、こうも持ち上げてくれれば、悪い気はしない。夏樹は思わず、頬を緩めた。


『それに、オレもついているしな』


「ははっ、頼もしいや」


 夏樹は頭上の黒うさ耳をポンっと叩いた。


 ――さて、と……。


 目の前には、すでにこと切れた魔獣の死骸が転がっている。《精霊使い》ではなくなっている現状で、この場での魔獣の解体はできない。ここは、素材の回収はあきらめるべきだろう。

 しかし、これで、ログアウトを妨げられていた状況からは解放された。

 タカヤの接近警告はまだ出ていない。ログアウトをして危機から逃れるなら、今が好機だといえた。


「クラリク、ログアウトしたいから、憑依を解くよ」


『了解だ』


 夏樹は、システムコンソールから憑依解除を選択した。

 すると、身体が黒い靄に覆われて、すぐさまクラリクと分離した。


 ――おっと、どうやら身体も、元の女性型に戻ったみたいだ。


 夏樹はいち早く、身体の変化に気づいた。手早くステータスを確認したが、性別は女、クラスも《精霊使い》に戻っている。


 ――クラリクと憑依している間だけ、本来のプレイヤーの僕――男の夏樹が、表に現れてきている。そう解釈すればいいのかな?


 不思議な現象だった。

 もしかしたら、初回ログイン時の認証エラーで、男性のDNAを検出した一件が、関係しているのかもしれない。

 バグ扱いになるのだろうか。

 だが、今の夏樹にとっては有利なので、とりあえずは黙っていようと思った。


「ご主人、初の戦闘、楽しめたぜ」


 クラリクはひょいっと二足立ちになると、前脚を軽く上げた。


「こっちこそ、君のおかげで、ソロで魔獣を打ち倒せた。感激だったよ」


 夏樹は中腰になり、右手でクラリクから差し出された前脚を掴んだ。

 握手のような形で、クラリクとがっちりと気持ちをかわし合う。


「時間がないんだろ? 次に会える機会を、楽しみにしてるぜ」


「本当に助かった。またね、クラリク」


 夏樹はクラリクににこりと微笑むと、システムコンソールを開いた。

 ログアウトに指を持っていく。


 ――いろいろあったけど、なんとか夏帆の遺品は守りきれた。よかったよ、デスペナを食らわなくて。


 夏樹はふぅっと息をついて、ログアウトを選択した。

 瞬間、身体が白い光に包まれ、意識を失っていった。

 回線切断の間際、藪がガサガサと鳴ったような気がした。

 強制デスペナルティーは食らっていないので、新たな魔獣にターゲットにされたわけではなさそうだ。

 誰か別のプレイヤーキャラクターが近づいていたのかもしれないと、夏樹は推測した――。

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