7 性転換
夏樹が声高に術を宣言するとともに、周囲から黒い靄のようなものが立ち込めはじめた。
――なんだ、これ!?
今までの《憑依精霊術》とは、明らかに挙動が違う。
使い魔の動物がどうあれ、誰もかれも、《憑依精霊術》を使った際は、白く輝く光に包まれるはずだ。
しかし、今はどうだ。
――くそっ、止めるべきか?
夏樹は天に掲げた腕を降ろそうとした。だが、術の実行段階に入ったためか、システムアシストがかかり、動かせない。
突如、激しいシステム警告音が鳴り響いた。
気づけば、全身がすっぽり、黒い靄に覆われていた。視界を遮られ、何も見えなくなる。
――前が、真っ暗だ……。
夏樹は気が動転した。
掲げたままの腕が、ぶるぶると震え出す。背筋を汗が垂れた。
夏樹にとっては、この時間が永遠に続くのではないかと思えるほど、長いものに感じた。
次第に視界が晴れてくる。
急速にしぼんでゆく黒い靄は、まるで最初から存在していなかったのではないかと感じるほど、跡形もなく消え失せていった。
腕が動く。
術が完成し、システムアシストが解除された証拠だ。
夏樹は頭上で、手をぱたぱたと動かした。
手のひらに、毛に覆われたなにかが当たる。触ってみれば、うさぎの耳のようだ。
――こいつは、クラリクの耳? ってことは、憑依精霊術は無事、成功したってことか……。
鏡がないので、はっきりと断言はできない。
だが、うさっちが憑依した時と同じような感覚を抱いたので、おそらくはクラリクとも無事に融合ができたのだろうと、夏樹は思った。
『ほら見ろ、心配なかっただろ?』
「うん……、そうだね」
『あと、その喋り方はやめるんだな。お前は男だろう?』
「えっ!?」
クラリクの発言に、夏樹は全身がきゅっと硬直した。
なぜ、クラリクは夏樹を男だと口にしたのだろうか。
《ナツキ》の身体は、間違いなく女性だ。ステータス上でも、性別は女と表示される。
使い魔たちは、システムの作り出したAIを元に、喋ったり行動したりをしている。その使い魔のクラリクが、《ナツキ》を男だと考えているのは、どう考えてもおかしい。
「どうして、クラリクは私が男だって思うの?」
『気付いていないのか? 自分の身体を確認して見ろ。それに、ステータスも』
言われて、夏樹は慌てて自らの身体を確認する。
手のひらで、ペタペタと全身を触ってみた。
「あれ?」
おかしい。なんだか、筋肉質になっているような。
ついでに、全身の力が強くなった気がする。
服は変わらず、ひらひらしたワンピースに、カーディガンを羽織っている。服は体形に合わせて勝手にリサイズされるので、現状できつい、緩いなどの感覚はない。
ただ、明らかに胸周辺の様子がおかしいし、腰回りも太くなっている。
「うん……。これ、男だね」
すっかり慣れた、現実世界での夏樹の身体の感覚とそっくりだった。
どうやら、クラリクの言うとおり、男になっているようだ。
続けて、ステータスを確認する。システムコンソールを出して、ステータスの詳細を表示した。
「性別は……やっぱり男だね。クラスも、《精霊使い》じゃなくて、《戦士》になってるなぁ」
『まだ一つもスキルを取っていない。早くスキルポイントを振ってくれ。時間もないんだろ?』
「うん……」
いきなり選べと言われたところで、夏樹は《精霊使い》のスキルか、固定パーティーメンバーの選択しているスキルしか、よく知らない。《戦士》を選んでいる知り合いがいないので、事前情報がまったく無かった。
スキル名から何となく効果が推し量れるものもあるが、そうでないものも多い。今適当に選ぶと、後悔しそうな予感がした。
「《戦士》はよく知らないんだけど、なんかお勧めってある?」
『オレに聞かれてもなぁ……。とりあえず、ステータスを上昇させるパッシブスキルを取っておけばどうだ? 無駄にはならないだろう?』
「なるほどねぇ……」
いわゆる必殺技に該当するアクティブスキル群を、事前の準備もなくいきなり習得したとしても、ある程度のシステムアシストがあるので、まったく使えないといった惨事にはならない。
ただ、どんどん使い込んで、アシストなしでも自然と身体を動かせるくらいに習熟させたほうが、より効果的らしい。
今は使い慣らす時間がない。しかも、スキルの効果もいまいちわかっていない。
これなら、クラリクの言うとおりに、アクティブスキルではなく、習得するだけで効果の出るパッシブスキルを取るべきだろうかと、夏樹は考えた。
システムコンソールを操作し、クラリクの所有するスキルツリーを表示させる。
男性だけが使える、前衛用の攻撃スキルがずらりと並んでいた。
前衛の男女の傾向として、男性は一撃必殺的な重い一撃を食らわせる攻撃スキルと、強固な守りで敵の攻撃を耐える防御スキルが中心だ。
一方で、女性は、身軽さを生かした高速のヒットアンドアウェイ的な攻撃スキルと、回避を重視した防御スキルが中心になる。
逆の性別側のスキルは、スキルポイントを大幅に消費しないと習得できないので、わざわざ取ろうとするプレイヤーは非常に少ない。
自然と、男女で役割が分かれていく。
組むパーティーも、戦う魔獣の性質や戦術の傾向に合わせて、男女比をよく考える必要があった。軽い攻撃ではまったく物理攻撃が通らない敵もいれば、耐えきれないほどに攻撃が高火力なため、回避を中心にしなければならない敵もいる。
夏樹は、まだ戸惑っていた。
だが、今この状況は、追ってくる魔獣を倒すためには、とてもありがたい。
《戦士》は、ほぼすべての武器に対して適性を持っている。《剣士》《槍士》《狩人》など、特定の武器に特化した戦闘職と比べれば、その武器に関してはどうしても劣る。だが、状況に応じて様々な武器を使いこなせる汎用性の高さは、冒険をする上で、大変大きな利点でもあった。
夏樹は、《精霊使い》との相性も考えて、棒術系のスキルを選択した。棒術系のパッシブを取っておけば、《大樹の杖》による打撃も、だいぶ効果的になる。この森にいる低レベルの魔獣程度なら、ソロで撲殺も可能かもしれなかった。
使い慣れないアクティブスキルは後回しにし、純粋に攻撃力の増すパッシブスキル、《筋力上昇・小》《棒術威力上昇・小》《敏捷性上昇・小》を選択した。
「さて、こんな感じにしたけど、クラリクはどう思う?」
『ま、悪くはないんじゃないか? 追ってきている猪程度なら、たぶん大丈夫だ』
クラリクのお墨付きをもらい、夏樹はニッと口角を上げた。
「よーし、やってやるんだから!」
《大樹の杖》を握り締めると、夏樹は鼻をフンっと鳴らした。
『……さっきも言ったけれど、オレと憑依している時は、その口調はやめたほうがいいぞ。お前は男だ』
「おっと、ついつい、いつもの癖が出た。わかったよ」
服装はともかく、肉体的には男に変わっている。夏樹本来の口調に戻したほうが、自然かもしれないと思った。
女性型の《ナツキ》の時は、肩にかかるくらいの綺麗に流れる金髪だったが、今の《ナツキ》は、黒髪のおかっぱスタイルだ。
現実世界の夏樹の顔そのままが反映されているとしたら、女性と間違えられそうな女顔をしているのだろう。なので、別に夏帆の喋り方のままでも、違和感は持たれないかもしれない。
だが、夏樹自身の心持としては、男の身体になったのなら、口調も男のものにするほうが自然だとの思いが強かった。
夏樹はこれまで、現実世界では常に、男らしくあろうとしていた。
今の男性化した姿のままで、夏帆の惚れた相手に告白をしに行くわけでもない。なら、この男の姿の時は、あえて夏帆を演じる必要はないだろう。口調も、夏樹本来のものに戻すべきだと、結論付けた。
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