第26話 脅威の罠で大敗し逃げ出すことになったけど……

 昼は照り返す熱で全身は汗ばむ、夜は凍てつく寒さに震えた。

 鹿鎧は使わずに、地走竜サンドランナーと呼ばれる二足歩行で走るドラゴンの一種に乗り探していた。

 行商人が好んで使い、逃げる足の速さは馬の倍程早い。

 また背に瘤があり水を蓄えている為に一週間ぐらい飲まず食わずでも動ける利点があるからだ。

 数日を掛け川を探すが全く見つかる気配は無い。

 見渡す限り黄色に輝く砂ばかりだ。

 風に流され集まった砂の山が幾つも並ぶ光景しか目に入らない。

「水も枯れてしまってもう存在しないのかも知れない」

 ルドルフォはアデーレの策がどんなものか解らないが憶測は出来た。


 エルフの魔法に、植物を急成長させるものがある。

 毒性のある植物ならワームが食らう事で死に至らせる事ができるかも知れない。

 何に水を利用するのか解らないが、兵を維持するにも水は欠かせない。

 水源の確保は重大な任務であることは間違いなかった。

 だから必死に探し回った。

 

 それでも見つからず、これ以上粘っても何も情報を得られる気配ないと諦め掛けていた。

「団長に良い報告を持ち帰りたかった……。

少しでも元気を取り戻して貰う切っ掛けに慣ればと思ったのに。

クソッ」

 魔物の脅威はサンドワームだけではない、巨大なサソリが砂の中から姿を現す。

 爪だけでもルドルフォより大きい。

「副団長、ここは我々に任せてください」

「いや、待て撤収する」

 この灼熱砂漠で金属は身を焦がし火傷する要因となる。

 風通しの良い布を身につける事が最も過ごしやすい。

 それは魔物の攻撃に対しては弱くなるということだ。


 巨大サソリは硬い装甲を持つ、そんな相手に剣で挑むのは愚かだった。

 金属音を響かせるだけだった。

 巨大なハサミが地走竜ごと切り裂く。


 またたく間に半数の兵士が死んだ。

 鎧がなければ人間は、魔物に対してあまりにも非力だ。

 彼らが挑んだのは自分の力を過信したわけではない。

 戦わずに皆が逃げても追いつかれ全滅する。

 だから、しんがりとして戦い足止めをしているのだ。

「振り返るな全力で逃げるぞ」

 ルドルフォは全力で逃げ続けた。


 右や左へと物陰に隠れるように動いたのだ。

 それは殆ど意味はなく、道に迷う結果となった。

 何時、魔物を振り切ったのか解らないが居なくなっていた。

 仲間と逸れたらしく一人ぼっちだ。

「任務を失敗した挙げ句に兵を全て失ってしまった。

大失態だ」

 立ち止まり呆然としていた時、水が流れる音が聞こえその方を見る。

 膨大な水が砂漠をうねり進んでいた。

「川の水なのか? これは洪水のようだ」

 荒れ狂う水は、暴れる魔物ようだ。

 それが迫ってくる事に気づきルドルフォは避ける。

「この上流に行けば水源がわかるな」


 南にある山の雪解け水が集まり流れていた。

 それが巨大な湖に流れ込んでいる。

 サンドワームにより大地に大穴が空き、そこに溜まった水があふれ流れていたのだ。

 それがあの川の正体だ。

 

 地面が揺れ、サンドワームが砂を吹きかけ崩れた部分を埋め水をせき止めた。

「魔物だから知性がないと思っていたが、全く油断ならない奴だ。

水を断つことで砂漠化していたのか」

 



 山からの迂回ルートで戻ったルドルフォは見てきたことを報告した。

 アデーレは黙って聞いていたが表情が固くなっていた。

「拠点の位置を少し高い所へ移そう。

直ぐに行動してくれ」

「まさか魔物がここへ水を流すとでも?」

「俺なら、それぐらい考える。

小国とは言え、国を滅ぼした魔物だ。

注意するに越したことはない」

 拠点は古い捨てられた城を修復し利用している。

 新たに臨時鎧修理施設を建て終え、鎧の修復が開始され始めた所だった。

 それを急に移動させるのは無理な話だ。

「待ってください。

それなら掘りと防波堤を構築して流れを変えれば……」

「一刻の猶予もない。

目撃したのは何時のことだ?」

「3日前のことです」

「そう3日も経っていれば、相当な水が蓄積されている。

それが一気に押し寄せてくれば終わる」

 砂漠で溺れ死ぬという事態は避けたい。

 アデーレの命令は絶対であり、直ぐに作業が開始された。


 誰もがアデーレの臆病さに呆れてゆったりと作業をしていた。

 移動を開始した時、迫りくる膨大な水の音が聞こえ始めた。

 




 アデーレは小高い丘の上でその様子を見ていた。

「迅速に行うように言ったはずだ」

 国王が自動鎧を兵力として選ぶ理由も解らなくはない。

 文句も言わず指示した通りに動き的確に役目をこなしてくれるのだ。

 アデーレの言葉に兵士は困惑しながらも答える。

「はい、ですが……、士気が下がってまして。

水など来ないと高を括るものも居て……」

「もう良い、被害を調べて報告してくれ」

 水が引くまでは半日掛かり、壁も城も跡形もなくなっていた。

 鎧は一部を除いて全滅、兵の半数が死亡した事が判明する。

 アデーレは頭を抱えた。

「この失態どうしてくれるんだ?」


 竜人ジンティはアデーレの前で跪く。

「これは私の責任です。

兵士の教育が行き届いていませんでした」

「体制を立て直す。

三盾騎士団が来るまでに拠点の再構築をしてくれ」

「それは無理です。

戦いでの敗北に続き水攻めにより士気も資材も失われました」

「諦めるな考えてくれ。

其れが出来ないなら団長としての任を解くしか無い」

「……解りました」


 アデーレは任せると赤鹿鎧に乗り込む。

 団長用の鎧だけあって最初に修理され整備も整っていた。

「俺はここまで良いようにやられて許せる程器が大きく無い。

勝手にやらせてもらう」

 操縦桿を握った時、アデーレの首筋に冷たい刃が突きつけられた。

 背後にメイドのリザラズが立っていた。

「それは禁止されていることです。

ワルワラ様との約束をお忘れですか?」

「覚えている。

これは緊急事態なんだ」

「領地へ逃げ帰るのなら認めますが、

敵地へ向かうのは許しません」

「俺はこれまで鎧で負けたことはない。

それでも駄目だというのか?」

「はい、この戦いは敗北が確定していたことです。

これから自動鎧の時代への幕開けに向けての戦いが始まります」

「どういう事だ?」

「三盾騎士団の主力は自動鎧となります。

六角騎士団でも勝てなかったものを撃破することで、その優位性を皆に知らしめる事になります」

「そんな事をすれば、騎士が不要になって職を追われることに成る」

「良いことでは有りませんか?

無駄に戦い命を落とすことも無くなります」

 AIに管理された世界は、幸せではない。

 自由は奪われ、与えられた人生を進まされる。

 自分の意思で考え行動することがタブーなのだ。

 それが許されるのがゲームの中だけで、依存し現実を捨てる要因となっていた。

「それでこの国の奪還を……」

「はい、其れ以外に何のメリットがあるというのです。

六角騎士団は、奴隷の集まりです。

それが活躍し巨大な勢力となりつつあった」

「内なる敵か……」

「ワルワラ様は貴方の事を考えています。

ほどほどに負ける事が大切です」

 国王は王位継承の上位で競わせ優れた者を王にすることを決めていた。

 夫の戦果は妻であるワルワラの評価にも繋がっている。

 特に目を付けられている為に勢力拡大は容易ではない。

 今は勢力が弱く順位を上げれば潰されるだけである。

 必要以上に評価をあげないために必要なことだった。

「その為に無駄死にさせたのか……

愚かなことだ」

「単に兵が愚かだったからです。

指示に従っていれば私達のように無事に生き残れました」

 

 アデーレの評価は想像以上に低い。

 側近に優れている者が多く運でのし上がったとされている。

 統率が取れなかったのは其れが原因である。


 アデーレはゆっくり操縦桿から手を離す。

 リザラズは刃物をしまい胸をなでおろす。

「俺なら魔物を撃退出来たと思うか?」

「勿論です。

このような旧型の鎧でも成し遂げていたでしょう」

「そうかな。

俺でも簡単に死ぬかも知れない」

 ゲームだと思っていた時は震えなど感じることもなかったが、今は違い全身が汗で濡れるほどだ。

「士気に関わります。

何時もと同じように振る舞ってください」


 警告の鐘が鳴り響く。

 大地を赤黒く染め、巨大サソリが群れで迫っていた。

 異様な数に兵士達は絶望し地べたに座りこんだ。


「天は俺に戦えと言っているようだな。

いや魔王か」

「解りました。

私も戦います」


 リザラズが乗るのはメイド型鎧だ。

 鹿鎧に騎乗し戦えるように改良はされているものの、殆ど変わっていない。

 戦デッキブラシを手に持ち、赤鹿鎧に跨る姿は異様だ。

「何で俺が下なんだ……」

「この鎧は私専用なので、文句は言わせませんよ」

 

 単騎で突撃し迫りくる巨大サソリへ向かった。

 頭を下げ角を前に出す。

 強固な装甲をもつ巨大サソリですら貫通し砕いたが勢いは削がれ止まった。

 メイド鎧は戦デッキブラシで叩きつけ毒を持つ尻尾の針を砕いた。

「思ったよりも硬いな、ジャンブして踏みつけることにする。

心の準備は良いか?」

「ええ、構いません」

 赤鹿鎧は飛び跳ねる。

 巨大サソリは爪を振り上げ威嚇する。

 その爪を踏み台にし更に高く飛び真上から踏みつけた。

 最も思いメイド鎧の体重を支える程の強度は無く巨大サソリの装甲は破れ砕け散った。

 巨大サソリの群れは容赦なく毒針を突き出す。

 メイド鎧はそれを払い叩き潰した。

「この戦い方だときりが無い。

何か良い手はないか?」

「はたきを使います」

「いや、それは止めろ!」

 戦はたきを手に取りメイド鎧は振るう。

 それは塵のようなものを撒き散らし、爆散させる恐ろしい代物だ。

 周囲が爆発し砂煙に覆われ見えなくなった。


 視界が奪われれば不利なのはアデーレの方だ。


 赤鹿鎧に衝撃が伝わる。

 巨大サソリの毒針が突き刺さったのだ。

「右からだ」

 留まっていれば危険だとアデーレは飛び跳ねる。

 その地面からサンドワームが飛び出した。

 後ろ左足を喰らい千切り、弧を描くように地面へと潜った。


「間一髪……、ってまだサソリも居る」

「私の方に乗ってください。

その鎧は持ちません」

 鹿鎧は首の後ろからも出らて背の部分に行ける。

 メイド鎧に乗り移ることは可能だ。

「乗り捨てるのはまだ早い。

その鈍足で生き残れる気はしない。

俺の本気を見せてやる。

まずはパージする」

 角を切り離し、地面に落とした。

「軽くするなら私が降りましょうか?」

「群れた雑魚を狩るために枝分かれている。

それが力の分散になってるだから一角で良い」

 アデーレは魔法を使い赤鹿鎧の額から一本のドリル状の角を作り出した。

 三脚となっても安定した走りを見せ、角で巨大サソリを貫く。

 勢いは止まらず貫通し進む。


 場所を常に変え動き回る事で位置を特定させないようにしている。

 通り過ぎた場所からサンドワームが飛び出し巨大サソリを喰らう。

「余り共食いをさせると巨大化して進化するかも知れません。

そうなったら手がつけられない」

「それは面白い。

圧倒的に巨大な敵を打ち破ってこそ勇者と言えるだろう?」

「まだそのような夢を……。

勇者と呼ばれたいならどうして戦果を譲ってしまうのです」

「称号に意味はない。

それは飾りであって理想でも何でも無い」

 この世界での勇者の称号は言ってみれば戦い抜いた者に贈る祝である。

 もう戦わなくていいという意味合いが強く終わりなのだ。

 だから貰う必要性を感じない。


 死ぬかも知れないと言う恐怖よりも、戦いを楽しむ方が勝っている。

 アデーレは興奮して笑みが溢れていた。

「戦闘狂なのは解っていましたが、そろそろ撤退しましょう」

「そうだな、限界が近い」

 

 ジンティは鹿鎧で赤鹿鎧と並走する。

「私の鎧に乗っているのは領主様ですか?」

「良いところに来た乗り移る」

 アデーレがメイド鎧の手に乗ると、メイド鎧は鹿鎧に乗り移った。

「俺だけ乗せてくれれば良かったんだが……」

「貴方を監視するのが私の役目です」


 アデーレは鹿鎧に乗り込む。

「代わってくれないか?」

「また私の鎧を……。

この貸しはどのように返してくれるのですか?」

「そうだな、今回の失態を帳消しにするのはどうだ」

「……それは私が許せない。

竜人としての誇りがあります」

「この戦果を君に譲る。

あの赤鹿鎧で数多くの敵を薙ぎ払い撃退した」

「……はい」

 魔物を撃退すれば王国から幾らかの謝礼が出る。

 最も利益に成るのは素材を売ることだが、この状況で回収はほぼ不可能だ。

 鎧の損失も大きく賠償で赤字となり借金を背負うことに成るだろう。

 

 騎士団は破産で解散することになってしまう。

 それを避けるためにアデーレは最も戦果をあげた者に多額の賞金を与えている。


「君は兵の訓練をして六角騎士団を使えるようにしてくれ。

それまでは実戦をすることを禁止する」

「敵討ちすら許してもらえないのでしょうか?」

「君の鎧はもう破壊されてしまった。

この鎧まで壊すつもりか?」

「いいえ、解りました」

「ああ、そう言えば副団長のルドルフォは?」

「彼は兵をまとめて撤退しています。

んん? 彼は弟みたいだと思っていて恋愛対象では有りません」

「えっ? そんな事聞いてない」

 ジンティは恥ずかしくなり顔を赤くした。

 席を立つとアデーレの背後に隠れる。

「はい、席を譲りましたよ。

どうぞお座りください」

「ふーん、彼は君の事を好きみたいだったな。

誘ってみたら喜ぶんじゃないのか?」

 アデーレは袋から金貨を取り出すと彼女に渡す。

「彼は3つ年下ですよ。

それに人間だから、竜人よりも寿命が短くて弱いんです」

「竜人はどれぐらい生きるんだ?」

「120年ぐらいです」

「竜人達はたしか、工場で働いている。

丁度、新しい鎧が必要になった所だ」

「どうして、私を急かすんです?

何かあるんですか」

「君にも幸せになってほしい」

「そうありがとう」

 

 

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