第3話 勇者って何千何万と殺戮する化け物だよ
少年の乗る守護鎧は大剣と盾を持った標準的な装備に加え突撃槍と短剣数本を追加装備している。
「少しでも軽くしたいから短剣以外の武器は置いて欲しいかな」
少年の提案にカミラは呆れた感じで言う。
「……予備の武器であのトロールと戦えると思っているの?
トロールは再生能力が高く生半可な攻撃だと再生して無駄に終わるわ」
「ふーん、手足を切断しても生えてくる?」
「直ぐには生えないけど数日で再生されるらしい」
「揺動が目的だから」
トロールが侵入した東門は完全に破壊されているが北門は無事だ。
街が完全に壊される前に勝負に持ち込みたいと少年は思っていた。
北門から入ると既に街は3分の1は瓦礫となり平で見晴らしが良くなっている。
残っている建物が無くなれば逃げ隠れ出来なくなり戦力の分散は不可能になる。
トロールは巨体故に細い通路には入れず建物が障害となって身動きしづらい。
そこが少年達の地の利となっている。
守護鎧は人が走る速度より少し遅いぐらいの速さで移動できる。
操縦席は何かの力が働いているのか振動もなく正面にある画面にも揺らぎはない。
動いていればブレがあるものだが其れがない。
少年はある程度上下に揺れる演出が会ったほうが現実味があって良いなと思うが揺れると酔うのでこれも有りかなと思い始めていた。
「とりあえず全力で前に進んで」
「解ったわ」
カミラは出力ペダルを力いっぱいに踏む。
通路は複雑に曲がって迷路のようになっているが打つかることなく進んでいく。
「どう私の腕前は?」
「良いね。そろそろトロールの群れに当たるけど気にせずに体当たりするつもりで」
「解ったわ。模擬戦で貴方がやっていたことぐらい私にも出来るわ」
「それなら安心だね」
カミラは守護鎧に絶対的な信用をしている。
魔物の攻撃で一撃で粉砕される事を知らない。
もし知っていれば躊躇して立ち止まっただろう。
少年はボタンを操作しトロールを切りつけていく。
浅い一撃だがひるませるには十分だ。
「逃げるよ」
「まだ戦えるわ」
「作戦を忘れたの?」
カミラは舌打ちをし、直ぐに来た道を戻っていく。
それをトロールの群れがものすごい勢いで追ってくる。
全力で逃げているが少しずつ差が縮まりつつある。
「追いつかれそうだ、もっと早く走れないの?」
後少し遅ければトロールに掴まれていただろう。
門を抜けた直後、追ってきたトロールに大剣が振り下ろされた。
トロールは倒れるが後を追ってきたトロールが勢いそのままにぶつかって行く。
門の前は圧死したトロールで封鎖されるほどだ。
魔物の死体は時間が立つと黒い霧のようなものになって残骸がごく一部残る程度だ。
ほとんどが消滅する。
トロールも例にもれず消滅して消えた。
圧死せずに生き残ったトロール達も門を出ると同時に斬り殺された。
「いまので20~30は倒した筈よ。
これを後250回ぐらいやれば全滅させられるわ」
「その前に街が壊滅していると思う」
「……まあそうね」
角笛が鳴り響く。
低く遠くまで轟く音だ。
トロールが街から撤退を初めた。
「追撃する?」
「無意味な殺戮は好みじゃない」
「……甘いのね」
一先ずの戦いが終わり一晩が開ける。
少年は領主の屋敷に呼び出された。
少し派手な装飾のついた服を着ている整った金髪のおっさんが出迎えてくれた。
「君がトロールを20体も倒した英雄か」
「英雄と呼ばれるほどのことをしていないです」
「何もできずに守護鎧を破壊される者が殆どだ。
騎士にならないか?」
「騎士?」
「守護鎧に乗るには騎士の称号を持つ必要がある」
「俺は騎士で留まるような小さい男じゃない」
「どういうことだ?」
「勇者」
おっさんは大笑いする。
「大きく出たものだ。
まあいい勇者を称するならば奪われた秘宝を奪還して来てくれないか?
いや最悪でも破壊してくれないか」
守護鎧の製造に必要な膨大な魔気を帯びた球体だ。
トロールが撤退したのは、それを手に入れたからである。
「守護鎧をくれるなら」
「良いだろう、庭においてある。
好きなものを使ってくれ」
庭に置かれた守護鎧は新品同様で汚れ一つ無い。
宝物庫を守るために配備された物だが、トロールの驚異に恐れをなし乗り手が放棄して逃げた為に無事だったのである。
そのために秘宝が奪われる事態に陥った。
少年が守護鎧を選定しているとカミラがやって来る。
「おーい、少年」
「また一緒に乗るのは嫌です」
「こっちこそ嫌よ。
そうじゃなくて、あの数のトロールと戦って奪い返すのなんて無謀よ」
「随分弱気だね」
「ええ、殆どの守護鎧はまともに戦う事ができずに破壊されたそうね」
少年はカミラはNPCのようなものだと思っている。
便利な道具みたいな仲間と言う認識だ。
「知りたいんだけど、なんでこんな脆い石で作ってあるの?」
「それはドラゴンのブレスから身を守るためよ。断熱効果が高くて丈夫だから」
「トロールは火を吐くの?」
「そんな訳無いでしょう」
「だったら鋼鉄で作った方が丈夫じゃないかな?」
「昔から石で作られているから、それが一番良いに決まっているのよ」
少年は守護鎧の中では一番小さいのを選んだ。
動きはどれも同じぐらいだったので攻撃が当たる面積が狭い分避けやすいだろうと言う判断だ。
「そういうのは思考停止だよ。
さて手伝ってくれる?」
「今度はどういう作戦かまずは聞かせて」
「秘宝の奪還は不可能だと思う。
仮に奪い返してもまた奪われる事になる。
だから破壊する」
「秘宝は魔気の塊よ。
それを破壊すれば溜め込まれた魔気が暴走して大爆発を起こすわ。
守護鎧でもそれは耐えられないわ」
「だから偽物を用意するんだ」
「どういう事?」
「自らの手で粉砕してもらうんだ」
「そんな事が可能なの?」
「さあやって見ないと解らないね。
うまく行けば儲けものだし」
何事も挑戦しなければ空論で終わる。
少年は布を用意して貰い守護鎧に取り付ける。
マントを羽織っているような姿となった。
少年は準備を整えると直ぐにトロールが根城にしている砦に向かった。
砦は少し小高い丘の上にある。
二体の守護鎧がまっすぐ砦へと入っていく。
トロールは敵が襲撃してくるとは思っていかなったらしく殆どが酔いつぶれ眠っている。
カミラは手が震えつつも歩みを進めていた。
「情報どおりで殆どが寝ているわ」
カミラは少年よりも用心深く斥候を出し砦の調査をしていた。
斥候が内部まで入り込んで調べてくれる訳ではない。
起きているトロールがいれば袋叩きになる事は容易に想像ができた。
「じゃあ取りに行こうか」
少年は砦の奥へと進んでいく。
少年の守護鎧とカミラの守護鎧は鎖で繋いである。
領主が少年が逃げ出さないように取り付けさせたものである。
監視役であるカミラの方が逃げたい気持ちでいっぱいだった。
鋼鉄の鎧を着たトロールが腰掛けて樽から酒を垂れ流し飲んでいる。
「あれはエルダートロールよ。
あんなに飲んでいるから私達のことは気づかないって事は……ひいぃぃ」
トロールは樽を少年の守護鎧に投げつけた。
怒りを顕にし側にあった巨大な斧を手に取る。
大事なものは直ぐ側に置いておく習性があるらしく、秘宝も置いてある。
「俺の勝利はお前を倒すことじゃない。
だが邪魔をするなら……」
少年は剣を構えると突撃する。
鋭い突きなら鎧を貫通出来るかも知れないと言う期待があった。
鈍い音と共に少し鎧が曲がる。
トロールは笑みを浮かべ斧を振り上げる。
少年は直ぐに手を離し後ろへと飛ぶ。
カミラは少年の守護鎧に繋いである鎖を引っ張りトロールの一撃を回避した。
「どうするのよ、全員起きて袋だたきにされるわ」
カミラは予備の剣を少年に渡す。
トロールが雄叫びを上げる。
「俺が勇者って所を見せてやるよ」
少年は再び突撃する。
同じ場所を狙い突き立ててた。
剣は鎧を貫き貫通した。
人間ならば致命傷だっただろうがトロールには多少の傷程度だ。
トロールの斧が振り下ろされ少年の守護鎧は左腕を切り飛ばされた。
少年は守護鎧から出る。
布で脱出したのは隠れて見えないが念押しでボタン操作をしてから降りた。
決まった挙動を守護鎧は行う。
少年は直ぐに秘宝を目指す。
少年の背後でものすごい物音が聞こえる。
無人となった守護鎧をトロールは怒りに任せて斧で粉々になるまで叩きつけていた。
少年は用意した偽物と本物を入れ替え、気付かれないようにカミラの元へ行く。
トロールは怒りが落ち着いたのか暫く動きが止まった後カミラの方に視線を向けた。
少年はカミラの守護鎧の腕に掴まるように乗っている。
「秘宝は取り返した。
心中するつもりがあるなら追ってくると良い」
トロールが口を開く。
「ここから逃げられると思うな」
「秘宝は衝撃を与えたりして破壊すると大爆発するらしい」
トロールは周りを見て秘宝があることに気づく。
「偽物で脅迫しようと言うか。
愚かな奴だ」
「それは偽物だよ」
「では砕いてみせろ、出来なければここで死ぬだけだ」
話をしつつも砦の外へと進んでいく。
それをトロールが一定の距離を保ちつつ歩む。
少年は秘宝をトロールに向かって放り投げる。
カミラはトロールの気がそれたと全力で砦から逃げ出す。
トロールの雄叫びが響く。
酔いつぶれ眠っていたトロールもその声に目覚める程だ。
トロールは少年が投げつけた秘宝を手に取ると握りつぶす。
膨大な魔力が暴走し黒い光の線が数多に走る。
カミラが丁度坂を滑り降りた時だ。
轟音と共に衝撃波が襲う。
少年は気を失っていたらしく気がつくと朝日が登ろうとしていた。
朝焼けの中、砦跡を少年は見る。
浅くえぐられた地面。
爆破地点と思われるところに黒い球体が浮かんでいる。
少年は戦利品だと思い、それに手を触れようとしていた。
遅れて目覚めたカミラが少年に向かって叫ぶ。
「それに触れてはいけないわ!」
急に止められるわけもなく少年はそれに触れてしまう。
純粋な魔気の塊が少年の体へと入っていく。
「うあぁぁぁぁ」
全身が張り裂けそうで熱い。
カミラは慌てて少年に抱きつく。
「落ち着いて魔気は魔法の源よ。
球体を作りたいと念じて」
少年は言われるままに球体を作りたいと念じる。
魔法は想像力が重要と言われている。
魔気は人の思念に反応し形を取ろうとする性質を持つからだ。
少年の手に球体が形作られていく。
少年はふと自分の意思がどれぐらい反映されるのか気になった。
球体は黒い半透明で中に赤い瞳のようなものが一つ浮かんでいる。
「これが魔法なんだ」
「秘宝ってこんな不気味なものだったのね」
「所で何時まで抱きついているんだ?」
カミラは顔を真赤にして離れる。
「魔法の知識がないものが魔気に触れたら最悪、体がぐちゃぐちゃになってたのよ。
助けてあげたんだら感謝しなさいよ」
「ありがとう」
「よろしい、帰りましょうか」
街に戻った少年は衝撃を受けた。
少年の葬式を準備しているところだった。
少年は直ぐに領主に抗議する。
「これはどういう事なんだ?」
「監視役から爆発に巻き込まれて死んだと報告があってな。
約束通り街の為に尽くした勇者として称える誓いを果たそうと……」
「これは約束の品だ」
少年は不気味な球体をおっさんに渡した。
「これは何だね?」
「残留していた魔気で出来たものだよ」
「これは戦利品として君が持っていたら良い」
「それで勇者の件はどうなんですか?
あの戦いで守護鎧はこわれてしまったから新しいのを用意して欲しい」
おっさんは困ったような顔をする。
「勇者の称号は国王しか与える権利は無いんだ。
領主の権限では精々、騎士に任命するぐらいしか……」
金髪の少女ワルワラが奥から現れる。
「叔父様、約束はお守りにならないと誰も叔父様の言葉を信用することはなくなりますわ」
少年は現れたワルワラの手を握る。
「君にあえて嬉しい。
出来れば俺のものになって下さい」
おっさんは咳払いする。
「少年、一目惚れるのは解らなくもないが、身分というものがある」
ワルワラは笑い言う。
「勇者の称号は国王の次に偉いですよ。
それに街を半壊させた魔物を殲滅されたのは紛れもなく彼です」
「国王に謁見出来るように手配しよう。
勇者の称号を得られるかは保証はしない」
少年は演技かがった口調で派手な動きをしながら言う。
「アレぐらいで勇者になれるとは思ってない。
もっと戦って誰もが認める勇者になる」
ワルワラは拍手する。
「とても期待しています」
少年の希望とは異なった形で勇者への道のりが始まった。
一ヶ月後、少年は最南端の激戦区の領主に任命されたのだった。
領地は魔物に占領され廃墟と化した街が残るだけで数度による奪還も失敗に終わった曰く付きの場所である。
そんな誰もなし得なかった事ができなら勇者として認めよう言う話だ。
「まあ何とかなるでしょう」
カミラが青ざめた様子で少年に抱きつく。
「なんで私が貴方と一緒に左遷されるんですか?
確かに精力的に頑張って戦うって言ったのは私ですけど」
「そんな事言われても俺は知らない。
と言うか離れてくれないか」
「軍資金を預かっていますので、必要な人材や物資等を……」
「考えていることがあるんだ。
守護鎧を生産したいな」
「あれ? 勇者になるとか寝言を聞いた気がしますけど」
「アレはその場のノリだ。
創作っていうのは魅力あふれるよね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。