第23話 何だってそれが星だって、ちげーよそれはゴミだ全部捨てちまえ!

 裏切りの代償は高く付く。

 少年を逃した罪で、剣闘士ボヌフォワは囚われた。

 両手を鎖で吊るされ大の字に立っている。

 鞭を持ったエルフ達が彼の体を打ち続けていた。

 

 そこへメイドのリザラズがやって来る。

「貴方が少年を逃したのは解っています。

弟を彼らに預けたのは失態でしたよ」

「貴方は彼らの仲間ではないのか?」

「私はトレント様の忠実な下僕です」

「簡単に支配される。

だから人間を街に入れてはならなかった」

 エルフが人間を遠ざけていた理由の一つが、この精神支配によって操られてしまう事だ。

 精神支配は恐怖や怒り、寂しさ等の負の感情によって引き起こされる。

 リザラズはワルワラが捕らえられた時に心が揺らぎ付け入られたのだ。

 支配を受けたものは自分の意思だと思いながら支配者に与えられた言葉を話す。

「エルフが誰によって生かされているのです?

誰に守られているのかよく考えることです」

「……もう私はエルフの誇りを失わない。

トレントの為ではなく仲間の為に戦う」

「それは悲しいことです。

逃した彼らには迷いの森へ入ってもらいました。

トレント様の慈悲で、貴方が従順になれば弟は脱出させてあげます」

「貴様……、何処までも汚い手を……」

 ボヌフォワは怒りと悲しみで涙がこぼれ落ちた。

 戦士が泣くことは許されない。

 それでも……。



 

 

 迷いの森は霧が濃く、地面から這い出た魔物が彷徨いていた。

 蛇鎧は木々を薙ぎ払いながら進むが全く外に出る気配がなかった。

 操作する鎧技師アントニは疲れていた。

「えっと、こんなに森は広かった記憶はないですね。

これがあのエルフが言った迷いの森……。

本当に永遠に続くのかも知れない」

 ローゼマリーは微笑みを浮かべる。

「頑張ってくれたら、ご褒美をあげますよ。

アントニ様」

「……無理はしないで欲しいな。

貴方はそんな言葉を言うような人ではないでしょう」

「人は変わります。

これが今の私なんです」

 アントニには負い目があり、余り彼女には関わりたくないのだ。

 だから逃げ出したが鎧作りを諦められず、あのはぐれ鎧技師に弟子入りした。

 彼が想像していたよりも、はぐれ鎧技師の腕は優れていて学ぶことは多く技術も得た。


「もし過去に戻れるのなら……」

「その話は止めて、私は未来に生きている。

過去の話をしても何も変わらない」

「そうだね。

凛々しく美しくなったね」

 少年が操縦室に入る。

「交代しよう、ずっと操縦しているのはしんどいだろう?」

「変態君に心配されるほどやわな体じゃない。

ここは私に任せてもらおう」

「俺は着替えたから、もう変態じゃなくて、

アデーレって呼んで欲しいな」

 少年はローブ姿になっている。

 リザラズが居なくて婚約者ワルワラとお揃いの物を選んだ。

 ペアルックというのは気恥ずかしいがゲームだから其れぐらいの遊びはあっても良い筈と選択したのだ。

「初めて聞いた。

そうかアデーレ君はゆっくり休んでくれ」

「魔法の効果が永続するものと、すぐに切れるものがある。

その違いは何だと思う?」

「専門外な問題だ。

そういう事はエルフにでも聞くことだな」

「魔法には力の根源となる魔気が必要だ。

もしそれを失えば効果が消える」

「それが何処にあるか解るならとっくに破壊している」

「俺の勘があたっているなら、この場所そのものだ。

だから大量に魔気を消耗すれば魔法は解ける」

「一度、何かを作ってみよう。

この鎧には、それなりのものが積んである」

 蛇鎧はとぐろを巻き休憩状態にはいる。

 移動方式が体をくねらせるために、胴体部分に乗ると振り回される。

 そのため移動中は首より上にしか乗ることは出来ない。

 幾つかの区切りはあるが、蛇鎧の内部は空洞になっている。

 外壁と内壁の間に骨格と動力があるのだ。

 内部は意外と広い。


 内壁の一部は収納になっていてアントニは工具を取り出す。

「さて、この鎧にどうして足がついてないか解りますか?」

「蛇だから足を付けたら蛇足になる」

「それは違う、蛇型になったのは結果的にそうなるしか無かった為です。

多脚の制御は難しくそれぞれを制御し切れなかった。

それで足を切り捨て蛇の動きを真似て造られたのです」

「足の数を減らしたら……」

「数を減らすと巨体を支えられない」

「小型化すれば……」

「これ程巨大な鎧を作ったのは戦況をひっくり返すためです。

故郷が魔王軍により占領され奪還することを計画している。

流石にぶっつけ本番で挑む勇気はなくてな」

「ある鎧技師が巨大なら勝てると城みたいな鎧を作ったけど、

破壊されてガラクタの山になった。

巨大神話を信じるよりも、どう戦い勝つのかを考えて其れに最適な形を模索すればいいと思う」

「肝に銘じておく。

使われなくなった足を動かすための動力が一部残っています。

それをかき集めれば鎧が作れるかも知れません」

 鎧の製造は少年も見ている。

 骨格を作り、それを元にして動力や配線、制御するための装置が付けられていく。

 外装を取り付けて、作動確認をする流れである。

「どんな鎧を作るんだ?

獣型、それとも鳥型、いやトカゲ型か?」

「作り慣れている人型の鎧です。

部品を魔法で作り出せるなら可能性がある」

 アントニは設計図を少年に見せる。

 重厚感あるずっしりとしたカッコイ鎧だ。

 騎士の鎧と言う感じが溢れている。

「凄く良い、作りたい」 


 

 流石に蛇鎧の中では狭すぎる。

 とぐろの中はドーム状に空間が出来ている。

 そこで少年は作り始めた。

 手始めに秘宝を魔法で作り出す。

 知っている物の中で一番魔気を蓄えられる物が、その球体であった。

 鎧を製造する時に、この蓄えた魔気を利用する事になる。

 それを見たアントニは驚く。

「秘宝は、魔道士数十人が集まり数日かけて結晶化する筈だが……。

それを1人で?」

「たぶん、魔気の塊に触れた影響かもしれない。

あれから魔法が操れるようになった」

 少年は鎧の骨格を魔法で形成する。

 純度の高い魔気で造られた骨格は黒光りしている。

「本来は断魔鉄オリハルコンで造られる。

純度の高い魔結晶は同等以上の性能を持つらしいな」

「武器は使えば徐々に小さくなって限界を超えると砕けて魔気に戻る。

それも相当なダメージを受けたら砕けて無くなると思う」

「負荷がかかる部分は、予備パーツを使うことにしよう」

 

 少年は玩具を組み立てる感覚で魔法で作り上げた部品をはめ込んでいく。

 鼻歌まじりで気分が高揚していた。


 異変は周辺で起き始めていた。

 魔物が次々と形作られ、二つの首をもつ狼ツーヘッドハウンドとなった。

 この迷いの森で死んだ者達の怨念である。

 

 蛇鎧の装甲は硬い鱗状となっていて、破損しても魔気を吸収し生え変わるように復元する機能が備わっている。

 唸る声、噛み付けず爪でひっかく音が響く。

「外が騒がしくなってきたな。

一度蹴散らそうか?」

「放っておけばいい」

 少年は鎧に夢中になっていた。

 戦乙女鎧は見た目が可愛いかんじで格好良くはない。

 風格と強さを持つ鎧には憧れを感じる。


 そして、黒紫に輝く守護鎧が完成する。

「さて通称は黒騎士鎧にしましょうか。

問題はまともに動くのかと言うことです」

「じゃあ俺が乗って確かめる」

「我儘言って済まないが、ローゼマリーに任せたい」

「理由を知りたい」

「彼女は変わろうとしている。

一緒に苦難を乗り越えてみたいと思ったのさ」

 

 ローゼマリーは黒騎士鎧に乗り込む。

 装備は剣と盾だけのシンプルなものだが、雑魚相手なら十分過ぎる。

 

 蛇鎧が動き出し黒騎士鎧の姿が表に出る。

 座った姿勢から立ち上がり剣を構える。


 魔物は争い、共食いを行っていた。

 魔物を食らうと、その分体が大きくなり成長する。

 既にかなりの巨大な姿になっている。

 ツーヘッドハウンドの頭と頭の間から新たな頭が生えて来る。

 3つの頭を持つ魔物ケロベロスへと進化したのだ。

 それぞれの頭は別の魔法を操る。

 一つは火を口に貯め吐き出す。

 一つは氷の息を吐きだす。

 一つは電撃を放出した。


 黒騎士鎧は盾を構えそれを受けた。

 魔法は漆黒の盾に吸い込まれ威力を失い消え去る。

「こんな鎧は初めて、何……力が溢れてくる」

 ローゼマリーは異様な高揚感と満ち溢れる魔気を感じていた。

 この鎧には重大な欠陥があった。

 乗り手の精神に影響を及ぼす程、濃い魔気が充満していた。


 過去の記憶が蘇り魔物に襲われ死んだ仲間のことがよぎる。

「ふふふ……、魔物は全部殺す……」

 ローゼマリーは笑いながら戦いを初めた。

 足元に居た雑魚は踏み潰し、大物であるケロベロスを狙う。

「まずは真ん中……」

 ケロベロスは大きく口を開き噛み付く、盾を三方向から一度に。

 大きく盾は歪み割れると同時に魔気へと変わり消滅する。

 そこを狙い黒騎士鎧の斬撃がケロベロスの真ん中の顔を叩き切った。

 

 ケロベロスは火と氷の息を同時に吐く。

 黒騎士鎧の左腕は炎に包まれ、右手は氷付き動かなくなった。

「あっはは……、手が使えない。

それならもう体当たりするしか無いよね?」

 黒騎士鎧はケロベロスに打つかる。

 ケロベロスが大きく口を開き食らいつこうとした時、黒騎士鎧の蹴りがはいる。


 蛇鎧が横から噛みつきトドメを刺した。

「私の獲物を横取りするなんて酷いじゃないですか?」

 黒騎士鎧は蛇鎧を蹴る。

「助けたのにその言い方はないのでは?」

「誰も助けを求めていません」

 ローゼマリーは視界に魔物が入ると、其れを蹴飛ばした。

 

 少年は聞く。

「いつもあんな感じなのか?

鎧に乗ると性格が変わって暴力的に成るあれか」

「いや機嫌が悪いのかも知れない」

 ローゼマリーは鎧の扉を開くと蛇鎧に飛び移った

「ルルル……、ご主人様」

 彼女から黒い気のようなものが漂っている。

 少年を見ると手を掴み引き寄せると踊り始めた。

「ちょっと何だ?」

「今日は舞踏会です。

遠慮せずに楽しく踊りましょう」

「俺は踊ったことは無い」

「体を寄せて相手の足の動きに合わせて後は気分を表現する」

 ローゼマリーは機嫌が良いらしく、大胆な動きをしてみせた。

 常に彼女に引っ張られる形で、少年は翻弄されてばかりだ。

 素早く回転し少年を押し倒そうというぐらい迫る。

 少年は体を反らせて倒れそうに成るが彼女が引き戻し体制を立て直す。

「えっと……どうしたのかな?」

「御主人様、約束でしょう。

私と踊ってくれると言ったではないですか?」

「言ってない、と言うか話すらしてないような……」

 

 側で見ていたアントニは少年の肩を叩く。

「迷いの森の本質を完全に勘違いしていたようだな。

ここがエルフの街そのものだ」

「どういう事だ?」

「見たいものを見せられていたと言うこと。

彼女は見ているのは恐らく数年前の舞踏会だろう」

「幻覚を見せられているのか?」

「そういう事になりますね。

ここに居続ければいずれ真実が認識できなくなる」

 エルフの街全てが偽りだったとすれば、今まで起きことが納得できる。

 闘技場が突然現れたりと……。

 狐に化かされたかのような気分だ。

「そういえばダンジョンがどうのと言ってた」

 ローゼマリーは少年に抱きつき顔を近づける。

「それはユグドラシルですよ。

世界に根を張り全てを制御する為の装置、その端末がトレントと呼ばれる木々です」

「管理する装置か、まるで現実みたいだな」

「貴方達も制御化に入りなさい。

そうすれば世界は平和で誰もが争わずに済む」

 一見すると正しいことのように思える。

 管理された社会は秩序で守られる。

 だがそれは建前で実際は暴君が独裁して自由が奪われているだけだ。

「階級社会で辛いと聞いた」

「管理する上で、バグは取り除かなければならない。

木々に巣食う虫を放置すれば木は枯れてしまう」

 それが正しいのなら、ペイジは怯え暮らすこと無い。

 人質を取られ剣闘士として戦うことを強要されたりもしない。

 完全に腐って害を成す物となっている。

「俺はこの国に干渉するつもりはない。

帰してくれないか?」

 それはエルフの問題であって少年が変えるべきことではない。

「一度入ったものは出来ることは許さない。

それがここの秩序です」

 少年は笑うと破壊の呪文を唱えた。

「君の街を襲ったエルフの正体がわかった。

君はどうしたい?」

 ローゼマリーの目が赤く染まる。

「勿論、私は仇を討つ……」

 精神支配よりも復讐心が勝った。

 それは全身から溢れ燃え上がる炎へと形を変えた。

「うああぁぁぁぁ……」

 心からの叫びが出ていた。

 憎しみの炎は更に広がり、外にまで及ぶ。

 森に移り次々と燃え始めた。


 とてつもない憎しみと苦しみは制御出来るものではなかった。

 暴走が始まり狂い初めた。

 ユグドラルシルはトレントを分離し切り離す。


 暴走したトレントは動く木の魔物と化し動きだす。

 巨大な大木が大地を歩き、少年に迫った。


「俺が支配されたら、見捨てて逃げていい。

黄金の獅子は君のものだ」

 少年は黒騎士鎧に乗り込む。

「俺の願望が作り出したというのなら、

見せてくれるよな?」

 漆黒だった黒騎士鎧の表面が銀色に輝く金属へと変化していく。

「さあ、共に闘おう……」


 目の前に迫るのは黒騎士鎧の十倍はあろうかという巨大な大木だ。

 四本の巨大な根を足のように動かし歩む。

 大地が揺れ、軋む音が響く。


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