第22話 区切りにはボス戦が必要だって偉い人が言ってるんだから仕方ないだろう!

 森の中を大蛇が木々の間を潜り這いずる。

 少女がその頭の上に座っている。

 公女ワルワラは指定した場所へ蛇鎧に乗ってきたのだった。

「約束の時です」

「……その大蛇は何のつもりですか?

そのような化け物を森に入れることは許しません」

「私のような非力な者が、大量の物資を運ぶにはこのようなものに頼るしか有りません」

 蛇鎧の背に束ねた槍や鱗の入った袋が積まれ括り付けてある。

 紐をナイフで切るとそれが地面に落ちた。

 エルフ達は弓で牽制しつつ袋の中身を確認する。

「想像以上の数、数千数万はあります」


 人質交換が始まり、ワルワラは急に不機嫌になった。

 肝心の少年が居なかったらだ。

「彼が居ませんが、どういうことなのでしょう?」

「あの少年はエルフの街で暮らしたいと懇願した。

だからここには居ない」

「リザラズ、それは本当なのですか?」

 メイドのリザラズは頷く。

 彼女はエルフの魔法によって声が出せず、強要されていた。

「解りました。

では私達は帰ることにします」

 ワルワラが帰ろうとした時、エルフ達は一斉に飛び乗り彼女を取り押さえた。

「このような兵器を持つ者を放置は出来ない」

「……私と敵対すれば、その身を滅ぼすことになります。

その覚悟は出来ているのですか?」

「我々が手傷を負えば、あの少年が死ぬことに成る。

其れでも良いのなら抵抗すると良い」

「まさか彼は魔王軍を1人で壊滅させた勇者です。

貴方達はそんな男を本気で怒らせるつもりですか?」

「嘘を言っても無駄です。

その兵器を使ったのでしょう。

これがなければ弱い人間に過ぎない」

「この鎧だけで、あの大量のリザードマンを撃退したと思っていますか?

私が戻られなければ救出の為に黄金の獅子が来ますよ」

 エルフ達はざわめく。

 黄金の獅子が飛竜を壊滅させたという噂が流れていたからだ。

 それは数ヶ月前のこと、はぐれ鎧技師の爺さんが修理した際に大げさに自慢した話しに尾ひれが付いただけである。

「それだけの価値が貴方にあるのなら、

人質として利用するだけです」

 明らかに力のない者でも手軽に圧倒的な力を手に入れることが出来ると知ればそれを欲するのは当然の流れだ。

 ワルワラ自身は弱く容易く拘束された。

 抵抗することも出来ずエルフの気分次第で命が奪われる恐怖に震えた。

「私に手を出した事を後悔しなさい。

彼は本気でエルフを滅ぼすわ」

「まだそのような戯言を……」







 その頃、少年は闘技場に居た。

 巨大な木の根下に碗状の空洞が有り、底が戦う為の場所となっており囲むように客席が有る。

 少年は仮面を付け木刀を握っていた。

 エルフも同じように木刀を構えて対峙する。

 勝負は仮面が割れるか、降参すれば負けとなる。


 少年は体力がなく力も弱い、相手の方が遥かに素早く動く。

 エルフは風のように走り剣を突き出す。

 少年は紙一重で避け返しを入れるが、後方へと飛び退き其れすらもエルフは躱した。

「凄いあれを避けるのか。

カウンターを外したのは初めだ」

「私もだ。

あの初撃は今まで誰も避けられたことがない」

 エルフの剣闘士ボヌフォワは体つきも筋肉質で引き締まっている。

 仮面と腰巻きしか身に着けておらず、割れた腹筋が見えている。

 少年より鍛えていることがよく分かる。


 木刀による仮面以外への攻撃は基本的には禁止されている。

 ボヌフォワは攻撃をあからさまに足を狙って振った。

 少年は咄嗟に木刀を地面に刺しガードする。

「禁止行為だろう……」

「おっと手が滑った。

降伏するなら痛い目に会わずに済む」

「そっちがその気なら、俺もやってやる」

 二人は間合いを取る。

 少年はゆっくりと後退し更に間合いを開く。

 ギリギリまで下がり追い詰められる形となった。

 ボヌフォワは其れに誘われるように剣を振るう。

 少年は剣先を合わせ回転を加え回す。

 剣を巻き上げ飛ばす少年の秘技だ。


 木刀は弾き飛ばされ空中を舞った。

 少年は木刀を突きつけ言い放つ。

「降伏しろ」

 ボヌフォワは木刀を掴むと力一杯に引っ張り奪い取った。

「相手の木刀を奪ってはならないという決まりはない」

「なんだって、其れが真剣なら掴むことは出来ない」

「だがこれは木刀だ」

 少年は走る。

 ボヌフォワは甚振るように少年の腹に一撃を入れた。

 避けられず少年はうずくまる。

「反則だ……」

「済まない、手が滑ってな」

 反則行為があった場合は、少しの休憩が認められている。

 

 直ぐに傷薬が塗られ手当を受けた。

 反則行為のペナルティは、試合の追加である。

 ボヌフォワにとっては試合が増えることは悪いことではない。

「くっ……、こんな戦いを続けていたら身が持たない」

 こんな状況に陥ったのは、エルフのペイジを自分の街に連れて行く為だ。

 エルフの戦士と戦い、守る力を見せれば認めると約束があった。

 だが、不当な戦いであることは明白だ。


 少年は既に5人のエルフと戦い勝利した。

 それでも認めないというのだ。

 少年は息が切れ、この休憩もすぐに終わる。

 まだ痛みが残り戦える状態とは言い難い。

「一つ聞いていい。

魔法は反則行為になる?」

「直接攻撃するものでなければ構わない。

だが其れを使えば私も手加減せずに使う」

「それなら構わない」

 少年は盾を魔法で作り出す。

 王国の兵士は盾を使って戦う、少年は其れを見てきた。

「盾……、臆病者め」

 木々の上を移動するエルフにとっては盾邪魔で使われることはない。

 盾に隠れて戦うのは恥ずかしい事であった。

 ボヌフォワは風を体に纏い疾風のごとく、少年の背後に回ったつもりだった。

 少年はそれを見越し盾を背にしていた。

「魔法で加速すると制御が難しい。

突然のことには対応ができない」

 少年は微笑む、既に攻撃は終わりボヌフォワの仮面が割れていた。

「確かに、止めることは出来なかった」

 ボヌフォワの一撃も決まっていた。

 少年の右太ももが腫れ上がる。

 遅れてやって来る激痛に少年は転がる。

「うあぁぁぁ……」


 少年は勝利したが、意識を失い戦える状態ではない。



 少年が目を覚ますとペイジが側に座っていた。

 手に薬をべったりと付け少年の足に揉み込むように塗る。

 痛みはなく温かい感触が伝わる。

「試合は終わったのか?」

「はい、不戦敗となりました」

 負けるまで永遠と続く戦いだった。

 もし気を失わなければ、もっと痛めつけられていただろう。

「どうして勝利した筈だ」

「あの試合の次が最後だったらしいです。

ですが気を失い目を覚まさなかったので敗北となったのです」

「……俺の考えが甘かった」

 少年は格子に気づく。

「ここは牢の中なのか?」

「はい、逃げないようにこんな場所に閉じ込められました」

 少年は魔法を使おうとするが何も起きない。

「魔法封じを施してあります。

貴方が魔法で武器を作れることは知られています」

「それで君が一緒にいるのはどういう訳だ?」

「癒やしの魔法を使うために志願してここに居ます。

腫れは引いたようですね」

 少年は大人しく待つことにした。

 余計なことをして体力を消耗しなくても、時期に何かが起きて出られると期待していた。

 

 暫くするとエルフの長老がやって来る。

「戦いは見事でした。

あれほどの戦いを見たのは久しぶりで楽しめました」

「楽しんで頂けて恐縮です」

「貴方に会いたいと言う者が居て連れてきました」

 手を拘束されたワルワラが連れてこられた。

「牢に閉じ込めるなんて、彼が何をしたと言うのですか?」

「そこにいる女に手を出した罪です。

エルフと人間が結ばれる事など許されない」

「ではどうして同じ牢に入れるのです。

これはで二人に何か……」

 エルフの長老は笑い出す。

 ワルワラと少年の関係に気づき、利用できると察した。

「彼を助けたければ、あの大蛇の秘密を教えなさい。

そうすれば彼は開放される」

「……あれを動かすには、私の首にかけている鍵が必要です。

それを使えば鎧が反応します」

「素晴らしい、では動かし方を教えて頂けないでしょうか?」

「ご存しかしら、

蛙はどうあがいてもトンビのように空を飛ぶことが出来ないのです」

「我々を愚弄するつもりですか?

それなら彼の手足を潰す事になりますね」

 ワルワラはエルフを睨みつけた。

 目に涙が溢れているが演技に過ぎない。

「私はどうなっても良い。

彼だけは助けて……、お願い」

 ワルワラは力なく床に座る。

 床に顔を近づけ、口の中に隠していたものを落とす。

「では教えて頂けますね?」

「はい……」

 ワルワラは立ち上がる際に、落としたものを少年の方へ蹴飛ばした。


 少年は拾い手の中に隠す。

「俺はどうなっても良い。

彼女の方を助けて欲しい」

 エルフの長老は笑い、ワルワラを連れて行く。

 有利な状況で油断したのだろう、気づいている様子は無かった。

 改めて拾ったものを見る。

 赤い宝石の用に見える透き通った石だ。

「それは魔石です。

魔気を込めると封じられた魔法が発動します」

「使って見せてくれ」

 ペイジは魔石に口づけし放り投げた。


 植物の蔓のようなものが出てきて柵に絡みつき捻じ曲げた。

 直ぐにそれは干からび崩れ落ちる。

 歪んだ柵の隙間は少年達なら出られる。

「ここを出ても武器も何もない。

見つかれば本当に終わりだ」

 少年が牢を出ると直ぐに駆けつけてきたエルフに見つかった。

「さっきは済まなかったな。

これは償いの意思だ」

 そのエルフはさっき戦った相手ボヌフォワだ。

 棒を少年に渡し付いて来るようにと案内をしてくれた。

「こんな事をしたらひどい目に合うんじゃないのか?」

「既にあっている。

剣闘士として幾多の戦いをさせられて来た。

いくら戦い勝っても、一度負ければ全ては失われる」

「俺に復讐するのか?」

「いや戦士として正々堂々と戦った相手を恨むことはない。

むしろ私の行いのほうが……」

「そうか、不本意な戦いだったんだな。

今度はそんなしがらみの無い戦いをしたいな」

「ああ、その時があれば今度は私が勝つ」

 ボヌフォワは別の牢の前に立ち鍵を開けた。

「私の弟エドアルドだ。

連れて行って欲しい」

 エドアルドは、まだ幼いエルフで少年よりも背が低い。

 髪はぼさぼさで長く、体はやせ細っていた。

 愛くるしい顔つきだが人質として囚われ余り陽の光を浴びなかったために顔色が白い。

 

「連れて行くのは良いが無事に逃げられる保証はない」

「ここに居ても死を待つだけ、

私が負けたことで食事も与えられない。

人間が善なる存在なのか悪なのかは解らない。

だがあの時の戦いを見て信じてみたくなった」

「俺はそんな善人じゃない。

むしろ悪人かも知れない」

「……外の世界を見ることが、弟の願いだ。

其れぐらいは叶えられるだろう」

 間違いなく足手まといに成る。

 少年は笑みを浮かべ彼の手を握った。

「連れて行くのは外までだ。

そこから先は自分の意思で進んでくれ」

 

 




 エルフ達が見守る中、蛇鎧の前に立ちワルワラは鍵を握りしめ祈りを捧げる。

 蛇鎧が起き上がり動く。

「さあ右へ進みなさい」

 ワルワラが右手を上げると蛇鎧はその方向へと動いた。

 ある程度の動きを見せた後、ワルワラは鍵をエルフの長老に渡した。

「ご自由に動かしてみて下さい」

 エルフの長老は手を動かし合図を送り蛇鎧を動かす。

「これ程簡単にあの大蛇を操れるのですね。

人間の技術には驚かされます」

「何か質問はありますか?」

「リザードマンを撃退した方法を知りたいです。

この動きだけで彼らを撃退したとは思えない」

「鍵を狙う相手に向けて、喰らえと言うだけです」

 エルフの長老はワルワラに鍵を向けた。

「喰らえ!」

 蛇鎧はワルワラを丸呑みにし首を上げた。


 エルフの長老はエルフ達に向かって告げる。

「なんと素晴らしい力、これで恐れるものはなにもない。

守護神としてこの地を守ってくれるでしょう」

 蛇鎧は中に人がいて操作されているものだ。

 当然、ワルワラは無事で中に乗り込んだだけだ。

 蛇鎧は背を向けたエルフの長老を丸呑みにする。


 エルフ達は悲鳴を上げ動揺した。

 あるものは逃げ出し、戦おうと矢を放った者もいる。

 まとまりはなく混乱したエルフ達は呆然と見送る。

 蛇鎧は木々を倒しながら、森の外を目指していた。


 

 飲み込まれたエルフの長老は騎士ローゼマリーに剣を突きつけられていた。

「貴方がエルフの長老なのですね。

私の街を襲うように指示したのは貴方で間違い無いですか?」

「私の一存で兵を動かせるものではないです。

エルフの民は専守防衛に務めてきたのです」

 ローゼマリーは剣を振り、エルフの帽子を切り裂いた。

 エルフの長老は顔を手で覆い隠す。

「顔を見せなさい、その手を切り落とされたいのですか?」

 顔は若くとても整って綺麗だった。

「私はエルフの巫女イゾルッカです。

貴方達はとんでもない勘違いをしています」

「どういう事です?」

「私達エルフはあの大樹トレントの支配下にあります。

私は彼らの声を聞き命令を実行しているだけに過ぎません」

「貴方を連れ去っても、意味はないと言うことですか?」

「はい、私を人質にしたとしても、

別の巫女が長老の声を聞き命令を実行するだけです」

「ドワーフは貴方を幾らで買ってくれるか楽しみです。

私達を裏切ったのですから、其れぐらいは覚悟してください」

「……あの少年は今頃、処刑されているでしょう」

 イゾルッカは笑い始めた。

 彼女にとってはトレントの人形と成るのも、ドワーフの奴隷に成るのも大差ないことだ。

 其れよりも悪意の方が勝っていた。

 怒り狂う姿を、悲しむ姿を晒し無力を感じさせる。

 その優越がたまらなく好きなのだ。


 だが直ぐに彼女の笑みは消えた。

 少年が彼女の前に現れたからだ。

「どうやってここに?」

「エルフの兵士に紛れて尻尾から乗り込んだんだ」

 イゾルッカの顔から血の気が引いた。

「……ドワーフの奴隷は嫌です」

「君が役に立ってくれるなら、

歓迎するけどどうする?」

 イゾルッカは自分がしてきた行いを思い出し震え上がる。

 地位が転落したエルフは惨めな扱いを受ける。

 それは屈辱的で耐え難いものだ。

「どんなことでもします」

「俺は許すつもりだ。

でも他の者はそうじゃない。

だから、俺を守ってくれるよな?」

「……この森を貴方達は抜けることが出来ません。

はっははは……、迷いの森にようこそ」

 イゾルッカは悲しみから涙を零していた。

 巫女はどんなに離れていても神から言葉を受け取れる。

 トレントに言わされた言葉だ。


 空間を歪め出られなくする魔法が迷いの森だ。

 辺りは霧に包まれ、永遠と森を彷徨うことに成る。

 生きて出ることはない。

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