第14話 メインヒロンの座も勝ち取ってこそ意味があるんじゃない?
魔物に殺された人の魂は呪いによって、魔物へと化すことは余り知られていない。
少年の領地ではドラゴンに襲撃により難民の命が奪われた。
その魂が魔物へと姿を変え地面から魔物が湧き出ていた。
騎士カミラは少年の帰りを心待ちにしていた。
ワラワラと現れる魔物との戦いに明け暮れ休息時間は短く自室に帰るとベットに飛び込む。
「ああ、領主様ぁ……会いたい」
カミラは枕を少年に見立てて抱きしめた。
「私を激しく抱いて下さい。
ああ、領主様ぁ……」
扉を叩く音。
カミラは慌てて身だしなみを整える。
「どうぞお入り下さい」
訪れたのは公女ワルワラであった。
少年の婚約相手でありカミラが仕えていた大貴族の娘である。
少年が一目惚れする程愛くるしい目に整った顔つきをしている。
カミラにとっては一番厄介な相手で無下にすることも出来ず恋敵であり仲良く出来るはずもない。
ワルワラは部屋に入るとカミラの頬を触り微笑む。
「彼への思いを馳せるのは解りますが、壁は薄く聞こえております」
カミラは顔を真赤にする。
「えっ何時も聞こえていたのでしょうか?」
「昨日は確か、領主様私を食べてと……」
カミラは恥ずかしさの余り訳がわからなくなった。
そこから先の思考はすべて吹っ飛び何も覚えていない。
カミラは気がつくとベットで眠っておりワルワラの姿はない。
「アレは夢……、だとしたら悪夢」
少年の屋敷は、配下の者達も暮らしている。
騎士達やメイドも個室が与えられていた。
個室は寝たりプライベートな時間を過ごすためのもので食事は食堂で行われる。
騎士達がまず食事を取り、メイド等の使用人の順番となっている。
テーブルの上に用意された料理は新鮮な野菜が殆どだ。
カミラの隣にワルワラが座る。
特に席が決まっているわけではないが、ワルワラが特別に少年の席にカミラを座らせていた。
「今の季節にこんな野菜が食べられるのは不思議ですね」
「領主様が温室を作って、そこで取れたものらしいです」
「私は彼とは余り話したことがなくて……。
どんな性格なのか知りたいです」
カミラは目の前に並ぶ料理の味が解らない程に戸惑った。
よく知らない為に美化された少年の印象しかないのだ。
「よく気遣いが出来てとても優しいです。
恥ずかしがり屋みたいで良く手紙を……」
カミラは顔を真っ赤にする。
こっそりと誕生日の祝が贈られたり、励ましの言葉の手紙を貰ったりと……。
それは少年が贈ったものではない。
実はワルワラが仕組んだことである。
ワルワラは王継承5位である。
その地位を目当てに近づく男は多い。
少年もその1人に過ぎず、最も優れた男を選び一族を繁栄させるのが彼女の天命である。
「数々の活躍を聞いていますが、特に人事が優れた才能があるようですね」
カミラは耳を疑った。
「えっ……。
運のすべてを任せるようないい加減な……」
ワルワラは首をかしげる。
カミラの反応が予期しないものだった。
「運で決めたとはどういうことです?」
「現在、この街の商売を牛耳っている商会があります。
それに至った経緯が素材拾いゲームです」
「確か素材を回収させたと聞いています」
「バッドコックと名乗る男、彼は皆から素材を高値で買い取ったのです。
民は目の前にある欲には負けるもので、賞が解らない事もあり殆どの人は彼に売ってしまったのです」
「それが何か問題でも?」
「このゲームは人材を選ぶ為のものでした。
彼の息のかかった者達が上位を独占してしまったのです」
「先見の明があったということでしょう。
良い事ではないですか?」
「商人が支配することなどあって良いはずが有りません。
彼らは私欲でしか動かない」
「貴方は違うのですか?」
「ええ、民を守るために戦っています。
この国を守り皆が安心して暮らせる世を作ろうと手を尽くしています」
貴族は魔物と勇敢に戦い国を守った者達に与えられた称号である。
それが脈々と受け継がれている。
人々を魔物から守っていると言う意識が強いのだ。
「商人達が商売出来るのは法があるからです。
その秩序を自ら乱すことはしないでしょう」
法ががなければ商売は成り立たない。
相手から奪い取っても良いなら買うことはなく奪い取るだろう。
「……その法を彼らが思いのままに出来るのです。
領主様が発行した硬貨には権力が付与されています」
「権力?」
「其れを持つものは議会に参加出来ます。
その議会で物事を決める時に、賛成か反対かどちらかに入れることが出来ます。
大量に硬貨を支払えば意見が自由に決められてしまいます」
「そんな仕組みがあったのですね。
実に面白いです」
「その硬貨をあの男は金貨10枚で買取集めてしまったのです。
其れ以来、領主様発行の硬貨は金貨10枚で取引されるようになっています」
「硬貨はどのようにして手に入れるのですか?」
「税を収めた額によって配布されることが決まっています。
後は緊急時に命令に従った者に褒美として与えるようです」
「金貨10枚をそう簡単に配布するのですね」
「いえ、この硬貨自体の価値は殆どありません。
魔気を固めて作ったもので殆どタダで手に入れたようなものです」
ワルワラは笑みを零し食事を終える。
毎日のように議会が行われていた。
街の法令を決めるためだ。
国王が決めた国の法律があり、その中で領主には自治権として法令を定める事ができる。
法律を犯す法令は作れない。
ワルワラは議会場に入り様子を見ていた。
若い騎士が演説台に立ち意見を言う。
「現在、魔物が多数出没し被害が出ています。
街の守りを固めるために守備隊を増員したい」
「守備隊を増やしても被害は増えるのではないのか?
装備や配置をかえたらどうだね」
「絶対的な数が不足しています。
兵士は戦い負傷するものです。
このままでは街の住人にも被害が出ます」
「まずは指揮官の変更をしよう賛成の者は拍手を」
ワルワラは周りに合わせて拍手する。
若い騎士は其れを見て台を降りた。
住人が自由に意見を言える場となっている。
ワルワラは面白そうと演説台に立った。
「これより誰を指揮官とするかを決めたいと思います。
志願するものは挙手をお願いします」
その場に居た騎士達は手を挙げる。
得体のしれない者に指揮をされたら解らないからだ。
「素晴らしいですね。
優れた力を持つものはあの黒い硬貨を数多く所有しているはずです。
では最も多く支払った者を指揮官とします」
ざわめきが起こる。
騎士も働きに応じて貰っているが金貨に目がくらみ交換して殆ど持っていないのだ。
守備隊の指揮権を取れると解ると直ぐにバッドコックが動いた。
50枚も積んだのである。
カミラはそれを見て咄嗟に手を挙げる。
「私は100枚出します」
そんな数は持っていないが領主の側近である彼女の言葉は信用された。
バッドコックは余裕の笑みを浮かべ、更に200枚積んだ。
「おめでとう、では貴方が指揮官です」
「私は商人です。
戦いのことは解りません。
この権利は専門とするものに預けたい」
「では、その権利を譲ることを許可しましょう。
その者を連れて来なさい」
カミラはワルワラを連れ出す。
「何をお考えですか?
守備隊をあのような強欲な者に任せるなんて」
「何を慌てているのです。
自ら権力を持とうとしない者に発言権はありませんよ。
それが彼の意思です」
「……運こそが全てだと言っていました。
そんな思惑は有りません」
「何もしない者にチャンスを掴むことは出来ないと言うことでしょう。
貴方もその地位に甘んじて変化を求めなければ、その地位すら失いますよ」
「肝に銘じておきます」
少年の考えは特に深くなく、本当に運で決めたことだ。
ワルワラはそれを意味のあることだと考えてしまった。
領内の装備は全てバットコック商会が独占し販売することになった。
守備隊の装備も商会の刻印が押されたものを正規品とした。
物の値段が高騰し他の街に比べ倍近く上がっていた。
カミラは物価の高騰に戸惑った。
騎士団を統括しているカミラは、部下の装備を揃える必要があった。
王国から一定の支給があるが其れを遥かに超える額が必要で増員することは不可能となった。
「嘘……、昨日よりも1.5倍も値段が上がっている。
このままだと破産する」
カミラは少年の部屋に入り黒い硬貨を取り出す。
ワルワラは偶然、少年の部屋に入る彼女を見て、その現場を目撃した。
「その資金に手をだす事は貴方でも許しません」
「兵士に装備を与えなければ信用を失ってしまいます」
「守護鎧を配備しなさい。
確か戦乙女と言ったかしら?」
「あの鎧は癖があって慣れるまでには時間が掛かります。
それに守護鎧は切り札であり多用していてはいざという時に戦えません」
「今がその時ではないのですか?
出し惜しみはせずにすぐに行いなさい」
カミラはワルワラの事を誤解していたことに気づく。
お嬢様で平凡にヌクヌクと育って何も知らない無垢な女だと思っていた。
「解りました直ぐにそのようにします」
カミラは自分の立場すら危うい崖っぷちに居ることに気づく。
今は少年によって与えられた功績がある。
だがそれを打ち消すほどの失態をすれば一瞬で終わる。
兵士は臨時招集された一般民だ。
普段は別の仕事があるが休んで見回りや守りを固めたりして過ごしている。
兵士として活動すれば街の復興が遅れる事を意味していた。
カミラは兵士を集め言った。
「兵の任を解きます。
続けたい者は残り、帰る者は報酬を受け取りなさい」
兵として働いた分の報酬が渡される。
王国が招集した兵士であっても、ただ働きなどありえないことだ。
強制される割には少ない報酬であることは間違いない。
「今は物価が高くて、これぽっちじゃ生活できない」
「食料に関しては王国から配給があります」
温室の作物が収穫もできており、それを合わせると十分足りる量となる。
「領主様には早く戻って来て欲しいものだ」
街の住人は少年をかなり信用している。
少年は大盤振る舞いすることが多く、また振る舞ってくれる事を期待したのだ。
カミラはワルワラのやり方に民が不満を持っていると思った。
「ええ、早く戻ってくれば色々と状況が変わります」
カミラは守備隊の配置を変更し要所を重点的に守ることに決めた。
そこに騎士ティルラが戻ってきた。
「カミラ様、私の黄金獅子鎧を見て下さい」
彼女の乗る鎧は獅子の形をしているが、全身が黄金に覆われて輝いていた。
「一体、これはどうしたのです?」
「ドラゴンの巣を襲撃し得た金を惜しみもなく使いました。
お母様が権威とは金だと言っていました。
これを見てひれ伏さない民は居ないでしょう」
「一ヶ月近くドラゴンと戦っていたの?
……それでドラゴンが街に来なくなった」
「えっと、ドラゴンは休眠期に入り寝ています。
小型のドラゴンならばこの獅子で戦えたのですが、
エルダードラゴンには刃が立たず半壊させられました」
「ええっ、どうやって修復をしたの?」
「はぐれの鎧技師と出会いまして、色々と改善して貰いました。
異端の技術とかで追放されたらしいです。
カミラ様は魔法が得意ですよね打ち込んで下さい」
黄金の獅子鎧の周りに赤い粒子のようなものが出て膜のように覆う。
カミラは魔法で石の槍を作り出す。
少年とは違い魔気だけで作り上げる事はできない。
その槍を獅子鎧に投げた。
槍は粒子に阻まれ止まり地面に落ちる。
「一体それは何なのですか?」
「聞いて驚け、これはなんとあらゆる攻撃を無力化するバリアというものです。
お母様ですら知らない未知の魔法技術です」
「聞いたの?」
「えっと……、多分知らないかなと……」
ティルラはどうでも良いことを聞くカミラに大笑いする。
「遊撃隊のティルラが戻ってきてくれたのは嬉しい。
街の周囲に現れた魔物を狩って下さい」
「私は領主様直属ですよ。
カミラ様が側近であることは重々しっております。
ですが貴方の指揮下に入らない事をお忘れですか?」
他国の騎士と言うことで、虐められる危険性を考えての事だ。
少年の親切を逆手に取ってカミラに言い寄ったのだ。
「解っていますとも。
協力して下さい。
ティルラ殿、お願いします」
カミラは頭を下げお願いした。
「ふふーん、ちゃんと説明しなさい。
貴方はそんな女じゃないでしょう」
カミラは簡単に説明した。
自分の立場が危うい事に、街の実権がバットコックに掌握されつつある事を。
ティルラは腹を抱えて笑う。
「領主様が答えを示してくれたではないですか。
出来るものに役割を与えよと。
貴方の才能を活かし、出来ないことは他のものに任せればよいのです」
「……教えて、私は何が得意のなの?」
「人に委ねた時、それは脱落するということよ。
それでも知りたい?」
カミラは首を横にふる。
「ありがとう、私は自分で考える事を忘れていた。
さてどう言う手を打ちましょうか……」
今まで状況に流されて来たが、これから状況を変えると心に決めた。
カミラは少年の心を掴む為に最も強い騎士に成ることを誓った。
ティルラはニヤニヤしていた。
カミラが出した答えが間違っていることに気づいていたからだ。
少年は戦い好きで守られる事は好まない。
「ふーん、これなら私にもチャンスはありそう」
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