第15話 ゲームでも全力を尽くすんだよ

 辺り一面の雪が溶け初め、新しい命が芽吹く季節。

 木々に緑が現れ、眠りから目を覚ます獣達。


 少年の帰りを心待ちにしている少女がいた。

 公女ワルワラである。

 彼女の前に竜人が立ち並ぶ。

「我々は領主様に雇われた私兵です。

ワルワラ様を守るように命令されています」

「私は竜人族を見たのは初めてです。

その緑の髪は染めているのではないのですか?」

「これは地毛です。

竜人族はみなこのエメラルド色の髪をしています」

「とても綺麗で美しいです。

触っても宜しいでしょうか?」

 竜人族は髪を触られるのは好まないが跪き頭を差し出す。

 ワルワラは軽く触り、艷やかで滑らかだと感じた。

「その拘束を解き市民として迎え入れます。

空いている部屋を自由に使いなさい」

「我々にも手に職をつける機会があると聞きました」

「何を望みますか?」

「鎧技師か鍛冶屋を……」

 ワルワラは彼らの希望を聞き鎧技師として雇うことにした。

 彼らが鎧技師を選択したのはドワーフの街で手伝いをさせられ、ある程度の知識を得ていた為だ。

 守護鎧は自由気ままに開発が行われており、人手はいくらあっても足りない状況であった。


 メイドがワルワラの耳元で囁く。

「学園の話で面会したいと言うものが現れています。

如何致しましょうか?」

「通して下さい」

 羽振りがよいと噂が流れ仕事を得ようと人々が集まっていた。

 ドラゴンを追い払い守りきった事が高く評価され、過剰な期待が人を呼んだのだ。


 国王から推薦状を貰った初老の男だ。

「私は数多くの者に教えを行って来ました。

学園長にして頂きたい」

「全てを貴方に任せますが、一つ条件があります。

生徒はすべて見習い騎士と言う扱いとさせて頂きます」

「それはどういう意味です?

そのような特例は初めてで理解しかねます」

 本来は一定の地位にあるものが認めた場合に騎士となる。

 貴族の子が訓練を受けている時、見習い騎士を名乗る事があるが正式なものではない。

 見習い騎士は存在しないのである。

「騎士としての風格と威厳は勿論のこと。

鎧を扱うからには、それだけの自覚をもって貰いたいのです」

「ではどの程度の責任を負わせるつもりですか?」

「騎士と同等の扱いです。

ただ騎士と違い、相応しくないと判断した者は学園からの追放と言う処置でお願いします」

 騎士は場合によっては命によって責任を取ることがある。

 それは自ら差し出すのではなく、奪われてしまうという事だが。



 公務を終えたワルワラは自室に戻る。

 そこに騎士カミラが待っていた。

「ワルワラ様、お待ちしておりました」

「勝手に入る事を許した覚えはありません」

 カミラはワルワラに詰め寄る。

 ワルワラは後ろへ下がり壁に当たる。

 カミラは笑みを浮かべ、壁に手を当てワルワラの逃げ道を塞ぐ。

「私は負けません。

必ず彼の心を奪ってみせます」

「良い顔ね。

貴方が男だったら私は惚れていたかも知れませんね」

「そうやって誘惑したのですね」

「ええ、彼は私の物です。

諦めなさい、貴方と私では格が違うのです」

 カミラは目に涙を貯める。

 その言葉は理解していた。

 カミラは貴族ではあるが、ワルワラと比べるとかなり地位が低い。

「そうだとしても。

諦めたりはしない」

「ふーん、そういう貴方は好きよ。

でも真実は残酷で彼は貴方のことを何一つ理解はしていない」

 ワルワラはカミラを押して行き、ベットに突き倒した。

 カミラの方が力は強いが本気をだして怪我をさせたら終わると思い引いた結果だ。

 ワルワラは引き出しから手紙を取り出しカミラに渡す。

 そこには少年の言葉と思っていた内容が書かれていた。

「これはどうして?」

「彼が貴方の誕生日をどうして知っているのです。

教えたことが一度でもあったのですか?」

 カミラは呆然となった。

「何のためにこんな事を?」

「私は嫉妬深いの、だから他の女に目をくれるような男は嫌だった。

でも彼はどんなに誘惑しても私の事を思ってくれたわ」

 カミラは笑う、完全なピエロだったからだ。

「私の人生を踏みにじった代償は高くつく。

覚えておきなさい」

 ワルワラは指を鳴らしカミラの額に口づけする。

「貴方の新しい人生に祝福を……」

 カミラの記憶が消えていく、少年に恋した記憶が消え去った。



 カミラが気づくと自分の部屋で眠っていた。

「ううっ……、何かクラクラするわ。

えっと何をする予定だった……」

 カミラは手帳を見る。

 そんな習慣はない、今まで手帳に記録を残したことも。

 ワルワラが用意したものである。

「近衛騎士団の設立……、それから見習い騎士の団長を選定しないと……。

ああっ……、もう日が真上に……って寝坊した!」

 カミラは慌て着替え飛び出した。


 扉の前に立っていた緑髪の少女と打つかり押し倒した。

「いたた……、ごめんなさい」

「重いです」

 カミラは慌てて立ち上がり、少女に手を差し出す。

「ありがとうカミラさん」

 全く見知らぬ女に名前を呼ばれカミラは硬直した。

 少女は笑みを零す。

「えっと貴方とは初めて会った気がします」

「はい、初めて会いましたが、

すぐに貴方がカミラさんだと解りました」

 少女は立ち上がりカミラを抱きしめた。

 カミラにとっては挨拶みたいなものだが、少女にとっては意味が違った。

 少女は竜人族であり抱きしめる行為は服従の意味がある。

「私はジンティです。

領主様の命令で貴方の指揮下に入ります」

「領主様から私に?

こんな事は初めて、彼は私を冷たく振ったんです。

傷ついて昨日はずっと泣いて眠れなかったほどです」

「えっと、誰のことを言っているのですか?」

「ん?」

 カミラは記憶がどうも変だと思った。

 少年は北方のドワーフ国に居る。

「誰かに振られたのですね。

これは直接渡すようにと言われた設計図です」

 ジンティは新型守護鎧の設計図をカミラに渡す。

 少年がカミラに大切な物を託すことは殆どない。

 例に漏れずそれは割とどうでも良い物だった。

「戦乙女鎧弐型……、新武装に杭打ち君パイルバンカーを装備って。

ええっ……意味わからない。

飛竜に対抗するためにドワーフの国に行ったのに何で杭打ち機なの?」

「ロマンらしいです」

 ジンティはもう一枚の設計図を隠し持っている。

 其れこそが対飛竜用の兵器である。

 

 


 工場にカミラは赴く。

 カミラはケルスティン派の鎧技師達に嫌われていた。

 警報ランプが点灯し、技師達は大慌てで作業を中断し設計図を隠した。

 偽装した鎧が床が開き出てくる。

 カミラが到着した時には、内装がガラリと変わっていた。

 技師達は全員整列し待っていた。

「カミラ様、ようこそお待ちしておりました」

 やせ細り目の下に隈ができたおっさんの工場長ステンはお盆にお茶と菓子を用意ていた。

 カミラはお茶を飲み干し、菓子はジンティに渡した。

「こんな物が欲しくて来たのではない。

新型鎧の設計図を持ってきた」

 カミラは威圧的に工場長に近づき設計図を渡す。

 ステンはそれをひと目見て笑みを浮かべた。

「早急に組み立て、明日には試作機を用意します」

「新型の開発が難航していた割に素早く出来るのね」

「この設計図は出発前にある程度出来ていたもので、

問題となっていた部分だけを交換するだけで良いのです」

「この新武装も?」

「それは後々になります」

 カミラは工場内を歩き回り、何か隠してあるような気配を感じる。

 ステンはカミラの後を付いて行き、冷や汗をかいていた。

「何か?」

「本当に鎧の研究をしているのですか?

皆がよそよそしい気がするんです」

「騎士様にはそう見えますか。

研究に行き詰まってピリピリして居た所で、この設計図を見て早く作りたいとソワソワしているのです」

「ふーん、まあ良いわ。

明日には用意しておきなさい」

 カミラが視察している間に、ジンティは別の設計図を技師達に渡していた。

「うおおぉぉぉ、最高じゃねーか」

 カミラが忌み嫌う、魔獣型鎧の設計図である。

 

 少年の予測通りにカミラが動いたことにジンティは興味を持った。

「これが未来予測……。

私の行動も読めるのかしらね」

 ジンティはそっと工場に置かれた偽装鎧に乗り込む。

 既に枷は外され自由の身だ。

 鎧を奪って自由に生きるのも悪くない。

 だが鎧を起動させた時、ロープのようなものが手足に巻き付く。

「何よこれは……」

 身動きが取れず動けなくなった。

 警報がなり技師達が集まってくる。

「あちゃー、それは盗人トラップだ。

騎士様、外にある鎧に乗って下さい」

 ジンティは涙目になり、開放されるのを待った。

 ジロジロと見られ体を触られると言う恥辱に耐えなければならなかった。

 技師達は余り不用意に触っているわけではなく、罠を解除する為に触れてしまった程度だ。


 開放されたジンティにはもう逆らう気力はなかった。

「鎧に乗りたい気持ちは解るわ。

私達の鎧は別のところにあるから安心して」

 カミラの言葉にジンティは抱きつき服従を示した。

「はい、カミラ様」


 



 森の南に魔王軍数千匹が集結しつつあった。

 西側からは飛竜が活発化し襲撃の気配がある。

 対応する位置に砦が築かれてはいるが人員が圧倒的に足りない状態であった。

 すぐさま軍議が行われ対策が練られることに成り主だった騎士達が集められた。

 街を守る為の守備隊に、南砦、西砦に兵力を分散させる事になる。

 ワルワラは提案をする。

「全てに兵を配置することは出来ません。

そこで私が魔王軍の戦略を考えますので、皆様は兵を配置して迎え撃って下さい」

 地図の上に駒が配置される。

 ゲームのルールは簡単で、戦力が上回っている方が勝つ。

 魔物が街に入れば負である。

 駒には種類があり大きさによって得点が付いている。

 その数値が戦力である。


 カミラは無難に均等に兵力を分け配置する。

 其れを見たワルワラは笑い魔王軍の戦力を全て西に配置し砦を陥落させそのまま街へと入ったのだった。

「全てを守ろうとすれば死駒が出来てします」

「そうでしょうね。

では街に全戦力を集結させましょう」

 砦を捨てても街を守れば勝てると考えたのだ。

「それなら採掘場にドラゴンを配置、そして森に魔王軍主力を待機します」

 採掘場を抑えられると鎧の生産が出来なくなる。

 そこに兵を派遣すれば、待機していた魔王軍が街に攻め込む形となる。

 カミラはあらゆる可能性を考え兵を配置したが全て敗北に終わった。

「ワルワラ様、魔王軍は私達の手の内を知らない筈です。

なのに……」

「いいえ、魔王崇拝者が情報を流している可能性があります。

飛竜によって大量虐殺されたのを忘れたのですか?」

 それは失態を隠す為の嘘なのだが……、カミラはグッと黙った。

 相手の動きを見てから駒を動かすワルワラの方が圧倒的に有利である。

 それを指摘するものは居ない。

 

 落ち込むカミラを見かねたジンティは駒の配置を勝手に変え始める。

「私達がまず解決しなければならないのは、

南側に集結しつつある魔王軍です」

 拠点を無視し兵全てを魔王軍を囲むように配置した。

「それでは街を守れませんよ」

「ええ、魔物が街に入れば負けと言うルールならば、

しかし本当に負けなのは全員殺された時です」

 飛竜が街に入ったが、魔王軍を殲滅した。

 勝利したことで兵は残っている。

 其れを全て森の砦で待機させた。

「どうして街を奪還しないのです?」

「街で戦えば、街が破壊されます。

なので戦場は森のほうが良いです。

ドラゴンも森を焼き払いたくないからです」

 竜人族はドラゴンに近い存在だ。

 魔気の量を感知し嗅ぎ分ける能力も優れている事を知っていた。

「どうしてそう思うのですか?」

「森は魔気に満ちあふれています。

それを枯らしては自らの力を無くすに等しいからです」

 人々も守護鎧を動かすためには魔気が必要で森を伐採して更地に出来ない事情がある。

「森は燃えても再生します。

なので焼き払い全滅です」

「そんな……滅茶苦茶です」

「戦いに甘えは許されない。

勝てる手があるなら確実にそれを行うのです」

 幾多の騎士が挑み敗北すると言う結果となった。

 どうあがいても勝てない。

 重い空気に包まれ、魔物が迫って刻々と時間が無くなっていると言う焦りだけが増していた。


 その様子を見ていた男エルウッドが笑みを浮かべ挑む。

 彼はバットコックに雇われた軍師である。

「私は戦力を隠したいと思います」

 配置を決めたがその上に布を被せた。

 当然、どれぐらいの戦力を配置したのかは解らない。

 ワルワラは配置から分散していると判断し各個撃破するように動かす。

 戦力が打つかる時布をとった。

 戦力1。

「囮でしょうか?

無意味に消耗させるだけです」

「では動きしましょうか」

 エルウッドは駒を動かしていく。

 ワルワラも動かし幾度のかの戦闘を交えた。

「これも1……、少数に踊らせれていますね。

一体何処に主力が……」

 

 埒が明かないと解りつつもワルワラは各個撃破を続け分散させる事を嫌った。

 分散すれば勝算が減るためだ。

「貴方が森を焼いたように、我々も森を焼き払うことにする」

「なっ……」

 魔王軍の主力は森に中に居る。

 全方位を囲まれ、火を放たれたら全滅は必死だ。

「まあ良いでしょう、兵力はどれぐらい残りましたか?」

「8割です」

 残った飛竜と戦えるだけの戦力である。

 魔王軍は壊滅しワルワラの勝利は難しくなった。

「では本番も期待しています」

 カミラもエルウッドの力を認めるしか無い。

 総指揮の権利を取れなかったことはカミラにとっては大痛手だ。

 この戦いで勝利すれば実質、街の復興は確実となる。

 地位を上げる最大の機会だったのだ。


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