第16話 ヒーローだからって遅刻していいと思ってるの?
魔王軍を森に引き込み全滅すると言う作戦が始まった。
捨て駒としてブランドンの騎士フィーリッツが選ばれた。
王国民はブランドンに対して恩を仇で帰す野蛮人の印象が強く彼が選ばれたのは当然の流れだった。
立場上彼は拒否しなかった。
「妹は幸せに暮らせるように頼む」
ワルワラは彼の耳元で囁く。
「貴方の働き次第です。
無駄死にしないようにしっかりと戦うのですよ」
「……解っている」
フィーリッツは戦乙女鎧に乗り込むと森へ向かう。
砦に引き込み、そこで足止めし魔王軍を火の海に沈める事になる。
砦が陥落すれば魔王軍は森に留まること無く街を目指すだろう。
燃え上がる森の中で最後まで戦うのが彼の役目だ。
南に集結している魔王軍はオークと呼ばれる豚顔の人型魔物だ。
手に槍や斧を持ち、ぞろぞろと集まっていた。
そこへ矢が放たれた。
オークは攻撃されたことに反応し突進を始める。
後先を考えずに突っ込む性質は罠を仕掛けてある方にとっては都合がいい。
地面に倒していた柵状の杭を戦乙女鎧は起こす。
オークは突然現れた杭を避ける事ができず打つかる。
連鎖的に打つかり押され串刺しになった。
「撤収するぞ」
フィーリッツの部隊は直ぐに、森の奥へと撤退する。
オークの侵攻を遅らせる為の罠が仕掛けてある。
それでも勢いづいたオークは止まらない。
「突進するするしか脳のない豚だが、群れると脅威だな」
「引きつけられたのは百匹に満たないです」
「盤上での戦略は役に立たないな。
全軍で来るんじゃないのか?」
「この数なら殲滅できますがどうします」
「勝てる戦いから逃げる間抜けはない」
戦乙女鎧は振り返り、追ってくるオークを蹴散らした。
一振りで複数のオークを真っ二つにし、返す刃でも生き残ったオークを切り裂く。
立場が悪い状況を改善するために人一倍実戦に赴き、手足のように動かせるほどになっていた。
「もう一度仕掛ける、罠の準備を……」
その余裕はなく、魔王軍は一斉に森へと侵攻はじめた。
「大変です、一気に全軍が来ました」
「もう少し遊んでから撤収するぞ」
守護鎧に乗っているとは言え敵の数に対して味方が少ない。
下手をすれば囲まれ全滅もあり得る状況だ。
だからこそ強がって闘志を奮い立たせていた。
現場にいる兵士達は視界に入る範囲しかわからない。
味方が撤退し孤立して居ることに気づいた時には既に手遅れだ。
足並みを揃えなければ作戦は失敗に終わる。
フィーリッツは気づかぬうちに孤立していた。
「34匹目……、こんなに弱いなら壊滅出来る」
「小隊長、周囲を包囲されています」
「慌てるなゆっくり後退する。
まだ有利に事が進んでいる」
彼は魔王軍をただの魔物の群れだと思いこんでいた。
守護鎧への対策が用意されていると予想すらしていなかった。
オーク達は一斉に赤い果実を放り投げる。
戦乙女の顔面に当たり赤い汁を撒き散らす。
フィーリッツは突然、鏡が黒く染まりが外が見えなくなった。
「何だこれは……」
守護鎧から外を見るには、操縦席の扉を開くか守護鎧の目を通して鏡越しに見るしかない。
顔についた汚れを手で取ろうとしても守護鎧の手は繊細な動きは苦手で殴ってしまう有様だ。
完全に視界が消えたわけではないが、殆どが死角となり見えない。
慌てて扉を開けば予想されるのはオークによって乗っ取られる事だ。
状況は悪化する。
オーク達はフック付きの鎖を戦乙女鎧の手足に絡めていく。
操縦席にもその金属音が伝わり聞こえる。
「まさか動きを封じようと……、させるか!」
剣を振り回そうとしたが途中で止まった。
手に絡みついた鎖は木々にくくり付けてあったのだ。
動けなくなったとオークは戦乙女鎧にしがみつき、斧を振るう。
叩く音が響く。
「止めろ! 止めてくれ……」
オークに殺されると言う恐怖が彼の戦意を失わせた。
死ぬかも知れないと思った時、妹の顔が浮かぶ。
「……下手打った。
ごめんよ」
情報伝達は鳩を飛ばし行われている。
森の中で鳩は目的の相手を見つけられず情報伝達がうまく行かない事態となり混乱が起きていた。
見かねたカミラは自ら戦場へ赴き崩れた戦線を回復させようとした。
戦乙女鎧弐式は外部装甲が取り付けられ、重厚感のある鎧を纏った姿だ。
新装備は間に合わず、予備の剣を背に6本つけ両手に剣を持っている。
「いいね。
ああ……領主様ぁ……んんっ? 何で領主様?」
カミラは自分の言葉に良く解らない気持ちを感じたがすぐに忘れた。
軽く目を閉じ深呼吸すると歩み始める。
移動速度は旧型より遅いが気になるほどではない。
「孤立した部隊は何処にいる?」
弐式には通信魔法で一定距離なら会話できるようになっている。
声よりも遠くまで会話が出来る。
断熱処理は音を遮断してしまうので、そういう仕組みが採用されたのだ。
「そこから南西です」
声の主は、カミラ直属の偵察兵だ。
斥候を行ったりと危険な任務をこなしている影の集団である。
カミラはオークを見つけると全力で打つかった。
装甲の厚い弐式の体当たりを喰らいオークは骨が砕け黒い霧にようなものへと変わり果てた。
「さて剣の舞でも見せましょうか」
回転し舞うように切りつけならがら進んでいく。
重装な割に軽やかな動きで敵を寄せ付けない。
少年が得意としていた技でカミラは一番近くでみていた。
其れを真似しているだけだが、普段からそういう戦い方をしていると思い込んでいる。
動きを封じられた戦乙女鎧を見つけるとカミラは声を掛ける。
「貴方はまだ英雄には成れないわ。
私が助けに来たからよ」
鎖を叩き切り、オークを蹴散らす。
「気をつけろ、変な物をぶつけられて視界が悪くなる」
「私が守っている間に汚れを拭きなさい」
フィーリッツは鎧を降り汚れを拭こうとした。
カミラは彼の姿を見て、誰かと被って見えた。
「えっと貴方はフィーリッツよね?
私とは何か……?」
「カミラ様ですか?
えっと親切にしていただいています」
カミラは何か違和感を抱きつつも彼のことが好きなのかも知れないと顔を赤らめた。
「そ、そう。
早く撤退しなさい」
フィーリッツは周りに転がっている仲間の鎧に目をやる。
扉が開かれ中で槍を串刺しにされ死んでいた。
「見えないから扉を開いたんだな……。
俺は臆病でガタガタ震えていたから助かった」
「貴方以外は全滅のようね。
廃棄予定の鎧だったからよ」
初期生産された鎧だが、十分戦える代物だ。
敵の対応能力が上回った結果だろう。
カミラは逃げ遅れた部隊を救出し森の砦まで撤退した。
砦はカミラが建てたものだ。
上から見ると五角形の建物で、それぞれの頂点に塔が立っている。
壁も同じく五角形で全方位に対して強い形だ。
浅いが堀もありオークの突撃を防いでいた。
守備兵はカミラに報告する。
「今は魔王軍の前衛が砦に到達した所です。
遅れて本隊が砦に迫っている所です」
「それで包囲網は出来たの?」
「いいえ、情報伝達に時差があり包囲はまだです。
森での戦闘が不慣れなことが原因かと」
「どれぐらい持たせる事ができる?」
「半日程です。
魔王軍の中にトロールやサイクロプスを確認しています。
大型魔物による攻撃に耐えられる程丈夫では有りません」
「守ってばかりは性に合わないわ。
打って出る」
「領主様みたいなことを言わないで下さい。
撤退出来なくなって死ぬことになりますよ」
「私が領主様みたいって、巫山戯ないであんな男と一緒にしないで!」
カミラの顔色が真っ青になる。
何かとてつもなく嫌なことを言った気がしたのだ。
カミラは鎧を降りた。
「少し目眩がする。
休息を取っている間に調整をお願い」
フィーリッツはカミラに駆け寄る。
「先程は助けて頂き感謝しています。
この恩は必ず返します」
カミラはぼんやりと彼の顔を見て笑む。
「付いて来なさい」
砦の一人用の部屋、ベットとタンスぐらいしか無い。
カミラはベットに座ると横に座るように手で叩き合図を送る。
フィーリッツはツバを飲み込み横に座る。
このような経験のない彼は何が始まるのか鼓動が高まり動揺していた。
「私のことをどう思う?」
「強くて憧れる騎士です」
「ふーん、貴方は私よりも強くないの?」
カミラの戦績は少年によって数万匹の魔物を撃退したことになっている。
手の届かない空にある雲ぐらい離れている。
「はい、自分はまだまだ赤子みたいなものです。
先程も何も出来ず仲間を失いました」
「……つまらない男」
フィーリッツは悔しさに涙を零す。
「強い鎧にさえ乗っていればあんな雑魚には負けはしなかった」
負け惜しみだと解っている。
考えの甘さと油断が招いたことだ。
「そう、私の鎧と交換しましょう。
最新の鎧で他とは比べ物にならない程の力を持っているわ。
それが有れば貴方でも活躍できる」
カミラは首に下げていた鍵を彼に渡した。
本来は鎧は契約を結び独占するものだが、少年は兵器だから共有出来るようしたのだ。
フィーリッツは直ぐに部屋を出た。
カミラの側にいると自分がちっぽけに思えて苦しくなった。
もう言い訳は出来ない。
彼は弐式に乗り込み魔物に向かっていった。
カミラは彼が乗っていた戦乙女に乗り込む。
少年が使って幾度も戦いを切り抜けた鎧だ。
「ううっ……、何か大切なことを思い出せそうなのに……。
ああっ……」
足に木箱が当たる。
「まだ置いてあったのね。
領主様がくれた……、えっあっ?」
カミラは箱の中身を確かめる。
ワルワラが書いた手紙が入っている。
「これは……ああっあぁぁ」
何故かそれを見るだけで涙が溢れてきた。
書いてある内容はただの感謝だ。
急激な吐き気と頭痛に襲われる。
カミラはそれを放り投げ捨てた。
「はぁ……、なんであんな嫌な気分になるの」
掛けられた本人は其れに気づかず触れたくない記憶として心に刻まれていく。
嫌な気分を振り払おうとカミラは出撃した。
戦いの中なら自分を高揚させ気分を高ぶらせることが出来る。
木々を押し倒し進む1つ目の巨体サイクロプスが目に入る。
「数十匹ぐらい用意しないと私は満足は出来ないわ。
……ふふふ」
カミラは笑い、突進させた。
サイクロプスは動くものに対して反応する。
近くにあった木を引っこ抜き迫りくる戦乙女鎧に投げつける。
戦乙女鎧は盾で其れを反らし勢いを乗せた鋭い突撃槍を突き出す。
サイクロプスは攻撃を手で受けようとしたが貫通し目に突き刺さった。
たった一撃で絶叫し巨体が倒れる。
戦乙女は槍を掴み引き抜く。
「さて、私の相手をしてくれるのは誰?」
空が曇り、稲光が辺りを照らす。
ぽつぽつと雨が振り始めやがて土砂降りにかわる。
雨の中、戦乙女鎧は舞った。
次から次へと魔物を串刺しに投げ飛ばす。
恐れを知らぬトロールですら後ずさりする程の狂気があった。
魔物は避けるように戦乙女鎧の通る道を開ける。
雨が降ったことで作戦は失敗となる。
火を放っても燃え移らず消えてしまうからだ。
追い打ちを掛けるように飛竜が街に迫っている。
「うあああぁぁ……」
カミラは叫び苦しみから逃れようしていた。
そんな姿を見ていたフィーリッツはそっと彼女に近づいた。
「作戦は失敗です、撤退して時間を稼ぎましょう」
「私の事は放っておいて……。
この戦いで負ければ全てを失うのよ」
「無理をしているのは解ります。
鎧が悲鳴を上げています」
戦乙女鎧の手足に亀裂が入り、至る所が歪んでいる。
「悲鳴を上げているのは私の方よ。
どうしてこんなにむしゃくしゃするの!」
「カミラ様、今日は変です。
何か有ったのですか?
もし宜しければ聞きます」
「……解らない。
何か思い出せないけど、嫌な気分になる」
「何時ものように領主様に甘えては如何でしょう?」
「はぁ? 私が何時、甘えたって言うの?」
「皆知っています。
貴方が領主様と甘え声で枕を抱いていたことも」
カミラは恥ずかしさの余り顔を真赤にする。
「そ、そんなこと言ってません。
誰があんな男……」
「領主様の代わりには成れないですが、俺で良ければ……」
フィーリッツは軽い冗談で言ったつもりだ。
カミラは冗談が通じるような女ではない。
「私が狩った魔物の数より少ない男には興味はないわ。
258匹以上よ頑張りなさい」
戦乙女鎧は持っていた槍を弐式に渡す。
「剣なら予備もあるんだけど……。
やってやる!」
フィーリッツは気合を入れ魔物に挑んだ。
殴り合いと言ったほうが良い戦いを繰り広げる。
トロールの棍棒を避けずに受け、反撃の槍を突き刺した。
弐式の強固な装甲でもトロールの一撃は重く歪みを生じさせた。
それでも戦意を失われない。
敵を倒すことだけを考え確実に仕留めていった。
動けなくなるまで戦い彼が仕留めた数は二百と少しだった。
砦に戻って来た彼をカミラは抱きつき迎えた。
「鎧の守りに頼りすぎよ。
これで私達の敗北は確定したわ。
もう戦える鎧は残っていないの」
「カミラ様があの鎧を使っていれば……。
俺なんかが夢見たばかりに」
「私は孤独に死ぬのは嫌よ。
最後の時は愛する者に抱かれて死にたい」
二人は抱き締め合う。
お互いの体の震えを感じ死を目の前にした恐怖を抑えることは出来ない。
サイクロプスが投げた岩が見張り塔に直撃し崩れる。
次々と岩が飛来し衝撃が走る。
崩れ行く砦の中、二人は見つめう。
もしこの状況が覆るなら、それは奇跡だろう。
運にすべてを掛けた少年がやって来る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。