第17話 回る回る歯車が行くよって、其れ違う。

 大地を爆走する巨大な歯車がある。

 ドワーフの技術を駆使し造られた高速移動型鎧だ。

「領主様、考案の二輪車です。

どうですか、実に素晴らしい動きでしょう」

 鎧技師ケルスティンは誇らしげに言っているが少年の期待したものではない。

 少年はバイクのような乗り物を考えていた。

 車輪を縦に並べず、横に並べたのがこの巨大歯車鎧キャニオンギアだ。

 歯車は正面から見るとハの字のように傾いている。

 真ん中にメイド鎧を搭載できるほどの空間があり乗せてある。

 少年達を乗せ領地を目指し進んでいる。

「相変わらず良い鎧だ」

 少年は呆れを通り越し心が虚空な気持ちで言っている。

 

 戻る予定を既に一週間も遅れていた。

 フェンリルを撃退したことでドワーフ王が少年に会いたいと引き止めた。

 ドワーフの感謝は祭騒ぎで延々と歌と飲み食いが行われたのである。

 少年は初めは大人しくしていたが、数日が立つと逃げだした。

 そして、今に至る。


 メイド長リザラズは少年の背後に立ち軽く体を当て抱きしめる。

「良かったのでしょうか?

ドワーフの宴から抜け出すのは失礼ですよ」

「いや、其れよりカミラみたいなことはしないでくれ」

「この度の働きに対して望みを一つ叶えて欲しい。

それは私を騎士として扱って欲しい」

「構わないが、メイド長は誰に任せるんだ?」

「カミラ様がお似合いかと……、あっ失礼を。

信頼できる者に託す予定です」

「側に仕えるのは、小柄で余り怖くない男にしてくれ」

「それはどういう希望なのですか?

まさかそっちの趣味が!」

「おっさんにジロジロ見られるのは嫌だ。

君みたいに馴れ馴れしい女に触られるのは嫌なんだ」

「領主様はもう少しこういう事にも慣れて頂かないと……」

「もう少し礼節のある女だと思っていたが、

その変わりようは何だ?」

 少年は彼女の手を退け振り返る。

 首筋の蛇の痣に目が留まった。

「この痣は?」

「それはフェンリルを撃退した時に受けた呪いです。

魔法の発展したエルフの国なら解けるかも知れません」

「その呪いの影響か?」

「この呪いは数年掛けて首を締め殺します。

ですから早めに子を作りたいと……」

「ドラゴンを撃退したらエルフの国へ行ってみたいな。

新しい発見があるかも知れない」

 

 




 天が暗く染まり、時折青く輝き雷音を轟かせた。

 滝のような雨の中を飛竜が飛んでくる。

「ドラゴンだ!」

 街に敵を知らせる鐘が鳴り響く。

 工場の庭が割れ、鋼鉄の梯子が天に伸びる。

 雷が其れに当たり燃え上がる。

 鎧技師達は慌てふためいた。

「工場長、大変です。

加速梯子カタパルトに落雷が落ちました」

 工場長として貫禄が出始めたおっさんのステンは落ち着いた様子で湯をすする。

「動じず状況を確認しなさい」

 直ぐに火は消え、少し焦げ目がついた程度で損傷はない。

「点検終わりました。

全て問題は有りません」

「よろしい、では竜型鎧の発射を準備に取り掛かって下さい」


 竜型鎧は自力では空を飛べないが加速梯子を使い打ち上げることで滑空し飛行できる。

 火は吐かないが口から円月輪を飛ばす事ができる。

 翼に付いた刃と足の爪、尻尾についた剣が武装と成る。

 前足は重量の関係で存在しない。

 飛竜よりもワイバーンに近い形状をしている。


「この鎧に良く乗ろうという気になりましたね」

 騎士ティルラは笑みを浮かべた。

「お母様が言ってました。

恐ろしいと思うことは挑戦しなさい。

それは新しいことですと」

「他の鎧と大きく違う、練習をせずにぶっつけ本番になったのは怖い」

「それでも戦えるのはこの鎧だけです」

 ティルラは少年と変わらないぐらいの少女だ。

 それでも勇敢さなら大人にも負けない。


 竜鎧は頭部と胸の二箇所に操縦席がある。

 ティルラは胸の方に乗り込んだ。

「気になっているのですが、どうして頭部にも操縦席があるのですか?」

「それは骨竜鎧の名残で、その残骸を修復したのがこの鎧です」

 竜鎧は加速梯子に足を乗せ、翼を閉ざし打ち上げ姿勢をとった。


 赤い旗を持った技師が旗を上げる。

 其れが振り下ろされた時、竜鎧は天高く舞い上がった。

 ティルラの体は急激な加速による重力を受けたかと思うと、急に軽くなる。

 そのタイミングで翼を開いた。

 竜鎧は空を飛んだのだ。

 青空が広がり、下に黒い雷雲が見える。

「雲よりも高い……これがドラゴンが見ている世界」

 雲から飛竜達が上がって出てくる。

 竜鎧を敵と認識したらしく口を開くと火の球を吐き出す。

 それが顔に直撃するがびくともしない。

「私からの贈り物よ。

さあ遠慮なく受け取りなさい!」

 無数の円月輪が飛竜達に向かって飛んでいく。

 飛竜達は羽ばたき更に高く飛び躱す。

 円月輪は弧を描き戻ってくると飛竜の背後から翼を切り裂いた。


 それが竜鎧の戦果である。

「やったわ、さあどんどん撃ち落としてあげる」

 飛竜達は降下し雲に隠れ見えない。

 竜鎧は旋回しつつ高度を下げていた。

 やがて雲に触れると、数匹の飛竜が背後から竜鎧に体当りした。

 衝撃が走るが其れぐらいで壊れるほど軟な鎧ではない。

「尻尾の剣で……」

 尻尾を降っても飛竜には当たらない。

 飛竜は並走すように飛び火槍の魔法を放った。

 避ける事もできず一方的に攻撃を受け続ける。

 翼に穴が空き、高度も下がっていく。

 幾度の攻撃に耐えれず翼が折れる。


 竜鎧は一瞬バランスが崩れ地面へと滑り込む、大地を削り長い線を刻み止まった。

 ティルラは気を失っていた。


 飛竜達は雷から魔気を得るために雷雲の中を飛び回っている。

 雷雨だったことが彼女を助けることとなった。

 直ぐに街から救助隊が駆けつけ、竜鎧を回収できた。


 恵みの雨も大地に伸びる光の柱によって終わりを告げる。



 大地を揺らし爆走する巨大な鋼鉄の輪が街にたどり着く。

「遅くなったな。

竜鎧は完成しているか?」

 少年は目の前の傷ついた竜鎧の前に立つ。

「後半日あれば飛行可能な状態に修復できます」

「これぐらいの損傷は想定内だ、予備の翼を持ってきている。

付け替えるだけならどれぐらい掛かる?」

「それは直ぐに終わらせます」


 少年は竜鎧の頭部に乗り込む。

 後ろの席にはリザラズが座る。

「そこはケルスティンの席だ」

「私も空に憧れがあります。

短い命ですからわがままをお許し下さい」

「この鎧は余り活躍できずに落とされたらしい」

「落ちる所を見ていました。

一方的に攻撃されていたようです。

背に取り付かれると攻撃手段が無いのですね」

「基本的に正面からしか攻撃できない。

だから後ろを取ったほうが勝つ」

 

 飛竜は上空を旋回し様子を見ている。

 攻撃してこない理由は解らないが、それは少年達にとっては幸運だった。

「準備はいいかい。

空の戦いは久しぶりだから荒れるかもな」

「領主様は空で戦ったことがあるのですか?」

「まあ、色々と経験している」

 少年の見た目は小柄で愛らしいが中の魂はゲーム廃人だ。

 

 会話の最中に竜鎧が天高く打ち上げられた。

 飛竜の群れを越え上空に到達するが羽を開くこと無く落下し始める。

「さーて、狩りの時間だ」

 少年は一匹に狙いを定め真上から襲いかかった。

 急降下する竜鎧は飛竜の首を狙い刃の付いた翼を開く、勢いそのままに刃が首を切り落とした。

 その後も落下を続ける。

「領主様落ちています!」

「ああ、落ちている。

こうしてみると街はまだまだスカスカだな」

「これが最後に見る光景ですか」

 竜鎧は翼を開き一気に上昇する。

 位置エネルギーを利用した上昇だけではない、少年の無意識が魔法となり推進力を与えていた。

 竜鎧は羽ばたき生きているように飛んだのだ。

 上に見える飛竜に向かって円月輪を飛ばす。

 下からでは死角になり回避することもなく直撃する。


 竜鎧は再び飛竜より上を取る。

 飛竜達は旋回を止め竜鎧に向かって飛んだ。

 少年はあえて並走するように飛ぶ。

 さっきリザラズが見た光景と同じだ。

「これでは先程と同じ結末を……」

「それがそうでもない。

相手よりも後ろを取りさえすれば勝つんだ」

 竜鎧は少し左右に揺れたかと思うと、横向きに宙返りし飛竜の後ろへ回った。

 背後を取れば狙い撃ちにするだけだ。

 飛竜の首が飛び落下していく。

「どうして後ろに回ったんです?」

「同じ速度で進んでいるなら、横に移動した分遠回りしている。

だから後ろへ下がった」

「領主様の事は調べてあります。

魔道士の家に生まれ育ち特に目立った行動を初めたのが、

魔王軍の侵攻の際カミラ様と出会ってから……」

「魔道士って結局何をする仕事なんだ。

俺の母親は何処に居るんだ?」

「魔道士は魔法を専門にして鎧技師の手伝い等を行う事があります。

領主様の母君は王宮魔道士として王城で暮らしています」

「そんな偉い人だったんだな」

「いえ、貴方が領主になられた際に人質として……」

「何か贈り物でも持っていかないとな」

 好感度を上げると言えば贈り物だ。

 一度にケーキ100個渡すと一気に好感度最大になったりするアレだ。

 明らかに食べきれない量で困る量だがゲームだから関係ない。

 与えたらそれで見返りがある。


 雑談を初めた二人だったが戦いは続いている。

 飛竜は大きく旋回するしか反転出来ないが、竜鎧は前に宙返りし体を回転させることで反転できる。

 敵の正面上を取ることで有利に戦えた。

 竜鎧の翼は緑の粒子状の光を放っている。

 最も硬いあの金属を使用しているのだ。

 体当たりなら竜鎧の方が勝つ、翼の形をした刃を付けているのだから当然だ。


 飛竜が魔法を操り火槍を放っても、少年なら軽く避けた。

 翼を閉じ当たる面積を小さくし落下速度も加わり狙いが外れるのである。

「数が多いな、もう弾切れだ」

 円月輪は結構重く、数に限りがある。

 戻ってきて使えると言うことはなくほぼ使い捨てとなってる。

「どのように戦うのですか?」

「それは勿論帰還する」

 竜鎧は上昇し頂点に達すると落下を初めた。

 翼を畳み一気に落ちるのだ。

 飛竜も竜鎧を追って上昇していたが落下を真似することはなく羽ばたかせ上空で留まった。


 少年は魔気を集め杭を作り出したが、其れを飛ばす為の魔法を知らない。

「ドラゴンはどうやって火の槍を作り出して飛ばしたんだ?」

「領主様なら彼らの気持ちになって考えれば出来るのでは無いでしょうか?」

「魔物の気持ちなんか解らない。

あれに考えがあるとしたら悪意だけだ」

 製作者が敵として配置した物だ。

 それは敵意をもってプレイヤーの妨害をする役割しか無い。

「そうでしょうか……」

「魔物にも家族が居て、平穏を守るために戦っているとでも?」

「いえ違います」

 落下中は無重力である。

 丸くなった水滴が空中を漂い少年の頬に当たる。

「泣いているのか?」

 リザラズは呪いの影響を受け、飛竜の苦しみを見せられ苦悩していた。

 敵意ある呪いが真実を見せることはない。

 罪悪感を植え付け戦意を削いでいるだけに過ぎない。

 飛竜が死ぬたびにそれは増して行った。

「……少し苦しくて」


 地上に近づくと竜鎧が翼を開く、足の爪で加速梯子を掴む。

 火花を散らし滑るように加速梯子を降りる。

「円月輪を積んで打ち上げてくれ!」

 竜鎧の首が観音開き円月輪の束を入れる。

 直ぐに補充は終わる。

 

 少年はリザラズに声を掛ける。

「降りるか?」

「いえ……、こんな体験は二度とないことです。

しっかりと目に焼き付けておきたいです」

 竜鎧が打ち上げられる。

 直ぐに翼を開き上空から飛来する燃え盛る岩を回避し尻尾の剣でそれを切り裂いた。

「メテオを使ったのか」

 砕けた岩が街に降り注いだが対ドラゴン用に耐火煉瓦で固めてあり被害は少ない。

 少年は街上空から離れ森を目指す。

 飛竜はそれを追って、隕石の魔法を放つ。

 狙いなど定められる魔法ではない。

 無数の燃え上がる岩が低空飛行する竜鎧目掛けて飛んでくる。


 大地をえぐり爆発する。

 跳ね上がった土、砂埃が行手の視界を遮る。

「頼む飛んでくれ!」

 少年の思いは竜鎧の翼を動かした。

 一気に高度を上げる。

 それでも飛竜の居る高さには届かないが射程圏である。

 舞った無数の円月輪が飛竜の首をはねた。


 最も大きい飛竜、エルダードラゴンが一気に下降し竜鎧の背後から翼を鷲掴みにした。

 エルダードラゴンはそのまま力任せに飛び上がりもっと飛べる限界まで上昇する。

 そこから急速に落下を初めた。

 竜鎧が翼を開いても落下は止められない。

「そうかチキンレースをしたいんだな。

良いだろう一気に落ちよう!」

 雄の鷹が縄張り争いを行う時、お互いの足を掴み落下し度胸試しをする。

 早く逃げたほうが負けだ。

 迫りくる地面、どのぐらいまでが限界か見極め離脱しなくてはならない。


 少年はこれまでの記憶を頼りに秒読みを初めた。

 残り2秒という所でエルダードラゴンは竜鎧を離し翼を広げた。

「勝った!

今だ行けぇぇぇ!」

 竜鎧は翼を開く、それでも落下は止まらない。

 地面すれすれ、極わずか脚部をかする。

 位置エネルギーを蓄えた竜鎧は高速で進み浮き上がる。

 上空を飛ぶエルダードラゴンを捉えた。

 

 真下から急速に迫る竜鎧は死角となり見えずエルダードラゴンは状況もわからないまま首が飛んだ。

 

 エルダードラゴンが死んだ事で飛竜は快走する。

「先程、砦が見えました。

かなり損傷しているようです」

「じゃあ助けに行くか」

「……この鎧で戦えるのでしょうか?」

「これは対空用だ。

森は木が邪魔で飛べない」

「ではどのように?」

「決まっているだろう。

白兵戦だ」

 少年はサイクロプスを見つけると、其れに目掛けて落下する。

 足を前にし鷲掴みに押し倒す。

 サイクロプスは倒れ踏み潰された。

「良いクッションになったな、さて降りて戦うぞ!」

 少年は杭をリザラズに渡す。

 自分は剣を抜き竜鎧を降りる。


 辺りは砂埃で見えづらいがオークがウロウロしている。

 少年はその位置を降りる時に見ていた。

 オークの背後から剣を突き刺し気付かれないように立ち回る。


 いくら少年でも多数を一度に相手にして勝つことは出来ない。

 出来るだけ最小限の動きで敵を倒し砦に向かった。


 砦は陥落寸前であった。

 カミラとフィーリッツは砦奥の部屋で最後の誓いを行っていた。

 お互いの胸にナイフを向ける。

「死後も永遠に結ばれることを……」

 扉が開く。

 二人は力を込めた。

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