第30話 魔法の種類ってどう区別するの?

 王国首都より北の位置に街ベレンギべがある。

 そこに月の女神を祀る大神殿があった。

 神聖都市として栄え、女神信者の聖地となっている。


 アデーレは大神官の前に跪いていた。

 大神官は老い髪は白くヒゲを伸ばし、金の刺繍の入った白い衣を着ている。

 穏やかな顔をしたしわくちゃな爺さんだ。

「月の女神様は慈悲深いお方です。

貴方の行いを咎めることはないでしょう。

ですが、我々の中には戦に女神を持ち出す事を嫌う者もいます」

「はい」

「しかし、一度作り上げた女神を壊すのも不信を買う事になります。

兵器としてではなく、中を埋めて像にすることで丸く収まる。

そうは思いませんか?」

 大神官の他にも数名が見ている。

 アデーレはその一人を選び言う。

「そこにいる彼女に女神の衣装を着せれば、

彼女は女神と祭り上げられるのですか?」

「いいえ」

「では、あの鎧を女神と称するのは間違いです。

私の妻を模したもので、彼女に喜んで貰おうと女神の衣装を着せだけに過ぎません」

 無茶な言い分だが大体は本当のことだ。

「女神に作り変えたと言うのはないと?」

「はい、そうです」

「月の女神は戦いの神ではない事をお忘れなく」

 アデーレはたっぷり大金を搾り取られる事になる。

 古くなった神殿の修復など、様々な貢献をすることで偽りのない事の証明としたのである。


 

 特に生産するわけでもなく祈りを捧げるだけの集団に資金をつぎ込むのは勿体ないとアデーレは思っていた。

 メイドのリザラズと二人きりになると本音がこぼれた。

「はぁ……、まだ貴族の方が街の発展に役立つ使いみちをしていた。

あの祈りを捧げるだけの場所を綺麗にしたところで何の役に立つんだ?」

「人々の安らぎを与えます」

「祈るだけで魔物から身を守れるなら、

街の防壁を壊して祈っていればいい」

「そのような事を余り口にしないほうがいいです。

誰が聞いているか解りませんよ」

 アデーレは次の日、後悔することになった。

 

 大神官に呼び出されたのだ。

「何か心に闇をお持ちのようですね。

光をともして差し上げましょう」

 アデーレは長々と祈りの言葉を読まされた。

 それは作業みたいなもので心には響かない。

 嫌気が差しアデーレは呟く。

「女神様にあってみたいな……」

「それは良い心がけです。

さあこちらへ」


 神殿の奥に円形の部屋があり、床に幾重にも重なった円の魔法陣が描かれていた。

 大神官が中央に立ち祈りを捧げると魔法陣が輝く。

「さあ、この魔方陣の上にお乗り下さい」

「いいのか?」

「会いたいのではないのですか?」


 従うと一瞬で風景が変わり。

 霧のようなものに覆われた真っ白な世界が広がっていた。

「転送魔法なのか?」

「ここは精神世界と呼ばれることもあります。

我々は天界と呼んでいます」

 同じ場所に居ながら別の世界へ移動すると言うもので、場所を移動する転送とは厳密には違う。

 

 神殿のような大理石の柱が並び道を示している。

 そこを進むと黄金の椅子に腰掛けている女がいた。

 どことなくワルワラに似ているが、決定的に違うのは背に白い翼が生えていることだ。

「この姿に驚いているようね。

私には実体は存在せずどんな姿でもない。

最も魅力的に感じる者に見えるらしいけど」

「本当に女神様が居るんですね」

「私を疑う人間が居るなんて、

貴方は何者ですか?」

「えっ?

俺は俺です」

 女神はアデーレの顔に触れ笑みを零す。

「二つの魂を貴方から感じます。

こんな特別な者に出会ったのは初めてです」

「えっと……、サラマンダーと契約を……」

「それは違う、貴方からその気配はしない。

私と結ぶなら神秘の力を得られます」

 アデーレは怖さを嗅ぎ取る。

 何か不味い事が起きるような気がしたのだ。

「人間に味方する理由を聞かせてくれないか?」

「共により良い世界を作るためです。

私が実体を持てば、貴方の意のままに世界を作り変えてあげる」

 女神の言うことが事実だったとすれば望むままに好きに出来ると言うことだ。

 だが、それは実につまらない事はアデーレはよく知っている。


 チートと呼ばれる不正行為で勝利を誰でも手軽に手に入れることができる。

 勝つことが楽しいなら満足出来るかも知れないが、過程を含め勝ちに至るまでの道のりも楽しむ彼に取っては楽しみを短くするだけである。

「思い通りにならないから面白いんだろう」

 女神は笑い、アデーレの額に口づけをする。

「これは祝福です。

貴方は魔王と戦う運命にあるようね」

「どういう意味だ?」

「肉体には魔気を受け入れる限界があって、それを祝福によって数倍耐えられるようにしたの。

ある程度の奇跡を起こす程の魔法を扱える様になっている」

 魔物に命を奪われれば魔物化する。

 アデーレがもし、魔物化すれば凶悪な存在となり劣勢な魔王軍が逆転できる。

 命を狙う価値が高まったと言うことだ。

「余計なことを……」

「安心して、貴方には聖女をつけて守らせる。

もし命が惜しいなら聖女に命乞いをしなさい」

「そんな真似できない」


 大神官の意識は無く、女神が軽く彼の額に指で円を書く。

 女神にとって都合の良い記憶を植え付けたのだ。


 空間が揺らぎ強制的に現実世界へ戻されアデーレは倒れた。




 アデーレが気がつくとベットで寝ていた。

 傍で見守る見知らぬ女がいる。

 真っ直ぐな膝丈の水色髪で少し幼さが残る顔つきをしていた。

 神官なのか白い衣に女神のペンダントを付けている。

「領主様、私はイングリートです。

聖女として選ばれて毎日祈りを捧げています」

「水色の髪……」

「人魚の血を引いている伝説があって、

とても珍しいですよね」

「人魚族なのか?」

「いいえ、水人族ウンディーネと呼ばれています。

私達は女しか生まれず水人族は他の種としか結ばれないんですよ」

 聞いてもない話を突然言い出すのには意図がある。

 アデーレは頭を抑える。

「すこし頭痛が、暫く一人にしてくれないか?」

「えっ、それは大変です。

異空間断裂症候群の症状ですよ。

あわわ……、早く治療をしないと……」

「何だそれは?」

「よく知りませんが大変な事です。

女神様、祝福を」

 イングリートは両手を組み祈りを捧げると、髪が白く輝きふわりと浮かぶ。

 彼女はアデーレの額に手を触れた。

 癒やしの手と呼ばれる魔法で、触れる事で身体を回復させる効果がある。

 心地よい気分になりアデーレは眠ってしまった。



 再び目を覚ますと彼女はアデーレの服を脱がせている所だった。

「うわああぁぁ……、何をしているんだ?」

「体を拭いたほうが良いかと思いまして」

「待ってくれ俺はもう大丈夫だ」

「本当ですか?

手を上げてみて下さい」

 アデーレは体が動かないことに気づく。

「……何をしたんだ?」

「服を脱がせている所です。

動けるように成るまでは暫く掛かりますよ」

「体が動かない理由を知りたい」

「天界から戻ってくると、稀に力が入らずに動けなく人が居ます。

ですのでこうして看病しているのです」

「……良くある事なのか?」

「稀にあります。

慣れない場所に行った事で体の感覚が狂うのでしょうか。

そういった症状を出した者は後に能力を開花させる事が多いです」

「ふーん」

「領主様も新たな力に目覚めるのかも知れませんね」

 女神に祝福を貰った事をアデーレは思い出す。

 それが体に影響しているのかも知れない。

「着替えはメイドに任せている。

君に頼るつもりはない」

「女神様からのお告げで、貴方の身の回りの世話をするようにと念を押されています」

 アデーレは彼女に身を任せるしかない。

 体を起こすために背後にまわり脇から手を回し引き上げる。

 服を挟んで柔らかい胸の膨らみを感じる。

「無理に起こさなくても……」

「服を脱がせるためです」

「背に当たっている」

「ごめんなさい、気が付かなくて。

ベンダントが当たって痛かったのね」

 

 アデーレは違うと言いたかったが、もう諦め黙ることにした。

 彼女は上着を剥ぎ取り、背から濡れた布で拭いていく。

「良い体つきですね。

とても素敵です」

「まあ、貴族の嗜みと言って剣の稽古とか随分したな」

 アデーレはそこそこ強く並の兵士では3人でも勝てない。

 少し体力の無さが傷で持久戦になるとへばってしまう。


「数多くの戦いを勝利に導いてきたと噂を聞いてます。

あの白ワニを撃退したのは本当なのですか?」

「仲間の力があったから何とか倒せた。

俺一人だと無理なことばかりだ」

「白ワニは私の家族を襲った化け物です。

仇をとってくださった貴方に出会えるなんて運命的です」


 アデーレは変なフラグが立ちそうな気配を感じ話題を強制的に変えた。

「一つ気になっていたんだが、

神官の使う魔法と魔道士の魔法は何が違うんだ?」

「神聖魔法は、普段から神様に魔気を預けて蓄えておきます。

それを使って魔法を使うので、他の魔法よりも遥かに強い力を持ちます」

「物質化して魔気を蓄える事もできるだろう?

それに意味があるのか」

「魔法の使えない者でも魔気を預ける事ができるので、

常に膨大な力が蓄えられているのです」

 月の女神教が信者を多く集める理由の一つなのだろう。

「そんなに魔気を集めて何をするんだ?」

「様々な奇跡を起こすことが出来ます。

瀕死の傷でも癒やせます」

「死者を生き返らせる事は出来るのか?」

 ゲームなら死者蘇生は一般的な魔法で容易く使える場合が多い。

 そういった道具は、この世界に来て出会っては居ないがもしかするとあるかも知れないと言う期待から聞いたのだ。

「それは不可能です。

転生させる事は出来るようで生前の記憶を持った子が生まれることがあります」

「転生は嫌だな。

また人生をやり直しても、前の記憶が邪魔することになる」

 ゲームなら同じ時間に戻るが、転生は進んだ時間で肉体だけが若返るのだ。

 記憶を持っていても時代おくれとなって役に立たないかも知れない。

「そうですね。

私も一度きりの人生を楽しみたいです」


「外をみたいな車椅子は……」

「えっと、それは何でしょうか?

初めて聞くので私には解りません」

「いや何でもない」

 些細な滅多に使わない言葉が異世界言葉レッドワードとして引っかかる事があるのだ。

「気になります。

教えてくれませんか?」

「車輪が付いた椅子で、歩けなくても押してもらうことで移動できるんだ」

「そんな物があるのですね。

それが有れば寝たきりの人達を連れていけますね」

「寝たきりになったら嫌だな」

 転生前はゲームで遊べるからと特に不満は感じなかったが、この世界は動けないと辛い。

 イングリートはアデーレの手を動かす。

「何をしているんだ?」

「体を動かしたほうが早く元に戻りますので、

こうして動かして感覚が戻るようにしているのです」

 暫く身を任せていると変な姿勢を取らされたりしていることに気づく。

「うーん、君は遊んでる?」

「そんなつもりはないです」


 数日が過ぎると体は少しずつ動くようになった。

 肩に手を掛けて助けてもらえれば歩ける程度に回復した。

「今日も散歩しますか?」

「ああ、頼む」

 アデーレは彼女の肩を借り立ち上がる。

 これがワルワラなら甘い香りがするのだが、彼女はそういった物は付けていない。

 少し汗臭い匂し差をどうしても感じてしまう。


 いつものように庭を周り、礼拝堂に入り祈りを捧げる。

「ここに慣れましたか?」

「すっかり女神様に惚れた。

ああ、なんて美しいんだろう」

「奥さんに似ているからですか?」

「それもある」

「一つお願いがあります。

私を魔王軍との戦いに連れて行って下さい」

「それは出来ない。

君はここで祈りを捧げるのが務めだろう?」

「いいえ、私は聖女です。

傷ついた兵士を癒やす事もできます」

 アデーレは騎士団の改革を行って、衛生兵を追加している。

 エルフから得た傷薬を使った治療を行える兵士である。

 余り役に立たないのが実情だ。

 鎧での戦闘は激しく、それで負傷するとほぼ重症である。

 それはエルフの傷薬でも再生不可能なのである。

「あまりの光景に驚く事になる。

俺は思い出しただけでもぞっとした」

「お願いです。

貴方に付いて行く為なら何でもします」

「月の女神は慈悲深くて、戦いを好まないんじゃなかったのか?」

「魔物はべつです。

彼らは世界の法則から外れた存在で滅ぼさなければなりません」

「君の復讐というわけか?」

「違うと言っても信じないでしょう。

でから呼んでおきました」

 アデーレの前に数人の神殿騎士が並ぶ。

 甲冑を身に着け、三日月が付いた錫杖を持っている。

「我々は神殿騎士です。

聖女様と共に戦う事を誓います」

「彼らには守護鎧が有りません。

どうかお与え下さい」

 アデーレは女神を好きには成れない。

 胡散臭さを感じていた。

「鎧を与える条件の一つに騎士団に所属すること。

団長の命令には絶対に従うこと」

「我々は聖女様に従います」

「解った。

イングリートを団長に任命する」

 イングリートは驚きの声をあげた。

「えっえぇぇ?

私が騎士団長になるのですか」

「嫌ならこの話は無しだ」

「やりますが、補佐は付けて下さい。

それから私は戦えませんよ」

「束ねて指示を出してくれれば良いだけだ。

彼らに女神様のお告げを伝えれば戦いも勝てるだろう?」

「解りましたやります」

 こうして七祈騎士団が誕生する。

 月の女神信者を中心とした集まりである。

 



 月の女神を模した鎧の件は有耶無耶になり、いつの間にか外装が元の純白のドレスに戻されていた。

 それはワルワラの元に届いた。

「あらとても素敵な鎧ね。

私には彼の姿をした鎧を用意してくれるかしら?」

 リザラズは困った顔をして答える。

「私用していると非難の声が強いので、

今は控えた方が良いかと思います」

「私は一人ぼっちなのね」

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