第31話 最初に覚えた魔法が役に立たなく成るって設計ミスだよね
最初に領地としたあの土地はカミラリオンと言う街名となっている。
それはカミラの功績を讃えたからである。
そんな彼女は学園で学びを教えていた。
教室の壁に貼ってあった一枚の紙切れが彼女の目に入る。
カミラ工場の見学案内だ。
「……ああっ、どこもかしこも私の名前を使って、
あー。あの時、領主様が学園名を決めたいと言った時、
冗談で私の名前を使えばと言ったのがそのものも始まりよ」
験担ぎで利用されるが、彼女とは関係ないものが多い。
カミラ工場はアデーレ所有で鎧を融通して貰っているので無関係ではないが……。
教卓にカミラは立つと、兵法を話し始めた。
「戦いは数です。
私達は弱い、だから多数で一匹を倒すのです」
「カミラ様は、一人で数多くの魔物を撃破したと聞きます。
それは嘘なのでしょうか?」
カミラの功績は、ほぼアデーレによるものだ。
アデーレは仮想現実で数万時間を戦ってきたゲーム廃人である。
経験の差があまりにも違いすぎる。
そんなチーターのような者は、この学園には居ない。
「領主様は魔法の天才で常人離れした才能を持っています。
その手助けがあったからこそアレだけの戦果を上げることが出来ました」
「それなら魔法を教わったほうが有益ではないですか?」
生徒達の多くは貴族だ。
初歩的な兵法ぐらいは知っているが、何も知らない平民も混じっている。
全部説明し知識の差を埋める必要があるのだ。
初めは貴族と平民を分けていたが能力の差が余りにも大きくなり平民の脱落が多くなった。
それが噂として広まると志願者が減ってしまう。
なのでごっちゃにして教えることにしたのだ。
明らかに貴族っぽい青年の質問だ。
「秘宝がどうやって作られているか知っていますか?
領主様が暇を持て余した時、なんとなくで作られています」
カミラは秘宝を取り出し生徒に渡す。
秘宝は国の宝とも言える物で、そうそう目にすることはない代物だ。
それが学園には見本として置いてあるのだ。
「凄い魔力ですね。
これは魔道士が数ヶ月掛けて作り上げると聞きました」
「それは一瞬で作られたものです。
貴方達にそれが出来るならその魔法を教えましょう」
「挑戦せずに出来ないというのは愚かです」
「魔気を集め形を作りなさい」
カミラは魔気を送るために生徒の手首を握る。
手に魔気が帯びるが何かが起きることはない。
「解りません。
もっと具体的に教えて下さい」
「好きな形を思い浮かべて、それを望めば現れます」
カミラは窓を開き手をのばす。
砂が手に集まり剣の形へと代わった。
「それは土剣の魔法ですか?」
「私はこれが精一杯、物質変化の魔法よ。
本格的に魔法を学びたいなら魔道士になることね」
槍状に変化させたり盾へと変化させてみせた。
純粋な魔気だけで作り出すのは並の者では難しい。
カミラは本題の兵法を教え始める。
基本的には戦いは数が多いほうが勝つ。
鎧と歩兵十人を組み合わせて戦力百に相当するとされている。
鎧のみの戦力は小回りが効かず、足元に入られ破壊されることが多く戦果をあげられないのだ。
なので歩兵を補助として組み合わせる戦術が主流である。
「平地では横陣が基本で、両翼には機動力の高い騎兵が……」
「囲うように戦うのことぐらい知っています。
魔王軍は基本的にオークやゴブリンの歩兵を主力して、
トロールやサイクロプスと言った巨人兵を使い投石などで戦列を乱そうとしてきます」
「ええ、そうです。
鎧兵は投石から歩兵を守る為に前列で盾を構えます。
接近戦となれば巨人兵を主に敵として戦う事になります」
勝利出来る戦術が出来ると直ぐに魔王軍は戦術を変えて打ち破ってくる。
当然、同じ戦術を多用することは危険である。
時折違った奇策を混ぜ読みを外す事も重要だ。
「気になっているのですが、
手がない四脚の獣姿をした鎧が存在するのです。
盾を持てず守れないではないですか?」
カミラは魔物型の鎧については触れたくないが、聞かれたら答えなければならない。
「それは特殊な鎧なので扱いが難しく遊撃兵が使っています。
戦場を掻き乱し敵を混乱させる役目を持っています」
「竜鎧には乗ってみたいですね」
カミラは顔が真っ青になった。
竜鎧に試しに乗ったのは良いが、落下する怖さに泣いてしまった。
それ以来二度と乗らないと決めたのである。
「あれは勇気がなければ心が削れる。
魔の鎧よ」
授業は基本的に生徒の質問に答える形で進んでいく流れだ。
何も知らない平民では疑問すら沸かない。
聞いて覚えるだけになってしまい、情報を引き出すということがない。
教える側の知識や経験が大切になるが、学ぶ側から教わる事もある。
そう云う関係が絆を生むのだった。
カミラ自身も成長し優れた教師となっていた。
学園生は強制的にニ楽騎士団に配属される。
実戦が行われるのは2年生からで、主力は3年生となっている。
小規模な魔物の巣を撃退するのが主な任務だ。
村の近くにゴブリンが住み着き田畑を荒らし、人々の生活を脅かしていた。
ゴブリンは集団で行動し相手が強いと判断すると逃げる性質がある。
巡回している兵士がやって来た時には居なくなっていた。
名目上はカミラが騎士団長になっているが、指揮を取るのは生徒から選ばれた代理団長である。
有望な青年オイゲネがその役目を与えられていた。
彼は短い金髪で少し表情が冷たく鋭い顔をしている。
冷酷な判断をすると恐れられているが実際は優しい男だ。
「ゴブリンは集団での戦闘が得意で、洞窟に立てこもっているようだ。
我々の鎧は洞窟には入れない。
そこで囮部隊を洞窟前に配備してキャンプを行う」
代理とは言え団長は一番偉い。
誰も作戦に否定する事はなく好意的に受け入れられた。
「それでおびき寄せて殲滅するのですね。
なんて素晴らしい作戦でしょう」
カミラはその状況に危機感を感じ、悪魔の代弁者を潜ませていた。
ライバルであるバールに彼よりも優れた策をだしたら次の団長の地位を約束していたのだ。
バールは銀髪で少し怖い顔つきをした男だ。
印象から悪人に見えるが情が厚く正義感を持っている。
「それでは囮部隊が危険だ。
全員で出口を封鎖し煙で燻せば出てくる筈だ。
そこを狙って倒せばいい」
「ゴブリンは警戒心が強い。
罠があると解って出てくるだろうか?
それに煙が洞窟の中に充満するとは限らない」
「出てこなければ出口を塞ぎ洞窟を潰せばいい」
「それだと洞窟を又掘って出てくるだけで解決にはならない。
戦略は有利な場所でいかに戦うかが重要だ」
「無駄に危険を冒すより、安全に兵を運用するのが騎士の務めだ。
人材を減らすことは国力の低下につながるんだ」
「君の言うことは解らなくもないが、
やはり殲滅するには誘い出すしかない」
二人は口論を続けて、最終的に多数決で作戦が確定する。
バールには初めから勝ち目はない。
皆、隊長に好かれたほうが得だという打算で動いていたからだ。
囮部隊はバールが引き受けることになった。
志願であるが、反抗した者を危険な場所に配置したように見えた。
一緒に囮部隊となった仲間はバールの肩を叩く。
「頑張って、見返してやろうぜ。
皆男ばかりって、やっぱり彼奴は自分の嫌いな奴をここに配置したんだろうな」
バールは鼻で笑う。
「そんな奴じゃない事ぐらい解るだろう。
この任務は危険で力のないものでは命を落とすだけだ」
「まあゴブリンなんかには負けはしないけどな」
ゴブリンの巣は山の麓にあった。
木々が生え隠れる場所は多い、慎重に囮部隊はゴブリンの様子を探る。
洞窟の前に数匹のゴブリンが見張りをしている。
そこから少し離れた草原にテントを張り、野営地を作り始めた。
「目立つように王国の旗を立てよう」
「適当に柵を作り簡単に潰されないようにしないとな」
準備を初めて暫くすると音を聞きつけゴブリンの偵察兵が姿を現す。
バールは待っていたとばかりに弓を構え矢を放つ。
矢は一匹に命中する。
ゴブリンは直ぐに逃げ出し居なくなった。
魔物が現れたことで不安が募り皆は話しを始める。
「待ち伏せ位置は何処だ?」
「ここから南に進んだ所。
山とは反対方向に走ればいい」
「あの森に潜んでいるのか。
ここからだと鎧の姿は見えないな」
「迷彩布を被せてあるらしい。
居なければ俺達は終わる」
バールは黙って聞いていたが、流石に雑談を始めると黙らせた。
「今は作戦中だ。
小さな物音でも聴き逃がせば命取りになる」
日が暮れ青い月が顔を出す。
闇に紛れて奇襲するのがゴブリンの戦い方だ。
ゴブリンは夜目が効く僅かな光でも見えるのだ。
オイゲネの予想とは違い、ゴブリンは大回りし南側から襲撃を行った。
法螺貝の音が鳴り響くと同時に数十のゴブリンが石斧を持ちテントに向かって走った。
バール達は予想外の攻撃に焦った。
動揺が混乱を生み逃げるという選択肢を無くした。
「何で背後に敵がいるんだ?」
武器を手に取り向かってくるゴブリンに正面から挑んだのだ。
バールはハッとなり叫ぶ。
「火を付けて失敗の合図だ!」
石斧よりもバールの持つ騎士剣の方が長い。
乱戦となれば数の多いゴブリンの方が有利だ。
ゴブリンは一斉に飛びかかってくる。
バールは剣を振るうがゴブリンは自らの体で受け止めた。
その一匹によって剣の勢いが無くなった。
生き残ったゴブリンが斧を振るう。
バールは避けようとして尻もちを付いた。
「うわっ……」
殺されるとバールは思った。
必死に剣を振るおうとしたが手が滑り投げ飛ばしてしまう。
ゴブリンは舌なめずりし集まってくる。
優位に立つと舐めきって攻撃が残虐に成る性質を持っている。
石斧を振り上げわざと当てずに地面を殴りつける。
「くっ糞!
舐めやがって」
バールは立ち上がり殴りかかろうとした。
そこを狙いゴブリンは太ももに石斧の一撃をいれ突き刺さる。
「ぐあぁぁ……」
激痛が走り膝を付く。
武器もなく何も出来ずにゴブリンになぶり殺される。
バールは生きる為に過去の記憶から対処法を必死に探していた。
カミラの言葉を思い出す。
バールは地面に手を突き魔法を使った。
大地から槍が生えゴブリンを貫く。
銅鑼の音が響く。
味方の攻撃の合図だ。
ゴブリンは背後から現れた鎧に驚き蜘蛛の子を散らすように逃げる。
オイゲネはゴブリンの殲滅よりも、仲間の救出を選び合図を出したのだ。
獅子の形をした鎧が颯爽と駆ける。
ゴブリンに食らいつき蹴散らす。
「大丈夫か?」
バールは怪我を負ったものの生きていた。
「遅いぞ。
所で良くカミラ団長が、その鎧を許可したな」
「あの団長が許可するわけ無いだろう。
これは無断で持ち出した」
「これは暫くトイレ掃除だな」
「それは任せてくれ」
オイゲネは深追いせずに撤収することにした。
ゴブリンを殲滅する機会を失うことになったが、また策を立て直せばいいだけである。
それが結果的には裏目にでる。
ゴブリンの洞窟にはマンティコアという魔物が住み着いていた。
それは老人のような顔を持ち、体はライオン、背にコウモリのような翼、尻尾がサソリように毒針を持つ。
ゴブリンを使い周辺を調べさせていたに過ぎず。
マンティコアは大した戦力がないことを知ると魔界の扉を開く。
そこからオークやトロールが出てくるのだった。
次の日、オイゲネは正面突破作戦を取ることにした。
全兵力を持ってゴブリンの巣を攻め込み、ゴブリンが洞窟内に逃げた所で魔石を使い爆破するというものだ。
準備をしていると先遣隊が戻ってきて報告を初めた。
「オイゲネ団長、大変です。
ゴブリンが横列を組んでいます」
「どういう事ですか?
確か前日の数は50に満たなかった筈」
「どう見ても200は居ます」
「我々の戦力は鎧が5に歩兵が50だ。
つまり500相当になる」
計算上は倍の戦力とみなせるが、実際の数は敵のほうが多い。
戦場となるのは平原だった。
ゴブリンは横陣を組み準備をしている所だ。
先に集まったのに、まだ整列が出来ておらず手間取っているように見えた。
オイゲネ達は直ぐに横陣を組むが、ゴブリンに囲まれないように横幅を揃えたために厚みがなく薄っぺらいものとなった。
ゴブリン程度なら鎧だけでも勝ち目はある。
オイゲネは鎧を先行させ突撃させた。
その後に歩兵が続く。
戦乙女鎧五式と呼ばる鎧で、甲冑のような物を装着した姿に見える。
操作性が良く、総合的なバランスも安定した鎧である。
ゴブリンにしてみれば戦車が突っ込んでくるようなものだ。
だがそれは罠であった。
地面が崩れ鎧の半身が埋まったのだ。
ゴブリン達は踊り鎧に群がる。
「くっ何だ、こんな罠を仕掛けてくるなんて聞いてない」
鎧が無力化されれば、歩兵の数は50で敵は200である。
4倍の差で負けることは必死だ。
後方で見ていたカミラは笑い叫ぶ。
「戦いは全体の数ではないわ。
一度に戦う相手の数が勝敗を分ける」
カミラは結局、のんびり後方で見ているだけだ。
生徒達は其れを見て相手が弱いと悟ったのだ。
「ゴブリンなんかに負けはしない!」
広く布陣していた配置を狭め集団でゴブリンに襲いかかる。
ゴブリンは鎧を破壊しようと群がり殴っている。
もし鎧を無視して歩兵に戦意が向いていれば歩兵が全滅していただろう。
オイゲネの鎧は穴から抜け出し、体に取り付いているゴブリンを払い落とす。
「ちっ、左目が壊されたか。
ゴブリン共斬り殺してやる」
カミラから魔法による通信が入る。
「味方が居ることを忘れずに。
他の鎧を救出して撤退しなさい」
「何故です」
「第二波が来る。
今度は正規軍、貴方達に勝ち目はない」
カミラの仕事はある程度、生徒に戦闘の経験を積ませることで無駄死にさせることではない。
彼女は引き上げる合図を送り、早々に近くの砦へと戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。