第2話 負けたまま終わるのは嫌でしょう?

 トロール達は家を殴り壊し狭い道を広げていく。

 彼らが通った後は瓦礫の山が残るだけだ。

 

 少年は落ちて来た石の欠片で目を覚ました。

 ろうそくの明かりだけが部屋を照らす。

「ここは?」

 側で心配そうに少年の母が見ている。

「家の地下室よ。

本当にむちゃして心臓が壊れそうなほどに驚いたわ」

「痛たた……」

 少年は偶然近くに居た兵士に拾われた。

 母が少年が迷子になっていると兵士に捜索依頼をしていた為に発見することが出来のだ。

 少年は聞く。

「ここは安全なの?」

「トロールは体が大きくて地下には入って来れないわ」

 少年は母の言葉に引っかかりを感じた。

 トロールじゃない魔物が入ってくる危険性があるということだ。

「ここから出ることは出来る?」

「地下通路は迷路のようになっていて迷うからここに居ることが一番安全なのよ」

 衝撃音がして天井の一部が崩れる。

「壊れる。早く逃げようよ」

「ええ、そうね」

 トロールが暴れ建物が崩れた衝撃が地下に伝わってきているのだ。

 脆い部分はそれに耐えきれず崩壊し始めている。

 出入り口が潰されれば生き埋めとなってしまう。

 地上の状況が解らず逃げ時を失うことにもつながる。

 とても危険な状態である。

 部屋を木で補強して居なければ容易く崩れていただろう。

 それが何処まで持つか解らないが音を立て軋み始めている。

 部屋には扉が向き合う用にある。

 母は右側の扉へ向かう。

「あっちの扉は?」

「下水道に通じているから危険よ。

そこは大きなネズミの魔物が住み着いているの」

 避難用の通路と生活管理施設と別に存在するようだ。

 少年は下水道を通って魔物の一戦交えるのもありだと思ったが手元に武器がない。

「何か身を守るために武器が欲しい」

「武器を持っていると狙われるから何も持たずに逃げたほうが生き残れるの」

 ここは大人しく従ったほうが良いだろう。

「解ったけど布は無い?

凄く汗をかいたみたいでベタベタする」

 母は少年が寝ていた布切れをナイフで切り渡す。

 少年は受け取り軽く拭いて手に巻き付ける。

 落ちている石を手に取りポケットにしまった。


「手を握って離さないようね」

 少年は頷くと母の手を握った。

 汗で濡れ震えているのが伝わってくる。

 緊迫感を出す演出だろうと少年は冷めた目で見ていた。

 通路は狭く一人が通れる程度の広さしかなく少年は母の後ろをついていく。

 等間隔で扉があり地下室と繋がっているようだ。

 これでは幾らでも侵入出来てしまうだろう。

 少年は敵が来る事を予期していた。

 初観殺しで何度殺されたか解らない。

 こういう逃げ場のない場所は特に罠が待ち受けているのが定石みたいなものだ。


 獣のうめき声が響き渡り母は足を止めた。

「前から聞こえた気がするから戻りましょう」

「後ろからだよ」

「本当に?」

「信じて欲しい」

 少年にはどちらか声が聞こえてきたのか解らない。

 ただ戻る事は避けたかった。

 戻った所で何か解決することは何もない。

「解ったわ、急ぎましょう」

 母は少し駆け足で進み始めた。

 こういう時は注意が必要で焦るのはかえって危険だ。

 ろうそくの明かりは弱々しく遠くは見えず足元も見えづらい。

「待って早い、それに歩きにくい」

「もう少しだから頑張って」

 通路は途中いくつも分岐していた。

 母は壁を見て道を選んでいる。

 天井付近に赤い矢印が付いているのだ。

 

 少年は背後からの殺気を感じ取った。

 背に冷たい風があたったかのような感覚だ。

 少年は咄嗟に布に石をくるむ。

 遠心力を利用し打撃を与える凶器となる。

 サバイバルゲーで道具を組み合わせて作れる武器だ。

 手軽に作れる割に威力が高い。

 命中させるのにはコツがいるし外すと自分がダメージを受けるが欠点だが少年は扱いに慣れていた。


 迫りくる灰色の獣は大きく口を開き少年に飛びかかる。

 少年は、その勢いにぶつけるように一撃を獣の額に叩き込む。

 布が石の重みで引っ張らられ重い一撃が決まる。

 鈍い音ともに獣は意識を失い地面に落ちた。

「何が起きたの?」

「布を投げたら壁にぶつかったんだよ」

 少年は冗談で言った。

 もしそうなら面白いと思ったのだ。

「運が良かったのね」

 母はナイフを獣の首に何度も突き刺しトドメをさす。

 獣の皮膚が硬いらしくナイフが突き刺さらなかった為だが少年は目をそらす。

 死体蹴りは見てても気分が良いものではない。

「そこまでする必要はある?」

「魔物は死んだふりをして襲ってくることがあるから油断できないわ。

それはお父さんがよく話してくれたでしょう」

 少年には父の記憶はない。

 唐突に出てくる情報に少年は頷くしか無い。


 暫く歩くと遠くに小さな明かりが見える。

「魔物?」

 少年の声に母はかたずを飲む。

「魔物は明かりを嫌う性質があるけど。

ゴブリンは松明を持って彷徨くことがある」

「ゴブリン?」

「あまり大きくない魔物よ」

 少年はもっと特徴を説明して欲しいと思った。

 良くゴブリンは子供ぐらいの大きさの緑ぽっい人型をしている。

 名前だけで実際の姿は全く違うものかも知れない。

 どんな姿にしても性格は陰湿で残虐だろう。


 壁を金属で叩く音が響く。

 母は同じ用にナイフで壁を叩く。

 もう一度壁を叩く音が返ってきた。

「何の合図?」

「知らないわ、ただゴブリンはそんな賢くはないの」

 光の方へ進んでいくと鎖帷子を着た武装している兵士達が居るのが見えた。

 兵士達は少女を守るように移動していた。

「そこで止まれ何者だ?」

「私は魔道士ロアです」

 少年は初めて母が魔道士だと知った。

 それがどういう存在なのか知らないが兵士達は安心して迎え入れてくれた。

「我々はある貴族の少女を守って脱出をするところです」

「一緒に連れて行って下さい」

 同行することを許され二人は一緒に出口を目指す。

 

 少女はローブに身を包みフードで顔を隠している。

 少年より小柄だ。

「私はワルワラよ。貴方の名前は?」

「えっと……」

 少年は名前が思い出せない。

 ゲームで無意味に認識阻害がかかる場合がある。

 現実の名前を使うと雰囲気が崩れる為らしい。

 少年は思いついた名を言う。

「アデーレ」

「よろしくね」

 ワルワラは少年に抱きつき頬を当てる。

「えっ何だよ」

「どうしたの?

普通の挨拶でしょう」

 少年は抱き合うのは好きな人同士が行うものだと思っていた。

 出会ったばかりの女の子に抱きつかれるなんて驚きしかなかった。

「甘い匂いが……」

「これは毎日、バラの湯に浸かっているのよ」

 少年は体を自動で洗浄される光景が思い浮かび湯に浸かることはない。

 ゲームでも稀に温泉や銭湯が出てくるが良く解らない代物でしかなかった。

 いわゆる古代の遺物でしかない。

「ふーん、すごいんだね」

 ワルワラは少年と手を繋ぎ歩く。

「私達って良いお友達になれる気がするの」

「どうして?」

「アデーレって可愛いから」

「えっと男なんだけど……」

「それは残念ね、男の子の友達は駄目って母が言っているの」

 少年は笑う、結婚から友人関係までAIが全て管理している社会だ。

 ファンタジーをテーマにしたゲームの中でも何者かに管理されているのかと思うと可笑しく思えたのだ。

「じゃあ知り合いだね」


 話し声を耳を立てて聞く黒い毛に覆われた巨大な狼が全力で通路を駆け抜けていた。

 少年は背後から風を感じ振り返る。

「魔物が来る!」

 少年の声に兵士たちが振り返る。

 兵士が剣に手を伸ばそうとした時、魔物が飛びかかった。

 鎖帷子を貫き兵士の肩に鋭い牙が食い込む。

 兵士の悲鳴が響く。

 少年は咄嗟に石を拾うと布に挟み込むようにして投石する。

 普通に投げるよりも遠心力が加わり威力が増す。

 魔物の目に直撃し怯むと噛みが緩み兵士は開放された。

 直ぐに他の兵士達が魔物に剣を突き刺す。

 少年が石をぶつけなくとも魔物は倒せただろう。

 ただ兵士の肩が食いちぎられて命を落としていただろう。

「助かった……」

 母は薬草を出すと何か小声で唱え始めた。

 薬草が青い光となって消滅すると、光は兵士の傷口へと消えていく。

 傷は徐々にふさがり消える。

 髭をはやした強面の兵士が尋ねる。

「どうして魔物が来ると解った?」

「風を感じたんだ」

「そうか。また感じたら教えてくれ」


 その後、幾度の襲撃があったが少年の機転によって無事に済んだ。

 通路を抜け梯子を登り町の外へ出た。

 そこには先遣隊が待っていた。

「ワルワラ様、馬車に乗って下さい」

 用意されていたのは4頭で引っ張る2人乗りの馬車だ。

 少年達は徒歩で逃げることになる。

 ワルワラは首を横にふる。

「民を見捨てて逃げる事はできません。

私はここで待ちます」

「今は自分の身を守ることだけを考えて下さい」

 少年は提案する。

「俺に任せてくれたら、魔物を街から追い出してやるよ」

 母は青ざめ少年に抱きつく。

「ご無礼をお許し下さい。

まだ子供の戯言です」

 兵士は笑い聞く。

「話しだけは聞いていやろう。

どういう作戦があるんだ?」

「あの石像を貸して下さい」

守護鎧ガーディアンは国の宝だ。

それをただの少年に貸す事はできない」

「ここにあるのは5体ですよね。

あれは足が遅くてとても馬の速度にはついて行けない」

「護衛として付いて行くのは騎馬隊で、あれはしんがりを務めることになる」

「あの魔物と戦って生き残れる可能はほぼ無いでしょう?

全滅して壊されるのは確実です。

だから俺が壊しても損害は変わらないですよね?」

「……まあそうだな」

 側で話を聞いていた鋼鉄の鎧をまとった型位の良いおっさんが笑う。

 彼は指揮官で少年の言い分を聞くことにした。

「部下を幾度と救ってくれたと聞いている。

その礼をしなければならないな」

 全くの嘘でワルワラが残ると言い出したのは少年を置いていく事になるからだと察し、その不安を排除をすれば大人しく従うと思ったのだ。

 おっさんは少年の頭を撫でる。

「君の勇気に答えようではないか」

「任せて下さい」


 少年は期待した答えを貰えて笑みをこぼす。

 直ぐに鎧乗りの一人が呼ばれた。

 カミラと言う鎧乗りの中では最年少の女だ。

 少年よりも少し背が高い程度で、肩丈の波打つ金髪で少し目が釣り上がりきつい印象がある。

「隊長、この子をどうして私の守護鎧に乗せるのですか?」

「一番体重が軽くて、乗せるだけの隙間があるだろう。

他の乗り手では少年が乗ると邪魔になる」

「守護鎧は一人乗りです。

重荷を押し付けられるのは勘弁して下さい」

 カミラの言い分は理解できる。

 少年は提案する。

「じゃあ俺が操作するから貸してくれるだけでいい」

「それは出来ない。

操作方法も解らないでしょう?」

「動かしてみせたら良い?」

「どうぞやってみなさい」

 カミラは少年が操作出来るはずがないと高を括っていた。

 守護鎧は誰にでも操作出来るものではなく、ちゃんと契約を結んだものでなければ操作ができないのだ。

 少年は守護鎧に乗り込むと軽く動かし始めた。

 カミラは大きな口を空けて驚いていた。

「ええっ? 隊長あれは何者なのですか?」

「……さあな、ちゃんと保護プロテクトをしたのか?」

「してます。

自分以外に操作は出来ないはずです」

 

 少年は素早く動かし明らかに他の乗り手よりも動きが滑らかで慣れている感じが見て取れた。

「少年、力を示せばリーダーとして認めてやろう」

「全員まとめて相手してやるよ」

 少年の挑発に簡単に乗ってくる。

 四体の守護鎧は少年を囲むように立つ。

 一斉に切りかかってくる。

 少年は咄嗟に盾を構え突進する。

 まずは目の前の相手を狙ったのだ。

 おっさんは呆れ感じで言葉を漏らす。

「愚かな止められて袋叩きになるだけだ。

もしやと思ったが所詮はガキか……」

 少年は盾で剣を受け流し、そのまま斜め前に進み通り抜ける。

 体を回転させ一気に背後を取ったのだ。

 真後ろからの攻撃で一体が倒れた。

 迫っていた残りの三体はそれが障害物となって分断された。

 少年の基本戦術は多数を一度に相手しないことにある。

 各個撃破で確実に仕留めていったのだ。

「連携は良いけど予想出来ない事態に陥ると硬直するする癖があるね。

直ぐに状況判断して動かないとこうなる」

 少年は守護鎧から降りる。

「良いだろう、指揮権を与えよう。

異議があるなら彼より優れていると証明して見せよ」

 カミラは危機感を感じ慌て言う。

「あれは私の守護鎧です。

他のよりも性能が良いと言う証明であって彼の力ではありません」

「余り時間を無駄には出来ない。

一体どうして欲しい?」

「私が操作します。

彼には約束どおりに指揮をとってもらう形でいいです」

「一緒に乗ることになるのだが良いのか?」

「はい、騎士の誇りにかけて約束は守ります」

 

 少年はカミラの背後に抱きつく形で乗ることになった。

「俺に任せてほしいんだけど……」

「これは私の守護鎧、これを奪われたら私は何も残らない。

言ってみれば命そのものとなの」

「解った移動は任せるけど、攻撃ボタンは俺が押すよ」

「……解ったわ。

それで作戦は?」

「包囲殲滅かな?」

「はぁ?」

 カミラは思わず無能と言いそうになった。

「基本的に一人を四人で攻撃する。

俺は揺動して敵を掻き乱して釣り出すから、門の周りで他は待機してて」

「それって一番危険な役割よね?」

「俺は負けたままで終わるのが嫌いなんだ。

だから勝利するためなら何だってするんだ」

 


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