第1話 異世界転生に気づかずゲームだと思っている奴いるよ

 AIの支配する世界である。

 管理された空間に人々は暮らす、揺り籠から棺桶まですべてが用意されている。


 機械によって人々から仕事がなくなった。

 生産性が劣る人間が生み出すものは娯楽だけである。

 いやそれは少数派で殆どは娯楽を消費するだけだ。


 カプセル型の安眠装置に入り眠る。

 脳に直接映像を見せることで擬似的に異世界を体験出来るというものだ。

 隔離された空間から出ることも出来ず直接交流することも出来ない。


 こんな箱の中のような檻に閉じ込められているのかというと、人間は簡単に病気に侵され死ぬからだ。

 それは他に感染させないための処置である。


 ゲームを楽しみながら病に侵され死を迎える。

 そんな悲しい最後を迎えるのが運命の男がいる。


 彼はゲームを起動した。

 脳に大量の電流が流れ息絶えたのだ。

 それは事故である。

 失敗はつきものだが、彼は不幸の中から運良く奇跡を引き当てた。


 精神が電子化することで亜空間を超え遥か遠くの世界へと旅立ったのである。

 彼が気づいた時は姿が幼い少年となっていた。

 魂が遠く離れた世界で結びつき生まれ変わったのだ。

 

 彼がたどり着いた世界は魔物が暴れ人々は怯え暮らしていた。

 街の周りを石の壁で覆い魔物を隔てている。

 安全が約束されている場所らしく人々の暮らしは穏やかで活気にあふれている。

 道を人々が行き交い派手な男が好き勝手に演奏している。

 鐘が鳴らされ叫ぶ男がいる。

「大変だ、大変だ!

5千匹のトロールの群れが迫っています」

 

 少年の手を女が握る。

 少年はその手の主が自分の母親だとその時認識した。

「お母さん?

どうしたの?」

「怖い魔物が街に迫ってきているの。

だから隠れるのよ」

 少年は魔物という言葉に笑みを浮かべた。

 何故なら彼はゲーマーだからだ。

 自分が置かれた状況を把握し最適な戦略を考え出す。

 何度も失敗を繰り返し勝利への道筋を見つけ出す。

 それが彼の本質である。

「僕は逃げも隠れもしないよ」

「我儘言って困らせないで、魔物はとても強くて怖いのよ」

「僕は戦って見たい」

「……大人になったね。

今は隠れましょう」

「隠れるだって、そんな愚かな事をしたら確実に敗北するよ」

 少年は母の静止を振り切り状況を把握するために動いた。

 

 街を覆う幕壁には見張りが立つ塔がある。

 そこに少年は登った。

 兵士達は既に逃げ出した後で見張りすら居ない。

 遠くに砂煙が見え迫ってくる魔物の行進が地響きとなって聞こえてくる。

「あの数は流石に無謀だな。

うーん、と言うか守り居なくない?」

 少年は周りを見渡して壁に弓矢が置いてあるのに気づく。

 手にとって矢を引くがびくともしない。

 他にあるのは松明やロープぐらいで戦いに使えそうな物は置いてない。

「これは使えない、武器がしょぼいな。

これは負けイベントか……」

 少年はまだゲームの中だと思っている。

 いつも体験しているゲームは現実と区別がつかない認識阻害機能が備わって現実を感じさせない。

 ゲームが終わり現実に戻っても何もすることはない。

 必然的にゲームへの依存が高まる仕組みとなっている。

 人々は争いのない世界を望んでいるらしいが仮想現実では戦いを求めている。

 それが人間の本質で闘争を抑えることは出来ない無いのだろう。

 対象が架空の存在になった事で現実での争いは減った。

 手軽に暴力をふるい欲望のままに振る舞っても咎めるものも居ない。

 戦いこそが人類の楽園なのだろう。


 少年は当然の如く状況を楽しんでいる。

 迫りくる魔物に死の恐怖を感じ逃げ惑う人々を眺めても演出だと思っているのだ。

 少年は街を見渡す。

 そこから見える光景は中世の西洋と言った感じだ。

 よくあるファンタジーの世界だと少年は思った。

 色んなオブジェクトが作り込んであって木箱や樽、積みわら等細かい。

 珍しい物と言えばチラホラ見える巨大な石像ぐらいだろう。


 大通りに太陽の光を反射して輝くものが見える。

 騎馬に乗る背丈の数倍はある突撃槍を持ち鋼鉄の鎧をまとった兵士達だ。

 三列に並び門を抜けて魔物の群れに向かって突撃を初めた。

 数はおおよそ三百程度だ。

「騎兵は歩兵の3倍の強さだとしても、数が少なすぎるだろう。

相手は5千だぞ」

 一人で数億を倒せ無双できるゲームもあるがそういうのは少年の好みではない。

 公平なルールに基づき同じ強さで戦うゲームの方を好んだ。

 だから数の差は明確に現れる。

 圧倒的に少ないほうが必ず負ける。

 

 少年の予想は的中する。

 突撃した騎兵は自分の倍はあろうかという巨体を持つ人型の魔物トロールに槍を突き立てる。

 トロールは顔色を変える様子もなく巨大な拳を振り下ろす。

 それを避け剣を抜く。

 先陣を切った者達の攻撃が決まり勢いづいたのは僅かな時間だけだ。


 トロール達はすくう用に手を振り回し騎馬ごと天高く放り投げた。

 次々と掴んでは投げ飛ばす。

 高く飛ばされた兵士が降ってくる。

 衝撃音とともに街に落ち屋根を貫く。

 少年の直ぐ側にも落ちてきた。

「危ない……、まじかよ。

敵の方が強すぎだろうこんなの一体を数人でボコるぐらいのバランスじゃないと無理だ」

 敵はほぼ無傷で騎兵は全滅に近い、逃げ出した数人が残る程度だ。

 

 少年は兵士に向かって声を掛けた。

「生きてますか?」

 少年はそれはNPCだと思っている。

 だから声など掛ける必要もないし生死すらどうでも良い事だ。

 ただゲームを楽しむには成り切る方が好みで、その世界の住人として振る舞うのも楽しみの一つだと考えていた。

 反応が無いことを確かめて直ぐに物色を始める。

 兵士は予備の剣を数本持っている。

 戦いで喪失した剣を含めると6本もの剣を装備するのが標準のようだ。

 長剣が2本に短剣が4本だ。

 少年は長剣を手に取る。

 それは5キロ程の重量があり少年が振り回すには重い。

 短時間なら振るぐらいは出来るが長期戦となると負担が大きすぎる。

 若干振り回されている感じもあり少年は短剣を選ぶ。

「接近戦になるのか、かなり辛いな。

あたって砕ければいいし何回死ぬことになるか……」

 ゲームは何度もやり直しが効くだから死を恐れずに突破できるまで何度も挑戦すればいい。

 一番怖いのは恐れて何もできなくなることの方だ。

 少年は勝利するために観察していた。

 敵の動きや癖は既に少年の記憶に何度も再現されている。

 トロールは若干の動きの反応が遅い。

 攻撃を受けた後3~5秒の間が空いて反応がある。

 ゲーマーは体内時計を持っている。

 常に0.1秒単位での計測が行われている。

 だから正確に動くことが出来、次への行動へと先を読む事ができる。


 それが初心者との差である。

 圧倒的な経験と知識に加えセンスが物を言うのだ。

 戦うための準備、残された時間は少ない。


 今の力では到底勝つことは不可能だ。

 兵士が持つ剣ですらまともに扱えないのだ。

 少年は自分が兵士に劣る存在である。


 もし殺られるためだけに兵士が登場したのなら萎える展開だ。

 何の能力もない少年が鍛え上げた兵士よりも強いなら何のために鍛えているのか解らない。

 そこに基準が無い世界など都合によって幾らでも強さが変わる。

 作り手の気分次第なわけで推測することすら困難になる。

 作り手の思考を読むメタ推理になってしまうと、どうしても作り物と結びつき雰囲気を楽しむどころではなくなる。

 自分の感性を信じて得た情報をもとに判断を下す。

 

 失敗の中にヒントが隠されている。

「地上が駄目なら上から攻撃するしか無い。

弓は使えず短剣しか使えない、さてどうしたものか」

 大地の揺れが感じるほどに魔物は迫っている。

 少年はトロールの大きさは壁よりも少し低い程度だと感じた。

 手を伸ばせば簡単によじ登る事ができるだろう。

 本来なら弓兵が守るべき所だが誰も居ない。

「どうしてだ?

弓があるのに……」

 トロールは木を引っこ抜き門に叩きつける。

 門は容易く破壊された。

 一つ破られても、内側にもう一つ門があり二重の防御となっている。

 だがそれが有効なのは弓兵などの守りが居て集中して攻撃出来る場合だけだ。

 ただ門だけで敵を食い止めることは不可能だ。

 同じように叩き壊されるだけだ。

 なだれ込むようにトロールが街の中へと入ってくる。

「守る気がないのか、それとも何か罠でもあるのか?」

 

 少年は見張り台に居るのは危険だと思った。

 直ぐに逃げ出したほうが良いと直感したのだ。

 ロープを体に巻きつけ松明に火を付ける。

 松明をトロールに向かって投げる。

 それに反応した一体が見張り台に向かって歩いてくる。


 少年は笑む。

 多数を相手するのは無理だが一体なら勝算がある。

 敵視を向けさせ誘導して迎え撃つのは少年の得意とする戦術だ。

 少年はロープを柱に括り付け見張り台から飛んだ。


 トロールは少年の動きに気が付き反応する。

 手が動いた時には少年はその位置には居ない。


 少年は遠心力を利用し、ロープに引っ張られ振り子のように高く飛び上がっていた。

 その勢いを最大に生かして少年はトロールの顔面に向かっていた。

 剣を構え重力と全体重を乗せた一撃がトロールの左目を直撃した。

「決まった!」

 少年は直ぐにトロールの顔面を蹴り飛ばし離れる。

 トロールが遅れて自らの顔面を殴り倒れる。

「間抜けな奴だ」

 少年は屋根に乗るようにロープを切り離す。

 転がり直撃のダメージを減らす。

 ゲームのテクニックの一つだ。

 リアル思考のゲームには落下ダメージが存在し少年は体験を元にそれを自然とこなしたのだ。

「痛ててて……、こんなところはリアルじゃなくていいのに」

 少年は屋根から小麦の束の上に落ちた。

 少年が想像した通りの結末だ。

 一戦もせずに逃げるなんてありえないことだ。

 トロールは仕留めることは出来なかったが手応えを感じることは出来た。

 それは些細なことかも知れないが緒を見つけられる要因となる。

 少年にとってはゲームの攻略に重要なことであった。

 

 少年は狭い路地を通り様子を見て回りながら逃げる。

 戦士を象った巨大な石像が道を遮るように置かれている。

 巨大な剣を構え腕に盾をつけている勇ましい姿だ。

「邪魔だ。

トロールに追いつかれる」

 少年はどうして守りが手薄なのかを知った。

 その石像が動きトロールを縦に真っ二つにしたのだ。

 上から見た感じでは数十しかない石像だけではトロールとまともに戦っても勝ち目はない。

 だから街の中に引き込んで各個撃破するのだろう。

「それをするなら門を抜けた所で待ち伏せするべきだっただろう」

 やはり数の差は埋められない。

 数体のトロールによって石像が破壊されていく。

 トロールの投げ飛ばした岩が石像の胴に当たり砕ける。

 石像の腹の部分に空洞が有り中から人が飛び出した。

 石像は人が操作して動かす兵器の一種のようだ。


 トロールは逃げる人を鷲掴みにして天高く放り投げた。

「あの石像は胴が壊れただけで動くかも知れないな……。

素手で戦うよりも勝算があるなら挑むしか無いだろう?」

 少年は興奮で震えた。

 自分の力では勝ち目はほぼゼロだ。

 だがトロールを一撃死させられる兵器が目の前にある。

 それは力、勝利を取れる希望だ。


 少年はトロールに気付かれないように石像に乗り込む。

 トロールの動きは既に把握済みで少年には容易いことだった。

 少年が持つ体内時計は正確に刻み続けている。

 動作に無駄は許されない。

 もし油断が有れば、ここが棺桶となるだろう。

「さてどう楽しませくれるんだ。

操作はいつものやつと同じか」

 少年がよく遊んでいるSFゲーと同じような操作感覚で石像が動きだす。

 左のレバーが足回り、右のレバーが上半身だ。

 足で踏むペダルが出力の調整となっている。

 右側の操作はそれに固定の攻撃が割り当てられたボタンがある。

 それを戦いならが確認していく。


 手始めに周りにいるトロールの首をはねた。

 上半身を回して切り裂く回転斬りが決まり周囲の3体が倒れる。

 その物音に反応して周囲のトロールが向かってくる。

 盾を構え剣を隠すように待つ。

 トロールは盾に体当たりし石像は押され後退していく。

「今だ、串刺しだ」

 盾を退け剣を突き刺す。

 トロールの顔面を貫く。

「はっはは……、次」

 少年は楽しんでいた。

 状況は不利でも勝算が少しでも有ればそれは勝てると信じているからだ。

 何千何万回負け続けようと挑む、それは勝利を信じているからだ。

 たった一度の勝利のためならどんなに負けても良い。

 それが勝利の甘い蜜なのだ。


 勝てる勝負しかやらないと言っていたら何時までも成長できない。

 だから負けても良い、強者から学ぶ事ができるからだ。

「挑戦者求む、俺と戦いたいやつは来い!」

 剣で盾を叩き音を出す。

 挑発に乗ったトロールが群れで迫ってくる。

 押し合い我先にと、迫ってくる巨体な肉の壁に少年は向かっていく。

 最初の一体を切り捨てると避けるように反らし回転を加え切り裂く。

 動きに無駄はなく華麗に舞う姿に見えるだろう。


「2、3、4……よし、5体目……、残りはまだまだ居るぞ!

気合い入れていこう!」

 いつもの癖で言ったが仲間は居ない。

「さあさあ、どんどん来いよ」

 少年は囲まれないように頭の中で上から見た光景を元に地図を作り立ち回りをしている。

 多彩なゲームをクリアしてきた少年の技能である。

 全体が見えるのと一部しか解らないのとでは大きな差がある。

 少年の勢いに魔物は足を止めた。

「どうした? まだ数の差はあるだろうかかってこいよ」

 巨大な斧を持つ重装備をしたトロールが奥から現れる。

 明らかに別の個体よりも体格が大きくボスとしての風格がある。

「いよいよボスか……」

 雑魚とは違い動きが少し早い。

 少年を見つけると、そのトロールは動いた。

 少年は迫りくる者に恐れを感じることなく向かっていく。

 最初の一撃を決めたのは少年だ。

 振り下ろした大剣がトロールの肩に直撃した。

 だが強固な鎧がすこし歪んだだけで致命傷には至らない。

 少年はとっさに石像から飛び降りる。


 反撃の一撃を避ける事ができないからだ。

 トロールが振り下ろした斧が石像を叩き割り地面を切り裂く。

 衝撃で飛んだ石ころが少年の額に当たる。

 それは不運だ。

 回避しようない偶然の結果だ。


 少年は意識を失った。





 

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