第20話 あらら、執着するから不幸になっていくんだよ。

 広がる湿原には羽虫が飛び交う。

 それを舌を伸ばし食らうトカゲ顔の人型魔獣リザードマン。

 湿原をうねり進む巨体な蛇を見つけ木々と土で固めたドーム状の巣に隠れた。


 巨大な蛇はリザードマンの巣を破壊し突き進む。

 一瞬で半数の巣が破壊され多くのリサードマンは踏み潰された。



 リザードマン達はその巨大な蛇を討伐すべく集まった。

 湿原に点在した集落全てが集まり5千匹もの大群となっていた。

「我々の住処を破壊したあの化け物を放置できない。

必ずやつの首を取るのだ!」

 強靭な肉体に全身を覆う黒緑の鱗、どんな刃物でも簡単に切り裂くことは出来ない。

 そんな肉体でも重圧で押しつぶされることには耐えられなかった。

 再びあの巨大な蛇が襲ってくるかも知れないと言う恐怖が彼らを突き動かしていた。


 リザードマンは戦いの前には宴を行う。

 捕らえていたエルフをかごから出す。

 エルフはとても精力が付き力がみなぎるご馳走だ。

 彼らは生きた獲物を解体し生で食す。

 食べるのは身だけで残った骨は捨てられる。


 食事を済ませた彼らは雄叫びをあげ気合を入れた。

 暫く瞑想し岩のごとく動かず時を待つ。

 満腹で動けば吐く事になる、消化するのを待っているのだ。

 暫くの静寂が訪れ、一匹が立ち上がり叫ぶ。

「時は満ちた!

うおぉぉぉぉ」


 一斉に水に飛び込み尻尾をふり推進力とし泳ぎ始める。

 手には槍を持ち水中を切るように進んだ。


 優雅に泳いでいた魚も大群の接近に反応し逃げるが追いつかれ丸呑みにされた。

 リザードマンは動くものは何で食らう凶暴な魔物だ。


 大蛇は平原で丸くなり休んでいる。

 包囲するように囲み、誰か発した雄叫びで一斉に突進した。

 槍が大蛇の体に突き刺さる。

 あるものは飛び乗り槍を刺し、噛み付く者も居た。

「我らの勝利だ!」

 だが大蛇は動きだす。

 円を書くように動きリザードマンを囲み締め上げる。

 悲鳴が響き渡る。

 大蛇はそれだけではなく大きく尻尾を振り上げたかと思うと叩きつけた。

 幾多のリザードマンが押し潰れ黒い霧と化す。


 戦いが始まって僅か、8割が戦闘不能に陥る。

 巨体な割に動きが早く先回りされ踏み潰されるのだ。

 逃げることすら許されない。

 圧倒的な脅威に成すすべはなかった。


 それでも必死に逃げた極僅かな者だけが生き残った。

「この復讐は永遠に忘れない」






 少年達は焚き木を囲むように夕飯を食べていた。

 少年はナイフで魚の腹を切り裂き内蔵を捨てる。

「刺し身にするには醤油が欲しいな……」

 少女ローザマリーは慌てて言った。

「この辺りはに住む魚は寄生虫がいます。

腹を食い破られて痛い目にあいますよ」

「そっか、じゃ焼いたほうが良いな」

 少年は串を取ると魚の体を串刺しにし焼き始めた。

 鎧技師アントニは何処からかトカゲを持って来た。

「変態君も、トカゲを食べるかい?」

「干し肉とどっこいのまずさだから要らない」

「あんなものと一緒にしないで欲しい。

あっさりした鶏肉のような旨味がある」

 少年が食わず嫌いするのは、他のゲームでの経験からだ。

 味覚すらゲームで再現されるようになってからは、不味いものの定番となっているがゲテモノ料理だ。

 本物の味ではなく印象だけで味付けされているからだ。

 だから見た目が不味そうなな食べ物は、ゲロマズである。

「さっきのトカゲの魔物を思い出して、

食欲がなくなる」

「それは言うな。

あんな大群に襲われたら、誰だって慌てるだろう」

 あれは一方的な殺戮だった。

 断末魔が耳に残るほど酷い戦いだ。

「あの槍は引っこ抜くのは大変そう。

俺はそんなに力は強くないから力仕事は御免だ」

「ハリネズミみたいになっているが大丈夫だ。

私のような優れた鎧技師が設計した鎧はあの程度の損傷でも動きます」

「素直に修理しろ。

俺達は歩いてエルフの森に行くから、その間に直してくれ」

「君のような子供が、危険なエルフの森に生身で行くというのかい?

エルフは女装して居ても無駄です。

何故なら彼らは女子供でも平然と襲うから……」

 ローザマリーは顔が青ざめ震えながら小声で言う。

「思い出したくない……、その話はしないで下さい」

「君は当事者だったね。

だからこそエルフの怖さを伝えなければ、またあの時のようになる」

「エルフは私の父、母を殺しました。

私と妹は一緒に隠れていたのです」

「無理して言わなくていい。

悲劇を聞いた所で何の解決も出来はしない」

「……妹を殺したのは私です。

エルフに見つからないように、泣き叫ぶ妹の口を塞いで隠れて……、

気がつけば妹は死んでいました」

 少年は掛ける言葉が見つからず頷く。

「……ごめんなさい、暗い話をしてしまって」

「エルフに復讐を考えているのか?」

「もしあのエルフにあったら、私は斬りかかります。

ですがエルフを皆殺しにしたいとは思っていません」

「これからエルフと交流して呪いの解き方を教わる予定だ。

君はここに残って騎士として彼を守ってくれ」

 鎧が損傷を受けていて良かったと少年は思った。

 彼女は間違いなくエルフを殺すだろう。

 あの鎧ならリザードマンのようにエルフを壊滅させる事ができる。


 

 少年はドワーフの剣を背負い森へと入っていく。

 続いて少女ワルワラとメイドのリラザズが続く。

 

 ワルワラは杖に鈴を付け、歩くたびに鈴が鳴り響く。

 エルフに聞こえるように鳴らしているのだ。

 ひっそり侵入すれば敵とみなされ奇襲される危険性が高まる。

 冒険者がやむなくエルフの森を通る時に、こうして鈴を鳴らし位置を知らせ敵意がないことを示し通り抜ける。

 

 木々の上から透き通った高い琴の音のような声が聞こえる。

「立ち去れ、ここはエルフの土地、人間が立ち入っていい場所ではない」

「エルフに会いに来た。

呪いを解く方法が知りたい」

 木の上からエルフが飛び降り、少年の前に立つ。

 不気味な怖い木の仮面を付けている。

 背は少年と変わらず華奢な体格だ。

「その剣はドワーフの……」

 エルフは剣を抜き少年に斬りかかる。

 少年はエルフに抱きつく形で間合いから外し、足を掛け転ばせた。

 エルフは何が起きたのか解らず、転んだ時に剣を落としていた。

 少年はその剣を踏んで上に跳ね上がらせ手に取る。

 軽く仮面に刃を当てると、仮面は割れ整った美しい顔が顕になった。

「いやぁぁぁ、見ないで……」

 エルフは手で顔を隠す。

「仕掛けてきたのは君の方だ。

この剣はドワーフから貰ったものだ」

「ドワーフは私達の宿敵、出逢えばどちらが滅ぶまで殺し合う中です。

まさかそんな事も知らずに持ってきたのですか?」

「エルフの事は何も知らない。

では剣は君に預けよう、さっきも言った通り呪いを解くためにやって来た」

 少年は魔法で仮面を作り出すとエルフに渡し剣はその場に置いた。

 エルフは震えながらも、その仮面を付けた。

「一つ教えたい事があります。

仮面を与えることは、服従しろという意味を持ちます」

「そんなつもりはない。

仮面を割ってしまったから、代わりのものをと思って……」

 エルフは仮面を外す。

「呪いと言うのは、後ろにいる女の首に付いているものですか?

それを解くことは私には出来ません」

「解く方法を知っている者はいないのか?」

「長老なら、知っているかも知れませんが、

人間をエルフの街に入れる事はできません」


 木々が揺れ、少年は上をみると複数のエルフが弓矢を構えていた。

「迷い人よ、森の外に案内する。

付いてくるが良い」

「長老に合わせて欲しい。

彼女を助けたいんだ」

「その女はお前のなんだ?」

「彼女は俺の仲間だ」

 現実なら少し一緒に過ごしただけのよく知らない人の為に命を掛けてまで助けようとは思わない。

 だがゲームならヒーローになりたいという願望から救う選択をする。

 その方が圧倒的に気分がいいからだ。

「では目隠しした上で手足を拘束し連れて行くが、それでも構わないか?」

「解った……、大人しく従う」


 少年が余りにも素直なのでワルワラは笑い出す。

「私は彼らを信用出来ません。

人質として彼女を要求します。

明日のこの場所で交換としましょう」

「我らを疑うのか?

それが物を頼む態度か、ではこの話は無かった事にする」

「私を疑うものを信用はできません。

信じるならば彼女は無事に帰ってくる。

お互い何も損はしない筈です」

「我々は呪いを解く知識を与える。

お前達は何を我々に与えるつもりだ」

「リザードマンの槍や鱗等を大量に差し上げます」

 エルフ達がざわめく。

 リザードマンはエルフにとって天敵で脅威そのものだ。

「それはリザードマンを討伐するということか?」

「いいえ、既に数千程を返り討ちにして倒しました。

その時に得たものです」

「ばかな、人間ごときがあの化け物を殺せる筈がない。

謀るつもりだ」

 ワルワラは袋を放り投げる。

 その中にはリザードマンの鱗がぎっしり入っていた。

「これは一部です。

金貨の方が良いのでしたら、一度街に戻り素材を売り払います。

少し時間を多く必要としますので一週間後に」

「……いや、素材のままで結構だ。

良かろう明日、持ってくるのだぞ」




 森の奥にエルフの街がある。

 少年は抱きかかえられ、長い道のりをたどりエルフの街に入った。

「ここからは自分の足で歩くと良い」

 エルフは少年の足を縛っていた縄を外し、目隠しを取り開放した。

 手は後ろで縛られて動かすことは出来ない。

 

 巨大な木を囲うよう家が立っている。

 小鳥の巣箱のように枝の上に乗っている感じだ。

 家と家をつなく橋や階段が複雑に木を飾っている。

「長老は一番上に住んでいらっしゃる。

付いてくるように」

「待って欲しい、手を縛られて梯子は登れない」

 エルフが少し何か言葉を発すると、少年の体は軽くなる。

 エルフが軽く手で持ち上げ離すとゆっくりと降りた。

「軽量の魔法をかけた。

それで飛んでいけるだろう」

 少年は跳ねてみると自分の背ぐらいは軽く飛んだ。

 月でのジャンプもこんな感じなのだろうかと少年は思った。

 エルフが手を下からすくい上げるように振ると、風が吹き荒れ少年は飛ばされた。


 リザラズは少年よりも飛ばず、足場を駆け上がっていく。

「ご主人様、待って下さい」

 少年は途中で足を引っ掛け座る。

 そこから見える景色は広がる森に、木々から家が見えた。

「俺の街にも一軒ぐらいは木の上の家があっても良いな。

なんか秘密基地みたいで面白そうだ」

「そんな考えは止めて下さい。

木は燃やされて逃げ場を失います」

「煉瓦だらけで、赤茶色一色なのは面白みにかける。

色んな色彩があったほうが見た目的にも……」

「エルフは狩猟民で圧倒的な軍事力を持っているから、森を守れるのです。

それより彼らはどうして私達を直接、長老の元へ連れて行かなかったのでしょうか?」

「試しているのかも知れない。

上に行くほど足場がない」

 転々と足場となる枝へ飛び移り登っていく。

 手が縛れていて不安定な枝に乗るのは怖い。


 風が拭き枝が揺れリザラズは震え上がり途中で動けなくなった。

「ご主人様、私は足がすくんで動けません」

「落ちても助けてくれる」

 少年は意図的に姿勢を倒し落下する。

「あぁぁ……」

 リザラズは少年が落ちていく姿を見ていることしか出来なかった。

 少年は風に煽られ近くの枝に着地する。

「ほら言ったとおりだろう。

だから勇気を持って進むんだ」

 風は自然に吹いたものでエルフが助けたわけではない。

 ただの偶然に救われた。


 少年は直ぐにリザラズのいる所に来る。

「俺の後を付いてくると良い。

その勇気があるなら君は騎士としてやって行ける」

 少年はリザラズを待ちながら進んでいった。

 そしてたどり着く。


 頂上にある巨大な木造の家だ。

 古いのか苔が生えて緑に染まっている。

 扉はなく布が垂れ下がっているだけだ。

 そこを通り中にはいるとエルフの女が座っているのが見えた。

 そのエルフは布の付いた帽子で体全体を隠している。

 うっすらと輪郭が見える程度だ。


 室内は仕切りはなく一つの大部屋だ。

 家具と言ったものはない。

 エルフが座っているところには模様の入った絨毯が敷いてあるぐらいだ。

「話は聞いています。

呪いを解いて欲しいそうですね。

こちらへ来て下さい」

 リザラズはエルフの女に近づく。

「これは恐ろしい憎悪の塊、

魔法でいくらかは緩和することは出来ても完全には取り除くことは出来ません」

「少しでも彼女が楽になるなら」

 エルフは立ち上がり奥へ行く。

 祈りを捧げると天井から雫が落ちてくる。

 それは生命の水である。

「さあこの雫を飲みなさい」

 木の床に数滴落ちている。

 リザラズは首を横にふる。

 屈辱的な事で死よりも嫌なことだ。

 無様な姿を晒すことは彼女の誇りが許さなかった。

「地面に落ちた得体のしれない物を飲めというのですか?

私達を縛った上にそのような無礼なことをするのがエルフのやり方ですか」

「ええ、そうです。

地面にひれ伏し舐めなさい」

 エルフは笑みを浮かべ、這いつくばって舐めるのを期待した。

 優越に浸ることで上位種族であることを実感できる。

 意のままに従わせる事は彼らの娯楽である。

「出来ません」

「では呪いを解くことは出来ません」

 呪いはじわじわと侵食しやがて苦しみで耐えきれなく成る時がくる。

 その時、同じことを言えるだろうか。

 エルフは笑みを零し別れを告げようとした。

 

 少年はそっと床の雫を舐めた。

「大丈夫特に何もない。

好意は素直に受け取っておくべきだ」

 リザラズはエルフの本性に気づいていた。

 だからこのような行為に屈したくなかったのだ。

「彼らは初めから救う気はないのです。

無様な姿を見て楽しんでいるだけに過ぎません」

「俺は彼らを信用している」

 少年の笑みを見たエルフは気が変わる。

 そっと外へ出て葉っぱを器のように折り生命の水を入れてもって来た。

「彼に感謝しなさい。

拒むものに与えたくは有りませんが彼の願いを叶えるためです」

 リザラズは少年の好意を無駄には出来ないとそれを飲む。

 すると全身が熱くなり息ができず倒れた。

「どういう事だ?」

「呪いと抗っているのです。

これは準備に過ぎません。

貴方には、バジリスクという魔物の瞳を取ってきて貰います」

 バジリスクは見たものを石に変えるという魔眼を持つ魔物だ。

 対策がなければ一瞬で石にされて死ぬことに成る。

 エルフはそれを期待したのだ。

「それは魔物を倒せということ?」

「はい、貴方だけは心もとないなら、1人付けましょう」

 逃げ出さいないように監視をつけるためだ。

 石となった少年を見て、リザラズが泣き叫ぶ所を見たい。

 エルフは笑を浮かべ、その時を待つ。

「解った取ってくる」


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