第19話 踊るグラスに皮の靴は天を舞う。
屋敷の前に寝そべる黄金の獅子鎧。
立ち上がると咆哮した。
少年はバルコニーから飛び降りその鎧の頭部に立つ。
頭部上にある操縦席の扉を開き入る。
「さて旅行を楽しみましょうか」
ワルワラは笑みを浮かべつつも聞く。
「この街を捨てるおつもりですか?」
「カミラに任せてある。
彼女なら間違いなく街を発展させてくれる」
「信頼してるのですね」
「そんな事よりもエルフの国へ行こうと思う。
共に戦ってくれた仲間を助けたい」
「王国に追われる事になりますよ。
それでも行くのですか?」
エルフの国は人間と敵対していて、同盟国のブランドン国と戦争状態である。
それと交流しようと言うは同盟国への裏切り行為とみなされる。
「俺は君をさらった罪人だ。
この国とは縁が切れることになる。
だから大人しく付いてきてくれ」
獅子鎧は走り出し塀を飛び越え、街を囲う幕壁すら鉤爪を引っ掛け乗り越えた。
魔物の襲撃を防ぐための壁で3階建ての建物よりも高い。
普通の守護鎧が手を伸ばしても届かないぐらいだ。
「貴方だけが楽しむのはズルい。
私にも動かし方を教えて下さい」
少年は席をかわりワルワラに操作を教える。
横についている棒をぐるぐる回し倒すだけだ。
その倒した方向へ動く。
獅子鎧は荒れ地を駆け抜けていく。
代わり映えしない茶色の地肌を見せる大地が続く。
遠くに見えていた山が逃げるように離れる感覚に襲われつつも進む。
「この鎧には他にも乗っているのでしょうか?」
「メイドのリザラズが乗っている。
彼女の呪いを解く為にエルフの森に行くんだ」
「では侵入者が居るようです」
操縦席には鏡が並んでいる。
情報を写したり、外の光景を見るために使われる。
その内の一枚に生命反応を映し出す鏡があった。
そこに生命反応を示す赤い丸が4つある。
獅子鎧は頭部の操縦席から胴体の個室に入ることが出来る。
個室は寝泊まり出来るようにハンモックが付けてある。
リザラズはそこにぐっすり寝ている。
少年は観音開きのタンスに目をつけ開く。
中に人質の少女ローゼマリーが隠れていた。
「どうして君がこんな所に居るんだ?」
「ワルワラ様が、ここに隠れていれば面白いことがあると……」
獅子鎧を使ってエルフの国を目指すことを知っていたのはリザラズだけだ。
彼女の主はカミラではなく、ワルワラだと少年は気づいた。
「道案内を頼む、君の故郷のブランドン国を通りエルフの国に行きたい」
「エルフの国は私の街を襲いました。
膨大な数の矢が雨のように降ってきて、私達は逃げました。
彼らは魔王と手を組んでいるのです」
「エルフを見たことはあるのか?」
「彼らは醜い木の仮面に赤や青で模様を描いた物を付けています。
黄緑色の髪をして小柄なのが特徴です」
少年はエルフの事は余り知らない。
ゲームでエルフが出てくることがあるが名前だけで見た目は様々だ。
共通しているのは魔法が得意なことぐらいだろうか。
飛竜の住む山脈を越え、湿原に足を踏み入れた。
草がお生い茂り水場が見えづらい。
獅子鎧は突然滑り水面に浸かる。
「思うように進めない。
こういう場合はどのように対処するのです?」
「一度引き返そう、ゆっくりと後退して」
半身が泥だらけとなり汚れたが沼から脱出できた。
少年は獅子鎧を黄金にしたはぐれ鎧技師の事を思い出す。
「鎧のことは専門家に聞くのが一番だ。
この辺りに住んでいる技師に会おう」
ローゼマリーは困った顔をする。
はぐれ鎧技師は彼女も居場所は知っているぐらいには有名だ。
ただ変人なのであまり関わりたくないのだ。
「ここより北に進めば、街があります。
そこに行けば他にも鎧技師がいます」
「この鎧は特別製なんだ。
それを修復して黄金に塗装する技術はあるのか?」
変人であっても技術は認めるしかない。
「いいえ。
はぐれは山の麓の洞穴に家があるらしいです。
そこで密かに鎧を生産している噂です」
はぐれ鎧技師の家はすぐに見つかる。
看板があり、目立つように矢印が書かれていたからだ。
洞窟の中は鎧でも入れるほど天井が高い。
木の板で区切られただけの家があり、作りかけの鎧が隙間から見えていた。
少年は鎧からおり家の扉をノックする。
「あのー、素晴らしい鎧技師が居ると聞いてやって来ました」
出てきたのは白衣を着た、てっぺんがハゲた白髪のおっさんだ。
研究者ぽっい感じに少年は心ときめかせた。
「ここにはそんな奴は居ない。
老いぼれた鎧技師が居るだけじゃ」
「破損したこの鎧を修復したと聞いています。
沼地を通りエルフの国へ行きたいのですが沼で足を取られて進めない……」
「ばかもの!
ワシが金ピカにした鎧をこんな泥だけにしおって!」
おっさんは家に戻り扉を強く閉めた。
「あちゃ……、怒らせてしまった」
「あの近くに川があります。
そこで洗えば良いと思います」
山脈に積もった雪が溶け時間を掛けて川の水となっている。
まだ肌寒い季節、冷たい水に震えた。
「濡れたら風邪を引く。
気をつけて……、ええっあっ」
ワルワラは桶に水を汲み、思いっきりばら撒く。
鎧に掛けるつもりが跳ね返り自身にも降り掛かっていた。
「冷たい!
慣れないことは上手く行かないものですね」
「その服は汚れても良いのか?」
ワルワラはひらひらの付いたドレスを着ている。
装飾もされ明らかに高価なものだと分る。
「着替えは用意してくれているのでしょう?」
そういう管理はメイドに任せている。
リザラズは笑みを浮かべた。
「勿論です。
タンスに予備を入れておきました」
「ちょっと待て、あのタンスか?
あれにはローゼマリーが隠れていて服は入ってなかった」
「むっ……、私の服で良ければ使用下さい」
ワルワラは微笑む。
「私と背丈が同じなのは彼だと思うのだけど。
貸してくれるかしら?」
「えっ俺の?
無いなら仕方ないけど……」
服装にこだわりはなくメイドに任せていた。
今は動きやすいようにズボンと長袖を着ている。
普段はローブ姿だ。
「では、早く綺麗にしましょう」
「着替えないのか?」
「また濡れて着替えが全部汚れてしまいます」
そう言うと掃除の続きを初めた。
彼女の手元が狂い少年の顔面に水が掛かる。
「……やってくれたな!」
そこからは水の掛け合いが始まる。
少年は桶に水を汲むとワルワラに向けて掛けようとした。
ワルワラは咄嗟に魔法で水の盾を作り出し防いだ。
「感情的になるなんて、まだまだ子供ね」
「それなら俺も」
少年は瞑想し全神経を集中する。
水を生きた動くものへと変える。
川はうねり走る蛇のように。
それは形となって現れた。
「これでも喰らえ」
水が蛇のように細長い管状になり走った。
「其れぐらい私にも出来ます」
ワルワラも同じものを作りだしぶつけた。
ぶつかった水が弾け飛び辺りを濡らす。
暫く様子を見ていたリザラズだが、やめる気配がないと制止に入った。
「二人共、何をなさっているのですか。
ここは飛竜の巣に近い危険地帯です」
「ごめん、ちゃんとする」
何故か二人は大笑いする。
手を握り合い一つの魔法を使う。
川の水を大蛇のように変え放ったのだ。
リザラズは飲み込まれ、水の渦に流され目を回し吹き飛ばされた。
水の大蛇は獅子鎧の泥を取り去り土色に染まり川へと戻っていく。
「二人共……、悪ふざけが過ぎます。
少し教育が必要なようですね」
「敵は何処から何時攻撃してくるかわからない。
もしこれが敵だったら君は死んでいた」
「そうです、私なら彼の攻撃を防ぎました。
何故なら常に警戒し攻撃に備えていたからです。
油断してぼーとしていたのは誰なのですか?」
「……油断した事は認めます。
ですが私を濡らした罪は償ってもらいます」
少年は水を集め球体を作るように想像する。
それは魔法となり形となって現れる。
服の水が集まり地面に落ちた。
「乾いたかい?」
「ええ、乾きました。
魔法の制御が上手くなっていますね」
それで許されることもなく二人は罰を受けることに成る。
掃除を終え再びはぐれ鎧技師の家に戻ってきた。
少年はメイド服を着て可愛らしい声で言う。
「黄金は輝きが良いです。
たてがみも立派で、勇ましいのが流石ですね」
少年はおっさんを褒める事にした。
好感度を上げて仲直りするのは定番だからだ。
「そこはワシが手を加えた所じゃ。
沼を渡る船でも作って欲しいのか?」
「この鎧で沼を渡れるように改造をして欲しいです」
「それは無理、これは大地を走るのは得意でも泳げはしないのじゃ。
沼地を渡れる鎧を貸してやっても良い」
「どんな鎧でしょう?」
「蛇型鎧じゃ、体をくねらせ水上でも陸地でも進むことが出来る」
「是非貸して下さい。
そんな素晴らしい鎧に乗れるなんて夢のようです」
「お主も変わり者じゃな。
それには条件がある。
ワシの弟子を連れて行って欲しいのじゃ」
少年はおっさんにしか会っていない。
弟子の存在は初めて知ることだ。
「道のりは危険ですよ良いのです?」
「癖の強い鎧じゃ、ワシが若ければ操縦したんじゃがな」
「解りました。
その弟子はどこに居るのです?」
噂をすると奥から赤髪の青年が出てきた。
中々のイケメンで白衣が似合っている男だ。
「私はアントニです。
貴方のような可愛い女の子に出会えるなんて……」
流石に少年は気持ち悪く感じ本音がでる。
「いや……、俺は男だ」
「……そのメイド服は女物にみえるのだが、
まさか女装癖がある変態なのか?」
「これは服が濡れて着替えがこれしかなかったんだ。
俺の趣味じゃない」
リザラズの報復で、メイド服を着せられているとは流石に言えなかった。
誤魔化す為に少女のフリをして悪ふざけしていたのだが、それを本気で取られるのは嫌だった。
「変態と一緒に乗るのはごめんだ」
「あっちに立っているメイドの服を借りている。
彼女は本物だ」
リザラズは笑いを堪えながらも微笑みを返す。
「……私は美少女にしか興味がない。
少し大人びていて怖い」
「ローゼマリー、出てきてくれ」
彼女は鎧の中で隠れていた。
呼ばれて出てこないわけにも行かず、獅子鎧の上から颯爽と飛び降り立った。
「領主様、私は貴方の下僕です」
ローゼマリーは少年に抱きつく。
「何をするんだ……、もう領主じゃない」
「では御主人様と呼びます」
アントニは彼女を見るなり動揺していた。
「どうして貴女が、このような変態と……。
まさか脅されているのか?」
「いいえ、御主人様は命の恩人です。
私だけではなく兄も魔物の軍勢に囲まれていた所を救われました。
救われた命を全て捧げると誓ったのです」
「それほど強そうに見えないが……、
領主と言ったな。
そうか鎧の操作が上手いのか。
だったら私と勝負しろ」
獅子鎧の数倍の長さがある巨大な蛇型鎧が姿を現す。
勝負を挑まれたら答えるのが礼儀だ。
少年は受けて立つ。
「勝負の方法は?」
「この山にはドラゴンが住み着いている。
夕方までに、その牙を多く集めた方が勝ちです」
「解った直ぐに行こう」
「その黄金の鎧で行くつもりなら忠告しておきます。
飛竜は金が特に好きで、狙われる事は確実です」
「情報ありがとう」
機動力は獅子鎧の方が勝っている。
一気に山脈を駆け上がり洞窟の前に立つ。
山には洞窟が幾つも有り、何処に飛竜が住みつているのかは入って確かめるしか無い。
「唸れ獅子鎧!」
音声認識装置は存在しない。
気分を盛り上げる為に言った事でボタンを押す。
猛獣のような遠吠えが響く。
飛竜は巣から顔をだした瞬間、真横から獅子鎧が噛みつき首を引き裂いた。
「まずは一匹目」
あの街襲撃で飛竜の数は激減したが、それでも数十は生き残っている。
次々と飛竜達が巣から出て飛び立つ。
蛇鎧は周りの風景に合わせ変色する擬態能力がある。
アントニはゆっくりと様子を見ながら近づいていた。
「眠っているドラゴンを起こすなんて無策にも程がある。
彼らを怒らせると痛い目に合いますよ」
飛竜は獅子鎧を見つけると側に降り立つ。
金に目がくらみ持ち帰ろうとしたのだ。
そこを狙い獅子鎧は飛竜の喉元に食らいつく。
飛竜は次々と獅子鎧目掛けて飛んでくる。
獅子鎧は飛び移るように、飛竜を踏み台にしながら攻撃を加えた。
「あんな芸当が出来るのは鎧の性能だけじゃないですね。
ただの変態ではない……」
蛇鎧は獅子鎧に惹かれ近づく飛竜を真下から食らいつく。
体は長く伸ばせば低空飛行している飛竜ぐらいなら届いた。
アントニは勝負は既に勝ち目はないと悟った。
蛇鎧は瞬発力はあるが、移動力が遅く隠れながら機会を伺い攻撃する。
待ち時間が長い、一方で獅子鎧は常に迫りくる飛竜を撃退し常に戦っている状態だ。
飛竜が欲望に目をくらませずに上空から魔法を放っていれば獅子鎧では手が出せなかった。
もし数億の金が落ちていたとして手にした者が貰えるとしたら皆は分け合うだろうか。
1人が独占しようとした時、我先にと争う。
飛竜は飛べるというアドバンテージを持ちながらも活かせずお互い邪魔しあい朽ちたのだった。
日が暮れ、少年は戻ってきた。
「俺が集めた牙は10本だ」
「私は7本、思ったよりも少ないな」
「途中、交代して欲しいと言われて彼女に……」
ワルワラは微笑みを浮かべ、袋を置く。
中には竜の牙が28本入っていた。
「この勝負は二人共の負けで、私の勝利です」
「では蛇鎧にお乗り下さい。
貴方の美しい方に会えた事に感謝です」
「私も彼と同じで、彼女のメイド服を着ていますの。
おわかりかしら?」
アントニは顔が引きつる。
目の前にいる少女も女装した男だと思い込んだ。
「私の側に近寄らないで頂きたい。
二人共一番遠くに離れ座ってくれたまえ」
ワルワラは笑みを浮かべると少年と腕を組む。
「そのようにさせて頂きます。
所でローズマリーとの関係はどのような?」
「鎧乗りと鎧技師の関係だ。
彼女の鎧を整備していたが、色々とあって私は追放された」
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