第18話 困った時は神頼みするしかないよね

 時が止まった。

 その世界には色はなく輪郭だけがぼんやり見える程度だ。

 男女が心中しようとしている。

 もうそれは誰にも止められない。

 少年はそれでも止めたいと思った。

 だから時が止まった。


 時が止まったからと言って動けるわけではない。

 再び動き出した時、何をすれば助けられる?

 少年から二人は遠く手が届かない、声を掛けても咄嗟には行動を止められないだろう。

 少年は祈った。

 助けてくれと。



「カミラ!」

「ああっあぁぁぁ……」

 少年の声にカミラは異様な頭痛に襲われた。

 そして本能的に身を守ろうと動く。

 フィーリッツのナイフを避けた。

 空を切り彼は呆然とし少年を見る。

「領主様がどうしてここに?」

「さてこれから脱出する。

戦ってくれるよな?」

「騎士の誇りに掛けて領主様を守ります」

 カミラは床を転げ回り気を失う。

「毒でも飲んでいたのか?」

「いえ、今日は様子が変でした」


 少年はカミラから嫌な気配を感じた。

 それは呪いを受けたリザラズと似た気配である。

「魔物に呪われているのかも知れない。

対策が必要だな」

 少年はカミラの頬を触る。

 カミラは目を覚まし顔を赤らめた。

「領主様、へ、変態……、何触っているんです。

破廉恥ですよ」

「君が何時もやって居ることだ。

気がついてくれて良かった」

「むー、そんな事ないです」


 砦に残っていた兵士は数人程だ。

 飛竜の誤爆により魔王軍は混乱して乱れているが数は圧倒的に勝り数人では切り抜ける事は不可能だった。

「完全に砦は包囲されています。

次の突入が始まれば全滅は確実でしょう」

「守護鎧はないのか?」

「ボロボロの戦乙女ならありますが戦闘が行える状態では有りません」

「それを修理しよう、整備する施設も有ったはずだ」

 

 手足がとれ歪んだ鎧が数体置かれている。

「使えそうな部分を組み合わせて一つにしようか」

 どう組み合わせても無理な状態だが少年は魔法で義足を作り出す。

 両腕が剣で片足が棒状になった戦乙女鎧が出来上がる。

 動かしてみると片足は動かないために引きずるようにして歩く。

「こいつで突破口を開く、俺の後に続いてくれ」

 少年は剣と盾を魔法で作り出す。

 大量に倒した魔物の魔気が漂い、簡単に作り出せた。

 リザラズは剣を手に取ると呟く。

「相変わらず滅茶苦茶です。

ドワーフの剣に似ていますね」

「観察力があって良いね。

それを想像して作った」

 魔気で造られた武器は、術者が持つ価値観や印象によって性能が変わる。

 ドワーフの剣に匹敵する切れ味をその剣は持っていた。


 リザラズは崩れ倒れていた柱に剣を振るった。

 柱は薪を割るかのように簡単に割れる。

「柱に使われる石は強度があり並の剣なら折れ曲がっていました。

これなら魔物をいくら切り裂いても刃こぼれしないでしょう」

 兵士達は持っていた商会印の剣を捨て、少年の剣を手に取る。

 ナイフを持っているかのような軽さだ。



 少年は街とは逆方向の南へと進路を取った。

 上空から見て、分厚そうなのが南だったからである。

「いま手薄なのはあっちだ。

他には目もくれず付いてくるんだ。

そうすれば生き残れる」

 少年は例の如く、カミラを操縦席の後ろに乗せていた。

「……どうして私を乗せるのですか?」

「君は頭痛で倒れたんだ。

戦闘中に倒れでもしたら困る」

「見ているだけと言うのは納得が出来ません。

それに貴方と居るのはあまり……」

「この鎧とは縁が深いな。

それでもこの戦いでお別れだ」

 カミラは頭を抑え、様子を見ていた。

 その鎧の操作がカミラが行っているものと同じだと気づく。

「……」

「さてどんな楽しみせ方をするんだ」

「オークは視界を遮る物を投げてきます。

前が見えなくなるので気をつけて下さい」

 少年は数歩先までを予測し道を決めている。

 仮に視界が奪われても暫くは予測で動くことは可能だ。

「避ける以外に対策はあるか?」

「外に出て拭くぐらいです」

「それは面倒だ、布でも付けておくか」

 少年は壁に手を当てメイド鎧のあの布みたいな物を魔法で作り出す。

 頭巾のようにふわっと戦乙女鎧の頭部を覆った。

 視界が若干暗くなったが見えない程ではない。

  

 木に登ったオークがあの果実を投げつけた。

 果実は布に当たり滑り地面に落ちる。

 布がクッションになり果実が潰れなかったのだ。

「そんな方法で防げるのですか。

盾や手で防いで大変だったのにずるいです」

「ずるいって、リンゴを取る時に布を広げ木を揺すって取ったことはないの?」

「有りません」

「うーん、同じ土俵で戦ってくれると思っているのは奢りだ」

「ずると言えば、商会が暗躍して大変なことになっています。

領主様が他人任せにしているからあんな者がのさばるんです」

「えっ今、そんな話を……。

戦闘で考えている余裕ない」

「では後でみっちり話を聞かせてもらいます」

「戦いが終わった後に嫌なことが待っていると思うと嫌気がする。

君はご褒美と仕事どっちが欲しい」

 カミラはムッとなり口を膨らませた。

「私もご褒美が欲しいです」


 既にボロボロの戦乙女鎧だったが、数百と言う魔物を切り捨ても変わらず動いていた。

 歩兵を足元に置くことで完全な死角を防いでいた。

 他の鎧乗りは鎧のみの力を過信するあまりに、単独で戦い無駄に消耗していた。

 足元の兵士が対処できる程度の敵は無視して、脅威となる相手だけを狙えば良いのだ。

 

 少年は基本に忠実で戦力で勝り続けるように動いている。

 魔物は群れているが、バラバラに固まっている。

 全体がまとまっている訳ではない。

 グループを作りその集団で動いていて、グループ同士の繋がりはない。

 それどころか縄張りのようなものがあって、間隔を開けて居る有様だ。

 各個撃破していけば自ずと道は開けた。


 カミラは戦いの話を初め少年は笑う。

「森の中で連携が取れないのはお互い様だな」

「笑わないで下さい。

ではどういうすれば連携が取れるんですか?」

「目標と時間を決めて行動し、計画的に動けばいいと思う。

話をやり取り出来れば位置を確認しながら詰めていける」

 戦乙女弐式を配備されていれば、もう少し連携が取れたのかも知れないとカミラは思った。

 使い捨てにするために旧式を配備したのだ。

 弐式は幾つか完成し街に配備されている。

「あの軍師が……、全部悪い。

作戦を考えたのも彼……」

「それは良くない。

誰かの責任だと言うのなら俺が遅刻したのが原因だ」

「どうして庇うんですか?」

「街を守ると言う大前提を成し遂げた事は評価すべき所だ。

君なら出来たのか?」

「出来ます。

こんな被害を出さずにできました」

 少年は鎧を止め振り返る。

「君は砦でナイフを手に取り、誰を殺そうとしたんだ?」

「それは魔物に殺されるぐらいならと……」

「そう、君は敵ではなく仲間を殺そうとした。

そんな君が街を救えたと?」

 カミラは俯き黙る。

 目から涙か溢れこぼれ落ちる。


「よく考えるんだ。

どうすれば生き残れるのかを。

死んで街が守れるのなら命を捨てても構わない。

けどそんな事は不可能だ」

「私には解りません。

気がつけばこんな状況になって……、私は憧れた騎士になりたかっただけです」

「解った静かに見ていると良い」

 少年は鎧を降りた。

 

 大地がえぐれ凸凹になっている。

 隕石魔法の跡だ。

 辺りには魔物の姿はなく荒れ地が広がっている。

「怪我はないか?」

「数名負傷しましたが生きています」

 既に勝敗は付いていた。

 少年達は魔王軍中央を突破し抜けたのだ。

 背後で燃え上がる森。

「ここを死守するぞ、敵は死にものぐるいで来る」

「まさか、敵は火に包まれて……」

 木々がなぎ倒される音が聞え迫ってくる。

 残った兵士は守護鎧を背後に半円状の陣を組み構えた。

 生き残っていたトロールが半身燃えながらも迫った。

 戦乙女鎧が動く、向かって来るトロールの首を跳ね飛ばした。

「カミラはアレだけ戦ったのにまだ戦意があるみたいだ。

俺は休む」

 少年はその場に座り倒れた。

 飛竜との戦いから休まずに連戦を続け体力的に限界だった。

 


 近づく脅威、炎の中を平然と歩き堂々と歩む牛の頭をもつ巨人ミノタウロスだ。

 戦乙女鎧が視界に入ると鋼鉄の斧を振るい向かって行った。

 この魔王軍のボスとでも言うべき存在だ。

 皮の腰巻きしか防具は付けていないが、強靭な肉体は鋼のような硬さをもつ。

 カミラは斧を躱し回転した勢いで胴を狙った。

 戦乙女鎧の剣を受けてもかすり傷しかつかない。


「私に出来ることは皆を守るために戦うことだけ」

 戦いのセンスは遥かにミノタウロスの上だ。

 片腕で戦乙女鎧を殴り飛ばす。

 元々バランスの悪い戦乙女鎧は倒れ凹みに落ちる。

 そこへ斧が振り下ろされる。

 カミラ咄嗟に、両手をクロスさせ守った。

 刃が擦れ合い火花が散る。


 限界寸前の戦乙女鎧は悲鳴を上げた。

 直ぐに次の一撃が来る。

 体を反らし避けようとしたが左肩にもろに刃が食い込み腕が飛んだ。

「殺される……」

 カミラは手が震えた。

 隠し持っていたナイフを手に取る。

 その刃を見つめた時、少年の言葉がよぎる。

「私は仲間を殺したりはしない……」

 ナイフを捨て、鎧を動かす。

 起き上がることすら出来ないこの状況で出来ること。

 冷静になり何をすれば良いのかを考えることだ。


 ミノタウルスは両手で斧を振り上げている。

 今は無防備だ。

 戦乙女鎧が起き上がり剣を突き刺す事は不可能。

 だが武器は腕の剣だけじゃない。

 棒状の足で急所を狙い蹴った。


 ミノタウルスは動かない。

 斧が手から落ち、膝をつく。

 だが死んだわけではない、落ちた斧を握り立ち上がろうとしていた。

 ダメージは大きく息が荒く動けないでいる。

「何見ているの!

その剣で斬りつけなさい!」

 兵士達は戦いに巻き込まれないことを願い様子を見ていただけだ。

 フィーリッツは雄叫びをあげ最初にミノタウロスに向かった。

 背後からであっても自分の数倍もある巨大な魔物に向かうのは勇気がいる。


 兵士達は彼の覚悟に勇気を振り絞り大声を上げ向かう。

 人の力は非力だ。

 強靭な肉体に少し刺さる程度だ。

「カミラぁぁぁ、俺はお前に惚れた!」

「はぁ? こんな状況で何言っているの?」

「だから生きてくれ!」

 ミノタウロスを止めることは出来ない。

 剣を振るっても致命傷を与えることが出来ないからだ。


 そんな彼にリザラズが駆け寄り笑みを零す。

「貴方みたいな人は嫌いじゃない。

これは希望を繋ぐものよ」

 杭を彼に手渡す。

「これが希望……」

 全力で打つかっても杭は少し刺さる程度だ。

 だが其れを繋ぐ仲間がいる。

 盾を構え兵士たちは杭に打つかる。

 皆の力が集まり杭は奥へ食い込む。


 ミノタウロスの腰を貫き骨を砕いた。

 腰が砕けてもまだ執念で斧を振り上げる。

 斧が戦乙女を真っ二つに引き裂いた。

 と、同時にミノタウロスは黒い霧となり朽ち果てた。


「カミラぁぁ……、うおぉぉぉ」

「何、死んだとでも思っているの?

あれだけ時間が逃げないわけ無いでしょう」

「良かった」

 フィーリッツはカミラを抱きしめる。

「これは貴方だけじゃなくて皆の力よ。

だから私よりも魔物を狩ったことにはならない」

「こんな時に冗談はきついです」

「私に釣り合う男になって」

「ああ、強くなる」


 少年は抱き合う二人を見て拍手を贈る。

「君達はそんな中になっていたのか。

おめでとう」

「えっえぇぇぇ、ちょっと待ってください。

私は彼の事を好きでも何でも無いです」

 カミラは慌ててフィーリッツを突き放す。

「君は恥ずかしがり屋だから、隠したいと言う気持ちはよーく解る。

いや本当に良かった。

今日は祝をしないとな」

 少年は笑みを浮かべた。

 カミラは正直な所、べたべた甘え来て面倒くさい女である。

「非常時で混乱していたと言うか。

吊り橋効果みたいなものです」

「彼は勇敢な騎士だ。

寝てて見てなかっけど、凄い音したし激戦だったとわかる」

 リザラズも応援すように報告する。

「彼は真っ先に、魔物に向かっていきました。

あの勇気がなければ誰も動けなかったかも知れません」

「うーん」

「立派な騎士になる資質を感じます。

今後も期待大なのは間違い有りません」

「そ、そうかな?」

 カミラは周りの雰囲気に流されやすい。

 良いと言われると、良いと感じるものだ。



 カミラは少年に聞く。

「所であの状況からここまでの展開を読んでいたの?」

「まさか、俺に出来ることは全てやったら後は運に任せた。

神頼みって奴だ」

「やはりワルワラ様は深読みしている。

いい加減でそれでいて……、それでも成果を出しているのが不思議な……」

 カミラは混乱していた。

「さて、彼女に会いに行こう。

何を贈れば喜ぶだろうか?」

「地位や名誉……いえ、面白い話しかもしれません。

裕福で何でも手に入るお姫様ですから」

「持っているなら貰うか」

「えっ? ありえない。

贈り物から何を考えれば貰うと言う結論が出るのですか?

ちゃんと考えて下さい」

 少年は微笑む。



 街に戻った少年は、直ぐに婚約者ワルワラの元に向かった。

 彼女は屋敷で寛いでいた。

「君が欲しい、一緒に来てくれないか?」

「はい。

貴方は私に何をくれるのです」

 ワルワラは立ち上がるとゆっくりとバルコニーの方へ歩く。

 外へ出ると空を見上げる。

 澄み切った空に星々が輝いている。

 そこからは街の風景がよく見える。

 ここは三階だ。

「君は何でも手に入ると思っているようけだけど、

一つ手に入らないものがある」

「謎掛けですか?

そうですね、命でしょうか」

「俺からの信頼だ」

「それはどういう意味でしょうか?」

 少年はワルワラの頬を触る。

 柔らかく温かい。

「君が俺にとって本当に一番なのか考えている所だ」

「……それで誰と比べているのです」

「第一印象で君が良いと思ったけど、

それだけで共に戦ったわけでもない。

明らかに少ししか会っていない」

「過ごす時間が短い事が不満なのですね。

私は立場上、貴方とだけに密接に過ごす事はできません」

 ワルワラも少年の頬に触れる。

 彼女は目を輝かせ言う。

「どうしてもというのなら私を連れ去って御覧なさい。

監視している護衛を倒し、王国を離れれば誰の目も気にせずに貴方と一緒にいられます」

「其れは面白い」

 少年はワルワラをお姫様抱っこする。


 そしてバルコニーから飛んだ。

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