第27話 罠好き過ぎて辛いとか、いや……。

 砂漠を走る巨大なムカデの形をした鎧。

 中には100体もの自動鎧が積載されていた。

 動く要塞と呼ばれ内部で鎧の修理や製造が行われている。


 材料と成る魔物が絶滅している為に、この鎧は世界で一つしか無い物となっていた。

 鎧技師ケルスティンの最高傑作である。

 

 彼女は鹿鎧に代わる鎧の開発を行っていた。

「あー、これも違う……」

 極度のスランプに陥り、ここ数年何も成果を出せていなかった。

 あまりに奇抜な物を作ろうとしたために皆に止められ、一定の見栄えを考え始めてから噛み合わなくなり空回りするようになった。


 対して鎧技師アントニは自動鎧を幾つも作り上げ成果を出していた。

 彼の作った鎧を解体し構造を調べ技術が変化したことを知る。

 新しい物が現れて古いものが淘汰されていくのは世の常だ。

 旧時代の遺物、石で造られた守護鎧はもう芸術品としての価値しか無く実戦で使われることはない。


 それが自分の作り出した鎧も、それと同じ運命を辿ろうとしている。

「はぁ今は全部、鎧自体が考え行動する人工知能搭載型の時代なのね。

あー、もう無理かも……」

 やる気を無くしたケルスティンは床に寝転ぶ。

 ぼんやり天井を見つめる。


 アデーレの顔が目に入り慌てて起きると頭をぶつけた。

「痛っ……、ごめん……。

慌てちゃった」

「寝ているのかと思って油断してた。

避けられなくて済まない」

「まだ出来てません」

「君には別の物を作ってもらいたくて頼みに来た」

「スランプなのは知ってますよね。

私には才能が無いのかな……」

「このムカデ鎧より巨大な鎧は見たことがない。

まあこの辺りに住む、ワームやサソリの鎧を作ってみてほしい」

「無茶を言いますね。

それに誰が乗るのです?」

「俺が乗る、強敵だった魔物を模していれば強さも保証されているだろう?」

「それなら良いのですが、サソリ型は既に作ってあります。

ですが鹿鎧よりも移動速度が遅いです」

 足の構造によるもので鹿鎧は跳ねて空中に居る時間が長い。

 サソリ鎧は常に足が地面に付いている為にその差が出るのだ。

 それを改善しようとすれば異質な形になることは間違いない。

「それなら形に拘らず最速の物を作り出して欲しい」

「良いのですか?」

「悩んで何も出来ないよりかは、色々やってみたほうが良いだろう?」

 


 次の日、アデーレは苦笑いをする。

 足車輪と言う、足を大量に付けて車輪に見立てた得体のしれないものを開発したのだ。

「どうです。

このシルエットは」

 丸いダルマみたいな物が漫画みたいに足を回転させ棘の付いた盾を押し進む姿は異様だ。

「速度はどれぐらい出る?」

「鹿鎧の三倍は軽くでます」

「砂漠で走れるのか?」

「多分行けると思います。

ただ蒸気機関を利用しているので水の補給が必要です」

「早速乗ってみるか」

「これは無人で動くもので、内部の配管から放出する熱で人は乗れません」

 アデーレはムッとした。

「君に頼んだのは乗れる鎧だ。

どうして皆、無人にしたがるんだ?」

「複雑な操作に対応しきれない。

複座式にしても増え続ける機能を活かすのは難しいです」

 自動化は楽だが、それは自分を必要としない孤独感を感じる要因となる。

 自らが主役になれず観客へと変えてしまう。

 それは実につまらないことだ。

「鎧に乗って戦うのは俺の楽しみなんだ。

それを解って欲しい」

「領主様の専用鎧を作れば良いのですね。

わかりましたとてもかわいい物を作ります」

 ケルスティンは激怒していた。

 新しく取り入れた技術が否定されのだ。

 時代遅れの連中と変わらないと。


「いや格好いいのが良い」

「私は領主様がメイド服を着ていた姿を見てみたいものです。

とても可愛らしかったと聞いてますよ」

「止めてくれ。

あれは忘れたい過去なんだ」

 




 戦いは善戦しているようで報告を待つ間、アデーレは作戦司令室で椅子に腰掛け本を見ていた。

 漫画みたいなものは無く小説しかない。

 内容は恋愛に関することが恥ずかしく書かれている。

 好きな女が死んでしまい、それと似た幼い娘を好みの女に育てると言う話は実に怖い話しだ。

「……ああ、なんでこんな本しか無いんだ。

君の趣味なのか?」

 本の持ち主であるメイドのリザラズに聞いたのだ。

「はい、とても興味深い話しでした。

私も調教されて魅力的な女になりたいものです」

「俺はそんな事はしない」

「だから読んで勉強して頂くてお渡ししたのです」

 アデーレは本を閉じ彼女に返す。

 待っている時が一番怖い、ワルワラに見限られれば命は無い。

 三盾騎士団はアデーレの指揮下ではなく、商会が用意した軍師によって動かされた居る。

 自分の判断ではなく他人に全て委ねる状況で、責任だけが自分に降りかかる状況だ。


 それを誤魔化す為に時間を潰す必要があった。

「少し気晴らしがしたい。

何か用意してくれないか?」

「ではお食事の準備をさせましょう」

「いや、待っている間が暇で何か無いのか?」

 仕事を細分化し分配した為にアデーレの仕事は少ない。

 重大な作戦が実行される前に、書類を読んで印を押すぐらいである。

 特に作戦中は待つだけが仕事である。


「では話し相手を集めましょう」

「この辺りの地理に詳しい者が良いな。

情報を集めたい」



 リザラズは直ぐに人を集めて司令室に連れて来た。

 ドレスを着た可愛らしい女達がアデーレの周りを取り囲む。

「ちょっと待て、何者だ?」

「彼女達は貴族です。

情報を持っていると言うので連れてきました」

 失態した竜人ジンティが莫大な資金を得た事は皆の耳に届いていた。

 彼女がアデーレから可愛がられている事は周知の事実である。

 気に入られ恩恵を得ようとしていたのだ。

「それでこの辺りの事を詳しいのか?」

 女達は部下を使いそれなりの情報を商人から買い取っている。

 それを自分の知識として語るのである。

 当然、似たような情報が多くなり、優位性を持つ者は限られる。


 波打つ腰まで伸びる金髪の女トルステンは口を扇で隠し笑う。

 彼女は机の上に置かれた地図の上に駒を置く。

「魔物の巣がここ周辺にあります。

それから遺跡がこの位置にあり……」

 ある程度の調査は行われ戦略が立てられている。

 魔物の巣の位置は不明で幾つかの候補を攻めている所だ。

 そのどれでもない位置を指し示している。

「それはどこから得た情報だ?」

「この辺りを縄張りにしているハンターです。

ヴァニアと名乗っていました。

彼の兄は偶然、魔物の巣に迷い込み命からがら逃げてきたそうです。

ですが、その際に受けた傷によって死亡したらしいです」

「連れてきてくれないか?」


 


 連れてこられたヴァニアは小柄で可愛らしい顔をしていた。

 髪は短く赤い、瞳は紫で肌は焦げた褐色だ。

 ノームと呼ばれる種族で、人間の10歳ぐらいの見た目で既に大人である。

 ヴァニアは泣きそうな声で言う。

「情報を渡した。

約束の解毒薬を早く渡して欲しい」

「何の話だ?」

「それはこちらの話です。

さあ彼にあの話を詳しく聞かせてあげれば約束は守ります」

 トルステンはアデーレに近づく。

「先に渡してあげたほうがゆっくり話を出来るだろう?」

「彼はノームです。

報酬を先に渡せば地下に潜って出てくることはないでしょう」

「構わない。

本当にここに魔物の巣があるんだな?」


 ヴァニアは笑みを浮かべて答える。

「はい、兄さんがそこに近づくなと言ってました。

間違いなく魔物が住んでいます」

 トルステンは胸の間に隠していた瓶を手に取りヴァニアに渡す。

「そんな場所に隠しているのか?」

「ノームは手先が器用で、簡単に盗まれてしまいます。

なのでこうして奪いづらい所に隠すしか無いんです」

「そういうものか。

ノームは信用されてないんだな」


 ヴァニアは瓶を受け取ると脱兎のごとく走り去った。

 毒を受けている者を助ける為なのだろうか。

 幾ら焦っていると言っても礼の一つぐらいあっても良いものだ。

 人間が嫌いなのかも知れないとアデーレはそう感じた。


「あの二人きりで食事をしませんか?」

「皆で食べたほうが楽しいと思う」

「個人的な話をしたくて、それはあまり人に聞かれたくは有りません」

 有益な情報を出したものには報奨を与えるのが決まりだ。

 アデーレは受け入れることにした。



 昼食は二人で行われる事になり、個室が用意された。

 テーブルを挟んで向き合う、テーブルにはご馳走が並べられていた。

「それで話しは一体なんだ?」

「貴方の評判は余り良くありません。

私なら貴方をもっと高みへと押し上げる事ができます」

「どうやってだ?」

「それは魔王様に忠誠を誓うことで、新しい肉体を手に入れることが出来る。

何者にも負けない素晴らしい体を……」

 トルステンの足が変化し一つとなり鱗が生える。

 半身が蛇のような姿へと変わったのだ。

「蛇の魔物になったのか?」

「私の事はラミアと呼んでください。

魔王様に忠誠を誓うなら私から口添えし強大な力を差し上げます」

「君にそんな権限があるのか?」

「スフィンクス様が私に力を与えてくださった。

ああ、この漲る力は抑えきれそうに有りません」

「断ればどうなる?」

「貴方の血を全て吸い取って、ミイラにしてあげます」

「どっちも断る」

 アデーレはテーブルを倒し、咄嗟に椅子を手に取る。

 魔法で武器を作り出さないのには理由がある。

 武器を作り出すには膨大な魔気が必要で集めるのに時間が掛かる。

 ムカデ鎧は魔気をバカ食いし、その内部であるこの部屋の魔気は殆どない状態だ。

 ラミアは細い舌を伸ばし笑みを浮かべた。

「魔物の力は人間の数倍はあります。

そんな木の椅子でどうにか成ると思いですか?」

「やってみないとな」

 ラミアは手で椅子を砕いて見せた。

 割り箸をへし折るかのごとく簡単にやってのけたのだ。

「抵抗しても良いですが、加減は出来ないので痛い思いをしますよ」

「聞いていいか。

どうして魔物になったんだ?」

「私は騎士しとして戦いました。

最後は捨て駒にされて命を奪われそうになりました。

ですが、あのお方が助けてくれたのです」

「スフィンクスか?」

 ラミアは何かを言いそうになり黙った。

 扇で口元を隠すと語り始める。

「余計なことを口にしてしまいました。

それは私の仲間になってから詳しく教えましょう」

「それは聞けそうにないな」

 アデーレはラミアの手を躱し、床に転がっている食器を手に取る。

 リザラズは律儀に全ての食器を銀製にしている。

 それを盾代わりにラミアの手を防いだ。

 ラミアの指は銀の皿に当たり曲がった。

「痛い……、意外とその皿は硬いのね」

「突き破れると思っていたのか?」

「油断しただけ、もう許しはしない」

 扉が開き兵士が入ってくる。

「ここにも魔物が居るぞ」

「ちっ……、仕込んでおいたミイラは全滅したようね」

 ラミアはアデーレを狙うが、銀の皿に阻まれる。

 背後から兵士達がラミアを切り捨てた。

「領主様、ご無事ですか?」

「来るのが遅いぞ。

何のための護衛だ?」

「護衛の兵はミイラとなって暴れていました。

内部で戦闘になっています」

 ラミアに血を吸いつくされた者はミイラとなり魔物化するのだ。

 

 アデーレは直感的に、トルステンだけではないと感じた。

 魔物が潜んだ状態で戦いを継続するのは危険だ。

「今すぐ全員を集めて、部屋を調査だ」

 問題はどのようにして魔物を見分けるのかだ。


 部屋を調べると、行方不明になっていた兵士のミイラが発見された。

 ミザリーという騎士がその部屋の主だ。

 茶色髪でポニーテルにしている利発そうな女だ。

「私ではありません。

誰かが置いたものです」

「調べが終わるまでは、牢に入っててもらう」

「そんな信じてください」

 アデーレは物的証拠がある以上、彼女を拘束するしかない。

 彼女が魔物かどうかはまだなんとも言えない。

 成り代わりではなく本人が魔物へ代わるのだ。

 偽物なら化けの皮を剥ぐことも出来るが、彼女が魔物ではないと証明することは不可能だった。


 アデーレは皆の前であくびをすると笑いながら言う。

「トルステンは実に面白い話をしてくれた。

スフィンクスに力を与えられる前にある御方に助けて貰ったそうだ。

自慢気に話してくれたよ」

 リザラズは聞き返す。

「ある御方とは?」

「それをここで話す事はできない。

君には後で教えよう」

 もう終わったかのように振る舞ってみせたのだ。

 情報が漏れたと知れば殺しに来る。


 アデーレは自室に戻るとベットで寝転ぶ。

 全ての部屋を調べるのに時間が掛かり、すでに深夜となっている。

 眠りに落ちそうな程、まぶたが重い。


 扉を叩く音がし女が入ってくる。

「俺を殺しに来たのか?」

「何のことでしょう?

少しお話をしたくて来ました」

「今日は疲れている。

明日にしてくれ」

「見たんです、ある女が蛇のような姿となって、

男を襲っている所を……」

「それは誰だ?」

「リザラズです。

あの仮面は間違いなく彼女です」

「解った牢に入れておいてくれ」

「はい、領主様」

 次々と告発が入り、ケルスティンまで牢に放り込まれた。

 

 アデーレは牢の前に立ち呆れていた。

「君が魔物だとは思っていないが、告発があったからここに居てもらう」

「設計図を書けるように紙と筆は返してください」

「君だけ特別扱いは出来ない。

解ってくれ」

 この牢は彼女が設計したものだ。

 規律違反を起こした者を捕らえておくように作られたものだ。

 トイレにハンモックが掛けてあるような、そんな狭い部屋だ。

 トイレ用の壺が未使用な事が救いだろうか。

「たった一匹の魔物に、これまでの信頼すら失われるのですね。

領主様がそんな人だとは思っていませんでした」

「そうやって、俺を殺そうと企んでいるのだろう。

魔物の姿になった所を見ていたものが居る。

本物を食らって隠しているのだろう?」

「……私が本物です。

だから設計図を書いて証明したいんです」

「彼女の設計図を暗記しているだけかも知れない。

それが証明になると思うな」

「うっ……、そんな酷いです!」

 アデーレは片目を閉じてみせると、同じように彼女も閉じる。

「兎に角大人しくしているんだ」

「覚えていない。

私を閉じ込めたことを後悔させてやる!」

 

 

 

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