第11話 巨大過ぎると逆に小さいのに負けるんだよね

 闇を抜けると赤く燃え上がる大地が見えた。

 灼熱の液体が流れ、浮かぶ土地は黒ずんでいる。

「これが魔物の胃袋の中なのか?

其れにしては広いな」

 見上げると天井は見えず赤い霧のようなものが掛かっている。

「いいえ、ここは異次元空間です。

魔物に丸呑みにされた者を助けるために腹を切り裂いた者がいました。

しかし、腹の中は何も入っていなかったのです」

「それでどうして異次元だと?」

「それから数カ月後にその飲み込まれた者が見つかったのです。

知らない土地を彷徨い、光る穴に入ると外に出られたらしいです」

「数ヶ月もこんな場所を彷徨うのか?」

「いいえ、その者の話では半日ぐらいしか彷徨っていないらしい」

「ふーん、君に任せていいか?」

「……見つけられなければ貴方も死にますよ」

「それは運が悪かったと諦める」

 丸投げして良い結果を得られることは少ない。

 少年は魔法に専念することにしたのだ。

 熱で鎧が溶け始めている。

 放置すれば溶けて動かなくなる事は間違いない。

 形を維持するために両手を壁に当て全神経を集中し魔法を使った。

 ジンティは背後から少年の魔気を感じ、何をしているのかを察した。



 戦乙女鎧は熱を帯び全身が赤くなりつつある。

 内部は断熱処置がしてあるが、完璧に熱を防げるわけではない。

 徐々に熱くなり二人は全身から汗が吹き出ていた。

「私は竜人だから、これぐらいの熱は耐えられます。

貴方はこれ以上は持たないでしょう?」

「そうかも知れない。

意識がくらくらする」

 少年はジンティの手足につけてある拘束具を外す。

 ドワーフに開放している所を見せると危険視されるために付けていただけだ。

 能力を封じて何も出来ないより自由にしたほうが生存の可能性は高いと思ったのだ。

 ジンティは手に氷を作り出す。

「これぐらいの魔法は使えないとね」

「どうやって作り出すのか教えて欲しい」

「氷の精霊と契約すれば、自ずと意識するだけで使えます」

「それは出来るのか?」

「精霊は精神力が強い者に従う性質があるの。

ここには火の精霊ぐらいしか居ないから契約は出来ないです」

「解った火の精霊と契約を結ぼう。

その方が面白いだろう?」

「……こんな状況で面白いって」

 辺りは足場となるうねった黒い大地と赤々と溶けた高熱の液体だけしない。

 時折、液体は膨れ上がり破裂し辺りに撒き散り地面を燃え上がらせた。

 何処に出口があるのかも解らず当てもなく進むしか無い。

 ジンティは少年の希望を叶える為に詠唱を初めた。

 竜人の言葉は魔力があり人には殆ど聞こえない。

 

 真空板で音を遮断していても精霊にはよく聞こえていた。

 灼熱の液体の中から姿を現す。

 燃え上がる巨大なトカゲだった。

「あれはサラマンダーです。

実体化して現れてくれたから力を示して撃退すれば契約を結んでくれます」

「じゃあ交代だ」

 少年とジンティは席を替わり少年は一気に方を付けようと全力加速させた。


 灼熱の液に浸かっても気にせず突撃する戦乙女鎧。

 その勢いにサラマンダーは応え真正面から火炎の息を吹きかけた。

 盾を構え火を引き裂き進むが盾は溶け崩れていく。

 少年には盾しか見えておらず、その先に居るサランマンダーは見えていない。

 もし避けたりズレていたら攻撃は当たらない。

 盾に何かが当たる衝撃を感じた時、少年は突撃槍を突き出していた。

 槍は火炎の息で溶けつつもサラマンダーの口の中を貫いた。


 操縦席には鎧の状態を表示する魔法の鏡で、損傷を知ることが出来る。

 戦乙女の右腕は溶けて崩れ落ちた。

 左手の盾は溶けて外れ、手がその影響で動かなくなっていた。

「攻撃するとしたら体当たりか……」

 サラマンダーは槍を吐き捨てる。

 あれがドラゴンなら間違いなく勝っていただろう。

 精霊は中心核が壊されない限り実体を持つことが出来る。

 頭部には其れがなかったのだ。

「中心、胸のあたりを狙って下さい。

そこが弱点です」

「もう少し早く教えてくれないか?」

「言う前に動かしたので……」

 サラマンダーは戦乙女鎧の背後に回ろうと動きだす。

 少年は背を取られたくないとそれに合わせて回る。

 火炎の息を吐くまでにはクールタイムがあるようだ。

「それならもう一度火を吐く前にやるしか無い」

 少年は魔法を使い戦乙女鎧の左手を剣の形へ変えた。

 少年の息が上がり、これ以上の魔法を使うことは出来ない。

 サラマンダー止まり大きく息を吸い込む。

 火を吐く前の予備動作だ。

「ここだぁ!」

 戦乙女鎧は高く飛び上がり蹴りをサラマンダーに向かって入れる。

 サラマンダーも待ってましたと口を開き火炎を吐く。

 戦乙女の足は火炎に包まれ溶けた。

 それでも勢いは止まらない、サラマンダーは口が塞がる事に危機を感じ閉ざす。

 そこに蹴りが入った。

 溶け半壊した足がサラマンダーの顔や口を塞ぐ。

「全力で氷の魔法だ」

「はい!」

 ジンティは考える余地もなく直ぐに魔法を使った。

 手を壁に当て、一瞬で熱を奪う。

 急激に冷えた戦乙女鎧に亀裂が入る。

「トドメだぁぁぁぁ!」

 溶けた足がサラマンダーの顔に巻き付くように固まり張り付いている。

 剣の一撃は回避しようがない。

 だが、その一撃は中心核に届く前に腕が砕け止まった。

「クソッ! あと少しだというのに」

 少年は咄嗟に金槌を作り出そうとした。

 意識が朦朧として少年の魔法は失敗する。

「何をしようとしていたのですか?

魔法は使いすぎると命を落とします」

「金槌を作って、叩き込もうと……」

 ジンティは鎧の扉を開くと、熱風が入ってくる。

 少年の側で物質操作の魔法を見てきた。

 それを真似するだけだと彼女は手に集中し大金槌を作り出す。

 そして飛び出した。

 サラマンダーの肉体は炎に包まれている。


 ジンティが人間だったら、その炎で肉体は焼かれていただろう。

 竜人は体を鱗で覆い鎧のように纏うことが出来る。

 全身が緑の鱗に覆われ炎から身を守った。

「私の力を認めて契約しなさい!」

 大金槌で、突き刺さっている剣を叩き押し込んだ。

 サラマンダーが崩れ火の塊となり辺りに散らばった。

 中心核が光の粒子となりジンティの体に入っていく。

「ああっあああぁぁ……熱い……、体が焼ける」


 二人は光に包まれたかと思うと、極寒の地へ放り出された。

 あの湖の手前だ。

 壊れた戦乙女鎧が辺りにつ散らばり雪を溶かす。

 少年は急激な寒さに震える。

 全身が緑の鱗に覆われたジンティが少年の前に立つ。

「服を用意して欲しい。

あの炎で燃えてしまいました」

「寒いのか?」

「多少の寒さは大丈夫ですが、

この姿を余り見せたくは有りません。

あまりジロジロ見ないで下さい」

「ごめん、それがドラゴンの姿なのか?」

「違います。

これは鱗鎧の魔法で、ドラゴン化の魔法は魔気が膨大に溜め込む必要があって、

秘宝と呼ばれる魔法球でもなければ出来ないです」

 



 少年達が街に戻ると既に一ヶ月程の時が過ぎていた。

 鎧技師ケルスティンは義理堅い女だったらしく、少年を殺した湖の魔物に戦いを挑むべく出発していた。

 少年と彼女はすれ違う。

 

 白い巨大なワニは並の鎧では食われ破壊されてしまう。

 そこで対抗するために巨大な鎧を作り上げたのだった。

 少年が言っていた街を動かすというアレを実現させたような代物だ。

 街の外に造られた小さな城のような建物それが動きだす。

 大地が持ち上がり天高くそびえ立つ鋼鉄の柱のような8本足。

 村一つの大きさはあろうかという巨大な体を持つ。

 山一つが空に向かって浮かび上がったかのように見える。

 そんな化け物じみた巨大な鎧だ。

 ドワーフ達の協力を得たとは言えたったの一ヶ月で作り上げたのは脅威的である。


 彼女は鎧の上部、居住区画に立ちドワーフ達の前で演説を初めた。

「私達は偉大な領主様を失った。

この喪失感は、この巨大な鎧でも埋められない」

 お祭り好きなドワーフ達は大騒ぎしている。

 雄叫びを上げ、戦意を向上させていた。

「戦いの一歩を踏み出し、あの憎い魔物を蹴散らすだろう」

 彼女は城型鎧を動かす。

 重い一歩は大地を揺らし大きな足跡を残す。



 少年は街からその城型鎧を見ていた。

「ドワーフは、あんな化け物じみた鎧を持っているのか。

ケルスティンが見たら乗り込んで解体するかも知れないな」

 そのケルスティンが操作している鎧だとは知らず、少年は彼女が居るはずの工場に向かった。

 少年の姿を見たリザラズは思わず涙を零し抱きつく。

「探しても見つからなかったので死んだかと……何処に居たのです」

「異空間……、魔物に飲み込まれて炎の世界へ飛ばされた。

あれは夢だったのかと思うほど異質な世界だった」

 少年は身に起きたことを話した。

 竜人の秘密は伏せていたが、服を用意しなければならないことに気づき本当のことを打ち明けた。

「領主様の判断は良かったと思います。

恐らくその世界は竜人族だけが行けるという精神世界でしょう。

その試練に打ち勝てば偉大な魔法を得ると聞きます」

「よくそんな事を知っているな」

「竜人の方から色々と聞いています」

「君はメイドではなく秘書の方が向いているかもしないな」

「それは何ですか?

私はこの仕事に誇りを持っています。

勝手に別の役職にしないで下さい」

「あの魔物にはリベンジしないとな。

準備をしてくれ」

「既に討伐に向かいました」

「何だって、勝ち目があるのか?」

「あの巨大な鎧ならば簡単に踏み潰してくれるでしょう」

「まさか街の外で動いていたあの巨大な鎧か?」

「はい、そうです」

 少年は首を横にふる。

「ムカデ鎧で一度失敗している。

あんなバカでかいだけのがまともに戦えるとは思えない」

 少年の予想は的中した。




 巨大な鎧の歩行に地面が耐え切れなかった。

 地面に深くめり込み湖に到達する前に動けなくなった。

 そこに湖から出てきた巨大ワニが襲いかかる。

 脚部を噛みつかれ砕く。

 バランスが崩れ崩壊が始まる。

「バリスタ発射!」

 崩れ行く鎧だが外装にバリスタを10基装備している。

 一斉に槍が発射された。

 ワニの背に槍が突き刺さる。

 槍にはロープが付けてあり逃がすつもりはない。

 ワニ後からは凄まじく体を動かすと5本のロープが引きちぎられた。

 残った5本も引きちぎられるのは時間の問題だ。

「突撃よ!」

 ドワーフ達はロープを滑車で滑り降りる。

 手に持った斧を叩きつける。

 あるものは杭を持ちハンマーで打ち付けた。


 ドワーフ達はケルスティンを取り囲む。

「あねさん、ここはもうダメだ逃げよう」

「私は領主様の仇が取れるまで一歩も動かない」

「仕方ねぇな。

連れて行くか」

 ドワーフ達は彼女抱き持ち上げると鎧から脱出する。

「離しなさい。

何で私が逃げないといけないの、まだ戦える」

「この鎧は設計ミスがあったようで、内部崩壊が止まらない」

「私の設計にミスが有るとでも?」

「ああ、強度が足りてない。

もっと良い材質のものを使うんだったな」

「くっ……」

 彼女が雇ったドワーフ傭兵団はドワーフ100人で構成された精鋭である。

 体の数倍もある魔物にも臆せず戦った。

 それでもあの巨大ワニにトドメはさせなかった。

 巨体を振るい、取り付いたドワーフを弾き飛ばし湖へと逃れた。


「ちっ、あの獲物を狩れたら自慢できたのにな。

あねさんはこれに懲りたら大人しく普通の鎧でも作ってな」

「……悔しい、あの最高傑作がこんなにも脆いなんて」

 崩れてくず鉄と化した鎧を目の前にケルスティンは涙する。

「領主様……」

「おいおい、勝手に殺すなよ。

あれが最高傑作だなんてどうかしている」

「えっ、領主様生きていたんですか?

どこに隠れていんです」

「色々と事情があって、遅くなった」

 少年はモグラ型鎧に乗り込む。

 ケルスティンも一緒に乗る。

「どうも焼きが回っていたみたい。

巨大にすることばかり考えて……」

「この鎧なら、あの魔物を倒せると思うか?」

「いいえ、これは戦闘用ではなく雪国でも移動できるように作った鎧です」

「俺は勝てる方に賭ける。

もし賭けに勝ったら何か良い鎧作ってくれよ」

「この鎧の数倍はある魔物ですよ。

こんな鎧丸呑みされます」

「俺には少し未来が予測できる。

どうすれば勝てるのか想像できたら、それを実行するだけた」

 少年はあのワニの体を貫いている様子が見えていた。

 ワニは近づくものを振動に反応して攻撃をしている。

 城鎧の脚部に噛み付いたのもその本能的な攻撃性からだ。


 少年は湖に向かってモグラ型鎧を走らせた。

 予期した通りワニは口を開き鎧に噛み付いた。

「ドリルが飾りじゃないつて所を見せてやる」

「えっと、それは飾りです……」

 モグラ型鎧の先端には円錐状のドリルが付いている。

 ルーンプレートと呼ばれる魔気に反応して回転する円板が取り付けられている。

 魔気の量が多いほど回転が増すという仕組みだ。

 少年は魔気を全て其れに注ぎ込む。


 魔物は魔気の塊である。

 ドリルの回転が増す。

 ワニの喉を貫く。

「どうしてあの飾りでしか無いドリルが……」

「ドワーフに最も硬い金属でドリルを強化してもらった。

緑金アダマンタイトって言う物を使ったらしい」

「あの超重量で金の数倍重いアレを?

軽量化することしか頭になくて……其れを使うなんて考えも及ばなかった」

 緑金は魔気に反応して緑色の粒子をばら撒くように光る特性がある。

 モグラ鎧はワニの体内を貫き、骨を砕き貫通し飛び出した。

 勢いで飛び跳ねたモグラ鎧は緑の粒子を纏っている。

 緑の光が線のように空に舞ったのだ。


 それは余興に過ぎない。

 白ワニが居なくなったことで、氷を纏う巨大な狼フェンリルが姿を現した。

 大地を永久凍土に変えた魔物である。

 フェンリルの遠吠えと共に、無数の氷狼が群れて飛び出す。

 彼らが通ると吹雪が荒れ氷の刃が辺りを切り裂く。

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