第8話 無駄に暴れても何の解決もしないよね?

 日に日に難民は増え続け2万人を越えようとしていた。

 魔王軍によって50万人規模の都市が2つも落とされた事により逃げ出した難民が途方に暮れ最後にやってくるのが少年の街だった。

「このまま増え続ければ予定している壁では収まりきりません」

 農地として確保していた土地ですら難民がテントを立て踏み荒らしている有様だ。

「危険で誰も行きたがらない街じゃなかったのか?」

「魔王軍を撃破した領主の噂が広まっていて、それで集まってきたのだと思われます」

「それで魔物の討伐はどれぐらい進んだんだ?」

「凶悪な魔物はほぼ全て壊滅させました。

南東から魔物の軍勢が迫っているようで、空き地となった森に住み着く可能性があります」

 森を取り囲むように壁を作り魔物が入れないようにする必要があるが、それに割く人員はない。

 難民は協力するどころか守りの柵を破壊したりと妨害してくる。

 壁の工事がそれにより遅れ気味となっていた。

「森の中に砦を築く事はできるか?」

「ご命令とあらば直ぐに砦を建設します」

「難民が暴動を起こし街を占拠するかも知れない。

そうなった時に逃げ込めるように蓄えもしておいてくれ」

「解りました」

 カミラは直ぐに部下へ指示を出し部屋から追い出す。

 少年と二人きりになるとカミラは少年に抱きつく。

「領主様……、暫くこのままで……」

「いや、暑苦しい……」

「あの野蛮人達にはうんざりしています。

あれは道にすら排泄して異臭を放っています」

「何だってトイレはないのか?」

「用意してありますが、彼らは決まった場所で行う事を嫌います」

 執務室の扉を叩く音が聞こえカミラは直ぐに少年から離れる。

「騎士として鎧を与えて欲しいと申すものが来ております」

 カミラは笑むと言う。

「会いましょう。

ここに連れてきなさい」

 数人のおっさんと若い男女が部屋に入ってくる。

「ここに居るという事は魔物を狩って来たのでしょう。

それぞれの数を教えてくれるかしら?」

 彼らは20~30体の魔物を狩ったらしく自慢げに戦利品を見せていた。

 カミラは其れを聞き少ないと思っていた。

 少年が撃破した数が桁外れだった為だ。

「この国に忠誠を誓い民を守ると約束するなら鎧は貸し与えましょう」

「魔王との戦いに関しては協力しあうのが原則のはずだ」

「ええ、ですが鎧を貸し出す義理はないです。

我々は貴方の国の者に二度も裏切られたのです」

「では購入する事は可能か?」

「相場の金貨100枚を用意できるのですか?」

「ああ、其れぐらいなら用意できる」

 カミラは旧式となった石像型の鎧を用意する。

 保有制限にかかれば解体する予定で練習用に残していたものだ。

 多少の改良が施され性能は若干向上している。

「素晴らしい鎧だ。

所であの小型のアレは?」

「それは資源が不足して小型にするしかなかった劣化鎧です」

「一応値段を聞いておこうか」

「金貨60枚ですが、使用後は解体し手足を付け直す必要があって、それには毎回金貨20枚程かかります」

 実際戻ってきた戦乙女鎧は、手足を切り離し交換する作業が行われていた。

 激しい戦闘を行うと強度の問題で手足に負担が掛かる為に交換出来るように設計されている。

 鎧は半永久的に壊されるまで利用できるのが一般的な考えだ。

 それが消耗品扱いになっていることに騎士達は驚いていた。

「維持するだけでもきついな。

そんな鎧を大量に保持できるのはどういうことだ?」

「領主様が直接技師を雇っているので、費用は人件費だけになっています。

素材は領地から確保しているので……」

「はっはは……、鉱山から取れるというわけか」


 ブランドンの騎士達は鎧を手に入れると満足していた。

 特にそれを使い奪われた領地を奪還するわけでも魔物と戦う訳でもない。

 戦える力を持ったことだけに安心をしただけだ。


 若い騎士フィーリッツは、金貨100枚を用意することは出来ない。

 短い茶髪で整った顔つきの青年だ。

「忠誠を誓います。

鎧を貸し与え下さい」

 カミラは新型の鎧が奪われる事を恐れている。

 彼らが謀り鎧を持ち出す事があれば認めた責任を負うことになる。

 少年は直ぐに彼に剣を与えた。

「君は忠誠として何を差し出す」

「……俺は家族を守りたい。

魔物と戦う力、この体を捧げます」

「では家族のうち人質となるものを差し出してくれ」

 カミラの手前、少年はもっともらしい理由をつけたが特に疑っている訳でもない。

「なっ……」

「鎧を貸し出すことは命を預けるのと等しい。

それなりの保証が欲しい、君が信頼できる者だと解れば人質は開放する」

「解りました。

妹を預けます」

 彼の隣に立っていた女ローゼマリーが人質となった。

 少年の提案に従い魔物を狩りに出たのはほんの一握り百人に満たなかった。

 その中で実際に10匹以上の成果を上げたのは30人程だ。

 殆どが貴族と言う結果になった。

 

 難民達は少年を差別主義者と罵り、毎日のように門の前で抗議し騒いだ。

「……何という愚かな民だ。

君なら彼らを導いて救うことは出来るか?」

 フィーリッツは跪く。

「私に出来ることは兵士として訓練することだけです。

それで宜しいですか?」

「魔王軍が迫っているらしい。

対抗するには団結が必要だ」

 少年は面倒なことが嫌いである。

 ゲームは基本的に経営者の立場で色々な人材を扱い奴隷のように扱う物が多い。

 労働をするだけのゲームが面白いわけもなく作られることは殆どない。

 少年は誰に何をさせるかを考えるだけで良いのだ。

「解りました」

 

 ローゼマリーはメイド服に着替え、少年の側に立っている。

 長い茶髪はツインテールにして微笑んでいた。

「外では病が発生しているようです。

兄がその病に侵されないか心配です……」

「衛生管理が出来てないからな。

何か改善する案を出してくれないか?」

「まず水が汚染されています。

それで綺麗な水を用意して頂けないでしょうか?」

「其れは出来ない、飲み水は不足して配給制限をしている。

配る余裕はない」

「今は蒸留して飲水としていますが、

一度沸騰させただけの水でも、生水よりはましです」

 意地悪なゲームでもない限り、基本的に提案を受け入れると良い結果となる。

 少年は直ぐに彼女の提案を受け入れ実行させた。

 川の水を飲むことを禁止し川の水を加熱し冷却濾過ろかしたものを飲水として配布したのだ。

 何故か難民達は暴動を起こし加熱濾過装置を破壊したのだった。

 幾らでも汲むことが出来た川の水に制限を掛けた事に不満を持ったらしい。

「領主は水すら渡さない鬼畜だ!」

 少年は流石に激怒した。

「公共物を破壊した者達を捕らえ、即刻追放しろ!」

「其れは出来ません。

裁判を行い処置を決めるのは街の権力者です」

 少年は自ら決めた事を思い出す。

「早急に捕らえて裁判だ」

 直ぐに犯人が捕らえられ裁判が行われた。

 公正な判断で領主の私物を破壊した罪により鞭打ちの後に追放となった。

 だが領主の横暴だと難民は騒ぎ立てる。


 街を守る兵の数は百人程だ。

 それで2万人の難民を抑える事など不可能である。

「魔物よりも厄介な奴らだ。

一度街を放棄する」

 少年は撤収し森の奥に建てられた要塞へと移動したのだった。

 街を捨てることに反対する者は居ない。

 暴徒と化した難民の恐怖の方が勝っていたからだ。

 街は数日後、難民達によって占領された。


 砦は邪魔をする難民がいない為に強固な守りを築く事が出た。

 カミラは言う。

「あの野蛮人が協力的だったら、三重の防壁を築く事もできました」

「色々と苦労を掛けてしまったようだ」

「あのその……、私達の寝室はこちらです」

「街を取られた事が腹立たしくて眠れない」

「そうですね。

私が取り返して見せます」

「君の手を汚すつもりはない」


 少年はフィーリッツを呼び出す。

「君に街を奪還してもらいたい。

暴徒が暴れていた時に何もしなかったことはそれで咎めることはない」

「……解りました」

 フィーリッツは暴走した難民を止めることは出来なかった。

 狂気に包まれ暴れている人々は魔物以上の脅威に感じたのだ。

 市民を守るのが騎士であるが、秩序を守る事も役目である。

 どちらを優先すべきか迷い行動できなかったのだ。


 カミラは少年に聞く。

「彼に任せて大丈夫なのですか?」

 難民達は貴族達を殺し門の前に晒したのである。

 街でのうのうと暮らし自分たちだけ良い思いをしていたと言う理由だ。

 鎧を奪う為の口実に過ぎなかった。

「誰も民を殺せとは命じては居ない。

街を取り返してもらえればそれで良い」

 カミラはフィーリッツが殺される危険性の方を考えていた。

 そうなった時鎧が奪われ厄介なことになる。

「彼の人望では難しいと思います。

彼に付いて来た兵士は極わずかの20人程です」

「確か三百人も鍛えていたのだろう?」

「いいえ、ニ百と少しです。

領地を一時的とはいえ難民に奪われた事が国王に知れれば地位の剥奪も有りえます。

仮に全てを失っても私は貴方に付いていきます」

「それは嬉しい言葉だ」

 

 突然、大慌てで兵士が部屋に入ってくる。

「大変です。

エルダードラゴンが出現ししました。

街が火の海となっています」


 少年がオウム返しに聞くとカミラが答えた。

「エルダードラゴンは、大空を飛べる巨大なドラゴンです。

弓矢が届かない上空を飛びますが、火炎の息を吐く為に地上付近に降下してきた時が反撃の機会です」

「数は?」

「五匹です」

「街は滅びるわ。

今居るのは難民だけでまともに訓練された兵士は居ない」

 貴族から奪い取った鎧があったが、エルダードラゴンの体当たりで粉砕されていた。

 

 街から逃げ出す事はできず。

 エルダードラゴンは出口を塞ぐように火を吐きじわじわと内側へと追い詰めていく。

 炎は急速に酸素を奪う、息ができずに倒れるものが続出し無抵抗に死んでいったのだ。

 ドラゴンは倒れた死体を丸呑みにし食らう。

 フィーリッツがやってきた時には既に全滅していた。

 少年から借りた戦乙女を全力で走らせる。

「うおおぉぉぉ……」

 そして全力で槍を投げつけた。

 投擲用の槍ではないがドラゴンの翼に命中し貫いた。

 ドラゴンは槍の刺さった片方の翼が動かず飛ぶことが出来ず藻掻いた。

「これで決めてやる」

 戦乙女の盾には剣が内蔵されている。

 その剣を抜き、ドラゴンに切りつけた。

 鈍い音、剣はドラゴンの首で止まった。

 硬い鱗には阻まれ切り裂くことが出来なかった。

 ドラゴンは体を回転させ尻尾の一撃を戦乙女に決めた。

 直撃した衝撃でフィーリッツは意識を飛ばした。

 戦乙女は吹き飛ばされ壁に衝突したおれた。


 ドラゴンは咆哮を上げ辺りに火を吐き散らす。

 ドラゴンの再生力は凄まじく、槍が抜け落ちると傷が塞がり空へと飛び立ったのだ。


 

 少年が街に戻って来た時にはドラゴンは去った後だった。

「思ったよりも街は焼けていないな。

これなら生存者が居るだろう」


 少年の考えが甘かった。

 街に侵入した難民3万人が死んでいたのだ。

 街の近くに穴を掘り、そこに死体を捨て埋められた。

「ドラゴンを侮っていた。

もし彼らに追い出されずに街に残っていたら、

死んでいたのは俺達だっただろう」

「これをどう処理するのですか?

偶然、魔物が反乱勢力を薙ぎ払ったと言っても誰も信じません」

 ローゼマリーが死体から回収した首飾りを持ってくる。

 それは魔王を模した銀の髑髏どくろの飾りが付いている物だ。

「魔王崇拝者の持ち物です。

彼らがあの魔物を呼び寄せたのでしょう」

「タイミングが遅いのでは?」

「領主様の撤退が彼らの予想より早かったからでしょう」

「魔王の策略によって難民が虐殺された。

これは許されないことだ」

 偶然、魔物が襲撃したきただけだが、魔王崇拝者による被害としたのだった。


 飛行する魔物には手も足も出せない現状に少年は不安を感じた。

 何処からともなく鎧技師のケルスティンがやって来る。

「領主様、ああ空を飛べたら良いなと考えていませんか?

そんなご希望に答えて設計したものがあります」

「いや、別に飛べなくても良いけど……」

「弓矢が届けば良いというのですね。

戦乙女用の大弓はありますが、上空に飛ばれるとそれでは届きません」

「どんな鎧を考えたんだ?」

「気になりますか。

それは死神ちゃんを発展させたクラゲ型鎧です」

「死神ちゃんは人型だったはずだが、クラゲ型ってどういうことだ?」

「それはキノコの傘みたいな形にゆらゆらと大量の触手を付けた鎧です」

「それがどうやって飛ぶんだ?」

「傘の下側から風を吸い上げて、気球のような原理で浮かびます」

「気球とかあるのか?」

「ええ、大陸の北西では移動手段として多用されています。

この辺りではガスが取れないので気球は使われていませんが……。

あの空からの光景はもう一度体験したいです」

 気球の原理で飛ぶということはドラゴンのブレスで上昇することになる。

「翼がある方が良い。

それは別の機会にしてくれ」

「そうですか?

行けると思ったんですが、クラゲは嫌いなのかな?」

「そういうわけじゃない」

「翼を真似しても空を飛ぶ事は出来ません。

鷹型鎧は既に作り上げて倉庫にしまってあります」

 鷹の形をした鎧だが、翼を羽ばたかせても当然飛ぶことはない。

「プロペラを付ければ……」

「それはなんですか?」

 少年は木を削り二枚羽を作る。

 羽の中心に棒を取り付けた。

「こんな感じで回転させれば……」

 手で棒を回転させれば飛ぶ玩具だ。

「飛びましたね。

ですが問題があって回転させるのは苦手なんです」

「どういうことだ?」

「伸び縮したり形状を変化させる事はできますが、

それを回転する力に変える必要があるんです」

 少年は機械の事に詳しいわけではない。

 説明できない焦れったさだけが少年にはあった。

「うーん、じゃあ高く飛ばす武器は作れないか?」

「巨大弩を用意します。

移動できるように亀型鎧に装備すればある程度は狙い撃ち出来るはずです」

「……それで頼む」

 少年は失敗することを予期していた。

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