第33話 セオリーって言うけど、それタダの思考停止だからね

 王国は全土を奪還し他国の領土まで進出する程までになっていた。

 魔王軍は一気に撤退し領土を減らした。

 それは罠であった。

 

 領土の取り合いが起き人々で争いが勃発したのである。

 魔王軍から奪われた土地を返せと王国に要求してきたのである。

 

 アデーレは交渉役として、隣国ヘースティングスに赴いた。

「どうして俺が交渉役なんだ?」

 ワルワラは微笑むとアデーレの頬に口づけする。

「貴方が魔王軍を追い払い取り返した土地です。

嫌なら私に任せて下さい」

 

 アデーレは戦いに勤しみ各地で活躍を見せていた。

 その間領地で待ち続けていたワルワラの耳にカミラとの噂が入ったのだ。

 直ぐに真相を確かめるべく会いに来たのである。

「君なら安心して任せられる。

今は魔王軍を追い払う事が先決なのに揉めている場合じゃない事を理解してもらいたい」

 領土を返還すると、魔王の領土への道が絶たれる事になる。

 通る為にはそれなりの手続きが必要で、これまでのような砦建築は不可能に成る。

「時々寂しく感じるのです。

昔のように私を連れて行ってくれませんか?」

「ずっと側にいて欲しいぐらいだ」

 アデーレは何故かカミラに絡まれて困っていた。

 戦術が基本から外れていると何かつけて駄々をこねるのだ。

「領地は誰に任せるつもり?」

「ティルラかフィーリッツだろうな」

 ティルラは四遊騎士団を束ねている団長だ。

 知識はわりと豊富で割と策士な所がある。

 フィーリッツはカミラの旦那で壱玉騎士団の副団長を務めている側近だ。

 熱心で信念を通す義理堅く信頼できる。

「無難で面白く有りません。

ローゼマリーに任せては?」

「あんまし印象ないが、君が言うのなら間違いはないだろう」

 ローゼマリーは平凡な女騎士で、特に目立った才能があるわけでもない。

 真面目ところが取り柄なぐらいだ。


 領主の仕事は誰がやっても良い程に形骸化している。

 殆どは街の議会が決めてしまう。

 人形でも良いぐらいである。




 交渉は上手くいかず領地を返還することに決まった。

「即刻、砦を放棄し兵を撤退させるように、

猶予は一週間、其れ以上留まれば敵対行為とみなす」

 王国を囲い込むように領地の返却が行われる。

 完全な封じ込めである。

 王国が魔王軍の領土をこれ以上奪い勢力拡大をすることを防ぐつもりなのだ。

「では協定は破棄と言うことで宜しいのですね?

そうなれば魔王軍が攻めてきても援護に向かう事は有りません」

「結構、魔王軍などもう怖くもない」

 王国から得た技術で自動鎧が生産されつつあった。

 生産ライセンスを売ることで、製造する度に利益が確保できる仕組みにしたことによって王国は技術を手放したのである。

 次から次へと新しい鎧が開発されている状況で、古くなった技術が売れるのだから当然の成り行きではある。


 ワルワラはこの国は滅びると確信する。

「ではもし助けが必要になりましたら、

領土と交換に助けに向かいましょう」

「何を馬鹿なことを、もう貴国の力は必要はない。

さっさと帰り給え」


 自動鎧が発明されてからは戦闘は単純になり、必要数あれば勝てると言う状況となった。

 兵法を知らずとも、自動で最適な攻略を見つけて連携の取れた攻撃で其れを成し遂げるのだ。

 全て丸投げして考える必要はない。

 勘や経験に頼ること無く、ただ戦闘する場所を決めて投入すればいい。


 それが油断と怠慢を生む事に繋がっている。

 

 ワルワラが恐れているのは、王国が魔王軍と直接戦う必要が無くなった為に戦力を減らす事だ。

 周りに戦わせていれば自分達は安泰だと油断すれば痛い目にある。

 王国は周囲に恩を売っていると思っているが、それは違っている。

 魔王軍に匹敵するほどの脅威だと感じているのだ。


 いつ魔王のように、その戦力を向けて来るのか解らない。

 力は自分が持っていたほうが安心できる。

 不安こそが魔物以上に恐ろしい存在だ。



 話を終え戻ったワルワラはアデーレに抱きつく。

「暫くは戦いの無い日々を送れるみたい。

短い休みを楽しみましょう」

「そうだな」

 二人は近くの湖に向かった。

 恋する二人が祈りを捧げると祝福されると言う噂がある場所だ。


 風が吹き波立ち煌めく湖。

 水鳥が羽ばたき逃げていく。

「なんで君達も付いてくるんだ?

二人きりになりたいんだ」

 カミラ等の取り巻きが居る。

「ワルワラ様の護衛です」

 カミラはワルワラとアデーレの間に入りニヤけている。

「君が一番邪魔なんだ。

君には旦那がいるだろう?」

「ええ、いますよ。

私はこれでもモテモテですから、愛人も何人も囲っています」

「……いや、聞いてない。

兎に角、もっと離れてくれ」

 全く理解の及ばない行動するカミラには困り果てていた。

「ここで祈りを捧げると祝福されるんです。

私とワルワラ様とで祝福されたい」

 アデーレはワルワラの手を掴むと引き寄せる。

「来い!」

 湖から巨大な魚型鎧が顔を出す。

 二人は其れに乗り込んだ。



 事前に用意しておいた鎧で、水中を泳ぐことが出来る。

「こんなことも有ろうかと用意しておいたんだ」

 ワルワラはアデーレを抱きしめる。

 不倫を疑っていたワルワラは魔法を掛け愛する者を選ばせた。

 あの場に居合わせたのは偶然ではなく呼び集めたからだ。

「とても嬉しい」

「俺もだ」

 二人は熱い口づけを……。


 

 !!


 アデーレはワルワラの違う側面を見たような気がした。

「水中は何か違った世界に見えるな」

 魚鎧から見える光景は鏡に映っているものだ。

 少し濁り視界が良いとは言えないが、魚が泳いているのが見える。

「昔は森の街だったけど、今度は水中都市にでも連れて行ってくれるの?」

「ここにそんなものがあるのかい?」

 冗談で言ったことを真に受けたことが可笑しく感じワルワラは笑う。

「知らない。

もしそんなものがあったら面白いと思って」

「じゃあ探してみるか」

 アデーレは魚鎧を深く潜らせる。

 魚鎧の目を光らせる事ができるが、泥で光は遮られ見えない。


 真っ暗で底に打つかるかも知れないとアデーレは直ぐに浮上させた。

 そんな魚鎧を狙う魔物が真下に迫っていた。

 巨大な口を開き丸呑みにしたのである。


 以前のような精神世界に飛ばされることはなく、ピンク色の胃袋の中へと落ちた。

「何が起きたんだ。

一体ここはどこだ?」

「湖には島亀アイランドタートルという魔物が住んでいたと聞いたことがあります」

「初耳だな」

「それは数年前のことです。

湖の噂を調べれば其れぐらい、一つや二つ聞くでしょう」

「そういうのはリザラズに任せている。

俺が直接調べる必要はないだろう?」

 ワルワラはにっこりと微笑む。

 リザラズに調べさせたのはワルワラ本人だ。

 余計な情報を与えないように釘を刺したことが仇となったのだ。

「この鎧は大丈夫なのですか?」

「戦闘用ではなく観光用に作らせたものだ。

念の為に武装はあるみたいだが……」

 下部と左右に剣が付いている。

 だが下部の剣は飲み込まれた時に破損したのか出せなくなっていた。


 酸味のある臭が漂ってくる。

「ちょっと、浸水しているわ」

「下部が溶けているのか、隔壁を閉鎖する」

 アデーレは下へ続く扉を固く閉めた。

 魚鎧は二層あり上は居住区と操縦席がある。

 下は倉庫になっており荷物が保管されている。

「食料は残り物しかない。

急いで取ってくることは出来ないの?」

「酸で体が溶けるかも知れない。

そんな中を泳いで取りに行く勇気はあるか?」

「いいえ、直ぐに脱出する方法を考えましょう」

 魚鎧は泳ぎ壁を目指した。

 胃袋とすれば斬りつければ痛みで何か反応があるはずだ。


 剣で斬りつけるが触れると同時に溶け初め朽ちていく。

「強力な酸で守られているのか。

溶けた影響で操作が効かない……」

 外装が溶けていく。


 唸り声のようなものが聞こえる。

 魔物は苦しんでいた。

 金属は猛毒と同じで大量に摂取すると胃を痛める事になった。

 特に剣に使われていた緑金アダマンタイトは酸に溶かされると強力な毒素を出す。


 アデーレはワルワラを抱きしめる。

「君だけでも生き残って欲しい」

「もう一人にしないで。

死ぬ時も一緒よ」

「解った一緒だ」

 アデーレは魔法で卵状に二人を包み込む殻を作り出した。

 純粋な魔気でできた黒紫の卵だ。

 

 魚鎧は歪み始め崩れた。

 

 膨大な毒素が魔物の体内をめぐり朽ち果てる。

 肉体が魔気化し霧状になっていく。

 二人を包む卵が水面へと浮かび上がった。


 卵に亀裂が入り割れる。

 二人は眩しい光から、外に出たのだと感じた。

「運よく排出されたみたいだな。

苦しくなかったかい?」

「ええ、とても苦しかったわ。

貴方って強く抱きしめるから」

「ごめん……。

君を手放したくなかったんだ」


 二人は泳ぎ陸に上がる。


 カミラは二人に布を投げつける。

「拭きなさい。

話はそれからよ」

「ずっと見てたのか?」

 実は2日ぐらい潜っていた。

「ええ、見張っていた。

それであの魚みたいな鎧はどうしたの?」

 流石に魔物に飲み込まれて破壊されたと知れば撃退する為に時間を取られるだろう。

 この地を去る事が決まっている今は放って置くことにした。

 被害が出たら、それはこの国の問題だ。

「あれは壊れた」

「それなら逃げられないわね。

たっぷり相手してもらいます」

「……短い二人きりだったな」

 ワルワラはアデーレと手を握り続けている。

 カミラに掛けられた術は既に溶けていた。

 それを見て察することは出来る。

「いいわ。

もう少しだけ二人きりにしてあげる」





 アデーレ達が撤退すると、魔王軍は一気に動いた。

 ヘースティングス国は三日も持たずに滅びたのである。

 

 蝶のような羽を持つ竜フェアリードラゴンが猛威を振るった。

 ひらひらと群れで飛び、灼熱の息を吐き羽から舞い散る鱗粉に引火し爆発する。

 街が燃え上がったのだ。


 上空から攻めるられると鎧では手が打てない。

 司令塔が真っ先に狙われ、命令が届かない自動鎧はただの木偶人形と変わりない。


 それがアデーレの耳入ったのは数日が過ぎてからのことだ。

「困ったな対策を取らないと」

 アデーレの知識では砲みたいな物は作れるが、この世界に齎して良いものか解らない。 

 既に鎧の改良によって、かなりの影響が出ている。

 魔王軍に敗北寸前だった所が今では優勢に傾いているほどだ。


 どうして銃等を作らせなかったと言うと、エイム力が低く命中精度が悪い為だ。

 だからファンタジー系の剣で殴るかんじのゲームを好んだ。

 なので鎧に銃や砲が装備されていないのだ。

「私達は空の敵に対して余りにも無力ですね。

何処かの国では飛行船という空飛ぶ船を完成させたそうです。

それを見に行きませんか?」

 クラゲ型鎧を作るのに必要な技術が手に入る。

 そんなものを渡したら間違いなくあの鎧技師は作る。

「見に行きたいけど、どうやって行くつもりだ?」

「飛竜鎧で飛んでいけば良いのではないでしょうか?

あの大空から見る景色は素敵です」

 ワルワラは微笑む。

 飛竜鎧は竜鎧よりも飛行継続距離が数倍になった発展型だ。

 翼が倍になり小回りが効かないという欠点が有るが安定した飛行が出来る。

「そうだ空から攻撃すれば良いのか」


 アデーレは直ぐに樽と布を準備させた。

 ワルワラは樽の上に座り聞く。

「これをどうするのです?」

「上空で爆発させる。

中に大量の鉄くずを入れて、どかーんとバラ撒く」

「ふーん、そんなに上手くいくかしら?

地面に落ちるだけではないの」

「ゆっくり落ちるようにパラシュートを付けるんだ。

それで一定の高さに来たら魔法を掛けて爆発させる」

 ワルワラはアデーレに抱きつくと口づけする。

「今はそんな時じゃないだろう」

「いいえ、それは危険よ。

もし成功すれば空が重要な戦場に代わる。

そうなれば今まで積み重ねてきたものが全て失われる」

「どう対処するつもりだ?」

「投石機を使って放り投げる」

「……それは上空から落とすのと変わらないだろう?」

「違うわ。

地上から対策ができるという事は空は有効な戦い方ではなく成るの」

 様々な戦術が生まれては消えている。

 相手に有効な攻撃手段だと悟られないように潰すのもまた戦略である。

 

 上空から攻めれば勝てることが続けば、より高度を上げたものが生き残れる。

 地上で強ければ勝てると言う常識が通用しなくなり、空を高く飛ぶ事が強いと言う常識にかわるのだ。

 

「切り札は最後まで取っておくべきだな」

 禁じ手を作ることは、自分の身を守ることに成る。


 準備が完全に整った所へ魔物の群れが飛んくる。


 鈍足で硬い亀鎧に投石機を装着し配備してある。

 号令とともに、ほぼ真上に樽型炸裂弾が発射され空中で爆発、辺りに金属片をばら撒く。

 魔物は空中で消滅し残骸が落ちて来た。

 兵士達は一方的な戦いに驚いていた。

「領主様はとんでもない兵器を使うんだな」


 通り抜けた魔物もバリスタによって射抜かれることに成った。

 アデーレは、この時敵の意図を理解していない。


 フェアリードラゴンの脅威は、これから襲ってくる。

 

 大量の屍を積み上げ辺りに羽が飛び散っていた。

 何処から炎が燃え上がり、爆発を起こす。

 既にばら撒かれた鱗粉と羽が誘爆を初めた。


 装甲が硬い亀鎧でも爆発に巻き込まれれば一溜まりもない。

 黒焦げとなり破壊されたのである。


「くっ……、敵はまだ残ってるのか?」

 アデーレは大きなミスをしたことに気づく。

 既に敵によって戦略の常識が変えられていたのだ。

 元に戻そう言う考えが甘かった。


 伝令が直ぐに状況を調べ報告する。

「第二波がもうすぐやって来ます」

 既に対空兵器の殆どが破壊されてしまっている。

 飛竜鎧を使って攻撃していれば、被害は出さずに済んだ。

 アデーレは状況を変えるべく、飛竜鎧に乗ろうとした。

 ワルワラはそれを止めた。

「踏み止まって下さい。

まだ私達の負けではありません」

「一体どんな手があるっていうんだ?」

「私達には一発逆転が出来る魔法があります」

 二人はお互いの手をにぎる。

「どんな魔法なんだ?」

「火の矢です」

 魔物が良く使う初歩魔法だ。

 最弱魔法で空を覆う魔物の群れと挑もうというのだ。


 無謀に思えたがアデーレは全てを彼女に委ねることにした。

 二人は一つの火矢を作り出す。


 それは放たれると翼を生やし燃え盛る火の鳥へと姿を変え魔物の群れに突っ込んだ。

 空は大爆発を起こし輝く。


 魔物は自らの鱗粉の誘爆に巻き込まれ消滅したのだ。




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