第31話 第十章3

 江無田は窓の方を長い時間、眺めていて、なるみも彼に何と声を掛ければいいのか分からず、黙りこくってしまった。

————江無田君は今、何をどう考えているのだろう?

 江無田がなるみを見ないままで「川島は、その子を産みたいのか? 産みたくな

いのか? どちらなんだ?」と、独り言のように言い、訊ねてくる。

「えっ?」

「川島の相手が、どんな奴なのか、俺はあえて聞かねぇ。聞きたくもないし」

「うん」

「でも、その子には何の罪もないから。お腹の子どもに対する川島の率直な気持ちを俺は聞きたい」

 なるみは下唇を噛みながら、しばらくの間、考えたのち「赤ちゃんは、出来る事なら産みたいよ。せっかく、授かった命だし————」と発した。「それに…………」

「なんだよ?」

「確かに、私がしてきた事は世間的には許されない事かもしれないけど…………」

「うん」

「その人の事を心から好きになったんだし」

「そうなんだ」

「だから、その人との赤ちゃんなら、直接、顔を見てみたいと思うんだよね」

————本当は、ずっと、誰かにそう言いたかったのかもしれない。

 江無田は、テーブルに置いた両手の指を交差させたままの姿勢で、一点を見つめ、なるみの言う言葉を聞いていた。「川島の気持ちは分かった」

なるみは深く頷いた。

「川島の強い意志みたいなものも伝わってきた」

「うん」

 江無田は真剣な顔つきになり「もう一つ、聞きたいんだけど」と言った。

なるみの表情が硬くなる。

「お腹の子どもを産んだとして、川島はその子が例えば成人するまで、一人で育てていく覚悟はあるのか?」

————覚悟か…………。

「それがあるって言うなら、俺は友達として川島の事を応援する」

なるみは「正直に言って、覚悟とか、今は考えられないし、持てないけど…………」と言った後、言葉を一旦切った。「でも、赤ちゃんの為なら、この先、どんなに辛い事があったとしても耐えていけそうな気がしているんだ」

江無田は笑顔になり「それなら、もう何も言わない。川島のお腹の子どもへの気持ちを大切にすればいいんじゃないか」と、なるみの背中を押した。

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