第3話 第一章 2

 なるみは自分の職場とは別のスーパーマーケットに寄り、買い物を済ませ、家路を急いだ。父・幸雄ゆきおの教育方針で実家を出て、市内の中央区のこじゃれたアパートの四階の一室が彼女の城になり、早十二年になろうとしている。一階に設置されてある郵便受けから郵便物を取り出し、小さいエレベーターで行先の階まで昇り、自室に入室する。

 2Kの間取りは引っ越した当初こそ、広い、と感じたものの荷物が増えた今では少々狭く感じてしまう。なるみは居間として使っている部屋の中央に置いている木製のテーブルに手にしていた郵便物を置き、買ってきた食材を冷蔵庫に詰め込み、ベランダから洗濯物を取り込み、浴槽にお湯を張り始めた。

 一連の流れが一息つき、なるみはテーブルの前に座り、先ほどの郵便物を再び手にした。スマートフォンの請求書、ダイレクトメール、新築マンションの広告チラシ、一つずつチェックしていき、その中に紛れていた多少の厚みを帯びた正方形の封筒を目にした瞬間、手の動きが止まった。

 何の変哲もない字体で書かれている宛先。裏返してみると、差し出し人の欄には、彼女が以前通っていた高校の住所が記載されている。文字の羅列を見ただけで、なるみは中身を確認するまでもなく何が送られてきたのか理解し、同時に体温が上昇するのも分かった。開封し、中の物を取り出す。彼女が予想していた通り、それは高校の同窓会の案内状だった。

 なるみは案内状を手にしたまま、ただ、紙の上に浮かんでいる黒い点を見つめながら、脳内は勢いをつけて過去へ遡っていく。入学式、体育祭、文化祭、修学旅行、卒業式…………。当時は当たり前だった何気ない日々がこんなに愛おしく思えてならない。彼女の人生の中でその日々は最も輝かしい時期だった。世の中では、きっとそれを青春と呼ぶのだろう。そして、なるみの青春には一人の男性の存在がある。

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