第2話 第一章 1

 川島かわじまなるみは、今にも消えそうな、か細い声で「お疲れ様です」と言いながら、社内の奥まった一角にある更衣室に入室する。室内で制服から私服に着替えている最中の同僚たちは、皆、彼女を見ずに、お疲れ様、と返してくる。なるみは栗色に染めているショートカットの髪を小さく左右に揺らしながら自分のロッカーの前に辿り着くと純白のカッターシャツのボタンを外し始めた。

 なるみと対向側でジーンズを履き終えた高倉たかくら絵里えりが、彼女の方に向き直し、お疲れ様、と言った。なるみは小さく会釈をし、着替えを続けるが、不意に高倉の視線を感じ、顔を上げる。

「若い人は、やっぱり肌がきれいね」高倉は、彼女の身体しんたいをなめ回すように見ながら言った。

「若いって…………」なるみは、――――またその話か、とうんざりしつつも答える。「私、もう三十ですよ」

「三十はまだ若い内じゃない。私みたいな五十も過ぎたおばさんとは比べ物にならないくらいからだ全体がぴちぴちして」

「そうでしょうか」

「そうよ」高倉は左手を振り、「あら、いやだわ。今時、こんな事を言ったらハラスメントとやらで、すぐに訴えられるかしら」

「大丈夫ですよ。私はそんな事はしませんから」なるみは微笑む。

 高倉は「それを聞いて安心したわ」と両肩をなで下ろす。「だけど、そんなに綺麗な躰なら、さぞかしあなたの彼は幸せ者だね」

なるみは苛立ちを感じながらも穏やかに聞こえるように注意しながら「何故ですか?」と聞き返す。

「だって、そんな躰に触れられるのだもの」

「はぁ…………」と、なるみはため息交じりに言った。

「背も低くないし、贅肉もそんなに付いていないし、胸も小さくなさそうだから」

「高倉さん、私の事そんなに観察しているなんて知らなかった…………」

「観察っていうほどの事じゃないけれど」高倉は一瞬、口こもった後「特にそのちょっと厚い唇なんて男性にとってはたまらないと思うわ」

「今、そんな人、いませんけど――――」

「またまたご冗談を」

なるみは苦笑するしかない。

「あら、いやだわ」高倉は左手首に巻かれた黒皮の腕時計を覗く。「もうこんな時間だ。そろそろ帰って夕飯を作らなきゃ。ハゲジジィが帰ってくるわ」

「お疲れ様です」

 高倉はロッカーから茶色のハンドバックを取り出し、右手を軽く上げ「それじゃ、また明日。お疲れ様」と言うと更衣室のドアに向かって歩き出した。

なるみは周囲に気づかれないように静かに息を吐き、素早く着替えを済ませ、足早に職場を後にした。

 長年雨風にさらされ外観が薄汚れている、いかにもこぢんまりとした田舎臭い古びたスーパーマーケット。彼女は地元の高校の普通科を卒業した後、県外には出て行かず、自宅と廃墟みたいなこの建物との往復という人生を過ごしてきた。

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