第17話 第六章 1
生徒たちにとっては夏休みという長い休日が続く時期でも、教師は授業がない、その期間に普段は手が回らない業務を行うため、毎日、学校に通わなければならない。
吉田先生もまた、そういった生活を送っていて、朝と夕方、通学路で学生たちの姿を見かけなくなった頃から、なるみが働いているスーパーマーケットに週に一、二度のペースで昼食を買いに来るようになって、運が良ければ彼の姿を見られるようになっていた。ある日、なるみが接客をしていたレジに吉田先生が並び、彼女がレジ作業を行っていると彼は「子供たちが夏休みで昼間は学童保育に預けているけど、妻も仕事をしているし、子供たちがいない平日休暇の時ぐらい、彼女の負担が軽減するならいいと思って、こうやって昼食を買いに来ているんだ」と、やや早口で言い、薄く笑いながら支払いを済ませた。
九月になっても一見、何も代わり映えしない日常。けれども、なるみの気持ちに多少の変化が起きていた。仕事が日勤の日は、特にそうだ。八月も終わろうとしていた頃、吉田先生が「出費は痛いけど、妻の機嫌もいいし、二学期が始まってもたまには買いに来るよ」と言ってきた。その言葉を鵜吞みにしているつもりはないが、昼食時になると彼の姿を無意識に探すようになり、その期待が叶わなかった時は、内心、ひどく落胆するようになっていた。
なるみは自問自答を繰り返す。
————私は、いったい、どうなっちゃたんだろう。
————吉田先生は結婚しているというのに会える事を願っているなんて。
しかし、その胸の中で小さな渦が出来てきている事も、その現象がどういう意味を持っているのかも、なるみは今までの経験上、分かっている。
————もしも、吉田先生に守るべき人たちがいなかったならば………、と考えた所で現実は何も変わらない。また、そんな事を思っている事実を認めてしまえば、自分が人の道から外れてしまいそうで、その良心が、なるみの気持ちに歯止めをかけていた。彼女は「しっかりしろ。なるみ」と言いながら、両手で自分の両頬を叩く。
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