第18話 第六章 2

 高倉たちに囲まれながら、気が付けば月が替わって、気温も下がり、空が暮れる時間帯が早くなってきた。しかし、近頃は吉田先生をスーパーマーケットで見かける事はなくなっていた。彼に会えない事によって、ほっとしている自分と淋しいと感じてしまう自分が胸の中で葛藤して、なるみの精神状態は不安定なものになっていった。

 その日、なるみは、日勤の仕事が終わり、職場を出たのは夕焼けが町を包み込んでいる頃だった。彼女は、不意に足を止め、数分間考えた末、帰り道とは反対方向に進み出した。吉田先生が勤務している高校は住宅地の中に立っている。万が一、そこで彼と会えたなら、自分はどう嘘を繕えるのだろうか? 自信はないが、こうして行動に移してしまえば、それまで必死に自分を抑えていた反動が早る気持ちになり、歩速は加速する。

 静寂に包まれた校舎は、いつ見ても不気味な雰囲気が出ていて、正直、苦手だ。あいにく、なるみが正門に辿り着いた時にはもう電気が付いておらず、人気もなかった。

————そう、うまくはいかないか。

なるみは俯き加減のまま、元来た道を引き返す事にした。

 老朽化している商店街を通り過ぎようとして、一角にある書店に視線が走った。

入店して、さり気なさを装いながら店内を移動してみると文学のコーナーで白いジャンパーを羽織り、頭を下げた姿勢の吉田先生を見つけた。

なるみは彼に近づき、小声で「吉田先生………」と言った。

 吉田先生は一瞬、身を固くしたが、なるみを認めると静かに呼吸を整えて「川島………、どうして、ここにいるんだ?」と聞いてくる。

「ちょっと読みたい雑誌があって、寄ってみたら先生を見かけたので声を掛けたんです」

なるみは咄嗟に嘘をついた。

「そうだったのか………」

吉田先生は軽く頷く。

「先生は、何をされているんですか?」

吉田先生が「俺は、見ての通り、立ち読みだよ」と言って、両手に持っていた文庫本を持ち上げる仕草をする。

「何を読まれているんですか?」

「推理小説さ」

 吉田先生は、それまで読んでいた文庫本を閉じ、棚に仕舞うと「俺は、そろそろ帰るけど、川島は、まだ雑誌でも読むといいよ」と言い、なるみに背を向けた。

「いえ、私も帰ります」なるみは慌てた。「探していた雑誌が売切れていたので…………」

「そっか」吉田先生は微苦笑する。「なら、一緒に出るか」

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