第19話 第六章 3

 なるみは吉田先生と共に書店を後にした。二人は無言のまま、横断歩道に向かって歩いていく。何も語ろうとしない彼を横目で見ながら、なるみは、————出過ぎた真似をしてしまった、と後悔し始めた。

————自分の身勝手な気持ちで動いてしまって、結果、吉田先生のプライベートな時間を削ぐような形になってしまった。

————本当に何をやっているんだろう、私。

次第に目に涙が溜まり、視界が悪くなっていく。

 背後で吉田先生が「川島、危ない!」と叫んだかと思った瞬間、なるみは彼の胸の中にいた。なるみの耳にスピードを出したまま走り去っていく車のエンジン音が、数妙遅れて聞えてくる。どうやら、信号を確認せずに横断歩道を渡ろうとしていたらしい。

「川島、大丈夫か?」

頭上から吉田先生の低い声が降り注いてきた。

なるみは小さく「はい。大丈夫です」と言い、慌てて彼の腕を解こうと身体を動かすが、彼は何故か、その腕に力を込めてくる。

「あの…………、吉田先生…………」

なるみは困惑する。

 吉田先生がその顔をなるみの右肩に埋め「違うんだよ」と言ってきた。

「何が…………、違うの…………、ですか?」

「俺は…………、川島に会うのが怖かったんだ…………」

「私に会うのが…………、怖いって?」

「だから、最近は昼食も別の店で買っていたんだ」

なるみは真っ白になっている頭で彼の言葉を聞いている。

「こんな事を言ってしまったら、教師失格なんだけど」

「はい」

「俺は担任していた頃から、川島の事が…………」

なるみの鼓動は激しくなっていく。

「川島の事が、好きだったんだ」

なるみは驚愕し、言葉が出てこない。

 吉田先生が腕を解いて、なるみの顔を見つめ「本当は隠し通すはずだったんだけどな………」と言い、苦笑した。

なるみは唇を固く結んだまま、頭を左右に振る。

「男としても、教師としても、最低な事を言っているな、俺」

なるみの目から大粒の涙が溢れ出す。

 吉田先生が「そ、そんなに嫌だったのか?」と言い、慌てふためく。

「そんな事、ないです…………」

突如、吉田先生の表情が消える。

今度は、なるみから彼の目を見つめた。「…………私も、ずっと先生の事が好きだったんです」

  

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